不通
一月後。
『こっちの今夜の便で、帰る予定です』
そんなメールが今朝、私のスマホに届いていた。
(ふーん、じゃあ、日本に着くのは明日かな?)
あのデート?の後、ヨーロッパに旅立っていったマッキーさん。何だかんだで、現地からLINEやらメールやら写メやら寄越す始末。パケット代大丈夫?Wi-Fiつかってますか?ちゃんと仕事してるんですかねぇ。こっちが寝ているのもお構いなく送ってくるし。時差っていうのをご存じない?心配のタネは尽きない。
「気を付けて帰って来て下さいね」
そんなメールを返しておく。
「さてと、今日もお仕事がんばりますか」
普段以上に気合を入れる私。何せ、今日のお仕事は……。
「さぁ、今日は徹底してバス車内の掃除をするよー♪」
「えー」
「音符付きって……楽しんでますね」
「Sだよね、絶対」
「こらそこ!ゴチャゴチャ言うんじゃない!普段乗せていただいているバスに感謝を込めて、徹底的に綺麗にする。これも立派な仕事!!」
「私ら掃除のおばちゃんじゃないんですけどー」
「おばちゃん違う!お姉さんだ!」
……ツッコむとこ違うと思うんですけど、タマちゃん先輩。
今は、観光仕事もそんなに忙しくない時期。閑散期とでも言うのかな。そんな感じ。
故に、ガイド仕事も必然的に少ないので、ガイドも余る。こういう暇な時期は、手の空いているガイドが集まって、バス車内を手入れする日が設けられる。客席座面を外して布団たたきならぬシートたたきをしたり、灰皿を外して綺麗に洗ったり……等々、普段の業務では出来ない事をするのだ。その音頭を、タマちゃん先輩が取っている。これが、ウチの会社で「S勤」といわれる勤務。なお、ドライバー陣の「S勤」の定義ははいわゆるスペア(予備人員)で、車の整備をしながら不測の事態(車両故障など運行上のトラブル)に対応出来るよう、会社に待機する勤務となる。
「さて、チーム分けのくじ引きするよー」
人数は少ないが、出勤したガイド全員が一台のバスに群がっても、効率が悪いだけ。一台2~3人のチームを作って、手分けして掃除を行う。
「お、秀美とみさっぴか。よろしくなー」
「久しぶりに一緒か。頼むぞタマ」
「えー、ストーカーな先輩と一緒ですか……」
「まだそのネタ引っ張ってるのっ!?」
今日はタマちゃん先輩と、秀美さんこと蓼原秀美先輩と一緒だ。佳菜子先輩は……他の先輩ガイドと一緒か。今日参加している中では、私が一番下っ端だからな。馬車馬の如く働かないと。
「では『チームたま』のリーダー、仕切ってくれ」
いつの間に、そんなチーム名付いたんだ!?
