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耳慣れない音に意識が覚醒する。
目を開けると、いつもよりも薄暗い室内。
いつもよりも早く起きたか・・・?そのまま二度寝といきたかったが、今日は狩りに行く約束がある。
寝転んだまま、ゆっくりと体を動かしていく。
手足の先に力を入れて伸び・・・、少しだけ体をゆっくりと捻って深呼吸。
よし、細胞が起きてきた。
腰痛持ちだったから、朝起きる時にこんな事をしていたら無意識でやれるようになってしまった。
冬の朝一番とか危ないんだぜ?
煙草を咥えて、窓を開けると雨に濡れた家々の屋根が視界に入った。
「珍しく雨か・・・」
しとしとと降る小雨が路面を跳ねる。
なんだか肌寒さを感じてクシャミを一発。
吹き飛んだ煙草を空中で受け止めて口に戻してやった。
器用さが上がるとこんな事も出来るようになるから不思議だ。
「スゥ・・・フゥーー」
そういえばこの世界に来て雨の日に当たるのは初めてだ。
そう考えると地球の頃は忌々しいだけだった雨空がなんだかワクワクしてくる。
食堂に行くと二人が食事を採っていた。
カリンの頭が左右に揺れている。
目がいつも以上に閉じられてなんだか危なっかしい。
シャルさんに片手を上げて、カリンの頭をくしゃりと撫でてから席についた。
「おはよう。珍しく雨だな」
そうだねぇ~とシャルさんが頷いた。
カリンはまたコックリやっている・・・小さなおでこにデコピンをしてやった。
「ふぎゃ」
「起きろ~、朝だぞ~」
「・・・寝てない、よ?」
寝てたなこりゃ。
寝ながら飯食うってどういう事なんだ・・・。
「今日の狩りだけど~、どうする~?」
「そう・・・だな。今日は一日降りそうか?」
この世界の天気の具合が分からないオレが聞くと、窓から外を見やってから頷いた。
「雲が薄いから~・・・う~ん、昼過ぎまでには晴れると思うよ~」
「ん」
昼過ぎまで・・・ねぇ。
ふむ・・・雨の日の狩りもしておいた方がいいな。
「オレは雨の日に狩りをしたことがないから行ってみたいんだが、二人はどうする?」
「う~ん、ボクは武器を作りに工房に行こうかな~」
「爺やのところ」
「了解っと。それじゃ今日は各自自由行動で。オレも夜までには帰ってくると思う」
二人が頷いたのを見て、朝食を食べ始めた。
雨の日のノウハウなど無いので、ブーツに武器用のワックスを塗りたくって水を弾くようにした位であとは特に準備もせずに宿を出た。
雨粒が容赦なく襲ってくるが、全て受け止めてやるぜの精神でいく。
我ながら意味不明だ。ただ濡れて行くだけだった。
ギルドで適当な依頼を受けようと掲示板に行くと、ミリーの姐御が居たので挨拶がてらアドバイスを求めてみる。
「あら今日は1人なの?珍しいわねぇ・・・いいわ。雨が降っている時の森は状況が変わる箇所があるから・・・」
意外と重要な事が聞けた。
釣りをした池の範囲が広がっていたり、気配察知の範囲が狭くなってしまうとか、防水のフード付きコートは使えるが視界が狭まるなどなど。
姐御に丁重にお礼を言って、雨の日限定らしい依頼を受けた。
雨大蛙の舌を3個集めてこい、という依頼だ。
雨蛙のデカイパターンかね?
一応図鑑を見てきたが、大きさが地球で言う牛蛙サイズからファンタジーサイズまで様々らしい。
本当に同じ種族なのか?それ。
道具屋に売っていた黒い防水コートを着込んで出発した。
なんだか気分はアサシンだ。
楽しくなってきたので無駄に気配を消しながら歩いてみたりする。
〘隠密行動スキルのレベルが上がりました〙
おおぅ・・・遊んでたつもりだったのに無駄に本気でやっていたらしい。
そのままレベルを上げながら歩いていく。
カリン辺りがいればツッコミ入れてくれるんだがなぁ・・・。
「ハッ!」
右手で振るった鉈が錆びた槍を弾く。
そのまま左手のウォシェレと言う投擲武器を後衛の魔法使いに投げつける。
片手の手首で投げたので威力が心配だったが、そこは腕力S。
見事に魔法使いの頭を叩き割った。
「よし・・・ふぅ、お前等いい加減しつっこい、ぞ!」
装備変更
一瞬で槍に変更、そのまま驚いて固まっている槍野郎の喉を突いてやった。
辺りを見渡すと、5匹の死体と2匹の重傷者・・・まだ10匹は元気一杯な様子だ。
やれやれ・・・気配察知って本当に精度が落ちるのな。
気がついたら雨の日にしか出歩かないリザードマンらしきワニ男達に囲まれてしまったのだ。
奴らはむしろ雨の中の方が活きがいいらしく、生き生きと攻撃してきた。
迷惑だ、ぜひとも他所でやって欲しい。
初見の魔物なので、安全マージンを取って戦っているのだが、素の防御力はそうでもない。
多分オークの方が切りにくいんじゃないか?という程度だ。
問題は彼らがしっかりと鎧を着ていることだ。
それもチェインメイルにスケイルメイル、奥で偉そうに指示を出している奴に至っては皮のマントまで装備している始末だ。
おいおい・・・ちょっとした軍隊だぞこれ。
「まぁ・・・負ける気はしないが、ねッ!」
ジリジリと近づいていた一匹に槍を投擲、そのまま反転して装備変更。
一瞬で弓に変えて、後衛とボス野郎に牽制射撃。
すぐに両手剣に持ち替えて、目を付けた一匹に襲いかかった。
動きを読み違えたのだろう、武器を上に掲げたまま上半身と下半身をサヨナラする一匹を尻目にさらに反転。
さらに一匹を切り捨てたところでふと気がついた。
「あ、やべ。オレ転職したんだっけ・・・スローター・・・確か範囲攻撃がどうとかって言ってたな」
半分この一匹は既に死んだようなので、残りは7匹。
練習するには丁度良い数だ。
「範囲を意識すればいいのか、な!オラァァ!!」
気合一発、範囲攻撃を意識しながら剣を振るうと、目が点になった。
ドゴォォ!
