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屋敷に入ると、玄関ホールの横から応接室へと案内された。
いつ用意したのか直後に茶を出した後で、主を呼んでまいりますと扉を出たセードルさんを見送った。
「すげぇな・・・あれが本物の執事ってやつかぁ」
思わず漏れた感嘆の声に、ポーラさんは何度も頷いた。
「貴族様のお屋敷に入るのは初めてなので比べられないですが・・・きびきびとしていてすごいです」
父親の知り合いだという人の屋敷に入った事で、緊張が解けたのだろう。
ポーラさんはニコニコと笑顔になっていた。
ソファに寝かせたアニアスさんの顔色が良いことも彼女を笑顔にする一因だとは思うが。
と、笑顔だったポーラさんの表情が急に泣きそうになった。
そのままこちらを見て俯いてしまったのを見て焦る。
ナニゴト!?と慌てる俺に、彼女は何度も頭を下げた。
「これも・・・ユウ様のおかげです。私だけでなく父まで救っていただいて・・・」
「いや・・・大したことはしていない」
「いいえ!貴方がもしも来て下さらなければ父も、そして私も殺されていました!」
くわっと頭を上げたポーラさんの潤む瞳に見上げられて妙に焦る。
なんだこの展開は・・・いやまて、冷静に考察するんだ俺よ。
名探偵の如く頭脳を回転させるんだ!
父親の花の件で襲われ、父親は重傷を負い、自分も放っておけば父親同様死んでいただろう。
それはまぁ、治療した俺からみても間違いない。
でだ。
そんなところに颯爽と・・・はいかないかもしれないが、現れて自分を治療、父親も助けたばかりか安全地帯まで送り届けてもらった、と。
うむ・・・そりゃ泣ける程ありがたがるわな!!
「まだ解決したわけじゃない。親父さんの知り合いだという先代さんの所までは来れたけど、安心するにはまだ早いんじゃ・・・」
「それでもです!・・・ここまでしていただいた御恩をどうお返ししたらいいでしょうか・・・」
そういって心なしか少しづつ近寄ってくるポーラさん。
ああああ・・・やばいやばいやばい。
何がやばいかよく分からないけどとにかくやばい!
何か言わなければとあうあう言っている内に、ポーラさんが俺の手を掴んだ。
「お恥ずかしい話ですが、家にはお礼になるようなものは何も・・・こうなったら」
すいません、ぐいぐい来るのヤメテ!
中身おっさんだけどこういう経験無いから!
むしろ悲しい思い出とトラウマという名の過去しか詰まってませんからッ!
「ま、待ちたまへ!年頃の娘さんがそんなふしだらなことをしてはいけにゃいッ!」
噛みすぎて情けなくなってきたが、そんな俺に気が付かぬように微笑むポーラさん。
あ、これアカン。
「ほっほ、青春ですな」
「うむ、人の屋敷に来ても燃え上ってしまうのが恋、か・・・私も若い頃は家内とそれは激しい恋の鞘当をしたものだが・・・」
「ピッ!?」
「キャッ!」
不意に聞こえてきた声に慌てて離れる俺達を笑いながら見つめる二人。
一人はさっき主を呼びにいったセードルさんだが、もう一人の老年の貴族がここの主だろうか。
「す、すみません!気が付かず」
「あーっと、すいませんでした。お邪魔しておきながら・・・」
「よいよい、気にするな。若い頃は恋に燃えるのも仕方がないこと。久しぶりに初々しい若者を見て私も気分が若返るようだよ」
恐縮する俺達に笑って許してくれる老貴族に再び頭を下げた。
「さて、私はこの屋敷の主人、サイフォス・ヴァン・ヌアザ。子爵位は息子に譲っていてね、気軽に名前で呼んで欲しい」
「私はサイフォス様にお仕えしていた庭師アニアスの娘、ポーラでございます。恐れ多くも本日は連絡も無しに申し訳ありません」
「冒険者をしているユウです。縁あって彼女達がここまで逃げる護衛をしてきました」
気軽に、とは言われたものの貴族が面倒な生き物だという偏見がある俺も、父親の元主とあって緊張するポーラさんに苦笑するサイフォス元子爵。
しかしこの人すげぇ色っぽい声出すなぁ・・・男の俺でも背筋がゾクリとしたぞ。
「ポーラ嬢、君は懐かしいアニアスの面影があるね。本人は・・・ふむ、重症のようだが命に別状は?」
「はい、応急処置にて症状は落ち着いているかと」
「ふむ、それは重畳。ユウ君、といったかな?アニアスは私にとっても大事な知己でね、今となっては思い出を語らう友人のような存在なんだ。そんな彼を救ってくれたこと、礼を言わせて欲しい」
そういって頭を下げるサイフォスさん。
性を名乗らなかったことから平民と判断しているはずなのに、その平民に対して平気で頭を下げるとは・・・これが貴族の中の貴族、と言われたという人なのか。
飾らない彼の態度は好感を持てる。
彼ならば、アニアスさん親子を保護してくれるだろう。
「ありがたく受け取ります。それで、今回の件ですが・・・ポーラ」
「は、はい。サイフォス様、実は昨晩・・・」
ポーラの説明を笑顔で聞いていたサイフォスさんだが、最後まで聞いた後で眉根を寄せて顎に手を当てた。
「ふむ・・・花の件、というのはポーラ嬢の予想かな?」
「は、はい。父は寡黙で誤解されることもありますが、穏やかな人です。そんな父が命を狙われるようなこと、ないと思うんです。それに・・・」
