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なんでこんなとこにいるんだい?って達人が村に居たりしますよね。
物語だから、かもしれませんが。
ポカポカとした何かに体を撫でられるような感覚に意識が覚醒していく。
鼻から入ってくる薬草のような苦い香りとあまり寝心地の良くない床の感触。
「ぐ・・・ここは」
ゆっくりと目を開けるが、視界の半分は靄がかかったようにはっきりとしない。
見える半分で部屋を見渡すと、小柄な背中が何やらゴリゴリと削っているようだ。
部屋の三方に設置されている棚には乾燥させた薬草やキノコっぽい物、野菜みたいなのもある。
「薬屋さん・・・?」
思わず呟くと、同時に視界に小柄な人物が目に入った。
彼女は手に持った器に入った液体をペタペタと塗りながら・・・ふむ、と一つ頷いた。
「具合は良さそうじゃの。熱もなし・・・まぁ今晩は発熱位はするじゃろうがね」
「貴女が治療を?」
「ひょっひょ。あなたなんぞと久しぶりに呼ばれたわい。村の坊や共にも聞かせてやりたい位じゃで。ほれほれ、まだ横になっとれ。気を巡らせておるからの、調子が良いと勘違いしちゃいけないぞえ?サラディンの坊やには今日一日預かると言っておるから気にせずに寝ておくがええ」
気・・・?
気力操作の事だろうか?
そういえば体がポカポカしている気がするが・・・特に怪我した箇所が温かい。
「気力操作・・・かな?使った覚えはないんだが・・・貴女が気を?」
「ひょっひょ。そうじゃよ、お客人。サラディンの坊主が血相変えて駆け込んできてのぅ。村の恩人じゃ!言うから張り切って治療したったわ・・・おや随分と回復が早いこった」
魔女か何かのような独特の笑い方。
この女性はどうやら医者かなにかのようだ。
ファンタジー的には薬師?というのだろうか。
久しぶりにインストールされた記憶を探ると、どうやら薬師で良いようだ。
だが・・・気を使ったというのがどうにも引っかかった。
気力操作は基本的に外部に干渉させるのに向いていない。
あくまで体内で循環、活性化させて身体能力を一時的に強化したり、せいぜい武器や防具に纏わせて攻撃力や防御力を底上げ出来る程度で、例えば有名な○めは○波みたいな技は出来ないし、ハンターな方達みたいに性質を変化させたりというのも出来ないらしい。
夢が無い。
「気について教えてくれませんか?えっと・・・」
「ひょっひょ。わしの事ならおばばでええ。村の者はみんなそう呼ぶでな」
「分かりましたおばば。俺はユウ。冒険者をやっています」
このおばあさん、不思議な雰囲気だが・・・どことなく祖母ちゃんを思い出すなぁ。
なんでだろう・・・飄々としたところが似てるのかもなぁ。
「それで気について何が聞きたいんじゃ?」
おばばは薬草らしき乾燥した草をゴリゴリとすり潰しながら言った。
身体を少し起こし、身体を見回す。
包帯代わりなのか細長い葉にぐるぐると包まれた足首、薬草を塗ってあるのか独特の匂いがした。
一撃喰らった左目の辺りにも何か塗ってあるらしい。
「ええ、他人の気を操作するっていうのは初めて聞いたもので」
ゴリゴリとすり潰す速度を一定に保つ音を聞きながら言うとおばばは鼻で笑った。
「そりゃあそうじゃよ。気功術という技を修めておらねば出来ない術じゃて」
「気功術・・・内気功なんかとはまた違うのでしょうか?」
「基本は似たような理屈じゃな。ただし気力操作の上位スキルじゃて、まずそこまで育てられる者なぞ居らぬ。気力操作を修めておらぬ者にはこれ以上言っても分かるまいがの」
「気力操作なら最大まで育っていますが・・・特別な職業に就く必要があるんでしょうか?」
おばばの目がキラリと光った。
ほうほう、と言いながらこちらを見るおばばの表情は真剣である。
糸のような細目を少し開いてこちらをジロジロと見つめてきた。
しばらく居心地が悪い思いをした後で、おばばはようやく何やら頷いた。
「ほっ、道理で・・・気がなかなか練れておる。普段から練気していねばこうはいかぬ・・・なかなか筋が良いかもしれぬの」
「おっしゃる通り、気力操作のスキルを得てから戦闘以外でも練るようにはしていたのですが・・・見ただけで分かるのですか」
気を練ると言っても難しい事じゃない。
臍の下、所謂丹田に少し力を入れるような要領だ。
気力操作を持たない人がやってもあまり意味は無いのだけれど、ジョージのおっさん曰く、常に意識することで不意打ちされた時や転んだ時なんかでもダメージを受けにくくしたり、なぜか分からないが内臓の働きが活発になって消化力やアルコール分解なんかも高まるらしい。
おかげでさらに酒に強くなったよ。
「ほっ、既に起き上がれる程回復しとるわ。とんでもない回復力じゃの。それなら・・・わしの手伝いをしてくれるなら気について少し教えてやってもよいぞ?」
俺は考え込んだ。
悪運によって昨晩は獣が来るわ来るわの確変突入!レッツパーティ!イェェェア!って感じで次から次に襲われ続け、なんとか狩り続けたからしばらくは大丈夫だろう。
罠に足を取られまくりながらもなんとか全滅させることは出来た。
正直あそこでさらに襲われてたら危なかったかもしれないが、そこは運が良いやら悪いやら・・・。
