客
文が、文がぁ。
上手くいかない><
朝ご飯を食べ終えて少しした頃、扉のすぐそばに立っているドア係さんが来客を告げた。と言っても、アル経由だが。
「殿下、護衛隊長のソルテだそうですが、どうしますか。」
「いいよ。」
「ご無理なようでしたら断ることも可能ですが。」
「問題ないよ。…なにかあるの?」
アルはしばし沈黙した後、苦笑して、
「信頼できる者ではあるのですが、少々扱いづらい面がありまして。」
と言った。
扱いづらいとはどういうことだろう。
それはすぐにわかることとなった。
「護衛部隊隊長、ソルテ・キシュワートにございます。」
膝をついて顔を伏せ、隊長らしいはきはきとした口調で言った。
「ごきげんようキシュワート殿」
今日も相変わらずピシィっと決まっている。
私の前がよほど緊張するのか眉と目がくっつきそうなほど近かった。笑いそうになってしまうが、あくまで彼は真剣なので深呼吸で押さえつけ微笑に留めた。
私が初めて会ったのはパーティー前の顔合わせの時だった。緊張した面持ちで、真面目そうだなぁと思った以外は短時間だったので特に感想はない。年のころはアルと同じくらいだろう。
「どうされました」
なかなか顔を上げないのは何かの作法なのかと不思議に思いながら尋ねる。彼は重々しく言った。
「パーティーの折は、敵の侵入を許したばかりか参上がおくれまして申し訳ありませんでした。如何なる処分も謹んでお受け致す所存であります。」
悲壮感あふれる顔に、そうか私に何かあったらこの人の首が(この世界だったら額面通りの意味で)飛ぶのかと、跪かれるのにも慣れないような無自覚が主人で申し訳ない気がしてくる。
まさかそれが彼の暴走スイッチを押すことになるとは思わず、素直に、謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ないことでした。私の身勝手でお気を遣わせてしまって。」
「殿下に応戦していただいたばかりかそのようなことを口にさせてしまうなんてっ…!ソルテ一生の不覚、命をもって償わせていただきたく!」
突然、今までの彼はなんだったのかと思うほど取り乱しおもむろに懐に手を入れ短剣を取り出そうとしていた。え、それはいいの?私の前なのに凶器出しちゃうの?
「え、」
「どうぞご命令を!」
か、被った…。
「そんな、別に」
「短剣ならばここに!」
遮られた…。
「いや、そこまでしな」
「なにとぞ!」
「言わせてくれないか…」
小声で呟かれた私の切実な叫びは、しかし熱くなった彼には届かない。
するとアルがわざとらしく大きな声で、丁寧に、外向けの所謂皇太子とその護衛という体で話しかけてきた。
「殿下、恐れながら申し上げます。発言のご許可を。」
アルの目から、何かしら助け船を出してくれようとしているのがわかり、
「構わないよ。続けて。」
なるべく偉そうな言葉は避け、かつ傅かれ慣れているように繕おうと、視線はソルテ護衛隊長からそらさないまま、“平然”“当然”を意識して言った。
「はっ。」
アルは恭しく前を通ることさえもことわってからソルテ隊長の前まで行き、腕を組み、疲れたようにソルテ隊長を見下ろした。ただの真顔なのに、周りはごくりと唾をのんで何やら剣呑だと様子をうかがっていて、それがおかしくてにやりとしたら戸口の護衛が冷や汗をかいていた。そんなに怯えずともアルは怒ってるわけじゃないよと心の中で苦笑する。
「ソルテ、殿下のお言葉に被せるな。困っておられる。」
「な、なんてことを…」
「早まるな落ち着け、ナイフを下ろせ。そうだ。で、お前は殿下に罰を下して欲しいとここへ来たんだよな。なぜ自分で決める。」
「そ、れは」
「独りよがりも甚だしい。殿下の仰せに耳を傾けろ。以上だ。」
アルはソルテ隊長の先輩にあたるのだろうか。皇太子の側付きだからだろうか。私の護衛になる前のアルを私は知らない。知らない表情で、知らない人といるアルを想像したら寂しくなった。
ぼーっとしていた、私をソルテ隊長の声が現実に引き戻した。
「た、度重なる非礼、お許しください。」
半泣き状態になっているソルテ隊長に何か声をかけなければと思い、
「気にしてない。罰とかいいから。」
先ほどのことごとく被せられたのがトラウマになって、被せられる前に言い切ろうと無意識のうちに言葉を簡略化してしまった。驚いた表情の皆さんを見、やってしまった感はあったもののそこは皇太子の側仕え、一瞬にして平静を取り戻し、私が居たたまれなさを感じる前に何事もなかったように変わらぬ風景が戻る。
この優秀な方たちが部下なのかと、申し訳なくてたまらない。
ソルテ隊長も驚き顔を上げかけ、慌てて伏せていた。やはり伏せることには何かしらの意味があるらしい。
「アル」
「はい?」
「隊長はどうして伏せたままなの?あの体勢は大変だと思うのだけど。」
アルは一瞬固まって、
「面をあげよ、とおっしゃれば体を起こしますよ。目上の方に対する敬意を表していて上げよと言われるまで上げてはいけないのです。」
「お…え、本当に言うのそれ?なんか」
「習慣のようなものとお考え下さい。お気になさるようなことでは。」
「そう?」
「はい。」
一度軽く咳ばらいをし、
「面を上げよ」
(うわああああ私これ無理これ無理恥ずかしすぎる!!)
できることなら、穴に入りたい。
今すぐに外へ駈け出して逃げたい。
「はっ。」
上体を起こしたソルテ隊長の瞳と合い地面に頭をめり込ませたい衝動と闘う。理性で抑え目をそらさずに不動の態勢をつくる。
「キシュワート殿、あなたの無礼は私にとっては微々たるもの。ですが得心ゆかぬと仰るのであれば、そうですね……素振り千回を課します。それで構いませんか?」
ソルテ隊長が一瞬、私に見入っているような気がした。
(話し方が尊大すぎたかな…)
きっと今、私が主たり得るか、計っている。
喉の渇きが妙に気になる張りつめた空気が漂う時間は長く感じられ、
「拝命致しました。」
隊長が深々と礼をしたとき、うるさかった心臓の音が鳴りやんだ。
安堵が体の隅々にまで染み渡る。
「今度、体調が良ければ、そちらに伺いたいと思います。日々の鍛練は厳しいとは存じますが、ほどほどに、お体にお気をつけて。」
「過分なお言葉、勿体のうございます!」
きらきらスマイルをひっさげて、軽やかな足取りで帰って行ったソルテ隊長。
「確かに、対応に難儀する方だ。」
笑うとアルは、「悪い奴ではないのですが、熱くなりすぎてしまうところがありまして。」と優しい顔で笑い返した。




