36
竜とはなんだ?と聞けば西洋の所謂ドラゴンか、東洋風の竜をイメージすると思う。
少なくてもオレはそうだ。
ギルドで販売している魔物大図鑑によれば竜といっても色々な種類が居て、10mを越す巨大なのからせいぜい2m程度の小型まで様々であるらしい。
防御に特化したものから呪いなどの特殊な力を使う種まで様々な竜が載っていた。
依頼を受けた後に色々と確認を取ったが、今回の戦いに赴く戦士達は竜人族が8人。
それにオレを加えて9人で竜と戦うことになる。
戦う場所、地形、状況によって変わるだろうから分が悪いかどうかはまだ不明だ。
時間も無いので、準備ができ次第出発しようということになり、準備らしい準備もせずにいつも通りの格好で集合場所の城門前に向かった。
歩く内に迷いそうだったので、なぜかずっと側に居たヴィに案内を頼む。
彼女の背中を追って城門前まで辿り着くと、王を始め物々しい出で立ちの戦士達が得物を握りしめて立っていた。
「すまない。待たせてしまっただろうか?」
王がかぶりをふった。
「ヌゥ・・・構わぬ。戦士ユウよ、我が精鋭と共に征け。見事狂竜を討ってみせよ」
「全力を尽くします」
「戦士長ガ・ヴィよ、良き戦いとなるよう祈っておる」
「有難き幸せ。必ずや吉報をお持ちいたします!」
戦士長に続いて7人の戦士達が一斉に敬礼した。
「妾も微力を尽くしますゆえ頼みますね」
どうやら討伐戦にはヴィも参加するらしい。
王は苦い表情に見える・・・心配なのだろうな。
「ヌゥ・・・指揮はガ・ヴィが取れ。我が娘だからと手心を加えなくとも良い。戦場に出る以上は、な」
「ハッ!承知いたしました!では皆の者!いくぞ!」
「オウッ!」
竜人族の戦士達は武器を掲げて一斉に吠えた。
気合の入り方が尋常ではない。
王族であるヴィが同行するからか、それとも国一番の戦士の弔い合戦に燃えているのか。
王に一礼した後、彼らの後ろに付いて歩き出した。
さて、今から緊張しても仕方がないが少し気を張ってしまうな。
竜がいる谷までは歩いて1日かかるそうだ。
彼ら竜人族は鍛えているからか移動速度が早いし休憩らしい休憩も取らない。
彼らの先頭を歩くガ・ヴィが立ち止まったのは、かなりの時間が経ってからだった。
全員が荷物を置いているところを見るとここで野営するのだろうか?
高さも広さも桁違いとはいえ、洞窟内では時間も分からない。
「今日はここで野営とする。火の番は交代で行う。姫様は・・・」
「妾も番をします」
「・・・分かりました。では申し訳ありませぬが、最初に番をお願いします。老師と共に火を絶やさぬように見ていてくだされ」
「ヒョッヒョ!仕方ないのぅ」
「老師と一緒ですね。よろしくお願いします」
「次にバルとザル、次に・・・戦士ユウ、良いか?」
「了解した」
「では、グァル。戦士ユウと共に。次にヴァル、ズー、私でゆく。何か問題が起きたら全員起こしてくれ。では食事にしよう」
竜人族の食事は冒険者の食べる携帯食料に近い。
だが、干し肉の大きさが半端ではなかった。
必死に食いちぎって食べたが、顎が外れそうな硬さと厚さだ。
苦行のような食事を終えた後は、簡素なテントらしき物の中で各々が身を休めた。
充てがわれたテントらしき物の中で、横になって目をつぶる。
ここまで黙々と歩いてきたが・・・明日はどうなるやら。
考えている内にすっかり寝ていたらしい。
気がつけば竜人族の戦士に揺り起こされていた。
「交代だ」
「んむ・・・分かった」
言葉少なに告げる戦士・・・確かバルと言ったか?ザルだったかもしれん。
彼に一言答えて、燃える火の側に座った。
傍らには念の為に出した相棒黒の槍。
一緒に番をする相手は今まで話すところを見たことがない寡黙な男だった。
「・・・」
「なぁ、聞いていいだろうか?」
相手は黙ったままだが、こちらを見たので聞く気はあるらしい。
自分を勇気づけて、続ける。
「あんた達は竜と戦うことはよくあるのか?」
「・・・いや」
「初めてか?」
「・・・そうだ」
持ってきた薪を追加しながら、彼はポツポツと話した。
「我らは・・・竜と共生する。だが・・・時折、その関係に当たらない竜が現れる」
「ふむ・・・」
「・・・はじめてだが」
「被害を受けるのは初めてってことか?」
「・・・そうだ」
グァルは傍らの槍を手に取って眺めはじめた。
じっと見ていると、しばらくしてまた口を開く。
「ジャ・ギィルは・・・友だ。敵を・・・討ちたい」
「友の敵か・・・ジャ・ギィルと言う人はどういう・・・その、戦士だったんだ?」
