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明けましておめでとうございます。
本編開始です。
~~ジャヴェロット帝国・帝立魔術研究所地下1階・魔法陣室~~
「・・・神々よ我が願いを聞き届け給え・・・我は魔の理を求める者・・・異界より力ある者の召喚を願う者なり・・・」
研究所所属主任研究員のシャール・フローリンを先頭にした魔道士達が見守る中、サッカーの試合が出来そうなかなり広い造りの部屋、その大部分の床に敷かれた巨大な魔法陣が淡い輝きを放っていた。
詠唱が始まると同時に光だした魔法陣は声に合わせるようにその輝きを増していく。
自らの魔力、その大部分を注ぎながらシャール達は杖を構えて詠唱を続けていく。
彼女達は必死の形相である。魔力は万物に宿るとはいえ、失った魔力が回復するのは決して早いわけではない。魔力を永遠に出力し続けられるわけではないのだ。
自身の魔力を完全に使ってしまえば、即座に意識を失いある程度の時間目覚めることがない。これは誰もが逃れられない事実だった。
その代替として、魔物から採れる魔石を燃料として魔法を使う技術が研究されてきた。魔石を次々使用していく事によって自身の魔力を節約するわけだ。
とはいえ魔石も万能ではない。溜め込んだ魔力を全て失えば即座に塵となる。
さらには魔法を起動する際に微量ながら自身の魔力を使うのだ。無限に魔法を使えない理由である。
今回、シャール達はあらゆるコネを使って想定以上の数、魔石を集めて召喚儀式へと挑んだ。だが、大量の魔石は何かの冗談のような早さで次々と塵に還っていき、残った一際大きな魔石の最後の輝きが消えたあとは召喚に必要な魔力全てが研究員達の負担するところとなっていた。
次々と魔力を出し尽くして意識を失っていく研究員達。
シャールはのしかかる負荷に膝を落としながらも必死の形相で召喚の詠唱を続けた。
とうとう最後の研究員が倒れ、帝国始まって以来の天才と持て囃されるほどの魔力量を誇るシャールもついに限界を超え・・・意識を失い倒れる直前、魔法陣の輝きが太陽の如く輝きを増した。その光は理論上、世界初の試作召喚魔法陣の起動を意味した。
「勇者を・・・この地に・・・遣わせ・・・たまえ・・・!・・・召喚!!」
最後の詠唱を終えて、魔法陣が一斉に輝いたのを確認して、成功を確信しながら・・・シャールの意識は闇に落ちた。
~~アルマトゥーラ・中央大陸南西部・???~~
ある場所で一瞬辺りが光り輝き一人の男を吐き出した。
ドサッ
「いっ・・・てぇ!」
あたたた・・・、腰打った。足も捻ったらしい・・・トホホ。
我ながら情けない下半身だな・・・運動不足って怖い。
しかし・・・自分の部屋入る時に足を踏み外したかなんかしたかな・・・。
ぼんやり周りを見渡せば薄暗い建物の部屋の真ん中辺りに倒れたらしい。
年かなぁ・・・というかずいぶん埃っぽいなこの部屋・・・と、そこまで考えてふと気がついた。
「って・・・ここどこだ!?」
慌てて周りを確認するも全く見覚えがない。
「え・・・えぇぇ・・・?」
頭が混乱してきた。誘拐か?こんなおっさんを?えっちな事されるの?誰が喜ぶんだ?我ながら意味不明なことを考えて。ふと、視線を感じて振り向いた。
いつの間に現れたのか豪奢な銀髪を肩まで垂らし、トーガのようなゆったりとした布をまとった紳士が腕を組んで厳しい目でこちらを見ていた。
お、眉間の皺。ありゃ苦労してる顔だなぁ・・・。
混乱した頭で失礼な事を思っていると
「管理職とはいえ中間だからな・・・苦労もする」
紳士から心なしか疲れた声で返事がきた。
こりゃ相当キテるな・・・って、内心では思ったけどこんな失礼な事言ったっけ?疑問がわいたところで
「ああ・・これでも神の身だからな。心を読む程度ならば造作もない」
恐ろしい返事がきた。内心で恐れ慄いていると相手は苦笑したようだった。
「おお・・・神様・・・」
自分でも意味がわからん事しか口から出てこない。どこの信者だ私は。
「あの・・ここはどこでしょうか?私、見ての通りのしがない中年ですよ。金も無いですし出来れば帰して欲しいのですが」
目の前の神様がここに連れてきた感じはしないけど・・・神様だしなんとかなる・・・といいなぁ。明日も仕事だし・・・。
「ふむ・・・中年には見えんが。君は別世界からここに転移してきたようだ。私は君が世界の境目を超えたのを感じて確認にきたのだが・・・その様子だと何も知らないようだな」
神様の言葉にびっくりする私。異世界に転移・・・?小説なんかで読んだことあるあの・・・?いい年して異世界転移しちゃったの・・・?
