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遅くなってすみませぬ。
宿に入ると、何やら深刻そうな顔で昼食を食べるスティがテーブルに居た。
眉間に皺を寄せて彩鮮やかな食事を摂る彼女はそれなりに整った顔であるのに、妙な威圧感を周囲に振り撒いていて、近づいたら問答無用で狩られそうである。
「わりぃ!スティ、色々巻き込まれてな」
努めて明るい調子で、声を掛けながら対面の席に着くとスティの動きがピタリと停止した。
「あ、貴方ねぇ・・・巻き込まれたって運のやつ?」
「そう、なるなぁ。なんだかこの街を巡る陰謀的な事件に巻き込まれたらしい・・・スティどうする?」
「どうするって?」
「お前さんはまぁ巻き込むつもりは無いんだ。手伝ってくれるなら嬉しいが、無理に・・・」
「手伝うわよ!」
「おぉ!?」
「私も・・・まぁ飲み過ぎたような気もしないでもないし」
飲み過ぎと手伝いに何か関係があるのだろうか?と首を捻る俺に、スティは肩を竦めた。
「部屋まで運んでくれたんでしょ?宿の人に聞いたわよ。それの、まぁ、お礼もあるし」
なるほど。
酔ったあげくにぶっ倒れて、世話してもらった礼代わりだと。
「詳しい話は、サイフォスさんのとこで話すよ。あぁ、サイフォスさんっていうのは」
「サイフォス様!?」
突然叫んだスティに一瞬周囲が静まり返る。
食堂中から集中する視線を感じたのか、スティは立ち上がったままゴホンと空咳を一つ。
頬を羞恥に染めて、ゆっくりと着席した。
視線が散ったのを感じたのか再度咳をした後、軽く身を乗り出して
「サイフォス様ってもしかしてサイフォス・ヴァン・ヌアザ様?」
「知ってるのか?そういやスティも一応貴族の端っこに微妙に引っかかるんだっけか」
「貴方の言い方の方が引っかかるわね!・・・ともかく!サイフォス様まで巻き込んでどういうつもり!?」
ひどい言いがかりである。
詳しい話は屋敷でするからと猛る彼女を宥めて宿を出た。
ぱんだスーツ?
あれで街を歩けると思うかね?
気配察知は常時使用しているとはいえ、普通に目立ってしまうと誰が敵か分からなくなる。
出来るだけ観光客を装って街をゆっくりと歩きつつ、屋敷に遠回りで向かう。
「(スティ、気づいてるか?)」
「(ええ、尾行されてるわね)」
あちこちの露店で土産物を探しつつ、観光を楽しむカップルを装い続ける。
尾行がバレてないと思ってもらわないと困るからな。
屋敷を見張っていた奴らは神出鬼没執事セードルさんに任せてきたので今頃、対処されているだろう。
さて、見張りが居たということは匿ってる場所は既にバレてると考えた方が良さそうだ。
スティと神殿に用事があったとはいえ外出しなければバレなかったか・・・まぁ済んだことは仕方がないか。
さてこの尾行者どうするか。
・・・ん?
なんで追ってくるんだ?
アニアスさん目当てなら既に場所は特定されてると考えた方が良い・・・もしかしてバレてない?
いやいや、あれだけの時間があれば報告は既に行っていると考えた方が正しい、よな。
いつの間にか顎に手を当てて考え込んだ俺をスティが適当に連れ回してくれている。
対処方法を決定するまでこのまま観光客を装ってくれるのだろう。
・・・意外に気が回るなぁ。
う~ん、情報が少なすぎて何とも分からんな。
探偵みたいにはいかないかぁ・・・アガサ先生は結構読んだんだけどなぁ。
・・・何一つトリック覚えてないけどさ。
「情報不足だし面倒だから直接尋ねた方が早いかぁ」
「それじゃ言い逃れされないように確定しましょ。ここから裏道通ってさっきのとこまで戻る」
「よし、それでいこう」
のんびりと歩いたまま裏道に入る。
入り組んだ道を少しいくと、後ろに気配。
よしよし、尾行者君は疑問に思わず付いてきてくれている。
そのまま迷った風を装って、辺りをきょろきょろしながら歩いていると背後の尾行者が距離を詰めてきた。
おお?仕掛けてくるかな?
