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呪いし眼(2)


 まずいことになった。

 というより、まずい状況だ。


 俺はあの後、ハーミーとアージンの二人を連れて廃村に戻った。

 廃墟以外何もないので、とりあえず俺が寝泊まりしている、崩壊具合がマシな家に案内したのだが、そこであることに気が付いた。


(俺、ほぼ全裸じゃないか)


 布の下には当然何も着てない。

 というか奴隷の姉妹の方がいい服を着ているのはどういうわけだ?

 俺の装備なんてぬののふくですらない。

 ただのぬのだ。


 キーワードを並べてみよう。


 男、ほぼ全裸。


 女子、十台中頃。


 自宅、連れ込み。


 うむ。逮捕だ。

 事案だ。

 通報される。


(いや、待て。俺も今は男児のはずだ)


 これで大丈夫だ。

 俺の心と、ご近所の平穏は保たれた。


 冗談はさておき。


「別の世界・・・・・・ですか」


 ハーミーが解ったような、解ってないような顔で呟く。

 二人には既に俺の身の上を話してある。


「ああ。だから俺に名前はない。必要ない。いずれ帰るからな」

「ではなんとお呼びすればいいでしょうか?」

「そうだな・・・・・・」


 結局その問題は解決していない。


 二人で悩んでいると、ふらふらと家の中を見て回っていたハーミーが戻ってきた。


「ごしゅじんさまー、ところでこれからどうするの?」

「・・・・・・・・・・・・」


 アージンが後ろから抱き付いてきながら、なにやら珍妙な呼び方をしてくる。

 俺はいつの間に金を払ったのだろう。

 とりあえずアージンを引き剥がす。


「奴隷を欲しがってたわけじゃないと指摘したのは、君じゃなかったか?」

「でもー。当面の呼び名がないと不便じゃない?」


 苦々しく言うが、正論で返される。


(しかしなにもそれじゃなくても・・・・・・)


 他にあるだろう、と言おうとしたが、具体的な例が思い浮かばない。


「ご主人様が言う異なる世界というのは、世界樹を中心とした『九つの世界』のことではないですよね?」


 そしてハーミーによって話が続けられてしまう。

 どうやら呼び名はそれで決定らしい。

 諦めて応じることにした。


「『九つの世界』? よく解らないが、多分違うと思う」

「この辺りの国に伝わる伝承です。魔族が住むヨトゥンヘイム、エルフが住むアルフヘイム、死者が住むヘルヘイム・・・。そういった意味の異なる世界というわけではないのですね?」

「聞き覚えがないな。そういった伝承ではなく、現実にある世界だ」


 それにしても、どうにも理解が早いな。

 創作物などで耐性のある俺と違い、この文明レベルでは、まだ世界という考えさえ曖昧だろうに。

 そのことを尋ねると、


「ああ、いえ。実は史実をもとにした昔話に異世界から、つまり『九つの世界』以外から召喚された勇者様というのが登場するんです」

「へえー」


 最早俺の中で、勇者=無能という方程式が先入観として組み込まれてしまっているが。


「当時の最高峰だった聖なる魔法使いスクルド様によって召喚され、その方と共に魔王を退治された方です。なんでも、何も口にされず、不眠不休で魔王城を目指し、空を自由に飛び回り、手から炎の光を放ち、その剣ですべてを断ち切り、魔族の攻撃はその身に纏った金属の鎧で跳ね返した鋼の勇者だとか」

「なんだそいつ」


 ロボットかよ。

 十万馬力か。

 七つの威力か。


 俺もそんなわかりやすいチートが欲しかったな。


「ですので、先ほどの『九つの世界』も、ただの伝承ではなく、実際に存在する世界と考えられています。現在のエルフは当時アルフヘイムから移り住んできたエルフの子孫だと言われていますし」

「なるほどな」


 どうやら思ったよりファンタジーな異世界らしい。

 月が一つだから油断していた。


「この世界について、もっと詳しく教えてくれないか?」

「わかりました。でもいざ聞かれると、何を説明したらいいか迷いますね」

「たしかにな・・・」


 くすりと苦笑するハーミーに同意する。

 誰しも、自分が当たり前だと思うことを説明するのは難しいことだ。

 知ってて当然、を知らないんだからな。


「まずは狭い範囲からいこう。ここはどの国の、どんな場所に当たる?」

「スヴェーリエ王国の──えーと、『鉄の森』が近いですから、イェムトランド地方辺りでしょうか。北の方です」


 ハーミーから聞いた話をまとめると、古来より魔族の進行に脅かされていたスヴェーリエ、ダンマハク、ノーレグという三つの王国があり、俺たちは今その内のスヴェーリエの北端にいるのだそうだ。

