第四十二節「孤児へ捧げし救いの声」
「ここよ。」
僕たちはアミリアさんに案内されながら、孤児院へとやってきた。
絹の髪を長く伸ばし、黒一色の修道服に身を包む女性。
元・国立グランヴォール大学附属中央図書館の司書を務めた、意志の強そうな青い瞳を持った人。
彼女は当時の僕に話しかけてくる一人だった。
「……大きな家、ですね。」
大きな白い門があり、庭に沢山の遊戯があり、その奥の家は二階建ての赤レンガ造りの大きな家。
多くの子供がここで伸び伸びと遊んでいる。
ある意味ではこの街一番の活気に満ちた場所じゃないだろうか、なんて考える。
「最初はかなり小さかったけれどね。
少しずつ…少しずつ…お父様に頼んで、大きくしてもらったの。
帝国軍の侵攻で、ここが潰されなくて本当によかったわ。」
ニコッと微笑みながら僕たちに語りかけてくる。
まるで、ディーナスが話しているような、聖母のような印象がある微笑みだった。
「あっ! アミリアおねえちゃん!! おかえりなさーい!」
ピンク色の髪に金色の瞳をして、豪華なドレスに身を包む小柄な少女。
無邪気な瞳をキラキラとさせながら駆け寄ってくる。
「えぇ、ただいま。
いい子にしていましたか?」
「もちろん!!」
元気よく頷いた少女。
しかし、そのこの腕は右腕だけで、綺麗に左腕がなかった。
彼女はアミリアさんから頭を撫でられて満面の笑みを浮かべる。
「おかえりなさーい! アメリアおねえちゃん、おみやげは? おみやげは?」
同じくらいの背丈の男の子が駆け寄ってきて、心底嬉しそうに跳ねている。
彼は右目に眼帯を付け、顔以外は黒の外套で包み隠している。
「もちろん忘れてなんかいないわよ。
はい…アレックスにはおもちゃ、だったわね。」
そう言ってアミリアさんは、アレックスという男の子におもちゃの銃をあげていた。
「わーい!! ありがとう、おねえちゃん! 大好き!!」
「あまりはしゃぎ過ぎたら、また転ぶわよ? 貴方は片目しか見えないのだから。」
「はぁーい!」
元気よく返事をする。
その後も、次々とやってくる子供たち。
その悉くが、どこかに障害があった。
先ほどの片腕の子や隻眼の子、片足の子もいれば、両足がなくて車椅子の子も居る。
「それよりも皆。
こちらはクレイヴお兄ちゃんと、シェイラお姉ちゃんよ。
お相手してくれるから、よろしくお願いしますって言ってね!!」
「「「「「よろしくおねがーーいしますーーー!!!」」」」」
「「は、はぁ…こちらこそ…。」」
やたら間延びした挨拶に、苦笑を浮かべざるを得ない二人。
「なんだこれ? ねぇねぇ、にいちゃん。
これ、ほんもの?」
「あ…う、うん。
本物、だけど?」
「すっげぇ! かっけぇ!! どうやって使うのか教えてくれよ!!」
「くれよ!!」
「それじゃあ、少しだけ…教えてあげるよ。
あ、これを使うんじゃなくて…もっと他のもので教える。」
「ちぇー…けど、にいちゃんつよそうだし、アミリアおねえちゃんまもるためにも…いっぱいオレたちにおしえてくれよな!」
「そういうことならお安い御用だよ。」
「おねえちゃん、おねえちゃん! おねえちゃんは、すきなひと…いるの?」
「いるの?」
「え? ええっと…。」
「いないの?」
「いないの?」
「まま、まだ…居ない、かな…。」
「ちぇーつまんないなぁ…。」
「つまんないなぁ…。」
「ご、ごめんね! ごめんね!」
いつの間にか、僕とシェイラも子供たちの遊び相手として目をつけられていた。
そんなこんなで時間が過ぎていき……。
ようやく子供たちは寝静まった。
「今日はありがとう。
子供たちの面倒を見てくれて。」
「いえ、結構楽しかったですし…。」
「うん。」
その場に集まったのは僕とアミリアさん、そしてシェイラだった。
シェイラは最初の頃は何か問いただされていたようだったけど、途中で砂浜で遊ぶようになって物凄い出来のお城を作ったりしていた。
一方の僕は男たちが中心になって、木の棒を持ちながら戦闘指南…みたいなことをしていた。
彼らは何も力がないなりに、アミリアさんを守ることを目指しているのだと言って、そのためにも力が必要だと言っていた。