とはいえ目の前の神様はどうやらとりあえず疑わしいからコロス!みたいなタイプではないらしい。
かなり思慮深い方みたいだ・・・流石は哀と悲しみの中間管理職。苦労してるんですねぇ・・・私もそうだからよく分かります。
「そなたも中間管理職をしていたのか・・・」
また心を読んだのだろう、深い慈しみと共感の視線を感じる。
ああ・・分かりますか。あの苦労の日々・・・上からは無茶を言われ、下からは文句を言われ・・・責任はなぜか全部私に・・・あれ・・・なんか泣けてきた。
「よければ聞かせてくれぬか。そなたの事を」
異世界きてまで泣きそうになっているおっさんに同情したのか、神様は話を聞いてくれた。流石神様というべきか、包み込むような優しい眼差しがすごい。
自分の事を客観的に語るのは難しい。けれど、いちいち相槌を打ってくれる神様(ズィッヒェルさんというらしい)に若干泣きそうになりながら、ポツポツと語る内に気がつけば神様とすっかり意気投合してしまった。
神様も相当苦労されてきているようで、語り合う内にいつの間にかユウ、エルさんと呼び合う仲に。
まさかこの年になって神様と仲良くなるとは・・・自分でもびっくりだ。
「ユウ。このままいつまでも語り合っていたいが、私も忙しくてな。それで確認したいが、ユウはチキュウという世界で自宅の扉を開けたら光に包まれて気がついたらここにいた・・・で良いか?」
流石エルさんは端的で明快だ。コクコクと頷く。
「そうか。ではこの世界については何も知らぬのだな?」
「ええ・・・。この世界については勿論、なぜ自分がここにいるのかも分からない状態ですから・・・」
ほんとなんで私なんだろうね。これといって突出したところもなく、お願いされたら世界救っちゃうってタイプでもない。
器用貧乏とはよく言われるけれど・・・それとて一番になる程ではなかった。こんな場所に放置されているんだから勇者ってわけじゃないんだろうし。しかもビールと煙草が好きな腹出たおっさんだし。
昔よく読んだ小説のように、王女とか天才魔道士とかが召喚したとしたら現れたのがおっさんだったとしたらかなりガッカリするに違いない。
少なくとも一部のおじさんスキー以外にヒットすることはないだろう。
召喚即国外追放すらあり得る。
「ならば・・・さしあたってまず、この世界の一般的な知識を授けるとしよう」
そう言うとエルさんは私の頭に手で触れた。
何をする気なんだろうとエルさんを見るとふいに頭の中が爆発したように錯覚する程の衝撃がきた。
「あぐっ・・・これは・・・」
「少しの辛抱だ。辛いだろうが何とか耐えてくれ」
エルさんが言ってくるがコレはきつい。頭が割れそうに痛むのだ・・・。
必要な情報が入ってきているのが分かるので逃げるわけにもいかず、というかあまりの痛みに全く動けずにされるがまま痛みに耐えた。
体感的には1分位、実際にはもっと短いかもしれないけど・・・とにかく痛みが消えたと同時にこの世界の事がたくさん浮かんできた。
すごいな異世界。いや、神様か。とにかく一気に知らなかった知識が増えていた。
「大体の知識と言語は入れておいた。これでこの世界での生活習慣で困ることはあるまい」
「ああ、確かに。あれ?言語ってそういえばなんでエルさんと話せるんだ?・・・まぁとにかくエルさんありがとう。助かるよ」
「構わんよ。少し異例だがこれも神の仕事ゆえ・・・ユウの世界風に言えばこれも業務内容ですので・・・だな。言葉については言葉に乗っている意思を読んでいるからだな。心で会話しているようなものだよ」
お礼を言うとエルさんはニヤリと笑って答えた。流石エルさん!さっき少し話した仕事の話からもう冗談が出てくるとは・・・。
「エルさん。私はたぶんもう帰れないんだね?」
ずっと不安に思っていたことを聞いてみる。今となっては知識を授けておいて帰れなんて事はないと思う。でも不安なことや不明瞭な部分は出来る限りはっきりさせないと仕事が上手く回らなかったから癖になってるのかもしれないな。
