呪いし眼(3)
念入りに手を洗ってから家に戻り、並べられた麻袋の中身を検分する。
「ご主人様? 顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「あ? ああ、大丈夫だ」
生返事をして、ざっと品物を見ていく。
「うん?」
その中に、異質な色が混ざっていた。
鮮やかな赤色の服だ。
手に取って、広げてみて見る。
「あ、それは・・・・・・」
ハーミーが俺が手に持った服に反応する。
「なんだ、ハーミーのか?」
服はもう一着。計二着ある。
同じもののようだ。
「それは私たちが、その──」
「売られたときに着てた服だねー」
アージンが、言いづらそうな姉に代わって、にこにこと答える。そして、ついっと摘まむようにして、もう一着の服を持ち上げる。
(なるほど。本来は店に奴隷を並べるときに着せるんだろうな)
そうすることで、その奴隷が元はどんな暮らしや身分だったのかがある程度わかる。
客にいろいろと想像させるわけだ。
(商売のうまいことだ)
姉妹の服はかなり上等なものらしく、手触りもいい。
「こっちに着替えるか?」
別にいつまでも奴隷の服を着ている必要はないだろうと、手に持った服を揺らす。
「あ────」
「いらない」
ハーミーが何か言う前に、アージンがぴしゃりと言う。
持っていた服をハーミーに押し付ける。
「それより、早くごはんにしようよー。お腹すいたよー」
アージンが手足をバタバタさせて、催促してくる。
ハーミーが苦笑しながら、俺が持っていた服も回収し、畳んでから、比較的きれいと思われる場所に置く。
改めて、他の品を見る。
「硬いパンに干し肉──の燻製か。この布に包まれたのはなんだ?」
布に包まれた重量のある円筒形のなにかを手に取り、結びをほどく。
中からはかすかに色のついた、どろりとした液体が入ったガラス瓶があった。
その液体にキャベツや玉ねぎといった野菜と、卸した魚が浸かっている。
蓋を開けて、匂いを嗅いでみる。
「ピクルスか。それでこっちはドライフルーツ。これは金属の・・・水筒か?」
薄い金属でできた、楕円型の水筒である。
コルクのようなもので栓がしてある。
蓋を開けて、匂いを嗅ぐ。
「うっ、酒か」
特有の刺激臭に、思わず顔を背ける。
水では腐るので、アルコールを持ち運ぶのか。
だがこの体にはまだ毒だろう。
そういえば、この異世界の飲酒年齢はどうなっているのだろう。
「お前たち、酒を飲んだことはあるか?」
「飲んだことはありますけど、普段から飲むわけじゃないですね。村の大人たちは仕事の終わりによく飲んでいましたけど」
「わたしはたまに飲んでたよー」
どうやら、明確な線引きはないようだ。
だがまあ、ここには水があるのだ。
水でいいだろう。
姉妹が開けていた袋からも酒瓶を集め、暗所に置いておく。
内容は、どの袋も同じようなものだった。
献立に困ることはないだろう。
あまり食欲はないが、二人に手を洗わせてから食事にする。
「いただきます」
習慣で唱えた俺に、二人が不思議そうな目を向ける。
「ああ。俺の世界での食事前の、何というかな、祈りのようなものだ」
「そうなのですか。私たちも同じようにした方がいいですか?」
「いや、その必要はないよ」
「そうですか・・・」
ハーミーはどこか納得しかねているようだが、俺がパンに手を伸ばすと、慌てて自分も手を合わせて、パンを手に取った。
祈りの言葉はないようだった。
アージンは手も合わせなかった。
食事が終わって、さっそく寝ることにする。
牛を育成するためではない。
街灯もないこの廃村では、夜になると本当に真っ暗になるので何もできない。
魔法の火は魔力を消耗するし、なにより虫が寄ってきそうだ。
「すぅー・・・・・・すぅー」
「くぅー。くぅー」
二人は早くも眠ってしまったようだ。
無理もない。
これから自分たちがどうなるかもわからない不安と緊張の只中にいたのだ。
精神的な消耗が激しいのだろう。
「くそっ」
そんな二人を尻目に、俺はほとんど眠れないでいた。
筋肉痛が羊を通せんぼするのだ。
むしろ羊が筋肉痛になってるんじゃないか。
浅い眠りと覚醒を繰り返し、痛みに悶える。
昨日までは頻繁に寝返りをして痛みを紛らわせていたのだが、二人を起こしてしまうかもしれないので、それもできない。
「う~ん」
アージンはどうやら悪夢を見だしたらしく、うなされているようだ。
それからしばらくしたときだった。
ピシッ
暗闇の静寂の中、異音が混じる。
何かが軋むような、あるいは折れるような音。
「────────?」
ようやくウトウトしだした頭では、それがなんなのかすぐには分からなかった。
ピシピシッ────ミシッ
脳が覚醒を始める間にも、音はどんどん大きくなっていく。
ビキッビキッ、バキッ
「!」
明らかにマズイ音で、ようやく目が覚めた。
音は天井あたりから聞こえてくる。
それを把握している間にも、さらに音は大きくなる。
「逃げろ! 崩れるぞ!」
二人に声を上げ、抱えて逃げようとするが、この体が幼児なのを忘れていた。
幼児の力では二人を持ち上げることができない。
「!?」
先に目を覚ましたのは姉のハーミーだった。
ハーミーはすぐさま状況を把握すると、まずすぐ近くにいた俺を抱えて、次に妹のアージンに手を伸ばす。
が。
ドンッ
目を覚ましたアージンが、ハーミーを思い切り突き飛ばした。
ハーミーと、抱えられた俺は家の隅まで転がるように飛ばされる。
アージンも反動を利用して、反対側の隅に逃れたようだ。
そして────。
ベキイッ!!
