第十六節「親の価値とアレックの過去」
「よぉ、小僧! 元気やってるか? 引き篭ってるなら釣りに行くぞ!」
「っ!?…ゼルマ…い、いきなり来て釣りって…どういうこと?」
「どういうことって…言葉の意味だが? お前との友好を深めるなら、好きなことするのが一番だぜ。」
扉を勢いよく開けて驚く僕をよそ目に、ゼルマは楽しげに釣りに誘ってきた。
彼は漁業を担当しているから、誘おうと考えるのは分かるけど、唐突すぎる。
というか、別に釣りに対して好きとかはないんだけどなぁ…。
「ゼルマ…人の部屋で大声を上げるものではないと思うが?」
「ふん、これは俺様の性分だからな。
嫌ならテメェは引っ込んでろよ。」
巨大な体の後ろから線の細い人物がゼルマに指摘する。
アレックだった。
騎士服みたいな格好しているくせに、やってることは農耕。
見た目に似合わず、というのは彼の為にありそうな気がする。
軍隊を統率する将軍だというのなら分かるんだけど…。
アレックは平然と両目を閉じてゼルマの言葉を聞く。
「煩いのは貴様だ。
私は当たり前のことを口にし、貴様に指摘したまでのこと。
まぁ、野蛮な貴様にいくら言葉を述べたところで、理解するとは思わんがな。」
「はっ!やるってのか? 言っておくが、テメェを殺すときは俺は容赦しねぇぞ。」
ゼルマはアレックの挑発に正面から乗り、不敵に笑いながら睨んでいる。
一瞬にして、両者の間に殺気が芽生えた。
この場が喧嘩っ早い大男と尊大な男の修羅場が展開されてしまう。
「ふ、二人とも…人の部屋で喧嘩はやめてくれない? それに、釣りに行くんでしょう?」
顔を合わせるなり喧嘩しだす二人を仲裁する。
仲は…悪いよね、この二人。
喧嘩するだけ仲が良いなんて言葉があるけど、喧嘩をするから仲が悪い、としか言いようがないゼルマとアレックだった。
僕は正直、この二人がお互いにどう考えているのかよく分からないけど、少なくともこのままはまずい。
ただ、仲が悪いかと思いきや仲裁を入れると、二人して喧嘩がピタリと止まる。
それが何とも変だった。
「そうだ、釣りだ釣り!! さっさと準備しやがれ!」
そう言うなりゼルマは部屋を出て行った。
アレックはやれやれと頭を抱える。
二人きりになったのを機に、僕は問いかけてみることにした。
「君たちってどうしてあんなに喧嘩ばかりするの? 何かされたとか?」
「……いや、貴殿が気にするほどのものではない。
強いて言えば、奴がフェアライトとコンヴァルタの混血である事だ。
奴は野蛮人…私のように純粋なフェアライトとは相容れない。
しかし、奴とてそれは理解していよう。
私も大義名分がない状態で、ただ、野蛮人だからといって殺す事など、私の矜持が許さず、同時に私の手が穢れる。
それだけの事なのでな。」
つまり殺す気はないってことか。
でもやっぱり仲が良い訳ではないらしい。
それにしても、ゼルマがフェアライトとコンヴァルタの混血だったなんて。
だからあんな体型なのか。
というか、アレックは純粋なフェアライトしか受け入れないくらい偏った考えがあるのか。
そんなことを考えているうちに釣具を持ったゼルマが戻ってきた。
なぜかアレックもついてくる。
そのことにあからさまに嫌悪したように睨みつけた。
「何でテメェまで来る必要があんだよ?」
「フン、悪いが貴様にも釣りにも用はない。
あるのはクレイヴ殿だけなのでな」
「何で小僧に…」
「貴様には関係のない事だ。
少しは黙っておれ」
ゼルマは軽く舌打ちして歩みを進める。
その後を僕とアレックが続く。
ゼルマはそれを感じて歩調を速めた。
それに続いて僕も歩調を速め、アレックも更に後に続く。
ゼルマはそれを感じて歩調をより早くする。
それに続いて僕も歩調を速め、アレックも更に後に続く。
ゼルマはそれを感じて走り始めた。
それに続いて僕も走り出し、アレックも更に後に続く。
ゼルマはそれを感じて僕を抱え、全速力で走り出した。
「わわっ!」
走る中で揺らされながらも後ろを見ると確実にアレックが続いていた。
ゼルマはそれを感じて僕を下ろし、アレックの方に振り向いた。
「話しってのは…今じゃねぇといけねぇのか?」
「……。
そういうわけではないが…話しをする気分でな。」
それだけ聞くとゼルマは気にしなくなったように、「そうかよ」と呟いて歩き出した。
その場に下ろされた僕は、気まずい空気の中、二人に挟まれながら歩く。
一向に二人とも口を開こうとしない。
「着いたぜ。
さぁ、今日は一杯釣るぞ!!」
ガアァッと吠える様に叫び、釣具を夢中になって準備し始めた。
表情はこの上なく楽しげだった。
だけど、身に纏う雰囲気はどこか寂しげだと感じた。
