窓の外
誰もいない部屋の中で電話が鳴っている。
誰かがそれを手に取り、物語が始まるのを待っているように。
部屋は古めかしい西洋風の木造部屋だ。
その部屋の中には花が一本あり、情景を鮮やかにさせている。
しかし花瓶に水は無く、花は枯れる運命を背負っている。
『枯れることしか出来ない…それが何だって言うんだ?』
『花はいずれ枯れる』
誰もいない部屋は僕がいる部屋になった。
まだ鳴り止まない電話の音と、僕の独り言が重なる。
部屋の壁紙は所々色褪せている。
部屋に余分なものは何もない。
そこにあるのは花瓶を載せた小さな机と椅子。
窓際に置かれた鳴り止まない電話だけだ。
「その部屋の窓の向こうにはあなたの望む世界が広がり、輝いている」
8月の晴れた朝、何をするでもなく街を歩いているとそう声を掛けられた。
10代後半もしくは20代になったばかりの女性は親しい人物に話すようにそう言った。
その女性は僕を真っ直ぐ見据えていた。
その女性はとても可愛らしく僕は目を逸らしまった。
そして沈黙に耐えかね
「あなたは誰ですか?」
と当然の問いを投げ掛ける。
「私は私」
その女性は古典的に使い古された答えを僕に投げ掛ける。
「君は君」
「そう」
「なぜ俺に話しかけたのかな?」
僕は問いを変える。
「あなたが望んだからよ」
彼女は答える。
「何がなんだか分からないや」
「世の中なんてそんなものよね」
彼女は言い、そして続ける
「あなたはあなたの望む世界を見たくはないの?」
僕は今部屋の中にいる
その部屋の窓の向こうには何があるのか。
まだ電話は鳴っている。
八月の夕暮れ、優しい光がカーテンの奥から降り注ぐ。
僕は風に揺らめくカーテンを掴みゆっくりと開いた。
世界を見るために。
その時、軽いめまいと共に世界の色が変わった。
窓の外には海があった。
誰もいない世界。
雲に覆われて。
震える心。
僕は脅えた。
誰一人いない世界。
脅えと怒りを含め僕は呟く
『僕はこんなことを望んじゃいない』
『僕は僕の言葉で誰もが幸せになれるような世界がほしいんだ』
誰もいなかった部屋の中の電話が鳴り止む。
物語は語られることなく終ってしまった。
窓の外には海がある。
僕は海へと花を捨てた。
僕の鮮やかは漂うことなくその海の中に消えた。
沈んでいく花の意識がわかる。
ただ深くへ沈む物悲しさ。
魚達がその花を見ている。
魚達の意識が分かる。
魚達はその花を見てとても綺麗だと感じた。
悲しみに沈み行く花だけれど、魚達はその花を見てとても綺麗だと感じた。
世界はいずれ滅ぶだろう。
ただ僕は海の底に何か残したかったんだ。
それは出来るのだろうか?
僕の望む世界は他人は決して望まない世界だ。
僕はうつ向きながらその場を立ち去った。
電話はまだ死んでいる。
世界を見せるとき、物語が始まる糸口を見付けるまでは。