戦闘シーン習作
そう難しい任務では無いはずだった。狙撃ポイントに到着、カルテルのボスを狙撃して撤収。それだけのはずだった。
「少尉、追いつかれます」
肩で息をしながらクラウス軍曹が俺に話しかける、濃い緑のフェイスペインティングに、繁みで切ったのか一筋の血が流れている。俺は脱出ポイントの方向をちらりとみて、射界の開けた丘を指さした。
「あそこで迎え撃つ、無線機と予備弾薬以外全部捨てろ、フレディ、リック、ここに対人地雷をありったけ並べてやれ、クラウス軍曹、無線封鎖解除だ、パパマイクを説き伏せて近接航空支援を要請しろ」
森の出口にありったけの対人地雷を設置して、俺達は丘の斜面を駆け上る。森から三〇〇ヤードほど、まったく遮蔽物のない丘の裾と中腹にブロードソードマインを設置して敵が追いつくのを待った。
カルテルの兵隊が何人いるかわからないが、捕まって生皮を剥がされる位なら自爆したほうがマシだ。
「少尉、パパマイクがコブラを二機よこすそうです、到着まで四十五分」
「聞いたかお前たち、奴らのケツに鉛玉をぶち込んで、なんとか四十五分持ちこたえろ」
左腕のタイメックスを見る。一四一〇時、お茶の時間までには片がつくということだ。
ズン、
腹に響く音がして、森から煙が上がった。「ざまみろ!」叫んでリックが立ち上がり拳を突き上げる。
「リック、伏せてろ」
叫ぶと同時に、リックの頭がスイカのようにはじけ飛んだ。乾いた銃声があとからやってくる。
「狙撃兵だ、アタマを低くしてろ、軍曹、フレディとここを死守しろ」
俺は叫んで、自分のM4を軍曹に放り投げると、双眼鏡とM82を持って丘の斜面を駆け下りた。
「少尉!」
軍曹の声を後ろに聞いて、手近な遮蔽物に隠れながら、転がり落ちるように丘の斜面をナナメに走る。
チュイン、
背後に着弾する音がする。
ターン、後に続く乾いた銃声から方向を探る。
音からすると、九〇〇ヤードと言ったところか。
息を整えて、双眼鏡を手にすると舐めるように音のした方を探索した。
キラリと光るものを見つけて、アタマを引っ込める。
「OK、大丈夫だ、行ける」
息を整えて、M82を胸の前に構える。
息を吸って岩の上に銃身を乗せる。サーマルスコープを覗きこんだ。
白い人影が上半身だけ映り込む。
シューッツ
細く息を吐いて、引鉄を絞る。
ズン、という重い反動を残して、十二・七ミリ弾が宙に放たれた。
高い音がして、俺の隠れた岩が破片を飛ばす。
サーマルスコープの中で、白い飛沫が飛び散った。
リックの仇だ。
着弾音に追われながら、俺は斜面を駆け上る。丘の裾でブロードソードマインが敵兵をなぎ倒した。
「少尉、だいじょうぶですか?」
頂きを超えて、転げるように伏せた俺の頭上を、風切り音がないでゆく、カラシニコフの乾いた音があたり一面に響き渡る。
チラリとタイメックスを見る、残り三十五分。ヤク中のバカどもが十人ほど歓声をあげて突っ込んでくる。
「フレディ! 吹きとばせ! 軍曹、俺のM4!」
「了解」
丘の中腹まで引きつけて、ブロードソードマインが炸裂する。血しぶきをあげてヤク中どもがひき肉に変わる。
「今ので最後です!」
「上等だ、持ちこたえろ」
それから俺達は死にものぐるいで丘を這い上がってくる連中を撃ち続けた。
「少尉、弾切れです」
叫ぶ軍曹にマガジンポーチからありったけのマガジンを引き抜いて投げると、俺はM4を置いてM82に持ち変える。
「タクティカル!」
フレディが悲痛な叫び声をあげて、M249を乱射する。ハイラックスの荷台にM2を載せたタクティ
カルが、腹に響く重低音を響かせてM2を撃ち返してくる。
「アタマを低くしてろ!」
俺は叫んでM82を構えると、匍匐前進で草の影からハイラックスのエンジンを撃ちぬいた。
確かな手応えがあったが、爆発までは行かない。
「クソッ、クソッ!」
M2に射すくめられて、時折、放り投げる手榴弾で牽制する他に打つ手がない。
「少尉、俺が出ます、三で援護を! 一、二、三!」
止めるまもなくフレディが立ち上がる。
えいクソとばかりにM82を構えて、同時に立ち上がった瞬間、フレディの身体が腹から真っ二つにちぎれ飛んだ。M249がフレディの腕ごと俺の手元まで飛んでくる。
慌てて伏せると、ちぎれた腕を引きがして、俺はM249で丘の斜面を薙ぎ払った。
「少尉、もうだめです!下がりましょう!」
「どこへだよ!」
下半身だけになったフレディの死体から予備のマガジンをもぎ取るようにして、再装填する。
ズズズズズム
低音を響かせて丘の形を変えんばかりに、タクティカルからM2が放たれる。
「捕まるくらいなら、死んだほうがマシだ、軍曹、俺が食い止める! 武器を置いて全力で走れ」
「糞食らえ! リックとフレディに、あんたまで置いてくくらいなら、奈落のそこまでご一緒します」
軍曹がニヤリと笑って、手榴弾を放り投げる。
ひとつ、ふたつ、息を整えた。
「地獄で会おう、軍曹」
大声で叫んでM249を抱き寄せる。
ヤク中のクソ共め、只では死なんぞ。
「一、二、三!」
声を合わせて立ち上がった瞬間、爆発音と共にハイラックスが空高く舞い上がった。
「アイアンフィストからアルファ・ワンどこだ?」
近接航空支援のスーパーコブラからの無線に、軍曹が歓声をあげる。
「クラウス、発煙弾、黄色と紫」
軍曹が手前に黄色を、奥に紫の発煙弾を放り投げた。
「アイアンフィスト、手前が黄色、奥が紫、俺達は黄色の根本だ見えるか?」
降り注ぐ弾丸の雨の中、俺はヘルメットを抑えてインカムに叫ぶ
「オーケ、アルファワン、任せろ、騎兵隊のお出ましだ」
ハイドラロケットがヤク中共を吹き飛ばし、二十ミリ機関砲がひき肉に変えてゆく。
形勢逆転とばかりに、俺は立ち上がってM249を乱射した。
敵が潮のように引いてゆく。
背後から近づいてくるローター音を見上げる。
ブラックホークがドアガンを乱射しながら丘の上に降りてくる。
雨が降り始める……。
そう難しい任務では無いはずだった。
膝をついた俺の傍らに投げ出された、フレディの腕を、いつのまにか大きな蝸牛が這っていた。
雨が降り始める……。