「奴は・・・槍の天才だったが・・・奢ることなく常に槍の技を・・・磨いていた」
黙って頷く。
「だが・・・死んだ。オレは・・・付いていけば良かったと後悔している」
彼らの表情はヴィ程分かりやすくはない。
だが悲しんでいるのは分かる。
煙草を取り出して火を付けた。
星空は見えないが、いつものクセで上を見上げる。
「そうか・・・」
「奴の槍だけが・・・戻ってきた。共に付いていった戦士が・・・持ち帰ったものだ。皆は・・・戻った戦士を責めた・・・生き恥を晒して・・・逃げてきたと」
「そうか・・・誰も彼の話を聞かなかったのか?」
「彼の妻だけは・・・彼から話を聞いた・・・らしい・・・他の者は聞く耳を持たなかった・・・卑怯者だと・・・彼らは自害した」
馬鹿な・・・情報を持ち帰る為に逃す事もあるだろうに。
だが、彼らの事情に踏み込むのは自重した。
彼らには戦士としての矜持があり、ルールがある。
それを外から来た部外者のオレがどうこう言うのは間違っている。
「人族の戦士よ・・・お前ならばどう思った・・・」
槍を見つめたまま彼は問うてくる。
「そうだな・・・オレは自害した彼を責める気にはなれない。どういう状況であったのか分からないからな。最後に勝つ為には、一度逃げる事が必要な時もある」
「・・・なぜだ?逃げてしまえば・・・次も逃げる」
少し考えて、彼の言いたいことが分かった。
強敵から一度逃げてしまうと逃げたという事実が心の中に楔のように突き刺さって、同じような状況に陥った時にまた逃げてしまう、ということだろう。
だが、それは全てに当てはまるものではない。
「勿論、そういう場合もあるだろう。その彼が本当に逃げたのであれば、だが。だけど、もし・・・もしも彼を逃したのがジャ・ギィルだったとしたら?」
グァルが驚いた顔でこちらを見た。
そんなに変な事を言ったつもりはないんだけどな・・・?
「その時どういう状況だったかにもよるが・・・ジャ・ギィル程の戦士でも・・・いや、だからこそ勝てないと感じ取れたとしたら。だとすれば、必要なのは情報だ。どういう攻撃をしてくるのか、弱点はあるか、気をつけるべき点は?戦ってみないと分からないこともある。だが毎回全滅していては、相手が分からないまま何度も同じ事を繰り返してしまうかもしれない」
「ムゥ・・・」
グァルは低く唸って黙り込んだ。
パチッと火の粉が弾ける。
実際にどうだったかは分からない。
本当に怖くて逃げただけかもしれない。
だが・・・彼は槍を持ち帰ったのだ。
怖くて逃げ出す奴がそこまでするだろうか?
負け戦で逃げる内に最初に捨てるのは武器だと聞いたことがある。
逃げるだけならば武器など邪魔なだけだ。
かさばるし、重いし、武器を捨てていれば敵と認識されないかもしれないという心理もあるらしい。
それが竜人族に当てはまるかどうかは不明だが、同じ知性ある生物であれば当然の考え。
「そうかも・・・しれぬ。彼は・・・逃げ出したのではなく・・・次に繋げる為に・・・」
「実際にどうかは分からない。だが、オレはそう思う」
「ムゥ・・・人族の考え方は・・・我らとは違う。・・・考えもしなかった・・・あいつは・・・仲間を大事にする・・・男だったのに」
なんだか自信喪失してしまったか?
言い過ぎたかもしれないな・・・いきなり押しすぎた。
「すまない。外から来たオレが偉そうな口を聞いた。あんた達にはあんた達なりの生き方があり、矜持がある。オレは今日一緒に居てそう思った。あんた達は戦士で・・・常に戦士であろうとする。だからそう考えるのが自然で、当たり前のことだ」
それっきりオレは口を閉じた。
正直、語りすぎて恥ずかしくなってしまったのだ。
寡黙な男を前にご高説を垂れて何様なんだ?
チロチロと揺れる火を見つめながら自己嫌悪に陥った。
何事もなく夜が開けた。
テントから出て朝日を感じながら体を伸ばしたいところだが、相変わらずの洞窟内だ。
テキパキとテントをたたむ彼らを少しだけ手伝ってから、朝から修行のように顎を使って食事。
そうして出発となった。
時たまヴィが口を押さえている。
欠伸が出そうになっているのかもしれないな。
一番後ろを歩いていると、隣りに1人来た。
確か・・・老師、とか呼ばれていた男だ。
「お主、変わっておるの」
「ん?どこか変か?」
体を見回しながら聞くと、ヒョッヒョ!と独特の笑い声を上げた。
老師の声に何人かがチラリとこちらを見たが、すぐに何事もなかったかのように前を向いて歩きだした。
「知っておるかの?我らはお主が思うよりも、耳が良いのじゃよ」
耳がよい・・・?