「ほい了解。では、先ず手始めにシートの外しを皆でやりましょう。その後、秀美はそのままシートたたきね。みさっぴは、カーテン外しと洗濯しながらシート周りの掃除。私は灰皿&テーブル担当で行くんで、よろしく!」
『了解』
タマちゃん先輩の指揮の下、車内手入れが始まった。
シート外しも終わり、秀美先輩がシートたたきを始める。パン、パンと独特な音を響かせている。ぅわ、すごいね。結構な埃が出る出る。ハウスダスト吸引力が売り物の、何処ぞの掃除機を持ってきたら凄いことになりそう。さ、見てばっかいないで、私もカーテンに取りかからないと。カーテンレールからカーテンを外して……場所によって微妙に大きさが違うから、マーキングしておかないと大変なことになっちゃう。金具を外して、数枚ごとに洗濯機へ投入。今日は、車庫にある洗濯機フル稼働だわさ。ついでにシートカバーも外して、こちらは私の寮の洗濯機で洗おう。
「ドア側列の灰皿取ったから、こっちからよろしくね」
「了解です」
良いタイミングで声がかかったので、シート周りの掃除に入る。結構お菓子のかすとか、見えないところに溜まってるんだよね~。ウチは、普通の募集ツアーだけではなく一般の貸切旅行も取り扱っているから、つまみ系のゴミとか多いんだよ……あ、100円見っけ。これは、後で休憩時の飲み物の足しにしよう。その後も、洗濯機とバスを何度も往復し、カーテンとシートカバーは物干し竿へ。うーん、これだけモノが並ぶと壮観だねー。今日は天気が良いから、気持ちよく乾きそうだわ。その光景に満足した私は、車内に戻っていった。
「さて、お昼にしますか?」
時間も頃合い。佳菜子先輩がタマちゃん先輩にそう言ってきたのを合図に、皆で事務所二階の休憩待機室を兼ねた食堂へ移動した。既に何人かのドライバーがお昼休憩をしているようで、大画面のTVも稼働中。それが見える所に陣取って、皆がお弁当を広げる。私はお茶の準備。
「皆さん、ハイどうぞ」
そう言って、私は缶のお茶を数本、テーブルに置いた。
「え、これどうしたの?みさっぴ」
「実はですねぇ、今日の車内掃除で500円玉と100円玉を見つけまして……皆さんに還元です」
「すごいじゃん!500円玉なんて、そうそう落ちてないよ?」
「運が良いねー」
「それじゃあ……」
『ごちになりやす!』
残り全員がハモってお礼。では、私もお昼を頂くとしますか。
ワイワイがやがや、ガイドが集まると話題が絶えない。やれあのお客がどーとか、あのドライバーはあーとか……とにかくパワフル。ここぞとばかりに、愚痴の言い合い合戦。
(付き合いきれん……)
そんな先輩ガイド達を横目に、黙々とお昼を食べながらTVを流し見する。ちょうどお昼のニュース番組が始まったようだ。社会情勢や世界のニュース、はたまたスポーツの結果等が当たり前のように放送されている。日常が繰り返されていくって、結構大事だよね。
『次のニュー……あ、はい。ここで、臨時ニュースをお伝えします』
ん、臨時?
『速報です。日本時間の今朝未明、ヨーロッパの空港で爆発が起き、死傷者が多数出ている模様です。繰り返します……』
その放送を目にした時、私は体が硬直し、持っていた箸を床に落としてしまった。
「……!ど、どうしたの!?みさっぴ」
それをいち早く察知したらしいタマちゃん先輩が、声をかけてきた。しかし私は声が出ず、TVの画面を指さすことしかできなかった。
「なになに……ヨーロッパで同時多発テロ?また起きたのっ!?」
「あ……映像入ってきた。ぅわ~、ひどいねこりゃ」
「天井落ちちゃってるよ~」
その場にいたドライバー達も、一緒になって画面を見ている。みんなでワーワー言っているが、私は軽いパニックに陥っていた。
(確か、今映ってる空港って、マッキーさんがいるはずの空港よね?まさか巻き込まれた!?)
画面のアナウンサーは、彼女がいると思われる空港名を何度も連呼していた。メールにも、同じ名前が書いてあったはず……メール?
(そうだ、連絡取らなきゃ!)
漸くその考えに至り、慌ててLINEを立ち上げる。あぁ、このわずかな起動時間がもどかしい!
