第三十九節「帝都脱出」
周囲一帯は更地にされ、瓦礫の山と化していた。
そこにコンヴァルタの兄妹は居ない。
傷が完治した僕はシェイラを探し、傷だらけで倒れているのを発見した。
空色の髪は大部分が赤く染まり、着ているワンピースすらも白よりも赤が目立ってしまっていた。
体中に刻まれた傷からは、止めどなく出血している。
僕はそんなシェイラを抱え、帝国を後にしようと立ち上がった。
『……酷い傷だな。』
『クレイヴ、彼女を抱えてください。
私が風の理力を彼女に送り込んで止血します。
傷を完治できずとも、止血くらいなら何とかなるでしょうから。』
『わかった。』
「お前! この状況下で生き残った者だな。
話があるからついて来てもらおうか。」
背後から声を掛けられた。
『警備軍の人たちらしいですね。
明らかにこちらを尋問しようとしていますけど、どうしますか?』
『当然、こんなところで油を売ってる場合じゃない…逃げよう。』
男数人の気配を感じ取り、僕は無言でその場から逃走しようと走り出す。
助けてもらえればそれでいいけど、怪我をしているのはフェアライト。
迫害対象がいくら怪我をしていようが構わないと思うのが、関の山だ。
関わらない方が良い。
「待て! 止まらんか!!」
『止まれと言われて止まる奴が居るか!なんて言葉は吐かないんですか?』
『ありきたりなセリフだけど、少しでも手がかりが少ない方が良いと思うから、何も言わないでおくよ。』
『つまらないですね。』
『ラシア…他人事だと思って楽しんでないか?』
『バレちゃいましたか。』
内心でため息を吐きながら足を動かす。
僕はシェイラの傷に風の理力を送って止血し、全速力で駆けていった。
足元は夜の暗闇で見え辛かったけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。
身体能力に圧倒的な差がある上に、こちらは風の理力で速力を増しているから、オリジナルの人間であるクリニーズたちに追いつける筈もない。
僕たちは北側から南下していたらしく、中央に到達しようとしていた。
瓦礫の山で見渡せるようになった先には、横一列に並ぶ黒い何かがあった。
視力を何倍にも跳ね上げて凝視する。
数キロ先に、帝国正規軍が陣を布いていた。
恐らく、この更地を形成した相手に警戒しての軍隊行動なのだろう。
そう考えると、先ほどの数人の男たちは警備兵ではなく、偵察兵の可能性が高い。
その偵察兵の報告を受けてか、帝国正規軍は完全な陣を布いているということだろう。
『マズい…。』
後ろには先ほどの偵察兵たち。
前には陣を布いた帝国正規軍。
全軍は歩兵隊で統一されているらしく、全員が鋼鉄の鎧で覆われていた。
『どうしますか?』
『どうするも何も…無論、突破するよ。』
どうするかなんて考える暇なんかない。
突破できるなら突破し、できないならその時に考える。
後ろを振り向くと追っ手はいつの間にか居なくなっていた。
視力を元に戻し、正規軍との距離は数百メートルに到達。
空に数発の照明弾が放たれ、辺りが昼のように明るくなった。
それと同時に、互いの体の形までほぼハッキリと見えるようになる。
ズガガガガガガガガガガ!!!!
あたりに突然響く射撃音。
音速を超えてこちらに向かってくる銃弾は、僕のみに向けて一斉に放たれ始める。
『クレイヴ!!』
わかってる。
体の周囲数メートルに天候操作で局所的に、不可視の渦風を発生させ、纏った。
超音速で放たれた銃弾の悉くを弾きながら、突貫していく。
「くそっ! 何をしている!? なぜ全く当たらんのだ!?」
「どこを狙っているんだ貴様!!」
「照準は捉えています!」
絶賛混乱中の正規軍。
彼らから見ればまるで銃弾が僕の周りを避けているように見えるだろう。
僕はひたすら、ひたすら走り抜けた。
前方で立ちはだかっていたプロトン帝国正規軍は、僕が形成した渦風によって吹き飛ばされていった。
「ば、化け物だ!!」
彼らの間を通過する中、周囲から時折発せられる言葉。
その間も銃撃は収まらず、弾丸の悉くを弾き、明らかに軍全体の統率が乱れていた。
シェイラを抱え込んだまま、がむしゃらに突っ込む。
街角に入ると更に速度を上げて複雑な通りを駆けていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
息を荒げ、シェイラを建物の壁に凭れさせると、その横に座り込んだ。
あれからどれだけ走ったのか、見当もつかない。
ただ、少しだけ休みたかった。
『大丈夫ですか?』
『もう少しだけ休む。』
「絶対に逃がすなよ…必ず見つけて、必ず仕留めろ!!」
「っ!?」
くそっ! もう追っ手がここまで…。
それほどの距離がない上に、シェイラも一緒に隠さないといけない。
咄嗟にシェイラを抱え、目についた大きな箱の中に身を躍らせる。
中は真っ暗で、空洞になっていた。
……ッ……ッ…ツッ…ツッ…コツッ…コツッ…コツッ…。
次第に近づいてくる足音。
僕は息を潜め、気配を完全に断ち切る。
コツ、コツ、コツ…コツッ…コツッ…ツッ…ツッ…ッ…ッ…。
目の前を通り、前を通り、通り過ぎていく足音を聞いた。
完全に足音が消えたのを見計らって外の気配を探る。
………。……。…。
何も感じないことを確認して、そっと箱の蓋を中から少し開けて周囲を目で確かめる。
誰も居なかった。
「ふぅ…。」
一息吐きながら箱の蓋を全開にして外に出る。
中からシェイラを出して抱え、小走りで反対方向を進んだ。
やがて、帝国全体を囲むの巨大な壁が立ちはだかった。
その高さは数百メートルはあるのではないかという印象で、夜ということもあって、。
出口だ。
ここまでなんら障害なく到達することができた。
追手はまだ徘徊しているらしく、時折何かを探す声が聞こえてくる。
『出るのですね?』
『あぁ…そしてそのまま、パルケニア王国に…。』
「居たぞ!! 座標2711地点の壁の前だ!!」
正規軍の一人に発見され、通信で連絡をされてしまう。
「クソッ!」
僕は通信している兵士に突貫した。
「と、止まれ!! 止まらんと撃つぞ!!」
止まらない。
瞬時に彼の背後に回り込む。
「は、早っ…ぐ…あ…。」
振り向き際の彼の顎に向けて掌底を放って気絶させた。
すぐさま壁に向かって駆け出す。
高さは相当あるけれど、ここ以外に脱出する場所は存在しない。
シェイラを抱えた状態で壁を越えるべく、跳躍・飛翔する。
「撃てぇぇぇぇ!!!」
ズガガガガガガガ!!!