「分かりました。昨日かなり魔獣を狩ったのでしばらくは平和なはずですし、お手つだいさせてください」
そう伝えるとおばばは頷いたのだった。
早速始めようかの、と言って
「良いか?薬師にとって薬草の目利きは最低限出来ねばお話にならぬからの。まずは薬草、毒草の種類を覚えることじゃ」
「分かりました。毒草?毒草は・・・そうか、調合して薬になるんですね?」
「そうじゃ。毒も薬も使いようじゃ。薬も過ぎれば毒となり、毒も使いこなせば良薬となるのじゃ。たとえばこの青い草を見よ」
そう言って棚から青い草を取り出して、節くれだった指で草の葉先を示しながら
「この草はオキレズ草と言って、まぁ名前の通りに食べると意識を失う危険な草じゃ。根もそうじゃが、葉先が特に毒が強い、これを・・・」
葉先を毟るとゴリゴリとすり潰していた擂鉢に加えるとゆっくりと混ぜ合わせた。
緑と青の草がゆっくりと混ざって色を変えていく。
しばらく混ぜると青みがかった緑色粉末が出来た。
「クスリ草の葉と混ぜると毒が薄れて痛み止めになる。水で溶いて傷口に塗るわけじゃな。ユウと言ったか、お主は今日はこれを覚えて帰るとええ」
そう言って擂鉢と摺り棒を渡してきた。
それを小さな壺に入れたおばばから新しい薬草をどっさりと渡されると見様見真似でゴリゴリとつぶすようにしていく。
しばらくゴリゴリしていく内に集中していく。
オキレズ草、クスリ草、オキレズ草。クスリ草・・・
ゴリゴリ
ゴリゴリ
ポーン
『調合スキルを新規取得しました』
おぉ・・・スキルゲット!
薬師系の職業には就いていないが、スキルを得る事が出来たらしい。
それに気を良くしつつ、さらにゴリゴリ。
結局、日が暮れるまでゴリゴリし続けて、調合スキルが3まで上げることが出来た。
おばばも驚いていたが、成長系の加護があると言うと感心したように頷いた後で、ニヤリと笑って
「それなら明日からはビシビシいくかの」
「分かりました・・・!」
おばばを手伝いつつ夕飯を食べながら、色々な薬草の話や気功について話を伺う事が出来た。
やっぱり長く生きている人の経験は頼りになる。
胡散臭い話もあったりもするが、経験してみれば分かることだ。
まずは出来るだけおばばから学べる所を学ばせてもらおう。
「気功術というても色々あるんじゃが、このおばばが修めておるのは風音流気功術という流派じゃ。流派というのは分かるかえ?」
「確か・・・剣だと剣聖とかになると作れるようになるんだっけ・・・」
「よう知っておるの。気功術の流派を作れるのは拳聖、格闘系の上位複合職じゃな」
「複合・・・職?というと、格闘系職業だけでは慣れないのでしょうか?」
「ひょっひょ、理解が早いの。格闘系職業・グラップラーまで極め、さらに生産系職業・薬師のスキル・調合を鍛えるとなれるわえ」
なんてこった・・・前衛系職業だけでなく生産系職業を含めた複合職があるとは・・・!!
「生産系との複合・・・流派を作った方はよくぞそこまで」
正直に尊敬する。
流派の名前的に風音という人物が創始者なのだろうか。
「ひょっひょ。厳しくも慈愛に溢れた師じゃった・・・あの方の人格に惹かれて様々な人種の門人達が居ったからの」
自慢気でもあり、寂しげでもあり・・・おばばの年齢的に既に亡くなっておられるのだろうか。
「そうですか・・・一度会ってみたかったですね」
しみじみとそう言うと、おばばはきょとんとした顔になった。
何かおかしなことを言っただろうか?
「何を言っておる?まだ生きておるぞ?ははぁ・・・このおばばを見て死んだと思うたかえ?ひょっひょ、無理もないがあの方は長寿ゆえ誰よりも長生きするじゃろ。多分坊やよりも長生きするぞえ」
「長寿・・・もしかしてエルフとかそういう?」
「いんや、お師様は人族じゃ。あの方のお人柄を愛した神が不老と長命の加護を授けてくださったと聞いておる。そのおかげで・・・ただでさえ老い難い気功術使いなのにあんな見た目で・・・我が師ながらとんでもないお人じゃよ」
気功術使いは老い難くなる・・・魔法使いは魔力が成長し易い職業だから高い魔力に至った高レベルの魔法使いは見た目よりもずっと長生きだと聞いた事があるけれど。
それは気功にも言えることであるらしい。
なんとなく、太極拳をやって健康で長生きしました!と言うおばあさんを想像してしまった。
「まだ詳しく教えても使えぬからの。指導はせぬが・・・要諦だけは先に教えてやろうかの」
「要諦・・・基礎にして究極とかそういうアレでしょうか?」
「そうじゃ。基礎にして究極!無敵・・・はちょいと言い過ぎじゃが、最も大切な事は・・・」
「大切なことは・・・!」
「気を練り続けることじゃ」
「気を練り・・・あれ?」
いつもやって・・・いや違う。
そんな浅いもんじゃあないはずだ。
恐らく呼吸するように自然に、戦闘中だろうと酒を飲んでいる時だろうと、寝ているときだろうと気を練り続けられるようにする、ということなのだろう。
「なるほど・・・呼吸するように気を練れるようにするんですね?」
おばばはゆっくりと頷いたのだった。
おばばといったら小さいばあちゃん。
小さいばあちゃんといったらおばばです。
作者の中ではそうなのです。




