第一説 「真の化け物」
僕の名はクレイヴ・アウデンリート。
青くて短い髪、青い瞳をしてる。
そんな僕は、パルケニア王国の王都・グランヴォールの一角に両親と暮らしている。
いや、正しく言えば両親じゃない。
僕には血の繋がる人は居ない。
遺伝子的に考えれば、『プロジェクト・デルトリア』のサンプルになった四種族の人達の方が、僕の親と呼べるかもしれない。
僕は昨日、全ての話を今の両親、アウデンリート夫妻から聞かされた。
僕がデルトリアという人種で、全く新しいスペックを持ったヒト。
いわゆる、化け物であると。
今更だった。
アウデンリート夫妻を僕の方から責めることはできない。
彼らは、僕をここまで育ててくれた。
化け物であると分かりつつも、こうして身を削って育ててくれたんだ。
僕は大いに感謝している。
もし拾われていなかったら、僕は倒壊した研究所に佇んで、野垂れ死んでいたに違いない。
父さんと母さんには、恨み以上の恩を受けて、それを僕は身を以って実感していた。
だけど……もう少し早く言って欲しかった。
厚かましい言い方なのかもしれない。
身勝手な事なのかもしれない。
助けられた身でありながら、育てられた身でありながら、僕のこの想いは間違っているのかも知れない。
酷いことなのかもしれない。
考えれば考えるほど、自分という存在が、世界に対してマイナスにしかなっていない気がした。
僕が住んでいるパルケニア王国はジーニアスの国。
ジーニアスは、かつて人間と呼ばれたクリニーズの連中から見たら、化け物同然だった。
それだけクリニーズとジーニアスの力の差は大きかったんだ。
だけど僕は、ジーニアスからも化け物として見られている。
化け物から化け物の目を向けられる、真の化け物なんだ。
ジーニアス達も、かつては差別を受けてきたはず。
それは誰もが知っている歴史の一つ。それなのに僕を差別する。
『デルトリア』という種族を差別する。
でも、そんなことは初めから変わっていないし、僕も仕方ないことだって思って受け入れた。
僕が只者じゃないのは、自分が一番良く分かっているから。
父さんは何度も転勤した。
そして帰ったら話す間もなく寝る。
朝早くから起きて出かけていく。
そんな姿を僕は小さい頃から見てきた。
気づいて当然。
寧ろ、今まで気のせいだと思っていた自分が、酷く愚かしく感じる。
戸籍上の息子である僕がデルトリアなのだと知られれば、父さんはそれだけで仕事をクビにされるらしい。
母さんも近所から、冷たい目で見られると言っていた。
僕が居続けるだけで、父さんや母さんにまで迷惑を掛けた。
僕が居なければ父さんは満足に仕事にありつけて、安定した仕事が出来たはずだった。
朝早く出掛けて、帰ってきたら倒れる様に寝る、なんてこともない。
母さんだって僕さえ居なければ、近所の人たちと楽しく過ごせるはずなんだ。
それを僕が存在しているだけで、家に居続けているだけで、幸福の全てを奪っている。
そう思うとやるせない気持ちでいっぱいになってしまう。
でも、父さんたちは僕さえ居ればそれで良いと言う。
僕のデルトリアとしての能力はまだ完全じゃないから、父さんたちが心の底でどう考えているのかは分からない。
だから、今はそれに従って気にしないでいるべき。
それこそが、父さんや母さんに対して出来る些細な礼儀。
だから気にせず生きて行こうと思う。
僕は今、中等学校に通っている。
それも、パルケニア王国ではトップレベルの学校で、ジーニアスすら超難関とされる中学。
国立グランヴォール大学付属中等学校。
僕はここで授業を受けて中等部の勉学に励んでいる。
いや、表向きにはそういう事になっている。
実際の僕は、授業をしていて楽しいと実感したことがない。
だから、ずっとサボっているんだ。
その理由は、授業の何もかもが簡単すぎるから。
他の連中に言ったら、軽蔑されてしまうかもしれない。
まぁ、今更だけど。
とにかく、授業を聞いていても知っていることばかりだから、本当に物足りなく感じていた。
おまけにクラス全員が、僕を化け物でも見るような目で見てくる。
まぁ、今となればそれも当然と言えば当然だね。
僕は化け物だから。
だけど、だからって何も言う訳でも無いのに、僕をただ見つめるというのは、止めて欲しいとも思う。
教室に居ても、授業の新鮮さが足りなくて嫌気が差す上に、その偏見の目と空気を直接受けなくちゃいけない。
もう、うんざりだった。
だから、僕は中等学校の授業を受けないって決めたんだ。
代わりに、大学の図書館で独学を始めた。
これが思いの外、面白い。
国立グランヴォール大学附属中央図書館。
学生に留まらず、教授や教師、一般人にも開放している。
大学にあるから行きにくい、なんてことにはならないから、僕はこの図書館を結構気に入っているんだ。
赤レンガ造りの立派な外装。
周りに大きな広場が設けられていて、建物に平行に、木が一定の距離で配置されている。
大きな広場の中心には大理石の噴水があり、至る所に置かれたベンチに座って談話をする人々で賑わっている。
この図書館には、僕の知らない知識がたくさん貯蔵されていた。
まず、来ていて飽きることがない。