強烈な射撃音が背後で唸り、反応に遅れた。
背中の急所はラシアで守っている分、十数発の銃弾だけで済んだ。
その銃弾の内、殆どが両肩貫通、数発は脇腹を掠め、一発は背中から左肺にかけて貫通した。
合わせて秒速数百発規模の銃弾を放たれたにしては僥倖な結果ともいえる。
「ぐあっ…っく!」
我慢する。
両肩の痛みも脇腹の痛みも我慢しながら、片方の肺を使いながら息をする。
そして再び、風の渦を体外に形成した。
その間も間断なく放たれる銃撃。
焼けるような痛みと苦しみ振り払い、飛行が安定しなくなりながらもゆっくりと壁を昇っていく。
「くそ! 逃がすな!! 撃て撃て撃て!!!」
下で叫び声が響き、集結した正規軍が更なる銃撃を加えるも、いずれも渦風の向こうにいる僕には到達しない。
僕は最上に到達した。
背中が恐ろしく痛い。
しかし、それもまたあと少しで…。
ヒュッ!! ドオオオオオオン!!!!!!
一瞬、ほんの一瞬だけ風を切り裂く音が耳元で響き、「あ」という間もなく強烈な爆発を背中で受けた。
四肢がバラバラになり、内臓がグチャグチャになるんじゃないか、と思うほどの強烈な衝撃を背中に受ける。
渦風が遮り、背中に背負った神剣・ラシアが受けていたにもかかわらずの衝撃だった。
数メートル飛ばされた後に地面に向けて落下を始める。
背後に刺さる大量の「何か」の破片、周囲に漂う焦げた臭い、キィィィンと響く耳鳴り。
破片も背中全体といった風情で、辛うじて残った肺は無事だった。
『クレイヴ…』
かすかに聞こえたラシアの声。
それで辛うじて意識を覚醒させ、地面に向かって落ち続けていることに気付く。
このままだとシェイラを地面に叩きつけることになる。
僕は微かな風を形成させると体を反転、ラシアを抱えたまま背中から落ちる態勢になった。
ビュウウウウ!!っという音が耳に響き、落下速度の凄まじさを物語る。
僕はシェイラを途中で離さないように、圧迫しない程度に抱き締めた。
ガッガッガッ!!!
何度も何度も体を叩きつけられ、息が止まり、骨が軋み、器官が止まりそうな錯覚になりながらも耐える。
体が上下左右に激しく回転する。
それでも、彼女が傷つかないように、庇い続けた。
ズザザザザザザザザ!!!!
地面を抉り、砂埃を上げながら、体は地面を擦り進む。
当然、シェイラを庇いながらだ。
ようやく止まった時には、着地から数メートルほど擦り進んでいたことを知った。
『あー、あー、生きてますか? 生きていたら返事下さい。』
『生きてるよ。』
内心ため息を吐きながら答えた。
『それは何よりです。
とりあえず、どうしますか? 今のクレイヴ、あなたが思っている以上に満身創痍ですよ?』
言われて気づく。
脇腹を銃弾が掠め、両肩と左肺は銃弾が貫通し、背中には砲弾の破片が無数に突き刺さっている。
落下の影響で額からも血が流れ、両肩は脱臼し、腕の靭帯も損傷しているらしく、シェイラを抱えるのも痛みでどうにかなりそうだった。
ただ、両足は何ともなっていない。
とりあえず、脳内で大量にアドレナリンなるものが分泌されつつあるだろう。
『足の痛みはないから…ひとまず歩ける。
シェイラ自身の自然治癒能力は驚異的だし…夜明けまでは僕が頑張れば何とかなると思う。
両足がなんともない分、歩こうと思えばできる。
それよりも追っ手に追いつかれたら、今度こそただでは済まない。』
『そうですね…しかし、無理をすればそれこそただでは済みませんから、気を付けてくださいね。』
『分かってる。』
そうして僕は満身創痍の体に喝を入れ、シェイラを抱えながら歩き出した。




