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 父親の方はなんとか間に合った。

途中呼吸が止まりかけてヒヤッとしたが、練った気を時間を掛けて送ったせいか顔色もよくなって呼吸も安定してくれた。

どうやら峠は越えた、か・・・いつの間にやら強張っていた顔面の筋肉をほぐすように揉みながら、ポーチから煙草を取り出して咥えた。


まるで軍医にでもなった気分だ・・・この程度でそんな事言うな?

おま・・・結構グロかったんだぜ?

ともかくもようやく一息つけそうだ、と未だ大穴から覗くと雨は未だ激しく降り続いていて止みそうにない。


「やれやれ・・・」


煙草に火を点けて深く吸い込むと、ようやく力が抜けた気がした。


「父は・・・」


外を眺めていると、か細い声が聞こえてきた。

振り返ると、壁に手を付いて立つ娘さんの姿。

気絶するように寝ていたが、物音で目が覚めちまったか。

それだけ父親が心配なのだろう・・・見た感じたった二人きりの家族みたいだしな。


「ああ、なんとか峠は越えたよ。しばらくは安静が必要だろうけど、死ぬ事はないと思う」


そう告げると、安心したように微笑んで座り込んでしまった。


適当に敷いた野営用の毛布|(でかい兎みたいなのの毛皮で出来てる)の上に寝かされた父親、ゆっくりと上下に揺れる胸を見て生存を確認できたのか、娘さんは居住まいを正してこちらに深々と頭を下げてきた。

その姿を見るに、ただの町民って感じではなさそうだが・・・深入りは止めておいた方がいいだろうか。


「本当にありがとうございました。あの・・・私はポーラ、父はアニアスと言いますが・・・」


「ああ、冒険者のユウだ。王都に向かう途中でこの街に来てね、ビールが飲みたくて飲み屋を探してうろついてたらこの雨だ。仕方なしに軒先借りて雨宿りしてたらポーラさんの声が聞こえたんで様子を見に来たら・・・ってわけ」


肩を竦めてそう言うと、ポーラさんは何度も頷いた。


「そうだったんですか・・・本当に助かりました。もし貴方がいらっしゃってくれなければ私達きっと死んでしまっていたでしょう・・・」


そう言って何度も頭を下げるポーラさんの気持ちは理解出来るが、昼間の狼さんの方が怖かったのでそこまで大変な事をしたとは思わない。


・・・麻痺してるだけか?


「分かった。だから頭を上げてくれ。そんなに畏まられるとこっちが困るんだ。それより・・・聞いていいのか分からないが、何か心当たりは?」


そう聞くやポーラさんは俯いてしまった。

どうやら言えない話であるらしい。

まぁ・・・それならそれで構わない。


誰だって人には言えないような事だってあるだろう。

俺だって自分が異世界から来ましたーてへぺろ☆なんて誰にでも言うつもりはないし。

言っても唖然とされるだけかもわからんが。


「言えないならそれでもいいさ。それよりここは安全とは言えないな・・・何処か頼るところはあるか?」


「ごめんなさい・・・そうですね・・・父の友人の所まで行ければ・・・」


そうして縋るような目で見てくるポーラさん。

護衛しろって事かねぇ・・・うーむ。

乗りかかった船だし、ここで抜けるのも気分が悪いから護衛してあげるのに否やは無いのだけど・・・もしもポーラさん達がとんでもない犯罪者であったりした場合、当然手助けしたこちらも犯罪者になってしまう。


まぁ・・・あの黒尽くめ野郎を見る感じ、それはないとは思うのだが。

偏見?馬鹿言え、格好から使用武器まで怪しいどころじゃない奴だったぜ?

いきなり切りかかってくるし・・・次は逃がさん。


「一つだけ確認したい。ポーラさん、もしくはアニアスさんが何か悪い事をしたわけではないんだな?」


「はい・・・私達は人様の迷惑になるような事は何もしておりません。ただ・・・ごめんなさい。詳しくは話せない、というより私もよく知らないのです。父が作っている花について何かあったようなのですが・・・」


花・・・?

新しい品種を開発したら、それを知った大手商会とかに狙われてるとかか?

その割には手練れの暗殺者っぽかったが・・・。


「それだけ分かれば十分だよ。いいだろう、手を貸そう」


ポーラさんはホッとした様子で肩の力を抜いたようだ。

緊張させてしまったらしい・・・。


「とりあえず今夜はこの雨だ。俺が警戒しておくから、ポーラさんは体を休めてくれ。あー、明日は雨止みそうか?」


ポーラさんは頷いた後で、少し考えるように俯いた。

俯いた拍子に服の隙間から胸の谷間が見え・・・っと危ない!!

