第三説 「始まりの時」
「さぁ、着きましたよ。
しっかりと授業を受けて下さい。
私の方でもしっかりと教員に貴方を参加させるように進言します。」
僕は気付いたら教室の前まで来ていた。
回想している間に連れて来られていたみたいだった。
「それでは…私はこれで帰ります。
またどこかで逢いましょう、クレイヴ・アウデンリート。」
「え…?」
今、僕の名前を呼んだ? 名乗った覚えはないけれど...回想している間に無意識に名乗ったのかな。
色んな考えをする中、僕は教室に入った。
全員が授業に集中し、僕の存在がまるでないとでも言っているように顔を向けるのは誰一人居なかった。
僕は自分の席まで歩み寄り、席に着いた。
「貴方がクレイヴ・アウデンリートね。
想像以上に頼りなさそうな顔。」
僕の隣で視線を向けて話しかけてくる少女が居た。
そっちに目を向けたけど、今まで見たこともない人物だった。
長い耳をしていて、紫の髪を耳の上で二つに結っているフェアライトの少女。
白い学生制服に紺のスカートを着込んでいる。
髪と同じ紫眼の双眸をこちらに向けて、悪戯っぽくニヤリと笑い、頬杖を突いてなんだか偉そうだ。
僕が授業をサボっている間に転校してきたのかも知れない。
「君は…誰?」
「あたし? あたしはフェアライトのミレアナ。
アンタに協力してほしいと思ってね。」
「協力? 何をするの?」
こうして話していても誰も何も言わない。
授業は教師の言葉だけが響く場のはずで、ジーニアスの生徒が言葉を交わせば注意をするけど、僕たちではどれだけ話そうが騒ごうが何も言わない。
デルトリアだから…そして彼女もまた、フェアライトだから。
ジーニアスは基本的に差別意識が強い種族。
自分たちも差別された過去があるのに、不思議なものだと思う。
「種族別に勃発する可能性のある、種族間の戦争を止めることよ。
もうあまり時間が無い…すぐにでもクリニーズとジーニアスの紛争が始まるわ。」
「ン?……ちょ…え? ちょっと、ちょっと待ってよ…。
あの、さ…そんなこといきなり言われたって…何をどうすべきか分からないし、今の状況でそんなこと…。」
本当に意味が分からない。
彼女は何が目的でこんな話を持ち出したのか。
とりあえず、僕がデルトリアということは把握しているらしい。
その力を借りて、種族間の戦争を止める、と。
うん、やっぱり、言っている意味が分からないな。
そもそもクリニーズとジーニアスの種族間戦争が起こるのなら、何らかの原因があるだろうし、第一その二種族が争ったところでどうというのだろうか。
デルトリアだから止める力があると思っているみたいだけど、そのデルトリアにとって二種族が戦争しようが滅びようが関係ないと考える、なんて思わないのだろうか。
「そう……じゃあ、黙ってついて来て…。」
ミレアナは僕の手を引いて立ち上がり、強引にそのまま引っ張っていく。
当然、教室は何も起こっていないように平然と授業を淡々と進めていた。
青髪の少年と紫の髪の少女がどこでどうしようと、全く気にも留めていない。
「ちょっと…何を…」
「いいからついて来て。
ここだと都合が悪いのよ。」
そう言ってヅカヅカと歩き続ける。
僕は最早されるがままになった。
連れて来られたのは学校の裏側にある、立ち入り禁止の建物の扉の前だった。
ミレアナはその扉の鍵を持っていて、簡単に開けては中に入った。
中は倉庫のようになっていた。
物が乱雑と積み重ねられて、埃っぽい。
「話って…こんなところでないといけないの?」
「仕方ないでしょう?立ち入り禁止の扉を開けて入ろうとする人なんて居ないんだから。
鍵は警備の人が持っていて、その人から拝借させてもらったわ。」
クスッと悪戯っぽい笑顔を浮かべてそんな事を言っていた。
何をやってるんだ、この子は…怖くはないのだろうか…。
「さて…時間が惜しいわ。
