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切ったり張ったり(1)

 眩しさを感じて、目を覚ました。


 とはいえ、全身が痛むせいで元々熟睡などできていないため、すぐに目は開く。

 寝起きはすこぶる悪い。


「げほっげっ、がふっ」


 体を起こしながら吸った息は、黴臭さと埃臭さに塗れていて、むせてしまう。


 健康に悪い。


 出来うる限り掃除はしたのだが、この体では出来ない範囲の方が広すぎる。

 天井に空いた穴から降り注ぐ陽光に、きらきらと埃が舞うのが見える。


 気分が悪い。


 雨の日などは最悪だった。

 しかし、ここ以外の家屋は木造建築だからか天井に穴などという生易しいものではなく、すべて崩落してしまっている。


 シーツ兼布団として使っている大きな布(汚い)を体に巻きつけ、ロープの残骸のようなもので縛って服っぽくして、外に出る。気候は春なのかそこまで下がることはないが、それでも裸同然のこの格好には堪えるものがある。

 家を出て少し歩いたところにある小さな井戸へと向かいう。井戸と言っても、元の世界の怪談話によくあるような深い井戸ではない。水深六十センチ程の、浅い井戸だ。

 とはいっても、この体にとっては十分に深い。

 腐りかけの木製の台に乗って、金属製の大きなコップを使って慎重に水を汲み、顔を洗う。


 井戸水特有の冷たさが気持ちいい。


 次いで、うがいも済ませる。

 飲みはしない。


 飲み水は井戸水を煮沸して冷ましたものを、さっきの家の瓶の中に溜めてある。

 どれほどの効果があるかはわからないが、一応、である。


 こんな、どことも知れない世界で死ぬ気はさらさらないのだ。

 なんとしても元の世界に帰ってやる。


 水面に映った姿を見る。


 そこには真っ赤な目をした幼児がいた。

 血のように真っ赤な目だ。

 たしかに気味が悪い。


 さらに、白い肌の表面には黒い紋様のようなものが這うようにして描かれている。

 最初は左胸にしかなかったのに、広がってきているように思う。


(アニメでこんな敵キャラいるよなー。けっこう序盤で死ぬタイプの)


 他人事のように思ってみても、現実は変わらない。

 それは紛れもなく、現在の俺の姿だった。


 今は────5歳くらいか?


 しかしなにもこんなところで五年も一人寂しく、仙人のように俗世と関わりを断って生活しているわけではない。


 俺がこの世界に来てからまだ二週間しか経っていない。

 それだけこの体の成長が速いのだ。

 すきゃもんさんに喧嘩売りまくりである。

 おかげで毎日毎日成長痛が酷い。

 夜も満足に眠れない。


 成長痛特有の、手でさすったりしてもマシにならない、あの直接触れない感覚はとてももどかしくて気持ち悪い。


 ああ。


 どうしてこんなことになったのか。


 あのクソどもめ!

 ちくしょう!

 なぜ俺がこんな目に!


(おっと)


 気を抜けば、心の底からどろりとした恨みや憎しみが漏れ出てくる。


 教育上非常に悪いので、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 この世界に来てから今のところ、誰とも会話をしていないので気分は沈む一方だ。


