第五説 「存在理由の提示」
何もできなかった。
敵を前にして素手で何もできず、父さんを目の前で殺された。
母さん……。
そうだ。
僕にはまだ、母さんが居る。
こんなところで落ち込んでいる暇なんてない。
母さんは家の中なのかな? あの戦いの後で家が無事なのも不思議なくらいだけど、火もこっちまで広がっていない。
母さんが無事だという可能性が高い。
僕は家の中に足を踏み入れた。
父さんが目の前で殺されて…とにかく早く母さんに会いたかった。
母さんはきっと悲しむ。
でも、それ以前に落ち込んだ僕を受け入れてくれるはずだ。
包み込んでくれるはずだ。
そんな身勝手な事ばかり考えながら僕は母さんを求めて家に踏み込んでいた。
でも、どこを探しても母さんの姿は無かった。
一体どこに行ってしまったのだろう…。
先に逃げて、避難しているのだろうか…。
僕は家の中をくまなく探した。
リビング、洗面所、居間、二階の両親の寝室、僕の部屋、そして屋根裏。
どこにも母さんはいなかった。
「クレイヴ!!」
女性の声が聞こえた。
屋根裏の下からだった。
「母さん!?」
思わず口に出た言葉。
僕の精神状態の深刻さが際立っている瞬間だった。
「アタシよ、クレイヴ。
シリル・アウデンリートは居ないわ。
彼女のエアロイズの流れはここでは感じられない…。」
屋根裏から見下ろすと、ミレアナがこちらを見上げていた。
母さんとは全く違う、子供の声質。
それすらも分からずに母さんと錯覚していたんだ。
それほどまでに、今の僕は母さんを求めていた。
「………君か。
ここは僕の家なんだけど…何の用なの?」
「何の用とは失礼ね。
貴方をフェアライトのもとに来てもらうためなら家の中にだって来るわ。」
「なんだと?」
ミレアナは当然だというように言った。
来てもらうためだけにこんなところに来たのか…。
僕は屋根裏から出て床に降り、彼女と対峙する。
「僕は…父親を目の前で殺されたんだぞ? なのにそれを平然として、自分のことを相手に押し付けるのか? それに、まだ諦めてなかったのかよ…。」
「当たり前じゃない。
どうせアウデンリートの血は一部しか継いでないんだから。
それに済んだことを引きずっていても始まらないでしょう。
貴方の父親と考えていた人が死んで悲しいのは分かるし、哀悼の意は私にもある。
こうして貴方を育てて、フェアライトの未来のために、世界の未来のために尽くしてくれたのはありがたいわ。
でも、今はこうしている場合じゃないの! 現状を見て! 現実を受け止めて! 貴方の父親は死んだのよ。
そして今は、母親を探すなんて小さいことじゃなくて、世界を救う使命がある。」
その言葉にまたも僕は怒りに燃えた。
完全に僕の意思と関係なく、自身の世界に引きずり込もうとしている。
更に母さんのことを小さいこと、なんて言った。
言葉でなら何とでも言える。
どうせ哀悼の意なんて持っちゃいない。
瞬間的にそう考えた。
「ふざけるな!! 僕はアウデンリートの遺伝子を基盤として作られた存在だ! そして、ここまで育ててくれたのはフェアライトなんかじゃない。
デニス・アウデンリートとシリル・アウデンリートだ!! お前たちフェアライトのためなんかじゃない! 世界のためなんかじゃない! ただ、子供欲しさに僕を創っただけだ! 僕はお前たちなんかのために…こんな世界のためだけに力を使うなんて…絶対に嫌だ!!! それがフェアライトという存在だというのなら…僕が全て壊してやる!!!」
必死に訴えた。
僕の存在そのものに関わる問題だったから。
父さんと母さんに言われてようやく見出した存在理由なんだ。
それを真っ向から否定されて黙っているなんてできない。
「アンタ……そんなことを言っていいの? そんな風に言ったら、ここで貴方を私が殺すことになるわよ。」
彼女もこれには怒りを表したようだった。
ミレアナは腰に片方ずつぶら下げた、対の短剣の柄を握る。
でも、この状況で僕に非なんてものはないはずだ。
それでも、ここで殺されるわけにはいかないし、殺すつもりもない。
だから、イチかバチか交渉要件を出すことを考えた。
「……やってみろよ。
僕はお前なんかより強い…。
…だけど、今は母さんを探すことが先決。
それが果たせない限り、話を聞くつもりも、付いて行くつもりも、戦うつもりもない。
それを終えたらいつでも来いよ! 相手になって、返り討ちにしてやる。
だけどその時は…お前を殺す。
お前の全てを引き裂いてやる。」
今は戦いたくはない。
今すぐにでも僕は母さんを助けたかった。
これで交渉が決裂するなら仕方ない。
そのときは容赦なく殺そう。
それを彼女に明確に示すために鋭く睨みつけた。
「それに、僕は誰のものでもない。
化け物でもなければ、兵器でも道具でもない。
僕が僕の意思で行動して、僕の好きなようにする。
その権利は誰にも侵せないはずだろ。
僕は両親に望まれて生まれた、少しくらい優れただけの…ただの人間だ。
だから、僕は君にはついて行かない。」
交渉に加えて僕はこの場で、ハッキリとした存在理由をミレアナに提示した。
もはや「人間」という言葉すら古語と化した世界で、僕は敢えてこの言葉を引用した。
僕にとって見れば全ての種族は、まとめて言えば「人間」だから。
結局のところ、みんな同じような形をした種族だ。
犬や猫とは違う。
違う部分があってもそれは些細なこと。
僕にとっては同じ。
だから「人間」という言葉を使った。
「はぁ…そんな風に言われちゃったら何も出来ないじゃない。
良いわ…この勝負、お預けね。
シリルのエアロイズはまだ一応感じられるから死んでいないわ。
案内するから付いてきて。」
そう言って階段を駆け下りていった。
なんともあっさり了承してくれたことに拍子抜けしてしまう。
勝てないと思ってのことか他に理由があるのかは、定かではないけど、戦わないに越したことはない。
それに、ここで無駄に消費して母さんを助けられなかったら本末転倒だ。
大人しく僕も従うしかない。
「……良いの?」
「えぇ…それより、急がないと死ぬわよ。
助けたいんでしょ? アンタの言うことを聞かないとアタシの言うことも聞いてくれないなら、仕方ないわ。」
真剣な顔で僕を見上げて言ってきた。
二言はない。
そう伺える表情だった。
「できればアタシだって戦いたくなんかないんだから…。」
「え?」
「なんでもないわ。
さ、早く行くわよ。」
ミレアナがいった言葉は聞き取れなかった。
こうして素直に人の意見も聞ける分、根はいい子なのかも知れない。
まぁ、色々と無茶苦茶な言動が多いし、まだ完全に信じたわけではないけど、敵か味方かの二択なら、味方と捉えてもいいと思えてきた。
先ほどの言葉は気にせず、僕はミレアナに付いて行った。