「貴殿は…親というものをどう思う?」
「え?」
唐突にアレックはそんな事を聞いてきた。
唐突過ぎて聞き返してしまう。
アレックは真剣な目でジィッと僕の目を見つめ、答えを求めているようだった。
「……どうって言われても、普通に優しくて、愛情深くて、子供のためなら命を張れる…。」
「ふむ、確かにその通りだな。
私も考えは同じだ。
なんといっても親というのは心温まる。
親というものは素晴らしく、偉大な存在なのだと…。」
「いい加減にしろ!!!!」
僕らが話していると、ゼルマが突然怒気を上げた。
「なにが親だ! なにが愛情深いだ! なにが子供のためなら命を張れるだ!! なにが素晴らしく偉大な存在だ!! テメェら…そんな話しばっかするんだったら…二人で、向こうで仲良くほいほい話しやがれ!!! 親の話など…親の話など聞きたくもない!! クソくらえだぜ!」
竿がバキッと折れるほどに握り締めては僕らのほうを睨み付けてくる。
僕に対しては笑顔が多いゼルマの表情は、彼じゃないようにすら思えてしまう。
「ふむ、ではそうさせて頂こう。
クレイヴ殿…向こうで話しましょうぞ。」
そういって離れたところを指差して歩き出していった。
ゼルマは僕に背を向けて竿を見つめていた。
「テメェも行きやがれ。
親、親、親…反吐が出るぜ。
小僧…もう二度と…俺様と関わんじゃねぇぞ!」
「…ゼルマ…どうしたんだよ?」
「テメェにゃ関係ねぇよ……。
俺はテメェと話したくも、顔を見たくもねぇんだ。
だから…さっさと失せろ。」
「ゼルマ…。」
「失せろって言ってんだよ!! テメェも殺されてぇのか、あァッ!?」
「ッ!!?」
話をしようとすれば、ゼルマは振り返りと同時に鬼の形相で睨みつけてきて、その気迫に気圧されて僕は言葉を亡くした
再び背を向ける。
今はこれ以上言葉を掛けてはいけない気がした。
ゼルマは自分で折ってしまった竿を見つめ、直していた。
僕には彼が僕自身の心であるかに見えてならなかった。
ゼルマは笑顔を絶やさない爽やかな男だ。
少し熱い部分もあるけど、誰よりも優しい男だと思う。
その男が親の事になると突然怒り始めた。
過去に何があったのかは検討つかなかったけど、親に関して何かあったのだろうとは思う。
親の価値に関して見出せていないのかもしれない。
どのみち今は、彼にしてやれる事は何一つ存在しない。
僕はゼルマの言うとおり、今はアレックについていった。
「ようやく、邪魔者は居なくなりましたか…。」
「ねぇ、どうしてアレックはそんなにもゼルマを嫌うの? 混血だろうとなんだろうと、一部はフェアライトでしょ?」
「……だからですよ。
一部だからこそ憎たらしく…許し難いと思うのです。」
「どうして…?」
「………。
クレイヴ殿、少しだけ…昔話をしましょうか。」
なぜこの二人が仲がこれほど悪いのかを詳しく訊こうとすると、アレックは両目を閉じてしばらく考え、一つの提案をしてきた。
僕はそれに耳を傾ける。
私の両親は素晴らしい人たちだった。
あまり覚えてはいないが、随分と世話になった。
私も両親もフェアライトだったが、両親はその優れた人格でパルケニア王国国王との交流を盛んに行っていた。
国王と両親は非常に仲が良かったのだ。
そして、私には名前は覚えていないが幼馴染が居てな。
栗色の髪をしていて、慈愛に満ちた微笑みが印象的な少女。
純白のワンピースを着込む少女は、国王陛下の数多く居る娘の一人だった。
私と仲良くなった彼女は、私が傷つけば治療し、無茶をすれば怒り、酷く寂しがり屋で、私が彼女を助けようとした末に負った傷は、どんなに小さなかすり傷でも泣き出すような純粋な少女だった。
まさに喜怒哀楽…人としての感情を兼ね備えた、理想的な子だったのだ。
その子に私は恋を抱いた。
初めて味わう感情であった。
その子と居る時のみ、時間の経過が早く、胸が高鳴り、楽しくて嬉しくて仕方がなかった。
私は素晴らしい両親と幼馴染の存在で、この上なく幸福だった。
だが私の幸せは、ある日突然、絶望と不幸に染め上げられることになってしまったのだ。
私と両親は国王のパーティに招かれた。
その場では何もなく、私は少女と遊んでいた。
パーティが終わり、私は両親と馬車に乗りながら帰っていた途中、少女が隠れて乗っているのを見つけたのだ。
彼女は私の傍に居たいと言って聞かなかった。
そうして立往生をしていた時、突然盗賊に襲われたのだ。
その盗賊の蛮族どもは、コンヴァルタとフェアライトの混血の者達だった。
両親は邪険にはせず、求めるものをすべて与え、優遇したのだ。
だが、奴らは貰ったものを得た後に両親を私の目の前で殺した。
私はすぐに悟った。
