兄との邂逅 パート2
剣の稽古(に勝手に参加し無理やり教えてもらうの)が終わり、水浴びをしろとうるさいメイドから逃れるため城内を××××のごとく素早い動きで走り回っていた。
「リュエル様!お待ちくださいませ!リュエル様!」
最近勤め始めたばかりの若いメイドが泣きそうな顔で追いすがって来るのを容赦なく振りはらい、リュエルは快感に全身を震わせた。
(追いつけない…誰もあたしを捕まえられない–––––!!)
自惚れではなく、実際リュエルの機敏な動きに対応できるのはわずかな人数しかいなかった。
何故なら彼女は王女であり下級の兵士が触れられるはずもなく、さらに言えば怪我をさせずに捕まえるのは至難の技だからだ。
それを、彼女は “あたしを捕まえる強者” と評価し、まさか自分を傷つけないよう全力で手加減されているとは露ほども知らないのだった。
そろそろ逃避に飽きてきた頃、いつの間にか立ち入り禁止のフロアに入り込んでしまったことに気がついた。
(あ、でももう違うんだっけ)
そういえばいつだったか、禁止が解かれたのだ。
しかしこちらの塔にはとくに面白いものがあるわけでもなく、来る用事も無かったのであまり来たことがない。
「リュエル様ぁ〜、何処ですかぁ。」
階段の下からメイドの声がしたので、リュエルは咄嗟に適当な部屋へ飛び込んだ……のだが、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
「げっアレク」
目の前に立つ赤い服と鉄の胸当てを身につけたアレクセイが満面の笑みをたたえて見下ろしていた。
「“げっ” とは何ですか、リュエル様。もう逃がしませんよ。」
軽々と抱き上げられ、リュエルはジタバタともがいた。
「あまりセルロワをいじめないでください」
「離して!やあだぁ〜!!」
腕を叩いたり殴ったり、踵をぶつけたり体を反り返したり、あらゆる方法を試したがアレクには無意味だった。
「痛いですよ」
「全然堪えてないくせに!!うがあぁ、離しなさいいいい!!」
へ?
自分の間抜けな声がしたと同時にお尻にドスンと衝撃がきた。
「ちょっと、本当に離さないでよ!いったぁ」
つい口が滑って逆恨みもいいところな発言をしてしまったことを少し恥ずかしく思いチラリとアレクを伺うが、いつの間にか向こうを向いて何やら水を飲ませているようだった。
背中を支えられている方を見て、リュエルはむくれた。
(何よ、母さまと同じ色だなんてずるい)
彼女は父親似で、髪も瞳も父親譲りだった。
姉弟の中で一人だけこげ茶色の縮毛なのだ。それが気に入らない。大いに気に入らない。
人と違うことは別段気にならない。
しかしこと容姿のこととなると、そこはリュエルも女の子、自分のこだわりがあった。
(うらやましいなぁ…)
じーっと見つめていたら、その男が熱っぽい目で見つめ返してきた。
リュエルは初めての感覚を味わっていた。
胸がドキドキして頬が熱くなる。
男の眼差しには魔力があるようだった。
外すことを許さない甘美な闇が、深緑の向こう、青年の瞳の奥深くからリュエルを絡め取っていた。
へっくし
先に視線を外したのは男の方だった。
くしゃみをしたためである。
緊張が解け、リュエルはやっと動けるようになった。
「リュエル様が埃をたてるからです。早く水浴びしてきてください」
アレクが怖い顔でそう言うのに、リュエルは黙って頷いた。
態度の急変したリュエルを心配し、度々のぞきこんでくるセルロワにリュエルが唐突に尋ねた。
「ねぇ、さっきの男の人誰?」
「えと、キルヴィ殿下のことでしょうか」
「キルヴィ殿下?」
「リュエル様の兄君ですよ。ご存知なくても仕方ありません。お会いしたことないでしょう?」
「兄……へぇ」
リュエルの中に、強烈に残った姿。
美しく儚い瞳にすっかり虜になっているとは、全く気がつかない男姫だった。
〔おまけ〕
リュエルが甘美な闇と表現した目をしていた時、キルヴィが思ったこと。
(この子妹だ。父様そっくりだし間違いない。)