転機
更に2カ月後。
長丁場だった、2泊仕事を終えて寮に戻ったとき、メール着信をスマホが訴えてきた。
(メールとは珍しい)
誰からじゃい?と思いロック解除すると、送信主はマッキーさんだった。
「それこそ珍しいな?何時もはLINEなのに」
あまりの珍しさに、思わず声に出してしまった。何だろうね、用件は。
『鶴見美佐様
お仕事お疲れさまです。唐突ですが、折り入ってお願いがございます。
貴女様に、大事な話をさせていただきたいと思いますので、
3日後にさくやTVの付近でお逢いできないでしょうか?
本来でしたら、貴女様のご予定を聞いた上で……と致したいところですが
業務が多忙でして、私の予定がその日しか空いていないのです。
無理なお願いなのは重々承知はしておりますが、
宜しければ可及的かつ速やかに、ご返答いただきますよう
お願い申し上げます。 maki』
「大事な……お話?」
何だろう、想像もつかないな。
「ハッ!まさかこの期に及んで、強引にプロポーズ?」
あり得ないあり得ない。お付き合いもしていないのに。ってか、考えが飛躍しすぎだろ、私。でも、やりそうだよなー、あの人。
「可及的かつ速やかにって、どれだけ急いでるのよ」
3日後に逢いたいって……私の仕事予定を確認すると、図ったかのように休みだ。これって偶然なのかね。
「急いでいるようだし、返信しますか。今来たから、大丈夫よね?メール」
自問自答しつつ、メーラーを開いてOKの旨を送信する。
その数分後、お礼と待ち合わせ場所の詳細な内容が返ってきた。
「ふむ、ここでですか……ちょっと服装に気合い入れんといかんですかねぇ」
指定された場所は、いつぞやミステリーツアーで寄った、有名ホテルの系列店だった。
3日後。
私は、さくやTV近くのホテルのラウンジに来ていた。
待ち合わせは午前11時。現在時刻は、その10分ほど前。手近なソファーに腰を下ろす。
(私の格好、変じゃない……よね?)
差し障りのない紺のスーツ&タイトスカートで来たけど、このホテルの格式に合うのか微妙だな。ドレスコード厳しいとか聞いたことあるし。かといって、ガイド制服はプライベートじゃおかしいし。襟元に、仕事で使うスカーフ巻いてきたけど、何か浮いてるな。取っちゃおうか。
「お待たせしました」
そう言って私の背後から登場したのは、上下グレーのパンツスーツな格好をした……誰?
「えと……どちら様でしょうか?」
「あぁ、この格好では初めてでしたか。黒崎です」
そう言って差し出された名刺には、確かにマッキーさんの本名が印刷されていた。肩書き、フリーアナウンサー。ホントにアナウンサーなんだな、と失礼なことを考えた。普段のLINEがあぁなだけに(苦笑)。
「うわー、格好いいですねぇ。さすが業界人……あ、すいません。私、今日は名刺持ってなくて」
「いいんですよ。急なお呼び立てをしたのは私ですから。立ち話も何ですから、此方へ」
そう言って、エレベーターに乗るよう促された。行き先は、このホテルの最上階にある、個室つきの日本料理のお店だった。
「ささ、中へどうぞ」
個室に着き、中へ促される。
「日本料理の専門店ですか。初めてです」
こんな高級店、プライベートどころか仕事でも来たことないぞ。
「このホテルのオーナーさんが、『ぶらり旅』のスポンサーさんなんですよ。なので、仕事の打ち合わせ等でよく利用させてもらっているんです、格安でね」
「え、スポンサーなんだ、ここ……あ、その絡みですか?いつぞや、あのホテルでグラサンを取ったのは」
「あぁ、あの時ですか……ご名答。『せっかくの顔を隠すなよ』と、怒られまして」
「そうだったんですか」
納得。スポンサーの意向には、逆らえないか(ちょっと違う?w)。
「何か飲まれますか?私は、まだ仕事があるので飲めませんが」
「え、休みじゃないんですか!?まだ昼日中なので、お酒を飲む気にはなりませんが」
「ちょっと忙しくて……今日たまたま夕方まで時間が空いていたので、お誘いさせていただきました。急で申し訳ありませんでした」
「い、いえ、そんな……うーむ、LINEの時と違うから違和感ありまくりですね」
「幻滅しました?」
「普段がこうだといいんですけどね」
「相変わらず手厳しいです」
そんなたわいもない話をしながら、和やかに時は進んでいく。
「で、大事なお話って何なんですか?」