もうただでさえ開戦直前だって言うのに…。」
「何があったの?」
彼女のここまでの行動を観察する限り、嘘ではないのは分かる。
彼女が言った種族間の戦争を止めて欲しい、という言葉。
開戦直前という言葉。
いきなりそんな事を言うのも変な話だと思ったけど、嘘ではないらしい。
ということは、本当に戦争が起こるのだろうか。
いくら関係ないとは言ったものの、多くの命が失う戦争なら、放っておくわけにもいかない。
僕は黙って彼女の話を聞くことにした。
「さっき言った種族戦争…言葉の通り種族間の戦争ね。
恐らくクリニーズがジーニアスに仕掛けるはずよ。
今まで4000年の間、ジーニアスに蔑まされてきたから…。」
「クリニーズがジーニアスに蔑まされて来たって事? でも、クリニーズは独自の文化を築いてきたんじゃ…。」
「それはジーニアスが改ざんしてきた歴史。
真実はジーニアスが全ての種族を蔑んで、全てを管理下に置いている。
その結果と象徴が、プロジェクト・デルトリアなんだから。
デルトリアを生み出すことで、全種族の管理を決定的なものにしようとしているの。」
「でも、何千年も昔って言っても…クリニーズの力じゃ、ジーニアスには敵わないんじゃ?」
そう…クリニーズはかつてヒトと呼ばれた種族。
どの種族よりも弱い種族。
その代わりのように数はどの種族よりも多い。
「そう思うでしょう? でもね、クリニーズは大陸に散らばる剣を二つも手にしているの。」
「大陸に散らばる…剣?」
「えぇ…ヒトがこの世に生まれるよりも遥か昔…神々が打ったとされる剣のことよ。
各大陸に一振り…地中深くにあり、全六振りあるとされる内の二つ・ノースメリカとサウスメリカ…それをクリニーズが発見したの。
このままだと必ず戦いが…いえ、破壊が始まってしまうわ。
神が打った剣は破壊力は桁外れ…そんな代物が二振りもあるの。
いくらジーニアスといえど、対抗なんて出来ないし、瞬く間に蹂躙・破壊されてしまう。」
「な…ッ…!?」
とんでもない事を聞いてしまった。
紛争や戦争よりも、そういった剣があることに驚いた。
そして同時に止められるなら止めたいと思った。
戦争に参加する兵士は皆死ぬ覚悟が出来た上で行っている。
でも一般の人はそうじゃない。
普通に生活して、毎日を生きているのに、それも関係なく殺す剣。
いくらジーニアスが気に入らなくても、それだけは止めたい。
「フェアライトの私たちだって例外じゃないの。
だから…デルトリアの貴方に止めて欲しい。」
「デルトリア……の…?」
『デルトリアの貴方に止めて欲しい』
この言葉が頭を数回反芻する。
急に嫌な気分になった。
ミレアナはデルトリアだから僕を選んだ…デルトリアは力があるから。
そんな動機で僕の元に来て、僕に頼んでいるのか? いや、これは最早頼みごととは一線違うのではないか? そう思う。
要するにデルトリアの力が欲しいだけであって、僕の力を借りたいわけではない。
我儘なのは分かっているけど、僕は兵器でもなければ、道具でもない一人の人間なんだ。
「そっか……君もこの力が目当てなんだね。
僕がデルトリアだから…力があるから…化け物だから…僕を利用して自分たちが助かろうとしているんだろ? 普段は僕の事なんか存在していないみたいに接するくせに、こういう時だけ頼み事?」
「それは…戦争を止めるには貴方の力が必要だからよ。
それに時間がないの…お願い、協力してよ。」
「時間がないって…僕にはそんなこと関係ないし…逆に言えば、僕の力以外は要らないんだろ? そのための存在だもんね…。」
「っ…私たちは力だけで貴方にこんな話をしていると思っているの!? 私の任務はジーニアスの国に居るデルトリアを見つけ、フェアライトの里に連れてくることなの。そして、協力的人格でなければ暗殺すること。
それが私の任務…そして、私は貴方なら…力を貸してくれるって思ったの!!