僕と少し重なるものがあったから、少しでも力になれればと思い、指導した。
そして、一緒に風呂に入り、一緒に食事し、シェイラの歌声で眠らせた後に、こうして集まっていた。
「そう言ってもらえて、私も嬉しいわ。」
「でも、子供たちの殆どは、どこかに障害があったよね。」
「えぇ…彼らはクリニーズ。
この街で迫害を受けて、傷つけられて、中には人体実験染みたことを受けた子まで居るわ。」
「え…。」「そんな…酷いの…。」
僕たちは彼女の言葉で顔を歪ませていた。
「望まれて生まれていない子たち…その子たちが限られた空間で、限られた仲間の中で過ごすには…ここ以外に居場所がないの。
ただ、迫害を受けながら育った子供たちだから、きっと貴方達の事も分かるのかもしれないわね。」
「……僕たちも迫害される側だからね。」
そうだ。
僕もシェイラも迫害を受ける側の人間。
子供は純粋で敏感な存在だから、僕たちがそちら側の人間だというのが分かったのかも知れない。
あまり僕としては子供なんて慣れていないけれど、いざ混じって遊んでみると楽しかった。
化け物と言われ続けていても、人の子には心を開くのだなと思った。
「エーデル・フェアライトだったわね、シェイラちゃん。」
「え…あ、そう…なの。」
「……こんなこと、貴女に頼むべきではないとは思うんだけど…。」
シェイラに対して言葉を紡ぎ、ため息を一つ吐いた。
そして、ジッと彼女を見つめ…。
「あの子たちに、一度だけでいいの。
大天使の声音を聞かせてあげて欲しい。」
大天使の声音。
エーデル・フェアライトが持つ特徴の一つで、心に直接働きかける声と言葉の事。
彼女たちが発する声は名が示す通り。
シェイラが歌に心を籠め、心を操作し、心を洗い流し、それまでの悲しみや苦しみを洗い流してくれる。
洗脳ではなく、洗心の歌声。
「……元から、そのつもりなの。」
「え?」
真剣な顔で言い切るシェイラと、呆気にとられるアミリアさん。
シェイラの性格を考えれば当然の答えなのかもしれない。
「アレックスが声を発することができないのは…すごく深くて深くて…どこまでも深い悲しみと苦しみを感じた結果の産物なの。
私が歌ってあげれば、声を発する力になれると思ったから…孤児院に案内してほしいって…思ったの。」
「シェイラちゃん…。」
シェイラの言葉にアミリアさんも感極まったのか、目から涙を流し始める。
「明日…私、みんなの前でお話しするの。
すごく緊張するけど、頑張る…だから、泣かないで。」
「ありがとう…本当に…ありがとう…。
嬉しい…嬉しくて…嬉しくて…涙が、止まらないわ…。」
「それで…良いよね? クレイヴ。」
「確認するまでもなくね。
僕としても、お願いしたいくらいだしさ。」
僕の言葉を聞いて、シェイラは満足げに微笑んだ。
その微笑みも、大天使の微笑み…なんて評価したくなるものだった。
翌日。
子供たちの起床と朝食を終わらせ、全員が礼拝堂で待機した。
木製の長椅子が入り口から正面の舞台まで、幾重にも並んでいる。
正面の舞台にシェイラが立ち、長椅子に子供たちが並んで座っていた。
男女入り混じった小さな子供たち。
誰も彼もがどこかに障害があり、悲しみを抱えている。
そんな子供たちの前に立ち、緊張を押し殺しながら見渡しているシェイラ。
「みんながこうして同じ場所で、私を見ているのは他でもない…私が貴方たちの、悲しみも苦しみも…取り除いてあげたいと願ったから。
ここに来たのも、ここに居るのも、それが一番の目的。」
両手を胸の前で組み、ゆっくりと、そしてハッキリと言葉を紡いでいく。
まるで小さな針に糸を通すような、慎重さがうかがえる。
そうして、ここにいる誰もがシェイラに意識を向けた。
「貴方達みんな…苦しみのただ中に生きて、深い悲しみを抱いている。
私も、苦しみや悲しみを抱いている。
だから、私も貴方たちも同じ。」
それは大天使が奏でる究極の声。
救いをもたらす聖なる言葉。
「誰も、彼も、一人などではありません。
人が居て、誰かが居て、誰かと居て、貴方たちは生きていると実感できるのです。