「ふむ、それに?」
「父が言っていたんです。全く新しい品種が完成したと・・・王家にも自信を持って報告出来るくらいの作だと・・・」
「なるほど。花を特産とし、多くの人間が研究、開発に従事するこの街でも新しい品種が生み出されたことはここ数十年無かったはずだ・・・セードルそうだな?」
「は。アニアス氏の言った事が事実であれば、40年ぶりの快挙であるかと」
40年ぶりに生み出された新種の花。
それを巡った策謀の末にアニアスさんが襲われた、か・・・有り得ない事ではない、のだろう。
おそらくこの街の人々にとって花というのはただの特産品ではないのだ。
想像以上に情熱を傾け、精魂込めて育てているに違いない。
とすれば。
「今回の件、新種の花を巡っての争いとなるわけか・・・」
「そうなるのだろうね。だが相手を特定する前にまずはアニアスとポーラ嬢の安全確保だね。短期的にはこの屋敷にいる限り安全だよ。そこは私の名に懸けて保障しよう」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、ずっとここに閉じこもるわけにもいかないだろう?そこで問題となるのが・・・」
「襲ってきた相手は誰の手の者か、ですか」
「ユウ君、その通りだ。今回のような荒事を起こしてまで名誉と金銭、もしくは上位貴族の覚えをよくしたい連中に思い当たる相手は何人かいるが、聞いた話だけでは特定するには少し弱い」
流石にこの街に住むだけあって、サイフォスさんの顔は広いのだろう。
平民相手でも気軽に話してくれる彼なら、慕う人も多いはずだ。
ともあれ、どうやら問題点は定まってきたな。
まずは・・・
「策、と呼べる程上等ではないけれど、いくつか思いつく。まずは囮」
言うまでもなく、ポーラさんを護衛しつつ街を歩くある意味では力技になる。
確実に守りつつ、相手を撃退出来るだけの人数と腕があれば可能かもしれないが、彼女は怪我をしている上に荒事とは無縁の人だ。
そんな人を護衛付きとはいえ家から出すのは・・・
「うん、あまりやりたくはない方法だね。次に思いつくのはまぁ迂遠だけれど、情報収集することだね。私もそれなりに顔が広いから、この街の貴族関係に探りを入れる位は出来るよ」
「なるほど。気づかれる恐れはあるかもしれないけれど、やってみる価値はありそうですね」
うん、匿ってくれた上に必要だからと情報収集までお願いするのはかなり申し訳ないが、やってくれると言うのならやってみてもらった方が良いかもしれない。
「ポーラさん、どうかな?サイフォスさんには申し訳ないけれど、お願いしてみたら?」
ポーラに振ると、彼女は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな恐れ多いこと!」
「いやいや、ポーラ嬢。アニアスは私の大切な友人なんだ。彼の娘である君もね。幸い、私にも出来ることがありそうだから協力させてくれないかな?」
そう言ってニコリと笑うサイフォスさんに頬を染めるポーラさん。
分かる、分かるぞぅ!
同性の俺だってゾクゾクするような美声なのだ。
ダンディ!としかいいようのないナイスミドルが、笑顔でそう言うんだぜ?
俺が女だったら間違いなく惚れてたね!
「あう・・・本当によろしいのでしょうか・・・?」
「ああ、構わないとも。タイミングが良いことに今夜は貴族連中で集まって交流する機会があるからそこで少し情報を集めてみよう」
「あ、ありがとうございます!」
「助かります、サイフォスさん」
「ふふ。不謹慎かもしれないが・・・最近、暇を持て余していてね。老人の酔狂に付き合うと思って我慢して欲しい」
冗談なのだろう。
ポーラさんの罪悪感と申し訳なさを消す為とはいえ・・・何でもない事のように言うサイフォスさんマジ紳士。
「それじゃあ俺は、宿にいる仲間を連れてこよう。昨日の夜から連絡とっていないからな・・・」
勝手についてきただけだからそこまで気を使う必要は無いだろうが、流石に何も言わずに消えるのはアレだろう。
短く打ち合わせをした後で、三人頷きあった。
ポーラさんは屋敷に残ってアニアスさんの看病を続けてもらい、サイフォスさんには夜に行われる貴族パーティ?のような催しにて情報収集、俺はスティに状況説明しに。
屋敷を出るとまずは辺りの気配を探った。
「・・・いるな」
扉を閉めながら、中にいたセードルさんに合図すると、老練な執事らしく優雅に一礼された。
後は任せておけば大丈夫だろう。
短剣術と格闘を修めているらしいし。
宿までの道が分からないので途中の屋台などで道を尋ねがてら軽食を買う。
軽く世間話もしたが、昨日起きた事件については広まっていないようだ。
あんだけ豪快に破壊された家があるのになんでだ?
昨日来たばかりでこの街の状態が普通なのか浮足立っているのか全く分からないのが辛い。
観光客のフリをしつつ、宿に向かって歩いていくと見覚えのある建物が見えた。
ガーベラの街に建立された神殿である。
「連絡ついでに転職もしていくか・・・?」
そこまで時間も掛かるまいと気軽に神殿に入った。
その時は色々あり過ぎて忘れていたのだ。
神々の存在を・・・。
ようやく目的である神殿へ。
すっかり忘れていましたねユウの奴。