盗賊の蛮族どもが私の最も大切な両親を殺したのだと。
怒りのままに力の差を鑑みずに立ち向かおうとした私の手を、少女は引っ張って逃げ出した。
盗賊どもは追いかけてきた。
狙いは少女だけ。
少女が国王陛下の令嬢だということは知っていたのだろう。
もしかすれば、それが本命であったのかもしれぬ。
少女は自分を狙っていると知り、私を物陰に隠し、毅然に盗賊のところまで行った。
その少女を盗賊が見つけ、何やら話した後に手に持った剣で彼女の片腕を斬り飛ばしていた。
私はその光景を物陰で見てしまった。
恐怖で動けず、声も出ず、ただ目を見開いてその光景を目にする以外に何もなかった。
恋い焦がれた最も愛した少女の腕。
私をどこまでも包み、私を治療し、私の為に流した涙を、拭っていた腕だ。
その片方が飛ばされるのを眼に焼き付ける以外、何もできなかった。
それでも少女は毅然とした態度だった。
そして、その視線がわずかに私に向けられ、その視線から悟った。
私を逃がすために、彼女は苦しんでいるのだと。
腕から勢いよく噴き出す血を押さえながら、踏ん張っているのだと。
地に足を付け、果敢に痛みに立ち向かっているのだと。
盗賊どもは反抗的な態度の少女の体を殴り、蹴り、時に剣で突き刺しながら、小さな体を傷つけていった。
純白のワンピースは真っ赤な服へと変色していった。
両腕、両足を斬られ、舌を斬られていた。
離れていたというのに、彼女の悲痛な悲鳴と、盗賊どもの汚らわしく野蛮で下賤な笑い声が聞こえ、聴覚を刺激した。
憤怒と憎悪に染まりきった私は、飛び出して殺そうと考えた。
だが、そう思った矢先に少女は数人がかりで斬りつけられ、遂に力尽きてしまった。
私はその場で発狂した。
私の幸福を奪った野蛮で下賤な盗賊に対して憎悪を一気に膨らませ、飛び出していった。
だが、奴らの強さは子供の私が敵うはずもなく、私はすぐに抑え込まれてしまった。
そして奴らは、死に絶えた少女の腕を持ち、私の前に突き出した。
そして奴らはあろうことか、私を抑えながら無理やり口を開かせ、その腕を口に放り込んできたのだ。
私は必死に拒んだ。
どうして恋を抱いた相手の腕を無理やりに突きつけられて食すことができようか。
それでも無駄だった。
奴らは私が噛まないことを見るや、腕の一部の肉をくり抜いて喉に入れてきたのだ。
反射的に私は飲み込んでしまった。
愛し、恋い焦がれた少女の腕の一部の肉を。
私は頭の中が真っ白になった。
その時に、ディーナス様のお父様が率いる、この村の狩猟業の連中が来て、私を助けてくれた。
盗賊の蛮族共はその場で一掃され、私はこの村に来て、少女の遺体を手厚く葬った後でここで暮らすことになった。
私は記憶の大多数を失くした。
だが、ディーナス様の献身的な奉仕のおかげで今はこうしている。
記憶もほぼ戻りつつある。
だからこそ私は、ディーナス様の為に働き、ディーナス様に己が命を捧げようと考えたのだ。
だが、私はフェアライトの混血が、何よりも憎く、何よりも許せずにいる。
ゼルマが悪いわけではないとは知っている。
分かってはいるのだ。
頭では嫌というほど理解している。
だが、それでも生理的な嫌悪感というものがあるのだ。
これだけはどうにもならん。
「…というものだ。
あまりいい話とは言えんが…。」
「う、うん…。」
正直どう答えるべきか分からない。
あまりに過酷な過去に、言葉を失った。
ただ、彼はゼルマが、というよりもコンヴァルタとフェアライトの混血種が何よりも嫌悪し、純粋種に偏っているわけではないということ。
考えれば、本当にフェアライトの純粋種のみが絶対とするなら、デルトリアなんて、嫌悪どころの話じゃなかったかも知れない。
だから、周りが止めさえすればゼルマとの喧嘩も抑えるのだと思う。
過去を聞き、ゼルマではなく「混血種」を憎んでいるという話を聞いて、今までの行動にも辻褄が合った。
「……不快な思いをさせたのならば謝ろう…だが、これで私が何故あの者を…ゼルマを嫌っているのかを理解していただけたのなら幸いであるぞ。」
「あ、あぁ…大丈夫。
でも、そんなことがあった結果が、今、なんだね…。」
「そういうことだ…。
すまぬが、私はこれにて失礼するぞ、クレイヴ。」
「うん…ありがとう、話してくれて。」
「こちらこそ、嫌な話を聞かせてしまい、面目ない。
しかし、私も嬉しかった…かたじけない。」
ペコリと頭を下げて、アレックはその場を後にした。
その場に残された僕は、どうすべきなのか分かりかねていた。
ただ、この話を聞いて、もう一度だけゼルマとも話したいと思った。
僕はアレックとは反対方向に足を進める。
ゼルマと真正面から対峙するために。




