序:旅立つモノ
白亜の石と水路と噴水で構成された石庭。随所に風と光が溢れるように配された樹木。 そして庭園の全てを一番美しく一望できるよう設えられた東屋。
そこが私が明るい時間の大半を過ごす場所だ。
私は東屋に設えられた長椅子に体を預け、風を感じながら庭園を眺めつつ想いに心を飛ばす。
私には自由に動き回るための脚がある。
でも私がそれを使って動けるのは城内とこの庭園だけだ。何故なら私は中空に浮かぶ白亜の城から出る事を許されていないからだ。
私には周りを見渡す眼がある。
でも私が庭園から見渡せるのは何処までも続く雲海と、隙間から僅かにみえる大陸の影だけ。ここは高みにありすぎて地上に住むという『ニンゲン』の動き回る姿は見ることはできないのだ。
私にはモノに触れられる指がある。
でも私以外が私に触れるものはこの城内には誰もいない。それでもよかった。壁のひんやりとした感触。花や木の柔らかい感触。冷たく心地良い水の感覚は時に和み、時に精神を引き締めてくれる。
私にはいろいろな音を拾う耳がある。
水のせせらぎや、緑が風にそよぐ音。鳥たちの囀り。風や水の中で踊る精霊たちの囁き。それは私が此処にいるという現実を認識させてくれる。
「私には、言葉を紡ぐ口がある。想いを告げる口がある。」
全てはこの城にいる仲間達にはない、この姿を持った私だけの特権だ。
彼等は脚がないから自力で動き回ることはできない。
眼がないから見渡すこともできない。
指がないから自分から手を差し伸べられない。
聞くことはできても直接言葉にできない。
だからこそ、この城で迎えを待ち続ける。いつか現れる自分の主を。それが運命なのだ。
でも。
私はなぜ未だに此処にいるのだろう。
私はなぜ此処から出て行かないのだろう。
仲間達と違って自分で動くことができる。主を捜して見つけることも出来るはずだ。その手を掴んで迎えが遅いから来てやったと言うことも出来るのに。
私や仲間達にはまだ名前が無い。
いや、既に名前を持つ物もいるが、それはある理由によってここに戻ってきたモノ達だけだ。
私や仲間達は此処で産まれる。『ニンゲン』や、『ニンゲン』が創り出すモノと違い、自然発生的に産まれる。 『ニンゲン』は親というモノから産まれ名前を授かるらしいが、私や仲間達はそれがない。
だから主になる『ニンゲン』から地上での名前を授かる儀式を受ける。
此処では名前という概念がない。だから必要もないが、地上には必要なのだとこの白亜の城の主は言っていた。 城の主も自分で名前を付けた事が無いから分からないらしい。
名前がどういう意味を持ち何故必要なのかはわからない。自分で付ければ済む話なのだろうが、名前というものをどう付ければ良いのかは私も分からない。城の主は名前の重要性は理解しているようだったが。
城の主は勝手に城から外に出てはいけないと言った。
私にもいつか私の主たる『ニンゲン』がこの城に捜しに来る。此処に居ないと私の主が見つけられないのだと。この城に来て主の儀式を経て私達の主になる。毎年定日に行われる儀式はその為のものであると。
仲間達は動けないから仕方ない。とはいえ、主と引き合う運命があるのなら、何故最初から主の手元に産まれなかったのか。最初から手元に産まれていればわざわざ此処まで主が捜しに来る手間はないだろうし、私や仲間達がこんな場所で待ち続ける必要もないはずだ。
だが城の主はそれが世界の約定だと言い、それ以上は自分にも答えられないと続けた。その代わりに教えてくれたことがあった。
この城には儀式に来る『ニンゲン』を迎えるための門がある。鍵は掛かっていない。向こう側の扉を開けばこちらに通じるように作られたものだ。それとは別にこちらからのみ開く扉も存在している。城の主以外扉を開けることがないため鍵もない。私のような動くモノが稀なのだ。
此処は私や仲間達に優しい場所だ。好きか嫌いか聞かれれば間違いなく大好きだ。それでも私は外に出たいという欲求に駆られる。でもいつも想うだけだった。
結局のところ、名前が無いという漠然とした問題で私が足踏みしているだけなのだろう。
一歩踏み出すことを恐れているからこそ、私は此処から出て行く事が出来なかったのだ。
でも。
それも今日で終わりにする。いくら考えたところで結論は変わらない。ならば、考えるのはもうやめる。そのためにいつもの場所に来た。今までの自分と決別するために。
城の主の目を盗んで準備は済ませてある。庭園の見納めも済んだ。
この東屋から見える庭園の端には扉がある。それは地上に通じる扉のひとつ。此処が気に入っていたのはそれがあったからだ。
私は東屋を離れて扉の前に立ち、一度深呼吸をしてから私は扉に手を掛けた。
恐れていては何も変わらないから。
私は私の為に此処からでて自分で選んだ道を進む。
自分の主を自分で捜し出す。
そして見つけたらこう言ってやるのだ。
「あまり待たせるから、こちらから来てやったぞ。」
と。
私は扉を潜って外の世界への第一歩を踏み出した。
こちらは過去に書いた途中書きだったものを再構成していますので、更新は遅いです。※一部修正しました。