だからこうして全てを話して、その上で貴方を里に連れて行き、協力してほしいのよ!!」
彼女は必死だった。
それは僕から見ても目に見えて分かった。
それほどまでに僕を求めている。
嬉しく思った反面、苛立ちが募った。
この子の言葉一つ一つが綺麗言に聞こえて仕方がない。
仮について行っても、道具のように使われる気がした。
そして僕は同時に確信した。
僕はどこまでも他人を信用していないんだと。
「……随分と都合が良いんだね? 僕の何を知ってるのさ? 僕が力を貸してあげるって、何を見て判断したんだよ?」
「それは………。」
「結局はそういうことだろ? デルトリアの力しか求めていないからそんなことが言えるんだ。
上辺だけの綺麗言を並べ立てて、僕が本気で動くとでも思ったの? 見くびらないで欲しいね。」
「っ…戦争が起きれば、たくさんの人が死ぬのよ!!? それをあなたは黙って見ているつもりなの!!? 力があるのに何もしないで見ているなんて…おかしい…おかしいわよ…そんなの…。」
ミレアナの怒声が倉庫内にこだまし、最後は俯いてしまう。
当然の怒りだと思う。
でも僕はそれ以上に、会ったばかりの得体の知れない少女が放つ言葉を、どうしても確信的に信じることができずにいた。
僕の力で戦争を止められるのは良いと思うけど、彼女の動機は僕の「力」のみを求めている気がしてならなかったから。
僕は努めて冷静に答えようと口を開く。
「………なら言わせてもらうけど、僕の力を求めて頼みごとをする君は可笑しくないのか? 失礼なことじゃないのか? 僕は確かに化け物で、力がある。
君がどこから僕が協力すると確信したのかは知らないけど、恐らく僕のことを調べて来たんでしょ? …だったら、僕がこの力を嫌悪していることは分かってるはずだよ。
なのに、それを求めているような言い方をして、いきなり協力しろだって? 挙句の果てには力を貸さないのを聞くなり、狂人扱い…どっちがおかしいんだよ…。」
「……そうね。 確かに貴方の言うとおり、軽率だったわ。
でも、協力してくれないと貴方を殺さなければならない。
それも…ただ殺すんじゃない…暗殺したうえで火葬し、骨を里に持ち帰って封印する。
そんな事、私はしたくない…貴方が必要だと思う以前に、貴方がデルトリアで力が強いという事を悩みにしているから…。」
「ははっ…これまた随分と軽い判断だね。
…デルトリアが僕だけなのに、僕が協力しなかったら殺すだって? フェアライトの君がデルトリアの僕を? 力に圧倒的な差がありながら殺すことなんてできるの? …それに、力が強いことを悩みにしてるから殺したくない? 後付けの言い訳にしか聞こえないよ。」
実に滑稽だと思った。
あまりに都合が良すぎる言葉は、もはや笑いしか誘わない。
力の差を考えてもデルトリアを殺すなんてできるものか。
力があること、デルトリアであること、力が強いこと、それを悩みとしているから殺したくない。
これも虚言に聞こえて仕方がない。
苛立ちはそろそろ頂点に達しようとしていた。
目の前にいるフェアライトの喉笛を噛みちぎり、引きちぎり、皮、皮膚、筋肉に脂肪、骨のさらに奥の神経に至るまで蹂躙したい。
血が騒いだ。
体中が熱せられ、戦闘態勢に入ろうとしているのが無意識的に感じ取れた。
「後付けなんかじゃないわ。
だからこそこうして貴方を連れてくるものとして、私が選ばれたんだから。
お願い……お願いだから…ついて…」
__________ドゴオォォォォォォォン!!!!!!!!
ミレアナが言い終わる直前、物凄い音が聞こえた。
学校ではない、遠くの方だった。
「な、なんだ!!?」
「そ…そんな…早すぎる……こんなに……早く…。」
僕は勢いよく扉を開けて外に出た。
あちこちから悲鳴が聞こえ、生徒・教員が逃げている途中だった。
一体何が? それに今の爆発は一体!?
__________ドォォォン!!! ドォォォォン!!!!
立て続けに物凄い爆音が聞こえる。
大気が振動し、地が戦慄き、耳が潰れそうになるほどの凄まじい轟音。
倉庫から出た僕達は、雪崩れる人ごみを掻き分けながら正門に向かった。
国立グランヴォール大学は巨大な岩の上に建築され、中等学校は上から首都の景色を一望できる構造になっている。
「こ、これは……。」
首都の光景に僕は唖然とした。
たった三撃の爆発で首都は壊滅的ダメージを受け、各地で今もなお、小さいものの爆発が続いている。
街は火の海と化し、黒煙が天に向かって伸びている。
「……遅かった…こんなに早く攻撃するなんて、思いもよらなかった……。
でもどうして……いくらなんでも首都から攻めてくるなんて……直轄の街や村が周りにいっぱいあるはずなのに…。」
ミレアナが僕の隣に立って同じように街を見下ろしている。
そうだ……父さんたちは? 無事なのだろうか? こんな状態でも生きているのだろうか?
そう考えると、居ても立っても居られなくなった。
僕は正門をくぐり、全速力で駆け出した。
「あ、クレイヴ!!」
背後からミレアナが何かを叫んでいたけど、そんなものはどうでも良い。
とにかく今は、父さん達の安否を確かめたかった。
駆け下りていく。
炎の立ち込める街中へ、全速力で。