 そのすぐ上にある縦に細長い巨大な山脈がまるまる魔族の領地で、俺が罠を張っていた『鉄の森』も魔族の領地に含まれる。『鉄の森は』年々その規模を広めていっているらしい。

 その山脈を挟み、ノーレグという国があるのだが、現在はダンマハクの属国となっているらしい。


「五年ほど前に病が流行ったんです。ノーレグ王国は特に被害が多くて、その隙にダンマハク王国に乗っ取られました」


 ダンマハク王国は軍事に強く、魔法技術の研究に一番力を入れているらしい。


「現在のマルグレーテ女王が即位してからは、さらに軍の色が顕著になりました」


 ダンマハクには女王が自ら選んだ、フェーデの騎士と呼ばれる精鋭が二十人いるらしい。


 えげつないなと思い、同時にうまいなと感心したのは、フェーデの騎士を占領したノーレグからも選出していることだ。

 ノーレグの実力ある兵士をフェーデの騎士に任命し、その者に望んだ領地を与え、優先的に権限を与える。

 そうやって反抗の芽を摘み、実力者は自国の管理下に置く。

 実力者が隠れて反攻を企てようとしても、周りの者がそれを許さないだろう。

 リスクが大きく不確実な反攻よりも、確実な援助を選ぶだろうからな


 マルグレーテ女王は相当の切れ者のようだ。


「その流行病というのはもう治まったのか?」


 まだ感染者が多いようなら、対策を考えなくてはならないかもしれない。


「もうほとんど治まったと思います。でも、まだ病に対する恐怖は根強く残っています」


 顕微鏡もない時代、病気なんてものは神か悪魔の仕業となるだろう。

 まさしく超常現象の類と考えられているのではないだろうか。


「どんな病だったんだ?」


 特徴から何か分かるかもしれない。

 そんな考えで聞いてみたが、ハーミーは言葉に詰まり、困ったように視線を泳がせた。


「えっと、その、それは・・・・・・」

「『魔神の血』っていう病だよ。ごしゅじんさま」


 泳いだ言葉を捕まえたのはアージンだった。

 ふらふらと足取りを感じさせない歩き方でいつの間にか近づいてきて、俺の心臓のあたりを指でつつく。


 そこには肌を這う黒い紋様がある。


 ハーミーはそんな妹を見て、あわあわしている。


「魔神と同じように肌が黒くなるから、そう呼ばれてるんだって」

「肌が黒く・・・・・・。黒死病か」


 名称による風評被害はともかく。

 肌が黒くなる病と言われて、思い浮かぶのは黒死病──ペストくらいだ。

 ペストはネズミなどの齧歯類に流行し、ノミを介してヒトにも感染する。

 もちろんここが異世界である以上、全く違う未知なる病である可能性もあるだろうが、さらに詳しくハーミーから話を聞くと、それほど相違はないように思えた。

 ある程度情報を整理できたところで、一番気になっていたことについて聞く。


 ちょっとドキドキしている。


 ファンタジーな異世界をファンタジックに彩っている象徴たるファンタジー。


「次は、魔法について説明してくれないか?」


 すなわち、魔法だ。

 あの山賊のリーダーが使った時は、あまりよく観察している暇はなかった。

 フローダの言い方では、あまり一般に浸透しているものではないようだが。


「ええっと、そうですね。言葉ではうまく説明できないので、実践してみてもいいですか?」


 だから、ハーミーの提案には少し混乱することになった。


「え、使えるのか?」

「は、はい。すいません」


 思わず問うと、なぜだか謝る。


「いや、いいんだ。使えるなら、ぜひ見せてくれ」

「わかりました。では、そうですね、火をつけますね」


 ハーミーは家の中央の囲炉裏の残骸のようなものがある土間に向かい、薪を集めて、その下に置いたおがくずに手のひらを向ける。


「おお・・・・・・」


 すると、赤く発光する魔法陣のようなものが浮かび上がり、ライターくらいの小さな火が噴射される。

 噴射というよりは点火か。

 火はあっという間におがくずに引火し、薪へと燃え移っていく。


「なんか、地味だな」

「す、すいません!」


 思わずつぶやいてしまう。

 山賊のリーダーが使った時は魔法って感じがしたのに、なんだろうこの差は。


「山賊が使った時は、呪文みたいなものを唱えてたみたいなんだが」