同じ悲しみや苦しみを抱く者同士、同じ価値観を抱く者同士、同じ願いを抱く者同士…みんなで仲良くなり、みんなで支え合える仲間です。
貴方たちは、どこかに障害があるかもしれません。
貴方たちは、どこかが普通ではないかもしれません。
貴方たちは、どこかで自分を忌避しているかもしれません。
しかし、そのようなことをする必要など一切ないのです。
自分を受け入れ、相手を受け入れ、幸福を受け入れてください。
そして、誰よりも痛みも、苦しみも、悲しみも抱いている貴方たちだからこそ、救える人たちが沢山居ます。
少しでもいい…ほんの一部でもいい…ただの一欠片でも…誰かのために考え、誰かのために行動し、誰かのために祈ってあげるだけで、その人達のために動いたのと同じなのですから。」
微笑み、言葉を紡ぎ、この礼拝堂が天国と化す。
救いの言葉の一つ一つに聖なるエネルギーを孕み、どれほど小さな子供でも涙を流している。
難しい言葉かもしれない。
ただ、心に訴えかける言葉は、語彙の難しさなど表面上の些事に過ぎない。
「貴方達一人一人の過去は、私には分かりません。
でも、貴方たちは必要とされていないなどということは、決してありません。
貴方たちは確かに必要とされて生きてきたのです。
この世に生を受けた以上は、何かを願われて生きているのです。
この時代だからこそ、貴方たちが救える人が居て、救える世界があり、救える未来があるのです。
それは決して無駄にはならず、貴方たちが存在することこそが世界の、誰かのためになります。
どれほど辛く、苦しい只中にあったとしても、貴方たちにしか救えない人を救ってください。」
ああ…これほど聖なる言葉が存在するのか。
神からの言葉でなくとも、その神々しさは、普段の彼女からは考えられない。
空色の髪をした少女は、空から降臨してきた女神を象徴しているかのようだった。
彼女の言葉、声、それらが心の呪縛を溶かし、この場にいる誰もが、彼女の言葉によって救われたことだろう。
「ありがとう…素晴らしい言葉を貰ったわ。」
「い、いえ…そんなこと…。」
「シェイラ、救ったのは事実だし、そんなに謙遜することないよ。」
あの後、全員の鳴き声が聞こえる礼拝堂で、アレックスが言葉を発した。
「ありがとう」…その言葉だけだったけれど、その場にいた全員が呆気にとられ、同時にワッと感極まった様子で声を上げながら泣き始めた。
大天使の声音の影響は、少なくない彼らの力となったに違いない。
「そ、それじゃあ…どういたしまして…なの。」
控えめに返礼する。
シェイラらしいと思った。
「それはそうと…この国は…情勢的にどうなんですか? 僕たち、その任務で来てて…スパイとかじゃないんですけど…。」
「…そうね。
とりあえず、帝国軍の侵攻を受けて、平和的解決を目指す方針ではあるわ。
ただ、帝国がそれでも攻めようと考えるのならば、こちらも容赦しないといったところね。」
つまりは帝国の出方次第ということか。
「こちらから攻め入ったりということはないの?」
「そうね……クーデターでも起きない限りは大丈夫よ。
まぁ、私が居る時点でクーデターなんてさせないけどね。」
ニッと笑いながら言い切るアミリアさん。
相当な自信があるらしい。
「でも、任務ってどんな任務請け負ってるの?」
アミリアさんの質問に少々迷いつつも、話しても大丈夫だと判断する。
一応シェイラに目配せすると、彼女も僕と同じ想いらしく、頷いてくれた。
「フェアライトの仲間の任務です。
帝国軍がこの国を攻撃したことで、種族戦争が起こる危険があるということで、僕たちは両国の情勢を調べていました。」
「なるほどね…まぁ、向こうの情勢は聞かないとして、君はフェアライトの方に力を貸してるってことね?」
「はい…あそこが僕の居場所ですし、シェイラや他の仲間に救われましたから…この国よりも、フェアライトの人たちのために力を振るうと決めました。」
「そう……頑張ってね。」
僕の返答に一瞬だけ悲しげな顔を浮かべつつ、すぐに微笑した。
これからどうなるのか、それはわからない。
ただ、ことがうまく運んだおかげで、パルケニア王国での情勢確認も終えることができた。




