第八節「神剣ラシア」
「ここが最下層ね。」
僕とミレアナは一番下まで来ていた。
柱は一番下の上層十メートル弱のところで途切れ、巨大な皿の上に乗った状態になっている。
その皿からは無数のパイプが柱から張り巡らされていた。
柱の途切れた丁度真下に、神剣と思しき剣が突き刺さっていた。
「あれがここの神剣ね。
ものすごい理力…ここで何年も刺さりっぱなしだったみたい。」
「生まれてからずっと入ったことなどない。
当然、地下室にこんな剣が在るとは知るはずもない。
だから、どれ程すごいのかも知らん。」
「そっか…そう、よね。
まぁとりあえず、あれが神剣よ。
抜いてきなさい。」
ミレアナに促されて刺されている剣に足を向けた。
一歩踏み出す度に凄まじい何かの力を感じる。
それに気圧されないように踏みしめていく。
やがて神剣の目の前に辿り着いた。
柄に手を伸ばす。
物凄い力の反抗を感じる。
ただの剣だ。
ただそこに刺さっているだけの剣。
その剣がまるで僕を品定めしているみたいな、力の流れを感じる。
手を通ってそれが伝わる。
伸ばす手は止めていない。
確実に近づけていっている。
にもかかわらず、果てしなく遠く感じた。
なかなか手に触れられない錯覚に陥る。
剣の柄を握った瞬間、目の前が真っ白になった。
『 貴方の心 復讐 憎しみ 怒り 悲しみの負の感情 それと並んで護りたいとする気持ち 誰かのために力を振るいたいとする気持ち その間には全てを失った絶望感や虚無感や孤独感が支配している 護りたい でも 護れずに再び孤独になることを恐れている だけど 貴方の真の心の底は果てしなく真っ白 光に満ち満ちている 世界のため 人のため 力を振るうことを望んでいる 何が世界のためか 人のためか悩んでいる 迷っている 』
何だ?
声?
『 クレイヴ アウデンリート 』
誰だ?
『 ラシア 』
ラシア?
『 私の名前 』
ラシア
『 主のアナタ クレイヴ 私はラシア 』
ラシア…キミは…何?
『 私はアナタの武器 道具 神によって創られた剣 神剣 ラシア 』
神剣ラシア……
『 私を手に取って 世界を救う 貴方にしかできない 世界を救う 唯一無二の存在 』
世界を救う、唯一無二の…僕がそんな存在…
『 主にしか私を使いこなせない 主だけ 主だけが私を使えて 主だけが世界を救う力を持っている だから掴んで その力を その力の名は 』
「クレイヴ…大丈夫!? クレイヴってば!!!」
「っ…。」
ミレアナの声で我に戻った。
僕は一体…
「いきなり独り言を言い出すからビックリしたじゃない。
誰かと話していたの?」
「誰かと…」
見ると諸刃の、赤く輝く剣を手に持っていた。
「クレイヴ? 本当に大丈夫?」
心配した様子で顔を覗いてくる。
「ラシア。」
「え?」
自然と出てきた名前にミレアナは首を傾げた。
「ラシアだ。
神剣ラシア…そう言っていた。」
「そう…言っていた? 何を言ってるの? 真剣は意思なんてないわよ。
自我だって…それも話したなんて、そんなことあるわけないわ。
白昼夢でも見ていたの?」
ミレアナは呆れたように溜め息を吐きながら目を細める。
どうやら全く信じていないらしい。
神剣は意思がない。
自我さえもない。
それじゃあ、さっきの声は何だったんだ? 少なくとも、白昼夢じゃない。
そんな余裕は、今の僕に存在するはずがないから。
「でも聞こえたんだ。
神剣ラシア…そうだろう?」
僕は剣に語りかけるように言った。
すると赤い刀身が脈打ち、より赤く輝いた。
まるで僕の言葉を返答したかのように。
「い、今の…脈打ち? 剣が…呼応したってこと? そんな…バカな…。」
信じられないといった様子でミレアナが目を見開く。
『主、私の声は貴方にしか聞こえません。
私との会話は心でするのです。
声に出して言ってしまうと、独り言を言ったみたいで変人扱いされちゃいますよ。』
この声はラシアだろうか? ミレアナには本当に聞こえていないらしい。
『キミがラシア?』
『はいです。
主、これからもよろしくお願いします! あと、私のことは伏せててくださいね、主。
でないと、あなたが変人扱いですよ。』
『あ、うん…分かった。
二度も言わなくても理解したから大丈夫。
でも、その…主なんて呼ばなくても良いよ?』
『しかしそれでは…』
「クレイヴ?」
「え?」
いきなりミレアナに呼ばれて言葉に詰まる。
「まるで可愛い女の子と話してるみたいに鼻の下を伸ばして…だらしないわよ。」
『主…かっこ悪いです。』
「二人してそんな言い方やめてよ。」
「二人?」
「あ…。」
『主!!!』
しまった。
ミレアナには内緒なんだよね。
いや、なんだろうこれ。
やりにく過ぎて死にたい。
二人の会話に反応するのが、普通だと思うんだけど…。
「な、何でもない!! そ、それより…とりあえず、これからどうする?」
無理やり話を逸らして誤魔化しにかかる。
一瞬怪訝な表情になりつつも、ミレアナ自身も特に気にしない様子だ。
「とりあえず、アンタのお母さんを供養して、すぐにアタシの里に来てもらうわ。」
「そっか…そうだね。」
ミレアナはさっさと前を進み始めた。
『まったく、主は何を想像されているんですか? 声に出したら変人扱いされるって言ったでしょう? それに言った途端に破るなんて…。』
『ご、ごめん…でも、まだ慣れてないんだ。
心で会話なんて今までした事がないからさ。』
心でラシアと話し、口でミレアナと話す。
なんだか変なコミュニケーションを取らなきゃならなくなった。
早く慣れないといけないな。
そもそもなれることが出来るのかな?
僕はミレアナに続いて地上を目指した。
何も考えないようにした。
これからどうなるのだろう。
僕は少しだけ、未来に希望を見出した。
絶望から解放された心地になった。