「あ、それは戦闘魔法ですね。今私が使ったのは生活魔法です」


 一般に魔法というと、大きく分けて三種類あるらしい。


 詠唱を必要とせず、誰でも使える代わりに、攻撃力のない生活魔法。


 詠唱を必要とし、使い手に一定の素養を求めるものの、強力な攻撃を放てる戦闘魔法。


 さらに加えて、人体の構造に理解を必要とし、人体に直接作用する治癒魔法。


 とはいえ求める素養というのも、そんなに敷居が高いわけではないらしい。


「呪文の意味をきちんと理解しているかどうかです。その意味を理解しながら、詠唱を唱えることが求められます」


 つまり一定レベルの教養が必要ということか。

 いや、この異世界では高い敷居なのだろう。


「他の魔法は使えるのか?」


 あまり期待せず聞くと、ハーミーは遠慮がちに答えた。


「えっと、その、一応、全部使えます」

「全部!?」

「す、すいません!」


 予想外の返答に驚く。


「それは治癒魔法もということか?」

「は、はい。そうです」


 ハーミーがちらりと、横目でアージンを見やる。


 富農の家の出だというだけでは、治癒魔法は覚えれないだろう。

 事実、妹のアージンは「わたしは生活魔法しか使えないよー」とふらふらしている。


「村に行商人が来たときに魔法について書かれた本が売られていたので、こっそり買って、それで・・・・・・」

「なるほど。じゃあ次は戦闘魔法を見せてくれ」

「わかりました。えっと、じゃあ、中では危ないので外に出ていいですか?」

「ああ。わかった」


 家の外に出て、廃村から少し外れた場所まで歩く。


「とはいえ的は欲しいな。あの家に向かって撃ってくれないか」


 廃村の一番外にある家屋を指差す。

 一際ボロボロのやつだ。


「いいんでしょうか?」

「ああ。あの家は特に損傷が激しくて、寝ることもできないからな」

「わかりました。属性は──火ではない方がいいですよね?」

「それもそうだな。他には何があるんだ?」

「えっと────」


 魔法には『火』『空気』『水』『地』の四つの属性があり、それぞれに対応する魔法陣と呪文があるらしい。


(四大元素、か)


 万物の根源として考えられているものだ。

 いずれも物質としてではなく、周期的に変化する様相としての象徴だ。


「じゃあ『水』で頼む。一番わかりやすそうだ」

「わかりました。いきます!」


 気合を入れるようにこぶしを握ってから、家に向かって手のひらをかざす。

 その先に今度は青く発光する魔法陣が出現する。


「『放出せし三つ角よりなる第三の二十面体・ウォーターシュート』!」


 呪文を言い終えると同時に、魔法陣の中心から水がそれなりの勢いで噴射される。

 重力に引かれながらも家に向かって直進した水流は、びちゃびちゃと壁に当たって撒き散らされる。


「地味・・・・・・」


 俺の中で、魔法に対してあったキラキラとした憧れのようなものが、急速にくすんでいく。


「い、今のは一番弱い戦闘魔法です。もう一つ上の魔法も撃ってみますか?」


 顔を赤くしながら、ハーミーがわたわたと両手を突き出して振る。


「ああ、頼む」

「では・・・・・・」


 再度手のひらをかざし、唱える。


「『飛翔せし三つ角よりなる第三の二十面体・ウォーターバレット』!」


 今度は魔法陣の中心で水塊が形成され、一直線に家へと飛んでいく。

 壁に直撃した水塊は、腐った木材を吹き飛ばし、家を完全に崩落させた。


「あわわわわわわわわわわわ」


 泣きそうな目で、土煙を上げる元・家と俺とに視線を行ったり来たりさせているハーミーはともかく。


 先ほどの魔法と違い、密度を上げることで威力を向上させているようだ。


「家は別にいいから。次は『水』の生活魔法を撃ってくれ」

「は、はい」


 手のひらをかざし、魔法陣を出現させる。

 今度は詠唱なしだ。

 魔法陣の中央から、水がチロチロと流れる。


 地面に当たって飛び散った水は、そのまま土の中に染みこんでいく。


 チロチロと流れて、ビチャビチャと散る。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 微妙な空気が流れる。


