相葉洋子 卒業後
卒業式を終えて、相葉は時間を持て余していた。
くらやみが影を作ることはない。光のように区別されることは無い。水のように、風のように、滞ることは無い。
この世の中で、もっとも差別しないものかもしれない。
外の景色を見ていると、そんなことを考えた。そんな心境に至る、特たる理由はないのだが、暇だから余計なことを考えるのだろう。
卒業式を終えて、丸二日経つ。
就職先に出向くのもまだ二週間も先のことで、この長い休みを楽しもうと思ったが、退屈が返って窮屈に感じる自分の性分をすっかり忘れていた。
誰かに連絡をとって、遊ぶのも悪くないが、呼び出す相手も思いつかない。今までの自分が常に受身だったからだ。
自分が何もしなくても、かまってもらっていた。
可愛がっていた後輩も自分から、遊びに来ていた。
ケンイチにも自分から動くことは無かった。
臆病な自分、卑怯な自分。
誰が来ても平静でいられると、自負していた。でも、最近では違ってきている。
――自分から誰かに話しかけることを放棄しているから。
――誰かが話しかけるのを待っているから。
だから、強いように思えるだけなのだと。
暇というものは恐ろしい。普段考えもしないことを考えさせられる。しかも、やたらネガティブなことばかり。
ベッドに寝転んで、ケータイをいじってみる。
着信履歴は、昨夜に愛美からかかってきた一件のみ。その内容は曲名から歌手を当てるといったものだった。CDを買おうとして忘れてしまったらしい。曲名だけでも見つけられるとは思うのだが。
「ケンイチのヤツ……」
虚空に漏らした言葉は、恨み言だった。今、なぜか無性に彼に腹が立つ。アイツも暇なはずなのに。
「デートぐらい付き合ってやるのに」
今までの自己嫌悪も忘れて、彼からの連絡を待っていた。
今日連絡が無かったら、知らないから。
他の誰かと遊ぶ気にもなれなかったが、だから「知らない」といったところで何も思いつかないが、心中で舌打ちする。
「あ、ケンイチ?」
一時間経った頃だろうか、結局、私は電話していた。我慢できないわけじゃない。お互い、暇なはずなのに向こうが連絡もよこさない訳が知りたくなったのだ。
「どうした?」
電話の向こうはすごく騒がしい。しかも、聞きなれた声が何やら喚いている。
「うるさいね」
「ああ、茂野と梅田が暴れてる」
何か、自分の中で割れる音がした。
「どうしたの?」
「いや、梅田が愛美に告白したらしいんだけど、茂野を引き合いにだして断ったらしいんだよ。そんでな、オレがそれを知らなくて、二人をカラオケに誘っちゃったワケ」
曖昧な相槌を返す。
「で、今、何で付き合ってやらないのかって、梅田のひがみのような、愛美に対するフォローのような。まあ、梅田はイイヤツだなとオレは感心してるんだけど」
「茂野は何て?」
鼻で笑うような息遣いが耳に入る。
「そりゃ、お前が言うのは野暮だろ。梅田にオレの好きな人が誰か知ってるだろってさ」
随分前から平行線のままで、ついには怒鳴り合いに発展したらしい。
「一応、釘刺したから殴り合いまでは行かないと思うがな」
「楽しそうね」
「笑い事じゃないよ、こっちは遊ぶつもりだったのに」
溜め息混じりの声。今、苦労してるのは、本当に分かる。
「でも、ケンイチはアクシデントが楽しいんでしょ? 刺されたときも、茂野を殴った時も」
「トラブルに巻き込まれたり、自分から首突っ込んだりはよくあるな。そういう自分が好きではある。楽しんでるわけじゃないけどな」
分かってる。分かってるんだけど。
「じゃあ、大好きな自分のために、今回も頑張ったら?」
切った。
何言ってるの私。ワケ分かんない。
いや、でも何を男同士でカラオケなんか行ってるのよ。
そりゃ、何か腹立つじゃない。
何よ。私だって暇しるんだから、誘ったっていいじゃない。そうすれば、こんな怒ることにもならない。
その辺に何で、気付かないの。
何時までも私をわかってくれない。
「何で、別れた相手にここまで腹が立つのよ」
ケータイを思いっきり投げつけた。枕が軽く浮いた。
「愛美、今から暇? うん、メイも誘って。いいよ、私がオゴる」
鳴りっぱなしのケータイなんか、知らないから。
次回、最終話です。