「老師、何を言っているのか分からないんだが」
「お主にまで老師と呼ばれるのはおかしいじゃろ。儂はただの呪い師じゃて、ジ・ズゥと呼べぃ」
そう言って名前を教えてくれた。
彼らが言う呪い師とは、つまり魔法使いであるらしい。
元々近接物理系統に優れた竜人族は種族的な特徴として、魔力が少ないらしい。
だが何事にも例外はあって、ある儀式を通じることで魔力量を増やす事が出来るそうだ。
その儀式を行うにもある程度の素質と才能が必要で、滅多に出ない。
だからこんな老骨が戦場に出ておるんじゃ、と嘆かわしそうに息をついた。
ジ・ズゥから色々と聞いていると、遠目に見えていた洞窟の出口が目の前に迫っていた。
「各自、準備を行え」
戦士長ガ・ヴィの声に一同が荷物を一箇所に集めた。
何をするつもりなんだ?
「戦士ズー・ラサ、斥候を頼む」
「承知した」
ズー・ラサと呼ばれた細身の男が弓を片手に出口に向かっていく。
どうやら、彼が斥候役であるらしい。
出口から出たらすぐに戦闘の可能性があるのかもしれない。
しばらくして戻ってきた男が口早に報告していく。
「出口付近には居ない。食事に出ているのかもしれぬ。塒らしき場所は見つけたが、狭い」
「どの程度だ?」
「我々だと4人が限界だ。道幅は狭くてとても囲んで戦う事が出来ぬ」
彼が話す内容を聞いて目をつぶる。
オーク程横に広くない彼らだが、鎧を着込んで長柄の武器を持つのでそれなりの広さが必要なのだろう。
オレは武器次第といったところだが・・・黒の槍を越える武器が無い現状、もしも黒鉄鋼製の武器達が通じないようであれば相棒に頼るしかない。
「ムゥ・・・何処におるのか」
戦士長が考えこむように顎の辺りに手をやった。
そうだな・・・敵の姿を確認してみないことにはどう戦えば良いのかが分からない。
結局、竜が戻るまで待つことになった。
何度も斥候役のズー・ラサが見に行き、慌てた様子で戻ってきたのは4度目だった。
戦士長はすぐに全員に戦闘準備を促すと、全員が待ってましたとばかりに勢い良く立ち上がった。
「ズー・ラサ、狂竜の大きさはどの位だ」
「成体竜でも100歳は越える大きさはあるが・・・横は5m、長さは10mといったところだ。あとは・・・」
口ごもったズーに戦士長がどうした?という表情になった。
「見たことがないのだ戦士長。あれは火竜でも風竜でも土竜でもない!」
全員が唖然とした顔になった。
察するに彼らが共生関係にあるという竜は火風土のどれかなのだろう。
どうやら予想外な展開のようだぞ。
「では一体なんなのだ!?」
一番体が大きい男が咎めるように言ったが、ズーは分からないとしか答えない。
こんな時カリンがいれば識別してくれるのに・・・。
彼女ならば検索して、詳細な話をしてくれただろう。
短い時間ですっかり頼りにしていた仲間の顔を思い出して心細くなる。
首を振って感傷を払うと、戦士長を見た。
「戦士長、オレも見に行ってみてもいいだろうか?斥候系の職業の経験もある」
「分かった。意味があるとも思えんが・・・ズー・ラサ。少し休んだら案内してやれ」
「承知した」
少し休んだ後、立ち上がったズー・ラサを見ると彼が頷いた。
オレも立ち上がって彼と共に斥候にいく。
出来る限り気配を消してあるが、油断は禁物だ。
洞窟を抜け、眩しい日の光に目を細める。
しばらくかけてようやく目が慣れた頃、目に入ってきたのは左右に広がる壁。
どうやらここは谷の底らしい。
谷の底に洞窟の入り口がぽっかりと開いている状況だ・・・川でも流れていたのだろうか。
ズー・ラサがゆっくりと移動していく。
対象は・・・どうやら正面らしい。
周辺を見ながら移動する。
壁は頑丈そうで崩れる様子はないが、頂上は遥か彼方でそこまで見えるわけでもないから安心は出来ない。
戦闘中は頭上にも気をつける必要がありそうだ。
壁面を見ると何箇所か狙撃出来そうなポイントを見つけた。
壁を上って、上から長弓で射撃は可能。
さらに進むと広場のように開けた場所に出た。
そしてついに標的を発見した。
大地に横たわる竜。
眠っているのか微動だにしない竜の周りには骨の壁が築かれていた。
遠目に見る限り、鎧の破片や折れた槍も見えた。
二対四枚の翼、漆黒の鱗。
長い尻尾の先には柵のような太い刺が何本も付いている。
あれで薙ぎ払われたら命は無いだろう。
よく見ると一本折れている・・・戦士ジャ・ギィルの奮闘の証かもしれない。
届かないのか気にしていないのか、腹に近い背中、翼の根本に一本の槍が突き立っていて、まるでゴール地点を示しているようだ。
途中で折れてしまったようだ・・・彼らの使う槍は貫通力が高く、折れにくいように見えるがそれだけ竜鱗が堅いのか。
狙うとしたら目か、口か。
矢筒毎買ってきたので量だけはたっぷりとあるが、矢が刺さるかどうかは分からない。
これは・・・強敵だな。
なかなか戦わないですね・・・
おかしいな。そろそろヒャッホー!してるはずなんですが。