特に僕は歴史が好きで、異種族の誕生の経緯、世界がどのようにして成り立ったのか、それらはとても興味深くて、面白いと思う。
そして何よりも、調べる分野が多岐に渡る。
学問も、歴史あってこその学問だから。
僕が今読んでいるのも、そう言った歴史書の一つ。
ディスエイト大陸は元々、何個かの大陸に分かれていた。
その時はクリニーズしかいなくて、彼らは人間と呼ばれていた。
だけど、世界人口が500億人にまで達してしまって、深刻な食糧不足と水不足になった。
それで、皆が奪い合いを始めたんだ。
当時の世界は何百も国があって、それらが独自に機能していたらしい。
でも、国民の略奪があまりにも多発して、国としての統治が不可能になってしまった。
そして、全世界の国が滅びた。
かつての国民は、縋るべき国が無くなって、全世界の人間が路頭に迷っていた。
国が治安を管理しない分、略奪が一層激しくなって、人間と呼ばれたクリニーズたちは、自分たちの身内以外は信じられなくなった。
結果、氏族紛争が始まったんだ。
氏族間の親善は、最悪を極めた。
争うことしか出来なかった。
それ以前に皆が皆、自分たち以外の氏族は全て敵だと考えていたんだ。
それで、氏族内で交配しようとして、遺伝子的欠陥で何度も失敗して、人が滅びそうになったときに、ジーニアスが生まれた。
何故ジーニアスが生まれたのか、は未だに解明されていない。
もしかしたら、人間としての種の生存本能で急激に進化したのかもしれない。
あくまで憶測にすぎないけど。
ジーニアスは従来の人類では信じられないくらい発達していて、化け物みたいに思われたらしい。
彼らは独自に国家を建て、人間たちも建国した。
それが今も存在する。
そして、ジーニアスと人間の戦いの中で、コンヴァルタが生まれた。
大戦後、人間はクリニーズと名乗った。
それから約100年の歳月が流れて、クリニーズ、ジーニアス、コンヴァルタの混血児・フェアライトが生まれた。
僕は、これら四種族全ての遺伝子を組み込んで創り出された化け物なんだ。
全ての種族を蹂躙できるほどの強大過ぎる力を持つ存在。
化け物呼ばわりされたジーニアスから化け物呼ばわりされる、真の化け物。
それがデルトリア。そしてプロジェクト・デルトリアの真の目的は……
「ねぇ君、中等部の子だよね?今は授業のはずなんだけど…どうしてここに居るのかな?」
本を読んで考え事をしていると、いきなり隣から話しかけられた。
若い女性の声。
ふと横を見ると、青い目をした、絹色の綺麗な髪を一つに結っている女性が目に入った。
白いワイシャツにミニスカートという、司書さん独特の制服を着ているけど、今まで一度も見かけたことのない人だった。
新人さんなのかもしれない。
「どうしてって…ここに来たいから来ているんですけれど…。」
「そうじゃなくて、どうして授業に出ずにこんなところで本を読んでいるの?いい?お姉さんは、本を読むことについては何一つ咎めるつもりは無いのよ。
本を読むことは凄く大切なことだし、私だって毎日読んでいるから。
でも、授業に参加せずにこんなところに居たら駄目でしょう?」
まずい。
何だか変に誤解されている気がする。
司書のお姉さんはすぐにでも僕を引きずり出す魂胆で話しかけている。
何となくだけど、そんな気がした。
「いや、僕は別に……そうじゃなくて…。」
「問答無用。今すぐ君を中等部の職員室に連行します。」
「わわッ!ちょっと!」
「シーーー!!......ここは由緒正しき国立図書館です。 図書館内ではお静かにお願いします。」
司書のお姉さんは人差し指を口元で立てて、小声でそんなことを言った。
彼女の言う事も一理あるけど、少し強引過ぎる気がする。
とりあえず、こちらの話を聞いてほしいもの。
まさか学校の授業が詰まらないからここに来ているなんて言ったところで信じてくれるかは定かじゃないけど。
「静かにできる状態じゃないから言っているんです。うっ……は、離して下さいよ……。」
「いいえ、離しません。話もしません。逃がしもしません。」
テンポ良く否定された。
なかなか頑固な思考を持っているみたいだ。
恐らくこの人は、僕がデルトリアだって事を知らず、こうして後ろ襟を掴んで引きずっているのだろう。
それにしてもすごい力だ。
中等学校生と言っても、僕も男だし、それなりに体重があるのに軽々と僕を引きずって行く。
彼女の正義感がそれを可能足らしめているのだろうか、なんてことを考えてみる。
まぁどのみち職員室に行けばこの人も否が応でも理解するだろうね。
僕の正体も、僕の立場も。
それにしてもよく僕に話しかけようなんて考えたものだ。
いくらデルトリアの事を知らないとしても、寄って来ないでオーラを全面開放していたのに、平気で話しかけられてしまった。
そしてこの人は、僕を無視せずに叱った。
中等部の授業をサボっているのを他の司書さんが見ても見向きもしなかったのに。
誰も話しかけてなんて来なかったのに、この人は違った。
普通に話しかけてきた。
今も後ろで僕を引きずりながら、ブツブツと文句を言っているけど、悪い人ではないみたいだ。
僕は新人の司書さんにズルズル引きずられながら、僕は昨日の父さん達と話した内容を回想していた。