「それはいつまで出てるんだ?」

「魔力を流している限りは出たままです」

「ふむ。じゃあ止めてみてくれ」

「わかりました」


 一拍置いて、魔法陣が消えるのと同時に水も消える。


「うん?」


 ふと地面を見ると、水が染みこんで変色していたはずの土が元の色に戻っている。


 かがんで地面を触ってみると、水が当たってへこんだ所や、水が染みこんで柔らかくなった土などは変わっていない。


(魔法陣から出た『水』はあくまで魔力によって生成されたもので、魔力の供給が断たれると消えてしまうのか。しかし与えた影響や変化は残ったままと・・・)


 気になったことはもう一つある。


「生活魔法と戦闘魔法の魔法陣は同じなんだな」


 どちらとも、魔法円の中に下を向いた三角形が入っているという、単純な魔法陣だ。

 呪文によって差別化しているということか。

 ハーミーに頼んで他の属性の魔法陣も見せてもらったが、単純なのは変わらなかった。


 『火』は魔法円の中に上を向いた三角形。


 『空気』は魔法円の中に線を引いた上を向く三角形。


 『土』は魔法円の中に線を引いた下を向く三角形。


(なんか、思ってたのと違うな)


 マンガやアニメであるような、派手さがまるで欠けている。


「もっとこう、複雑な図形が書かれてたり、びっしりと文字が書かれたような魔法陣はないのか?」

「えっと、そうですね。たしか本によると、そういった魔法陣は大きすぎて、儀式などに用いられる以外では廃れていったらしいです。魔力で描くには複雑すぎますし」

「魔力で描く?」


 気になった言葉について尋ねる。


「そういえば、その魔法陣はどうやって出現させてるんだ?」

「ええっと。魔法の発動手順を説明しますね。まず空間に魔力を放出して、使いたい属性の魔法陣を描きます。完成した魔法陣は発光するので、効果に対応した呪文を唱えます」


 いや、そんな魔力とかいう不思議物質を当然のことのように言われても。

 MPゲージはどこにあるんだ。

 第四の壁を破壊したら見えるのか。


「魔力の流れを掴むのは、魔法を使うに当たっての最初の壁ですから。本来は物心つく前から大人が使う魔法の魔力に触れて、慣れることで、なんとなく感覚が身につくものなんですが」

「俺にそんな時間はなかったからな」


 なんだったら、物心がつく前というのがない。

 どうしたものかと二人で悩んでいると。


「とりあえず、首輪の登録で魔力の感覚を掴んでもらったらー?」


 アージンが自分の首輪を手で引っ張りながら、ふらふらと提案してきた。


(そういえば外すのを忘れていたな)


 鍵を使って首輪を外し、構造を観察する。


 素材は硬い革で、後ろでサイズを調整できるような作りになっている。

 その反対側に、小さな丸い石のようなものが嵌め込まれている。


「その魔法石に魔力を込めると色が変わって、登録が完了となります」

「それだけなのか? 奴隷を首輪ごと奪われたりしたらどうするんだ?」

「なんでも、国が所持している魔道具に、魔力のパターンを解析するものがあるそうです。何か問題が起こったときはそれを使うと聞いたことがあります」

「ふーん。魔力には個人パターンがあるのか」


 それでも、魔法石を入れ替えるとか、ごまかす手はいくらかこの場で思いつく。

 だが、魔法のまの字もわかっていない奴が思いつくことなんて、とっくに対策済みだろう。

 手に持った首輪の魔法石の部分を握り、力を込めてみる。

 手を開いてみるが、色は変わっていない。


(どうすれば魔力を流せるんだ?)


 わからない。

 水銀のようなものが竹筒を通っていくような感覚もない。

 肘あたりで詰まっているかもしれない。


(異世界人には魔力はありません、とかいうオチじゃないだろうな)


 最悪の想像が頭をよぎる。


(とりあえず、やってみるしかないな)


 今後の課題とすることにした。


 日も傾いてきたので、他の検証作業などは翌日に回すことにした。


 ハーミーたちに先に家に戻って、フローダから受け取った麻袋の中身を整理するように言い、自分は用事を済ませることにする。


ようやくの説明回です。

そしてまた長い、しかも変な切り方という。

難しいですね。


次話は18時過ぎに上げます。

こっちはそんなに長くはならないはずです。


ブックマークが着々と増えてきて嬉しいです。

ありがとうございます!

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