 顔を拭くためのキレイな布はないので、適当に手で水を切る。


 食事にするため、家に戻る。


 途中、遠くに虹がかかっているのが見えた。

 空気が清浄なため、くっきりと見える。

 綺麗に七色に分かれた虹だ。


 とはいえ何の腹の足しにもならないようなものに興味はない。

 芸術に目覚めるのは三大欲求が満たされてからである。

 成長が速いせいか、腹が減るのも速い。


 屋内の日陰で干し肉を作っている。

 あの母たる牝牛のものだ。


 何が原因で死んだのか分からないため躊躇したが、他に道はなかった。

 大部分を無駄にしてしまったが、小さな手でなんとか食用にしたものだ。


 串に通してある干し肉の一つを、鉄のように鋭い木の枝で切り、さらに小さくして食べる。


「いただきます」


 満腹食堂開店。

 メニューは干し肉と水のみ。

 干し肉は一人一皿(皿はない)。

 なお、満腹にはならない模様。

 急な連休続きには、店主の死亡をお疑いください。


 冗談でも言ってないとやってられない。硬い干し肉をちびちびと噛み潰し、水で流し込む。


 最初は野性味溢れる食事に、少し心が動いたものだが、毎日ではさすがにイヤになる。


 ああ。

 言っては悪いが、マズイ。

 なんの加工もせずただ干しただけなのだから当然ではあるが。

 下味の重要性がよく解る。


 肉ばかり食べて栄養失調が怖いが、野菜などないので仕方ない。

 家の裏に畑の残骸のようなものはあるが、種もみを届けてくれる予定だったお爺さんはヒャッハーされてしまったらしい。

 役に立たねえ救世主だ。

 文句は北斗七星に言えばいいのだろうか。


 その辺に生えている雑草を煮て食べようかと思ったが、どんな毒があるか分からないので辞めた。

 栄養になるとも思えんしな。


 食事が終われば、次は狩りの時間だ。


 なんて言っても、ただ仕掛けた罠の確認に行くだけだ。

 壁に立てかけてあった、肉を切るのに使った枝と同じ種類の、先の尖った太い木の棒を手に取る。護身用兼杖代わりだ。

 未だに頭の方が重いのか、ふとしたときにこけそうになる。

 向かうのはこの棒を拾った、村の近くにある森である。

 俺が這って抜け出てきた森とは反対方向にある。


 しばらく歩いて、辿り着く。


 枝葉をあまり付けず、真っ直ぐにそそり立つ樹々の様は、天を突く剣のように見える。

 当然、果実もない。

 あっても食べたかは分からないが。


 仕掛けをした場所を見て回る。


「やっぱ無理か」


 やはり今日もボウズだ。


 仕掛けは単純だ。

 適当に地面を長方形に浅く掘り、村の崩れた家屋から引きずって来た木の板の一面に鋭い木の枝を刺して、掘った長方形から少しはみ出るように寝かせて置くだけ。

 これで、木の板のはみ出た部分を踏むと、起き上がった板が体目がけてて跳んでくる。


 他にも、段差をつけて地面を少し深く掘り、その段差に枝を刺した木の板を二枚置く。

 これだけで簡易的なトラバサミとなる。


 まだまだ色んな種類の罠を作ったが、そのどれにも変化はない。


 これだけ罠を作れたのも、実はこの体のチートのおかげだ。

 この体、見かけは五歳児だが、腕力などは十代後半くらいの力がある。

 どうせだったら素手で獲物を狩れるだけの身体能力が欲しかったが。


 しかしまったく成果がなかったわけではない。

 罠を仕掛けた初日に、一匹だけかかったのだ。

 とはいえまだ作りが甘かったのか致命傷とはなっておらず、俺の目の前で散々暴れて逃げて行った。

 俺ももちろんびびって逃げた。

 元の世界では見たことのない動物だったのだ。

 あれが魔物とやらだったのかもしれない。

 そこまで大きくはなかったが、今の体を考えると十分怖い。


 仕方ない。


 チートはあれど、体重ではどう考えても負けているので勝てるわけがない。

 いや、純粋に力だけでも負けているかもしれない。

 意味のねえチートだ。


 おかげで、それからしばらくは報復が怖くてまともに眠れなかった。

 冗談抜きで、あんなのが群れで来たら死ぬしかない。


 それ以降は、ちゃんとこうやって武器を持ち歩くようにしている。

 罠も殺傷性を上げ、さらに大型の動物も想定して強化した。


 しかしその一回でもう学習してしまったのか、姿すら見えない。


 頭よすぎんだろ。


 仕方ないので、諦めて帰る。


 と、したところで、喧騒に気付く。


 森の外、村とは違う方向だ。

 何と言っているかまではわからないが、確かに人の声だ。


 興味がそそられた。

 久々に聞く人間の声だ。


 人恋しいのもあったが、いい加減ここでの生活も限界だ。

 そろそろ食料と墓の底とが見えてきた。

 人体の六十%は水分で出来ているとはいえ、人間水だけでは生きていけない。

 九十五%が水分のクラゲだって捕食活動を行うのだ。

 流行の光合成ができるようになればあるいは・・・・・・それじゃキュウリだな。


 とにかく、俺は声のする方向へと向かっていった。


ヒロインはもう少しお待ちください。

次回は戦闘シーンの予定です。

更新は明日の12時過ぎとなります。

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