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兄貴!ようやく森から出ますぜ
全ての準備を終えた後、紫煙を燻らせながら崩れかけた建物を眺めた。
「一ヶ月居ただけとはいえ、住んでると愛着も湧くもんだ」
なんとなく呟いた言葉。なんとなしに眺めていたが、離れると思うと寂しさを感じる。崩れた壁さえ何となく愛しく思えるから不思議だった。
「この世界に召喚された場所だし、思い出が詰まってると言えるわね?」
笑いを含んだ声が返ってきた。
振り返れば最初に会った時から変わらない背筋に鉄棒が通っているような綺麗な立ち姿のミーネが立っている。
そう。ようやく今日、本格的に旅立つのだ。吸い終わった煙草を着火の魔法で消し炭にする。
塵が風にのって飛んでいった。舞い上がった塵を追って見上げれば今日は快晴、旅立ち日和ってやつだ。
「うし。いこうか!」
腰に下げた刀をポンっと叩くと気合を入れた。ミーネがゆっくりと頷くのを見て、出発する。
目指すは街!そして冒険者ギルド!
と、その前に今更だが、少し地理のお話をしようか。
オレが今いるのは世界に3つある大陸の一つ、中央大陸だ。
この世界の大陸の地図は簡単。ほぼ正方形な世界の真ん中にある大陸が中央大陸。北にあるのが北大陸。南にあるのが南大陸。形や大きさこそ違うが、それだけだ。地球と違って覚えやすくていいよな。
一応、東と西にも小さな島々が集まって諸島になっているが、今は割愛する。
いつか行く事もあるだろうしな!
中央大陸の真ん中にあって大陸を真っ二つに分けるように南北に伸びているこの森が、黒き森と呼ばれている場所らしい。
出発地点でもあるココは森の中でも中央やや南東に位置する感じだ。
神殿自体は1000年位前に立てられたもので、当時その辺りを治める国があったらしいが魔物の大侵攻で滅びてしまったんだとか。それからどの国にも所属する事なく、分かりやすい国境線として存在するんだと。森を挟んで東西に国があるが、どちらも森の魔物を警戒して長い防壁を作って守っているらしい。
万里の長城みたいだな。
実際、神殿周りは大した魔物もいないが、30分程奥へ分け入れば相当協力な魔物が相当な数存在する。これはミーネに連れていかれたので間違いない。
外縁部及び神殿周辺はせいぜいDランクまでしかいないが、奥はAだのSだのがうじゃうじゃいたよ。
こんな化け物共が大挙して押し寄せたら一国じゃひとたまりもないだろう。
ちなみにAだのSだのは見ただけだ。
実際に戦ったのはギルドランクで言うとせいぜいBランク下位の魔物までで、それ以上はまだ無理だと言われて戦っていない。戦闘系の職業でも上位職に転職していないと単独での戦闘は厳しいんだとさ。
その職業の説明は街の神殿でしてくれるそうなので、ミーネには聞いていない。
神殿で必要なことなら神様がいれば出来るんじゃないか?と思ったが、訓練の様子を見に来たエルさん曰く一定の規模の街にある神殿じゃないと転職出来ないようになっているらしい。
村なんかに置くと盗賊なんかが強化されてしまって大変だから、とか言ってたよ。
オレ達が出発して向かったのは東の国に属する一番近い街だ。
まだまだ技量に不満があるが、訓練当初に比べれば遥かに早く森を進み、途中にある川で昼食休憩した後もかなりの速度で森を踏破していった。
日も暮れかけたところでミーネはともかくオレが疲れたので、その日は綺麗に澄んだ沼がある付近の樹上に軽く板を渡して寝床にした。ちなみに沼に近づくとヤバい気がしたので近づくのはやめておいた。
寝床を作った樹の下で火を立てる。
食事を作ると同時に煙で寝床付近を燻して小動物や毒虫なんかを排除する狙いだ。メニューによっては寝床が臭くなったりもするので注意が必要だ・・・本当に。一度、肉焼きまくった後に寝床に潜ったら焼き肉くさくて辟易したことがあるからな。一応、食後に虫除け効果があるシキーミという木の葉っぱを焼いておく。
これも野営訓練の最初の方は虫刺されやら噛まれたりやらで眠れなかったことがあってからやるようになった。
疲れているのに眠れないという・・・あれはきつかったなぁ。戦争物の映画やなんかでたまに言及されていたりするが、下手な獣よりも虫のが危険だと実感した。
作った夕食を共に食べながらミーネに確認すると、あと1日もあれば着くんじゃないかとの事だ。
当初の予定よりずいぶん早く着けそうだ。
その日は軽く魔力操作訓練で瞑想してから早めに寝た。一応、周囲には鳴子を付けた手製ロープを張って魔物が来たら感知出来るようにしておく。殺気を感じたら起きるように調きょ・・・いや訓練されたから大丈夫だと思うけどな。
次の日、警戒していた襲撃イベントも無く、夕方頃ようやく念願の街に辿り着いた。
見上げれば魔物襲撃を防ぐ為の高く堅牢な石壁に囲まれた城塞都市。
中央大陸東屈指の大国ランツェ王国、その国境の街アイシーンだ。
もらった知識によれば、南大陸と貿易を行う為の港町から近く、ほとんどの商人達がこの街を通って王都なんかに行くらしい。そのため結構賑わってる雰囲気だ。
まぁ・・・偉そうなこと言ってるけどオレ街自体初めてだから全く信用出来ない感想だけどね!