丁度お昼に近かったこともあり、このお店おすすめのランチを2人でつつきながら、私は今日の本題を切り出した。
「そうでしたね。その事でお呼びしたんでしたね」
マッキーさんはそう言うと、一息ついて静かに箸をテーブルに置いた。
「ガイドさん……いえ、美佐さん。私、今度長期出張することになりました」
「へぇー、取材か何か、ってことですよね。どちらまで行かれるんです?」
レポーターの仕事もやってるマッキーさんのことだ、こういうことは珍しいことではない。ただ、長期ってのは今までには無かったかな。
「実は……海外なんです」
「外国ですか。マッキーさんにとっては、珍しい仕事ですね」
ちょっと羨ましい。私は海外なんて、今までもこれからも行く機会はないぞ、おそらく。
「初海外なので、ちょっと緊張してます」
「へぇー、意外ですね。滞在期間は?いつから?」
「一週間後に、1ヶ月くらいとは聞いています」
「行き先は?」
「EU……ヨーロッパ方面ですかね」
「そうですか……良かった」
「え、どうしてです?……はっ、そういうことですかそんなに私に逢いたくないのですねLINEではいつも手厳しいですものねとうとう私も愛想をつかれましたかそうですよね普段がギャップありすぎですもんねとは言ってもどっちも自分ですしブツブツ……」
「待て待て待てい!」
突如口調が早くなり、自虐ループに陥りそうなマッキーさんを止める。
「どうしてそっち方面に行くかなぁ。私はね、海外って聞いて、中東とか治安の悪いところへ行くのかと考えちゃったから。そうじゃないことを聞いて、安心したんですよ」
「EU方面も日本よりは治安悪いですよ?」
「テロとか頻発してるとこよりはいいでしょう。取材も、観光地メインでしょうに」
「社会経済関連と半々、といったところでしょうか」
あー、たまにお固い方の仕事もしてましたっけ。そういえば、今日の格好はそういう向きのイメージですね。髪もポニテじゃないし。今更ながら、そんな格好を見たことがあるのを思い出していた。
「気を付けて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
「今日の本題は、この話しですか?」
「まぁ、そんなところです」
「別に、この内容ならLINEでも良かったのでは」
「逢って話したい気分でしたし、あっちだとキャラ壊れて話が進みそうになかったので」
「貴女にしてみれば、賢明な判断です」
「やっぱり手厳しいです」
二人で笑いあう。
「それにしても、本当にご馳走さまでよかったのですか?」
用事も終わり、会計を気にしてお金を出そうとしたところで、彼女にその行為を止められてしまった。
「大丈夫です。経費ですので」
「それまずいんじゃあ?」
昨今の政治資金問題などのニュースでも言っていたので、余計気になるよ。
「言い方が違いましたね。スポンサーの意向です」
「え、ホテルからの驕りってこと!?」
「ちょっと違いますが(苦笑)、いつぞやのミステリーツアーで、あのホテルにお客様をお連れしていただいたお礼も兼ねてるそうです」
「それ、私じゃなくて会社に、だと思うよー」
確かに、あの後も連日あのホテルに行ってて、合計バス10台分位のお客様を入れ込んだけど……宣伝効果でもあったのかね。
そんなことを言いながらエレベーターを降り、ホテルのエントランスまで戻ってきた。
「今日はご馳走さまでした」
「いえいえ。こちらこそTV局の近くまでご足労いただき、ありがとうございました。ふふっ」
「どうしたんです?突然笑って……」
「何だかデートっぽくて心が踊りましたわ」
で、デートって……そんなシチュエーションに見えなくもないな、これ。ぅわー、何にも考えてなかったよ、私。
「頑張って勇気を出し誘った甲斐がありました。なかなか仲が進展しないのを危惧してましたから。あ、では私は仕事があるのでこれで。お気を付けてお帰りください。本日は本当に、ありがとうございました」
そう言い残して、マッキーさんは去っていった。背中から、ルンルン気分なのが見てとれる。
「……」
デート、という単語に反応してしまい、口をパクパクしていた私。返す言葉が見つからなかった。
(こっちはこっちで、今の関係に悩んでいたというのに……最後の最後で、なんちゅー爆弾を落としてくれやがりましたか、あの人は!)
私は、心のなかでそう憤慨するのが精一杯だった。
後二話分くらいかな?ボチボチうpっていきます