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爆笑するスティレットを置いて走り出す俺に気が付いたのか、慌てて追いかけてきた。
チッ、あわよくばそのまま放置しとこうと思ったのに。
「待ちなさいよ・・・ププ・・・」
「笑い過ぎだ!だいたい最初は普通だったんだぞ?それが妙な称号のせいで・・・あの駄目神がぁ・・・」
思い出したら殺意が湧いてきた。
あんの女神という名の名状しがたいアレめェ・・・ちょっと怪しからん胸を装備してるからと調子に乗りおってぇ・・・絶対に揉み・・・じゃなかった絶対に許さんぞ・・・!
「駄目神ってなによ?」
「ん?ああ・・ちょっと白夜倒せって言われて戦ったらそんな称号がついたんだよ」
そういえばロック鳥のくだりしか説明してなかったか。
流石に最初から話す気にはならないが、白夜の辺りから説明した。
説明が終わっても黙っているのを不審に思って隣りを見ると、スティレットは突然叫んだ。
「なによそれぇぇぇ!!言われた通りにやったのになんでそんなことされなきゃいけないのよ!」
俺の受けた理不尽に怒ってくれたらしい。
なんだか新鮮で、思わずポカンとしてしまった。
そんな視線にも気が付かずにスティレットはプリプリと怒っている。
「くく・・・ははは!」
なんだか笑いがこぼれてきた。
何のしがらみが無い彼女にとって、今の話は他人の話であったはずだ。
「はははははは!」
「なによ?なに急に笑って・・・頭おかしくなったの?」
間違いない。
彼女はとても良い人なのだろう。
なぜか暴走すると直前の奇行に走る問題があるようだが・・・というかアレが素ではとても困るのだが・・・。
それでも初めてあった男の話を聞いて本気で怒ってくれたのだ。
「すまん。嬉しくてつい」
「嬉しいって・・・」
「初めてなんだ。俺の話聞いてそこまで怒ってくれた奴」
シャルさんは困ったように笑っていたし、カリンは怒っていたような気もするが彼女はあまり表に思いを出す性格ではない。
シフさんは気の毒だと同情もしてくれたが・・・彼女自身がとても強い人だから。
スティレットという娘を少し見直すこととして、収まった笑いを口元の笑みに戻して思う。
運は悪いようだが、良い人と会う運はなかなかのもんじゃないか?と。
気味悪がるスティ・・・面倒なのでスティと呼ぶことにした・・・と共に走り出して数分後。
気配を察知して足を止めた。
草原を抜けて、街道は左右に森を挟む道に差し掛かっていて森の木々が精いっぱい伸ばした枝が街道を覆うように繁茂していて薄暗い。
「スティ、お客さんだ」
「どっちから?」
「スティの方・・・左300mってとこだな。まだこっちが気づいてるとは思ってないらしいが・・・お、察知されたのに気付いたらしい。加速したぞ・・・数は10ってとこだ」
気配察知スキルは大まかな気配の濃さと相手の大きさ程度しか分からない。
戦った事のある相手なら大体分かるのだが・・・これは覚えがない。
「狼かなにか?」
「ん・・・どうだろうな。かなりの速さだからそうかもしれない」
腰のカッツバルゲルを右手に持ち、左手に投げナイフを数本持つ。
スティはというとなぜか袖からスッと取り出した小手を装着すると、ブーツの踵で軽く地面を叩いた。
シャキッ!という音と共につま先から飛び出す刃物。
つくづく物騒な娘である。
迎撃準備が整った頃、ついに森から大型の獣が飛び出した。
俺達を挟み込むように前後に飛び出したのは・・・大型の狼。
銀色の体毛は森では悪目立ちしそうではあるが、美しくはある。
「グルルルゥゥ・・・」
犬歯を剥きだして威嚇する前の3匹と対照的に静かな後ろの3匹、森の中にはボスと3匹がまだ残っており、飛び出すタイミングを計っているものと思われた。
「スティ、いけるか?」
右手の森を背に前後の狼を視界に納めつつ尋ねると、スティは鼻で笑ってガンと両手の手甲を打ち付けた。
「よし、あと4匹まだ伺ってやがるから気をつけろ。後ろは任せた」
「先に狩った方が夕飯おごりね」
言うが飛び出すスティ。
おいおい・・・フライング甚だしいんじゃないか?