入力画面に到達した私は、今までで最速なのでは?と思うくらいの高速入力&送信を繰り返した。
「な~にスマホと格闘してるのよ」
スマホと真剣に向き合ってる私を見て、佳菜子先輩が声をかけてきた。
「あ、いえ、LINEを……」
「それにしては何か思い詰めてるみたいだけど?」
そう聞いてきた佳菜子先輩越しに、TVの画面を見やる。
「ん、あの空港がどうかしたの?」
「もしかしたらですけど……知人が居るかもしれない、と思って……」
「え、マジ!?」
コクンと頷く。
「おバカ!悠長にLINEやってる場合じゃないでしょ!」
「え?でも、連絡……」
「相手の番号は知ってるの?」
「あ、ハイ」
「なら、直接かけな!そんなLINEより、直接声を聞いた方が安心出来るでしょ?」
それもそうだ。テンパっていたせいで、そこまで頭が回っていなかったようだ。私の莫迦!というわけで、直接ダイアルをしてみる。
『おかけになった電話番号は、電波の……』
不通な時の、テンプレ案内が返ってくるだけだった。何度電話しても。
「繋がりません……(泣)」
「そっかぁ。困ったわねぇ。ところでその知人さん、何であの空港にいるのかな?」
「あそこから飛行機に乗って、日本に帰る予定だ、と聞いてましたので……」
「ふむ……ねぇ、その、乗る予定の飛行機ってわかる?」
「あ、確かメールに……」
今朝貰ったメールに、確か便名が書いてあったっけ。メールを見て佳菜子先輩に伝える。
「NALなのね。ちょっと待ってて……あ、もしもしミッチー?今手が空いてる?空いていなくても、至急調べてほしいんだけど……いや、だからね緊急なの!」
何処かに電話をかけた佳菜子先輩が、私の情報を伝えて何か無理矢理、頼み事をねじ込んでいるらしい。電話越しで喧嘩も始まってるし。
「大丈夫なんですか?あれ」
何気なく、傍に居たタマちゃん先輩に聞いてみた。
「大丈夫でしょ。あの子の依頼は断れないはずだし♪」
もの凄く不安にしか見えないんですが。
数分後、その電話の相手だったらしい人物が、タブレット端末を持って待機室に現れた。
「全く、無茶ばっか頼んでくるんだから、かなは……」
現れたのは、事務の人だった。えぇーっと、満水通江さん……でしたっけ。
「仕方がないでしょ?緊急事態なんだから」
「今回は、鶴見さんの顔を立てて不問にしますが、次はないですよ?」
「んもぅ、わかったから!で、どうなの?」
「件の空港、及び航空会社のフライト情報を調べてみました」
そう言って、彼女はタブレットを私達に見せてきた。
「空港のサイトは被害を受けているらしくて、全く繋がりません。航空会社の方は、重いんですがかろうじて繋がりました。そして、該当の便は……此処ですね。どうやら出発済みとなっているようです。該当機の出発時間と、ニュースで言っているテロの時間を照らし合わせる限りでは、無事ではないかと思われます……予定通り搭乗していれば、の話ですが』
佳菜子先輩に頼まれて、フライト情報など色々調べてくれたようだ……けど、何だか安心出来るのか出来ないのかわかんない結果になってしまった。
「何でそんな不安を煽るようなことを言うのよ!美佐ちゃんが可哀想じゃない」
「素人では、ここまでが限界です。情報自体が錯綜してるので、不確定要素は拭いきれないよ」
「ミッチーの情報処理能力は、素人レヴェルじゃないと思うんだけど」
「そうは言っても、報道以上の情報はわたしでも無理よ!?」
またここで喧嘩が始まる。それを見たタマちゃん先輩が止めに入る。
「痴話喧嘩は余所でやれー(棒)」
『違いますっ!』
……火に油を注いだだけだった。
「あ、あの……満水さん。私のために、わざわざありがとうございました」
「いいえ。お礼なら、かなからきっちり頂きますので」
「ヤヴァイ。ミッチーのあの眼、本気モードだ。財布の中が、極寒の地になりそう……トホホ」
こうなると、自分の目で確かめるしか……方法がない、か。私は決意する。
「ちょっと、運行と直談判してきます」
「行くんだね?迎えに」
「はい。乗っているかはわかりませんが」
「よし、行ってこい!こっちは心配すんな」
タマちゃん先輩の後押しを受けて、私は、1階の運行課へ向かった。
もうちょっとだけつづくんじゃよ~
2016/10/08追記
ちょっち辻褄が合わない箇所を見つけたので微修正しました