背後から周囲に注意を移すと、屋根に二人、前方の角に一人。
「あらら、仕掛けてくるつもりのようだぞ?」
「みたいね。楽でいいじゃない」
それもそうか。
尾行してただろ!たまたま道が同じだっただけだ!ってパターンを警戒して確定させようとしたけどそこまでする必要無かったなぁ。
「待ちな、お二人さん」
「へっへっへ」
連携はそこそこのようで、敵さんはきっちり同時に距離を詰めてきた。
角から飛び出してきた痩せた小男はねじまがったナイフを、後ろの地味な顔の男はどこに持ってたのか片手剣を、屋根の二人は小弓のようだ。
「おいおい、物騒だな。何か用かい?」
「なに余裕ぶってんだゴルァ!あ?これが見えねぇのかぁ?」
そういって小男がねじくれた刀身を見せつけるようにして笑みを浮かべた。
うむ、隙だらけである。
「スティ、屋根の弓を先に潰してくる。前後は任せても?」
「余裕」
「頼もしい、なッ!」
壁を蹴りつけて屋根に飛び上がると、驚いて固まる男を殴り飛ばす。
相棒が吹っ飛んでいくのを見て慌てて弓を向けようとするもう一人は構える前に腹に一撃。
腹を抱えて悶絶する男の首筋に一撃入れて気絶したのを確認すると、殴り飛ばされた男を確認。
後頭部を打ち付けたらしく、血を流しているのを見て舌打ちがこぼれた。
打ちどころが悪いな・・・こりゃ放っておくと致命傷か後遺症が残るだろうなぁ・・・。
仕方なく軽く手当してやると、懐からステータスカードを取り出した。
すまんカリン。
気絶しているシャルさんの懐をあさったお前を責められない体になってしまったよ・・・。
「ふむ・・・」
一方、スティレットの方は簡単であった。
貴族である自分を、知らなかったとはいえ襲撃した時点でまず死刑。
情状酌量の余地があったとしてもかなり重い罪状を課されることとなる。
それを知っている彼女はそもそも手加減する必要性を感じていなかった。
よって、彼女を襲った二人は屋根の二人に比べて不幸な目に合うことになる。
「へっへっへ、野郎は逃げちまったみたいだぜぇ?」
「ふへへ、よぉく見たらよぉ?こいつ結構いい女じゃねぇかぁ?」
壁を背に立つスティレットが動かないのを怖がっていると見た二人が、嬲るつもりかゆっくりと近づいてくる。
「どうする気?」
内容はよく分からないながら、ユウが巻き込まれた事件関連だろうと考えたスティレットが声を掛けるが返ってきたのは下卑た笑いだった。
「どうするってそりゃ決まってんだろぉ!?」
「おれの立派な剣でよぉ?てめぇの体をよぉ?」
「ぐふふ、たっぷり味見した後で奴隷にでもごふッ!?」
良からぬ妄想にうんざりしたスティレットの蹴りが片手剣男の顎に炸裂した。
ゴキキィッ!という顎から出てはいけない音と共に吹き飛んだ片手剣男はそのまま壁に激突して動かなくなった。
目や耳から出血していることから脳を損傷して即死したのだろう。
一撃で相方を殺されたナイフ男がヒィッ!っと叫んで背中を向けた。
状況を察して瞬時に逃走を選ぶナイフ男の判断は非常に速いものだったが、相手が悪かった。
「逃げてんじゃぁ・・・」
全力で走っているはずなのに耳元から聞こえた声に振り返ることも出来ずに混乱、石畳に足を掛けて転倒するナイフ男。
その背中に思いきり踵を落とされて、ナイフ男は生涯を終えた。
「ふぅ・・・弱い上にクズだったわね」
格闘術らしい術技も使わずに済んだのは自分の力量かそれとも相手が弱すぎたのか。
死体を前に悩むスティレットに合流したユウは思わず頬をひきつらせた。
(やっぱり女は怖い!)
尾行者の追加が無いことをしばらく確認した後で死体をアイテムポーチにしまった後、血なまぐさい現場を避けてとりあえず屋根に上った。
なんか屋根に上るってわくわくするよな!
スティが相手した二人を含めて4人分のステータスカードを取り出すと、ざっと確認した。
「所属が乗ってれば楽だったんだがなぁ」
分かったのは名前と職業、スキルと称号。
称号欄はひどいモノだった。
「殺人、強姦、盗みって・・・こいつらロクでもないわね」
ごもっとも。
あっさり殺したスティに若干引いていたのだが、称号を見た後ではよくやったと言いたくもなる。
「う~ん・・・ただの盗賊にしちゃぁ尾行が長かったよな・・・とすると」
「雇われた下っ端、でしょうね。それでもこんなのを使う奴なんて下級貴族か中堅商人クラスでしょう」
「そういうものなのか?下級貴族だとして、その上からの指示とかは?」
「寄り親のことね?う~ん・・・まったく関係ないとは思わないけど、この街は王室直轄地だから侯爵クラスでも下手なことは出来ないわよ?」
王室御用達の花が生産される位だもんな。
とすると、商人関係か。
「王室御用達とはいってもこの街の商業ギルドはかなり発言権があるらしいわ。この街を治めておられる第二王子殿下も王都に居る事が多いから代官を置いているのだけれど・・・」
とすると代官あたりによくある賄賂だの癒着だのがあるかもしれない、か。
「うへぇ、面倒くせぇ・・・」
「まぁ、サイフォス様に任せておけば大丈夫よ。あの方の言う事を無碍に出来る貴族なんてこの国に存在しないから」
どんだけすごいんだサイフォスさん・・・普通に渋いおじさんだったぞ・・・。
「ならまぁそっちに話が進んだ場合はお任せで。俺はあくまで巻き込まれた分のお返ししたらいいし」
そう言って気絶した男二人を両肩に乗せた。
屋根が抜けそうになったので裏道に降りると、人気の無い道を通って歩き出す。
気を付けていけば、誰にも見られずに移動出来るはずだ。
運・・・よくなってるから大丈夫だよね?ね?
読んでくれてありがとうございました。