「仕方ないな・・・まぁ、すまんが先を急いでるんで、なッ!」
先んじて動いたスティを反射的に追おうとした背後の一匹の喉笛を斬り裂き、それを盾にさらにスティに追い縋ろうとした一匹に投げナイフを投擲して牽制、ナイフを避けた狼に鉈を全力で投擲した。
「グルァァ!?」
おやっさん渾身の作である鉈が右前脚をアッサリと切断すると、とびかかってきた三匹目を避けつつ腹を斬り裂いた。
「悪いな」
そう言って前足を一本失った二匹目の銀狼にとどめを差すとポーチに三匹を収納した。
剣の血を払ってスティを見ると、彼女も危なげない動きと想像以上の威力の打撃で最後の狼を屠るところであった。
「さて・・・隠れてねぇで出てこい」
ボスらしき気配の方へ殺気を当てると、さらに三匹が飛び出してきた。
飛び出してきた中にボスは・・・いない。
「タイミング伺ってる内に群れが全滅しちゃうぜ?」
右手のカッツバルゲルをスティに向いた一匹に投擲して地に縫い付けると、背中のクレイモアを抜きざまにもう一匹に叩きつけた。
「ギャンッ!」
前後に真っ二つにされた狼が地に落ちるよりも速く、動こうとして・・・止めた。
既にスティが美しい動作の回し蹴りで最後の一匹を叩き潰していたのだ。
9匹の狼を倒して一息つこうとしたタイミングでようやくボスが出てくる気になったようだ。
ひときわ大きな狼が森からゆっくりと姿を現した。
「おいおい・・・種族違うんじゃね?」
「間違いなく上位種・・・しかも歴戦っぽい風格がすごいわね」
その割に戦術はお粗末だった気がするが・・・これほど早く仲間を倒されるとは思わなかったのかもしれない。
自分が最強などと調子に乗るつもりは微塵もないが、普通の冒険者ならパーティでも危ないかもしれない。
地理的不利、数的不利なのだ。
全滅は免れても何人か死んでてもおかしくない。
ましてやこのボスだ。
こいつ・・・明らかにレベルが違う。
身体の大きさもさることながら、毛皮こそ同じ銀色だが、こちらは黒銀に輝いている上に何やら稲妻のように曲がりくねった漆黒の角があり、雷を纏っているのかバチバチと角と角の間でスパークしている。
「こんなとこに居ていい個体じゃなくないか・・・?」
ゴクリと思わず唾を飲み込んで聞けばスティも流石に冷や汗を流して頷いた。
「間違いなく街に近いこんな森にいていい奴じゃないわよ」
黒竜程ではないが、こいつも相当なモノだ。
勝てるかどうかで言えば多分勝てるとは思うが・・・相方は初見な上に格闘。
リーチは当然手足以上にはならないだろうし、こちらにしても街道上とはいえ、そんなに広い街道ではないので長物は使用をためらう。
手元のクレイモアも大型剣ではあるが、所謂ツヴァイハンダーやツーハンドソード程長くはない。
多分このサイズがギリギリだ。
「まいったなぁ」
クレイモアを握る手に力が入る。
武器を教えてくれた武神ミーネが最初に教えてくれた、自分よりも強い敵と戦う方法が頭をよぎる。
すなわち
「あらゆる手を使って戦え。それでも届かないなら戦いながら成長しろ!だったな。はは・・・無茶言うよほんと」
「グルァァァァ!!」
一層激しくスパークした雷がこちらに向かって放たれるのをギリギリで何とか回避しつつ、叫ぶ。
「スティィ!!危なくなったら逃げとけぇッ!こいつは・・・俺が倒すッ!」
地上最強位軽くなってやらないと、いつまでたっても目標にはたどり着けない。
この武器で大丈夫か?