「ユウ、神ですら異世界に行くことは出来ん。最高神様でさえ可能かどうか・・・それを人間が成すなど史上初めてのことだ。・・・もう戻れないと思ってくれて構わない。戻ったら最高神様に指示を仰ぐ予定だが・・・とっくに気がついていらっしゃるはずがユウを元の世界に帰す気配がない。恐らく、しばらくは我々の方でフォローがてら監視がつくことになると思うが了解して欲しい」
「もう・・・帰れない、か。・・・わかった。私・・・いやもう生まれ変わったつもりでオレでいいか。オレこの世界で生きていくよ。不幸中の幸いというか・・・親は亡くなっているしあっちでは独り身だったしね。監視についても構わないよ。オレが来ようと思って来たわけではないしね」
きっと後で後悔したり、帰れない地球を思って泣くかもしれないけれど。というか間違いなく号泣するだろうけど。
今は深く考えないようにしてエルさんに決意を述べた。
「ふふ・・ユウが良い男なのは話していれば分かる。ずいぶんとお人好しな国の民だったようだからな。ユウが世界の境目を越える際に、私が感じた引っ張られているような感じ、どうやらユウの話を聞くにコチラに原因がありそうだ。それは早急に調査しよう。」
笑いながらエルさんが言う。確かに日本人は地球でもかなりのお人好し国民らしいが・・・まさか異世界で指摘されるとは思わなかった。
それに原因調査はエルさんにお任せしよう。短い付き合いだけどエルさんは信用に足る男だ。同じ境遇だしね。
「そうそう・・・大事なことを忘れていた。ユウ、この世界の民は皆5才になると神殿でステータスカードを作るのだ。だからそれが無いと街に入れぬ」
真面目な顔で大変なことを仰るエルさん。言われてみれば確かにそういう知識が思い浮かんだ。
ステータスカードは本人にしか使えない為にこの世界では身分証として使われている。
万が一失くしても神殿で再発行してもらえるが、お金がかかるらしい。
得たばかりだからかまだスムーズに知識が出てこないね・・・。
「それはかなりまずいね」
街に入れないんじゃ作りようがない。最悪の場合は森の中で暮らすか・・・?
「心配するな。神殿で作るのだぞ?つまり我々が作っているわけだ。この世界の生物は全て神界が把握・・・ん?ユウのデータが送られてきた?どういうことだ?」
エルさんがニヤリと笑いながら話してる途中で固まった。
よく分からないが安堵で脱力する。
エルさんは中空を睨んで何やらブツブツ呟いて考えていた様子だったけれど、気を取り直したらしい。こちらに向き直った。
「む・・今考えても仕方ないか・・・待たせてすまぬな。・・・よし、できたぞ」
そういって渡されたのは名刺サイズの黒いカードだった。なんかエルさんの手がピカッと光ったら出てきた・・・すごいな神様。ちょっと証明写真機みたいだと思ったのは内緒だ。
「一応言っておくと、カードを身につけた状態でステータスと念じると自分の能力などが浮かぶ。基本は本人にしか見えぬが、念じることで他人に見せる事も出来る。それからユウの潜在能力が開花するように加護を与えておいた。強めに与えておいたから確認してみてくれ」
まだ知識が上手く馴染んでいないオレの為にさりげない気遣いがありがたい。加護ってなんだろう・・・早速確認してみる。
なんか少し恥ずかしいが・・・ステータス!
---ステータス---
個体名:ユウ・ミサキ
種族:ヒューマン
年齢:18才2ヶ月
職業:中間管理職
レベル:1
生命力: 53/153
魔力量:120/120
力 :H
体力:F
器用:E
敏捷:H
魔力:G
知力:F
精神:F+
運 :C
ースキルー
”アクティブスキル”
鎚術1、剣術1、短剣術2、拳闘術1、蹴撃術1、体術1、関節術1、投擲術1、弓術1、手当1
”パッシブスキル”
ステップ1、軽業2、地図1、方向感覚1、サバイバル1、全体指示3、指導3、登攀2
ストレス耐性3、耐寒1、耐暑1
”生産系スキル”
釣り3、料理2、鍛冶1、木工1、機械操作1
”ユニークスキル”
器用貧乏5、アルマトゥーラ言語MAX
”祝福”
ズィッヒェルの加護(特)、シュヴェアートの加護(笑)
”称号”
苦労人、胃痛の友(笑)、器用貧乏、神認定お人好し、異世界より来る者、中級神の強き加護を得し者
本人はまだ気がついてませんが、おじさん若くなりましたね。おじさんのままだと3話位で即死しそうなので・・・ギックリ腰とかで。