天井が崩れてきた。
あのまま気づかずに寝ていたら、下敷きになっているところだった。
「きゃあっ!」
「アージン!」
廃材の向こうから、アージンの悲鳴が聞こえた。
「待てっ!」
ハーミーがすぐさま駆け寄ろうとするが、まだ天井から落ちてくるかもしれないので、引き留める。
その間に、ハーミーに魔法で灯りをつけさせる。
やがて完全に崩落が収まったのを確認して、手を離す。
ハーミーは積もった廃材を飛び越えて、弾丸のようにアージンの元へと駆けて行った。
俺はその後を灯りを持って、廃材を迂回して近づいていった。
「大丈夫か!?」
「うぅ・・・」
「アージン、どこを怪我したの!?」
明かりで照らすと、アージンが手で押さえている脇腹のあたりから血が流れていた。
駆け寄って、確認する。
「破片が飛んできたのか。刺さってはいないな。ハーミー、煮沸した水を持ってきてくれ」
「は、はい!」
ハーミーがまたもすごい勢いで走っていき、その勢いのまま水の入った瓶を持って戻ってきた。
「よし、その水で傷口を洗うんだ」
「はいっ!」
瓶を傾けて、流水で傷口をすすぐ。
細かい破片などが取り除かれたのを確認して、ハーミーに治癒魔法をかけさせる。
「『活命せし五つ角よりなる第五の十二面体・キュアフィジカル』!」
虹色に発光する魔法陣が出現し、同じ色の光を放つ。
その光が当たった傷口が、みるみるうちに塞がっていく。
「大丈夫!? 大丈夫、アージン!?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
治癒魔法をかけながら必死に声をかけるハーミーに、アージンは今までより少し弱った笑みを浮かべる。
「慣れてるから、大丈夫だよ」
ハーミーは何も言わず、ただ治癒魔法をかけ続けた。
「泣かないで。笑って」
アージンが手を伸ばして、ハーミーの目に浮かんだ涙を拭う。
「ごめんね」
アージンの傷が完全に塞がったのを何回も確認して、ハーミーはようやく魔法を止めた。
その頃には、アージンはハーミーの膝枕で眠ってしまっていた。
「今日は、これでも安定してたんです」
アージンの髪を撫でながら、小さな声でハーミーが話し出す。
「いつもならどうなっていたんだ?」
「そうですね・・・・・・。アージンが何も言わないので、私も止めなかったんですけど、ここへ来る前に森の中を通りましたよね」
「ああ。通ったな」
「いつもなら、そこではぐれた野獣に襲われます」
「マジか・・・・・・!?」
すぐそこにあったかもしれない危機に、サッと血の気が引いていく。
どうやら、思ったより考えが足りなかったらしい。
「他には、練習で撃った魔法が、なぜか制御を外れてしまうとか」
そうならないために一生懸命練習したんですけど、とハーミーが苦笑いをこぼす。
「アージンは自分の『呪い』が発動するのがわかるのか?」
「そうみたいです。嫌な感じが泡のように膨らんで、破裂するみたいだと言っていました」
一応の予測は立てられるのか。
本人が気づかなければ、それも無理なようだが。
「こんなことを言ってはなんですけど。たぶん、ご主人様に出会って、安心したんだと思います」
俺と出会って。
自分と同じ、排斥される者に出会って。
安心したのだ。
そんなことでしか、彼女は安らぎを得られないのだ。
「ご主人様」
ふと気づくと、ハーミーが俺を真っ直ぐ見つめていた。
「本当に、よかったのですか? 私たちを引き取って」
俺は、目を合わせることができなかった。
「大丈夫だ」
なんとか応える。
「考えはある」
嘘は、つかない。
ちょっと遅れました。申し訳ないです。
今回は短め、というよりは普通くらいの長さですね。
思った以上に厄介なヒロインズを招き入れてしまった主人公。
これが吉と出るか凶と出るか。
次話は明日の12時過ぎに上げます。