これが孔明の罠か!?身体年齢に合せて精神年齢も下がったのか最近思春期か!という位女体に敏感になる時があるからな・・・危ないぜ。


慌てて視線を逸らす俺に気が付いた様子も無く、しばらくして何やら考えが纏まった様子のポーラさんがようやく顔を上げた。


「この時期の大雨は勢いよく降る代わりにあまり長時間降ることはないので・・・もう数時間で止むかと思います」


「そうか・・・なら明日の朝に出るか。出来るだけ一目に付かないように行動しよう。いずれバレるにせよ、時間が稼げるかもしれん。ルートは任せても?」


「ユウ様、本当にありがとうございます。命を助けてもらいながら・・・厚かましいお願いまで」


「乗りかかった船だ。気にしないでくれ。よし、それじゃさっさと寝ちまいな」


そう言うと、ポーラさんはアニアスさんの隣りに横になった。

すぐに寝息が聞こえてくる辺り、相当疲れていたのだろう。


「・・・無理もないか」


その後は濡れた刀から順番に今日使った武器をメンテナンスした。

いつ襲撃されるか分からないから簡易メンテだが、命を懸ける相棒達だ。

昼間使用した武器も含めてやらないわけにはいかない。


刃の状態を無意識で確認し、拭ったり軽く磨いたりしながら考える。

相手は・・・さっきの奴だけしか確認出来ていないが、投げナイフに短刀、身のこなしから斥候系職業と思われる。

シャルさん程の身のこなしと素早さはないが、打ち付けるように受けた一撃を咄嗟に逃がす柔軟さは瞠目するほど柔らかい。


意識を刈るはずの一撃を放っても、避けられてしまうかもしれないな。

武器をメンテナンスしながら、次に戦う時はどうするか考え始めた。

シャルさんとカリンが居ればなぁ・・・出来ればシフさんも。

おっと・・・酔っ払いスティの事を忘れてたな・・・まぁ、送り届けたら伝言でも頼むとしよう。




 雨はポーラさんの言う通り2時間後にピタっと止んだ。

あれだけ降っていたのが嘘のように凄まじい勢いで雨雲が消滅し、唖然としてる内に満天の星空だ。

なんとなく薄明るくなってきたところを見ると、外壁で見えないがもうすぐ日の出だろうか。


破壊された穴から覗くようにして一服していると、徐々に空が白んできた。

周囲に結界のように気を巡らせつつ、傍らの刀を掴んで外に出ると、一度大きく伸びをして凝った腰をほぐした。

夜の間中、全力で気配察知スキルで敵を探っていたが、何度かこの家に近づこうとした様子はあったものの、入ってくるような気配は無かった。

間違いなく俺がいることはバレているはずだ。


今は何も感じられないが、もしかしたら見張られている可能性はある・・・いっそ人ごみに紛れていくか?


しばらく考えて却下した。

ポーラさんはともかくアニアスさんは重傷を負った身だ。

必然、背負っていくことになるだろう。

そんな目立つ状態で一目に付きまくるのは・・・まぁありえないよなぁ。

と言って、あちらも隠れる場所が十分以上にある裏道を駆使するってのもなぁ。


カン、で言えば裏道なんだが・・・まぁ、土地勘が無い以上はポーラさんに任せるしかないか。


そんなことをぼんやりと考えていると、誰かが起きる気配がした。

恐らくポーラさん、かな?

気配察知してもほぼくっ付いてるからどっちか分からんな・・・気配察知もそういう意味では万能とは程遠いよなぁ。


「おはようございます。ユウ様」


「おはよう、ポーラさん。逃走日和だな」


挨拶と同時に小粋なジョークを混ぜてみると、ポーラさんは少し笑ってくれた。

いつか爆笑させてあげたいところだが・・・俺は芸人ではないのでその役は誰かに譲るとする。

これだけの美人さんだ、彼氏の一匹や二匹はいるのだろうし。


「さて、朝飯食ったら移動しよう」


「はい」


緊張した表情のポーラさんに笑いかけて、アニアスさんの調子を見る。

傷口は・・・流石練気パワー。

ほぼ塞がっている。これなら移動しても命に係わるような事にはなるまい。


綺麗に拭った後、薬を塗り直す。

背中の切り傷、腹の刺し傷・・・良い感じに治癒が進んでいるようだ。


「よし、これなら移動に耐えられるだろう」


最悪、なんとかして宿のスティを呼んで板かなんかに縛って寝かせたアニアスさんを頑張って連れていく事も考えたが、どうやら背負っていけそうだ。


魔法でも喰らったのか、台所が見事に吹き飛んでしまったので保存食を二人してモソモソと食べた後で、行動を開始する。


アニアスさんの容体を考えるとあまりやりたくないが、最悪戦えるように両手を空けておきたい。

そのため、ポーラさんに手伝ってもらってアニアスさんを俺の背中に縛り付けた。


ついでに盾も縛り付けてあるから飛び道具で殺されるようなことにはなるまい。

まぁ・・・簡単にやらせないがな。




 ポーラさんに先導を任せて裏道を足早に進む。

流石に起きだした住人達が活動する時間の為に、ポーラさんの知りあいに会ったりして足止めを食ったりもしたが、ポーラさんがぐったりしている背中のアニアスさんを指さして、父が怪我をしたので知りあいの所に連れていくとか何とか言って振り切った。


まぁ、嘘は言ってない。

その他には襲撃されたりすることもなく、知りあいだという御仁の家まで無事搬送完了することができた。


見上げる家は花だらけの街にあって、異様に見える程花が無い屋敷であった。

外壁を伝うように繁茂する蔦、囲むように生える生垣のような配置の木々。

閑静とは言えない街中にあってひっそりと佇む洋館は、なぜか周囲から浮き上がることなく埋没している。


言われなければ気が付かない。

そういう絶妙な位置にあるのか、魔術的な手法なのかは分からないが・・・。


「ここです。ここに父が昔仕えていた先代子爵様が住んでらっしゃるんです」


まさか貴族が出てくるとは思わなかったが・・・なるほど、相手がどのような身分かは不明だが、当主は退いたとはいえ貴族の家だ。

確かにここに逃げ込めば、例え相手が貴族であってもおいそれと手出しできまい。


「なるほど。ここなら安全かもな」


「ええ。父は先代様に大分可愛がっていただいたと聞いています。きっと力になってくれると思うんです」


ふむ・・・彼女の父がどのような人間かは未だ声を聞いた事も無い現段階では何とも言いようが無いが、彼女がそう言うのであればそうなのだろう。


背中のアニアスさんを背負い治すと、ヒッソリと建つ屋敷の門に向かって歩き出した。

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