その門の前で衛兵が商人と思われる人物からステータスカードと馬車の積み荷の確認をしているのを見ながら時間的にラッキーだったのかかなり短い列に並ぶ。
「ここまで長かったなぁ~今日こそは街で寝れそうだ」
「そうね。でも訓練しといて良かったでしょ?」
「違いない。すぐ出発してたら間違いなくぶっ倒れてたよ。ミーネがいてくれて本当によかった」
「あら、嬉しいわね。厳しく教えた甲斐があったわ」
驚きの変化かもしれないが一ヶ月の間にかなり仲良くなったので、お互い気安く話すようになっていた。
今じゃエルさん並に信頼する友達の1人になっている。二人以外の神を含め人と会うことすらなかったけどね・・・。そんな事を考えている内にオレ達の番のようだ。
呼ばれたので二人揃って衛兵にステータスカードを見せた。
「お前たち見ない顔だが旅人か?それと規則でステータスカードを確認させてもらうぞ」
「私達は旅人です。この街は初めてきました。旅をしながらスキルを磨いて冒険者になりたくて」
途中で相談して作った嘘話を披露していく。ちなみにミーネのカードはシュヴェアートさん特製のカードだ。神達が地上に降臨する際に発行するカードらしく、神の異常な数値を普通の数値に誤魔化して表示してくれるらしい。職業:神とか見ちゃったら衛兵さん倒れちゃうだろうしな。
俺たちが作った話を聞いた衛兵さんは感心したように頷いて
「そうか。技術を磨きながらとは素晴らしいな。よし問題ない、通っていいぞ」
「「ありがとう!」」
「おう。ちなみに宿なら通りをまっすぐ行った所にある森の熊さん亭がおすすめだぞ」
「そうします。助かりました!ありがとう!」
気のいい衛兵さんに手を振って、教えてもらった宿に向かって歩き出した。
夕方なので店は閉まっていたりするが、それでもそれなりの人たちが歩いているようだ。
レザーアーマーに剣を下げた戦士風のマッチョマンや杖を背負っているローブ姿のお姉さんなんかもいる。
真っ直ぐ宿に向かうミーネに付いていきながら、オレはお上りさんよろしくキョロキョロと忙しい。うぉぉ・・・ファンタジーを感じるなぁ!お!猫耳娘さん発見!こういうの見るとファンタジーを感じるよなぁ。
「物珍しいのは分かるけど、あんまりキョロキョロすると迷子になるわよ?」
「うむむ・・・了解!これからの楽しみにしておくよ」
苦笑するミーネに答えて今度こそ真っ直ぐ宿へと向かうことにした。考えてみれば宿も初めてだ!
宿の名前が確か・・・森の熊さん・・・歌の?・・・いや、よそう。
よ、よーし!今日は泊まって明日はギルドだ!
「ってちょっとまてぃ!ミーネ!オレは大変な事に気がついてしまった」
「急にどうしたの?」
「お金・・・無くないか?」
不思議そうな顔をするミーネに驚愕の事実を伝えると、ミーネはぽむっと手を打った。
そしてにっこり笑って
「心配しないで。お金ならあるわよ」
そう言って腰に下げたポーチをぽむっと叩いた。よ、よかったぁ・・・。
ですよねぇ・・・街まで同行するのにお金無かったら泊まれませんもんね。
「ふふっ、あはは!ユウってば青くなっちゃって」
「うー・・お恥ずかしい」
そんな事を言い合いながら歩くこと5分程。どうやら目の前にある木と熊の絵が描かれた看板がかかっている店がその宿であるらしい。
木造で2階建の宿の外観を眺めるに、衛兵さんが勧めるだけあって結構綺麗な感じに思えた。
まぁ・・・今まで寝起きしていた廃屋に比べたら何処も綺麗といえるかもしれない。
「ここ・・だな」
「ええ。早速入りましょう」
そう言って中へ入っていくミーネを追って宿の中へと入ると、1階は食堂になっているらしい。何人か冒険者らしきグループ、商人とその護衛に見えるグループが食事をしているのが見えた。
結構賑わってる感じだ。彼らは入ってきた俺たちを一瞬見たが、すぐに逸らした。面白い格好とかじゃなくてすいませんね。
入ってきた客に気がついたのか奥のカウンターに立っていた男が顔を上げた。おお・・・宿の名に恥じぬ強面の親父さんだ。
「泊まりかい?食事かい?泊まりなら一泊朝夜付きで1人大銅貨2枚、食事はメニューによるぜ」
「おやじさん、泊まりと食事を頼みます」
そう言ってミーネが大銅貨4枚を店主と思われる親父さんに渡した。
「まいど!部屋は二階の奥を使ってくれ。この鍵に刻んである番号と同じ札が扉にかかってるからよ。とりあえず、荷物・・・はねぇな。すぐ食事にするかい?」
親父さんはチラリとオレ達の腰についたポーチを見たが、何も言わずにそう言った。
他にも客がいる状態でアイテムポーチかい?なんて言われても困るしな。その辺りは心得たものってわけか。
「いえ、一休みしたいので先に部屋にいきます」
「そうかい。水浴びてぇなら裏手に井戸があるからよ。洗濯なんかはそこでしてくれや」
「わかりました。ありがとう」
「おやじさん、世話になるよ」
「おう。気に入ったら長く泊まってくれよ!」
顔に似合わず優しげな声の親父さんに手を振って、部屋へと向かった。
ちなみにミーネが一番奥で、オレがその手前の部屋だ。レディファーストの精神と金出したのミーネだしなっていう現実的な結果だ。
この後、オレの部屋で今後の事を話すことになっている。
一応、同行は街で冒険者になるまで・・・だからな。
いつまでもミーネに甘えるわけにもいかない。
まぁとりあえず一息つくか。ゆっくりと扉を開けて中に入った。