「ギィギャアア!?」
剣から衝撃波のようなモノが出て明らかに剣が届かない位置にいた後衛まで切り刻んだのだ。
「へ?」
見ると唯一残ったボスワニ男も口をパックリと開けて驚いている・・・。
ワニが驚くって意味が分からない描写だが、そうとしか見えないんだから仕方ないだろう。
一瞬早く我に返ったオレが装備変更しようとした途端に現れた黒の槍に持ち替えて走りだすのと、呆然としていたボス野郎が我に返ったのは恐らく同時。
「いくぜ相棒!オッルァァ!」
技も何もない全力の薙ぎ払いに盾が真っ二つに割れた。
勿論、持ち主も真っ二つになった。
腕力と武器の性能が合わさってとんでもない威力だ。
ドシャっと倒れたボス野郎を横目に残心。
気配察知に何も引っかからないが、どうも雨の日の精度が低すぎて盲信するのは危険すぎだ。
「ふぅ・・・クロ、突然出てくるなよビックリするだろうが」
ビカビカ
「我慢出来なかったって?そりゃまぁ・・・あと一匹だったしな。もしかして戦況が見えてんの?」
ビカ
「へぇ・・・そりゃすごいな。悪かったって。じゃあ今日はそのまま使うからよ。ほんとほんと、頼むぜ相棒」
ビカビカ!
なかなか使用されずにストレスを貯めていたらしい。
最後の一撃で全力で敵を斬れたのが少し爽快だとのたまった。
残念ながらオレは武器になったことがないから分からないが、意思ある武器にとっては自分を使いこなしてくれて、全力で敵を破壊するのが幸せなんだとか。
なんとも物騒な幸せもあったもんだ・・・湿気った煙草に生活魔法で火をつけつつ、剥ぎ取りに精を出した。
死体に触ってみると鱗状の皮膚はそれなりに硬く格闘戦に強そうだ。
投げ技、絞め技、関節技・・・密着する必要がある技は使わない方が幸せだ。
オレはおろし器で摺られる大根にはなりたくない。
死体をじっくりと検分して、敵の情報を取っていく。
実地で得られた経験は冒険者にとって一生の財産になるっておっさんも言ってたしな。
顔はやはりワニにしか見えないが、よく見ると伝説の傭兵みたいな傷だらけの顔だった。
オレがつけた傷じゃない、古傷のようだ。
オレたちと同じように治るのかは分からないが、それなりの経験を積んだ戦士なのは間違いないらしい。
めぼしい装備は無かったので、魔石を剥ぎとった後は一箇所にまとめて埋めておいた。
そこにボスが持っていた少し上等な剣を刺して墓標代わりにする。
そこまでする必要はないだろうし、刺した剣も誰かに回収されてしまうんだろうが気持ちの問題だ。
軽く手を合わせて踵を返す。
さっさと雨大蛙を見つけなければ帰るに帰れない。
「・・・もシ」
悪寒が走って、慌てて相棒を構える。
なんてこった!全然気が付かなかった。
声がした方を見ると、フードをかぶった人影らしきものが見えた。
「・・・もシ、そこノかタ」
「・・・オレか?」
他に人は居そうにないが、こいつみたいなのが他にもいるかもしれない。
が、どうやら杞憂であったらしい。
人影はコックリと頷いた。
「なゼ、せんシたチをていネイにまいソウしてくレタ?」
人影が地面に突き立った剣を指さした。
よく見るとその手は彼らと同じ・・・ワニ野郎の手だった。
その割に殺気は感じないが・・・。
「ああ、なんとなくだよ」
正直に答えると人影は黙りこんだ。
黙って見ているオレとの間で静寂が広がる。
雨音を聞きながら、火が消えた煙草を灰にして、新しい煙草に火を付けたところで人影が顔を上げた。
「かれラはゆウかんデシたカ?」
ゆうかん・・・勇敢か。
「そうだな。最後まで逃げることなく戦った。彼らは戦士だ」
また正直に答える。
なんだか馬鹿になった気分だが、本当の事を言っているのだから仕方ない。
「かれラをせんシとよブあナたもまタ・・・せんシ。けいイにかんシャすル」
そういって人影は存外品の良い仕草で頭を下げた。
仲間・・・なのだろう。彼らを殺したオレに頭を下げるというのがよく分からないが、戦士という単語を何度も使うことから、彼らはいかに勇敢に戦ったかを重視する生死観を持っているのだろう。
「他に用が無ければ、オレも用事があるので失礼する」
そう言って武器を担いで歩きだそうとすると、人影はパッと手を上げた。
「おまチくだサイ。ひとゾくのせんシのかタ、あなタをせんシとみこンで、おねガイがあル」
なにやら妙な流れになってきたぞ。
雨はまだ止みそうにない。
今日はハードボイルドな感じにしてみました。
そんな感じしない?・・・すまん。