大丈夫だ。問題ない!
「チェイッ!」
無拍子からの薙ぎ払いをあっさりと躱される。
その動体視力は流石魔獣さんである。
が、その程度は
「おっさんに何度もやられてっからなぁ!」
人外じみた筋力で無理矢理に軌道修正、竜尾の如く踏み込みと同時に切り返す。
剣先がチリッと掠り、美しい黒銀の毛が散る。
「グルァァ!!」
と、同時に視界の端から轟音と共に襲う狼爪を前に装備変更。
ガキィィ!!
両手持ちのメイスで迎撃した。
思いきり振るったメイスは爪を完璧に捉えて何本か欠けさせたが、黒狼は気にするそぶりもない。
このまま俺をターゲットにしてもらおうか、ねッ!
「オラァァ!」
装備変更で次々に変化する攻撃とリズムに黒狼は反応が追い付かないらしい。
メイスで攻撃すると見せかけて短槍で突きまくり、そのまま突進すると見せかけて弓で牽制。
帯電した雷が時折、飛来するが使う寸前に立ち止まるので分かりやすい。
それすら偽装の可能性もある為、放った瞬間に回避しているが今の所なんとかなっている。
「すごい・・・」
上がる感嘆の声に反応する余裕もない。
目を逸らせば狩られる緊張感と生きているという満足感。
命を懸けるプレッシャーと鍛えた武力全開で戦える喜び。
斬、打、突を複雑に組み合わせた戦術は初見の相手ならまず対応できない自信があったが、どうやらこいつにも有効らしい。
何度となく攻撃、迎撃している内にマントはボロボロにされたが、身体には喰らっていない。
掠った程度ならばともかくまともに喰らったら鎧はともかく身体が持たない。
一方の相手も結構なダメージが蓄積してきて、黒銀の毛皮は血に塗れて爪は何本も欠けて最初の威風堂々とした姿とは隔絶した満身創痍になっている。
だが・・・負傷した獣程怖いものはない。
獣性をむき出しにし、生存本能を全開にした獣の攻撃性は想像を絶する。
「グルァァァァ!!」
角だけが帯電していた黒狼はついには全身に雷を纏っており、鉄製の武器で触れた日には炭になってしまいそうな威力だ。
ナイフでも投げたらくっ付きそうだな。
自分の想像に笑みが漏れる。
笑う俺に何を思ったのか突進してくる黒狼。
口を大きく開けて迫るその姿たるやチビりそうである。
牙での噛みつきかッ!
半端な回避を許さぬ猛進に覚悟を決める。
装備変更して取り出したのは竜人族の王にもらったクソ長い槍・蜻蛉切もどきである。
振るうスペースはないが、突進してくる相手に向かって構える位は出来る。
急に表れた長槍に流石の黒狼も反応すら許されずに口内を貫かれ、その穂先は脳まで達した感触を手に伝えた。
「俺の勝ちだ・・・眠れ!」
一際深く刺し貫くと、黒狼は一度ビクンと痙攣した後・・・両目から血を流して倒れ伏した。
「最後の攻撃お見事・・・手がしびれて武器が持てない・・・まいったな」
震える手は、黒狼の纏った雷が槍ごしに伝わったのだろう。
完全に力が入らない。
石突が地面にめり込んでいて、足で抑えていなかったら・・・腕力に頼んで手で保持しているだけだったら当たり負けしていただろう。
震える手で触れているだけの槍ごと黒狼をポーチに収納すると、ようやく息をついた。
こんなところで出会うには強すぎる相手・・・また悪運、だよなぁ。
戦闘描写というのは難しいですね。
スピード感と相手とのやり取りが想像している何分の一程度しか書けない。
さて、スティレットも少しはまともに見えたでしょうか?
まぁ・・・変な女性のが書いていて楽しいのです(笑)




