リアルレポート トライアウト
もはや小説とは一切関係ないお話をします。内容は昨日の事です。2011年11月24日の朝、私は大阪のカプセルホテルから神戸に向かいました。早起きが苦手だし電車の乗り継ぎはもっと苦手なので、金をかけて余裕を買う事にしたのです。そしてその目的とは、グリーンスタジアム神戸と言ったほうが通りが良いと思われる球場にて行われる12球団合同トライアウトを見物する事です。
梅田駅や三宮駅では通勤途中のスーツが黒い列を作っていましたが、神戸市営地下鉄にはそういったタイプの人物はそれほど多くありませんでした。地下鉄が地上に顔を出して総合運動公園駅に。大体20分といったところでしょうか。この駅で同じ車両からごっそりと人が抜けました。自分含めて、暇な人間は案外多いものです。駅から球場まではまさに目と鼻の先といった所でした。
時は午前9時をほんの少し過ぎたぐらいで、まだ開門していませんでしたがすでに列が出来ていました。見回すと、横浜のキャップを被った老人、トラッキーのレジャーシートなどが目に付きました。周辺の列構成員のお話を聞くと、横浜から夜行バスで神戸まできた女性などもいたようです。なんという熱意。確か2年前、甲子園でトライアウトがあったときに行きたかったけど雨だからやっぱやめたとか言い出すどこぞのヘタレとは根性からして違います。
球場の寒さについて、この時点では風もそこまでではなく、日が出たら暖かさを感じるほどでした。9時40分ぐらいに開門。9時開門とかいうデマ情報に踊らされて無駄に早く来たのが幸いして前から2列目の席を確保できました。自分の前、つまり最前列には古木克明選手のファンが陣取っていました。なお、ファンの席は三塁側内野席。マスコミや球団関係者はバックネット裏でした。やや髪が薄くてサングラスをかけている異常にガタイのいいスーツ姿の男、坊ちゃん刈りみたいな髪型の中年男性。これは監督たちでしょうか。人違いかも知れませんが。それと正体不明のサングラスをかけた白人男もいました。
グラウンドでは外野の芝生で選手たちが軽くダッシュしたりストレッチしたりと、各々アップをしていました。遠目から見るとよく目立ったのは広島の鮮烈な赤でした。それ以外はくすんだ赤が楽天で、オレンジが入っているのが巨人で、といった程度の理解は出来ましたがやはりちょっと遠い。オペラグラスは、買ったほうが良かったのかも知れませんね。近くにいた阪神ファンの集団は「あれがシモさん(下柳投手)」「あれがお杉(杉山投手)」などとオペラグラスを片手に選手がどこにいるかを的確に当てていました。田中慎太朗選手のような育成枠や中谷選手、大城選手といったOBにも詳しく、観戦経験の豊富さと愛を感じられました。
10時を過ぎ、選手たちが外野の一角、レフト側に集められました。輪になってトライアウトの説明を受けているのでしょうか。それが終わると選手たちは一旦ベンチの中に消えていきました。下柳選手が、G.G.佐藤選手が目の前を通過していくのを至近距離で眺めました。しばらくすると選手たちがまたグラウンドに出てきてキャッチボールを開始しました。中には下手投げでキャッチボールをしている選手もいました。今思うとあれはサブマリン投法で知られる塚本投手だったのでしょう。
次にシートノック。ノックを打つのはオリックスの塩崎コーチでした。これもまああえて何かを言う場面ではありません。守備にミスがない、肩が強いなどと今更言っても釈迦に説法。逆にエラーしたりボテボテの返球だと目を引くほどでした。投手陣は姿を見せず。
そしてようやく本番となるシート打撃が始まったのは大体11時あたりでした。最初に登板したのが下柳投手。対戦する打者はG.G.佐藤選手でした。投手はカウント1-1の状態から打者4人と対戦します。ランナーが出たらそのまま残りますが、4人目の打者はヒットを打つなどして一塁に生きてもすぐベンチに戻ります。4人と対戦した投手はそれで出番終了ですが、野手は投手が尽きるまで延々とループしていきます。
下柳投手の次はソフトバンクの、と言うよりロッテのと言ったほうが分かりやすそうな藤田投手。その次は今年の日本シリーズでも登板した河原投手がマウンドに立ちました。この辺で出てくる投手は年齢順と気付きました。全体的には投手が優勢だったように思います。
投手が39人いたようで、39×4の156打席。とても長い戦いでした。このただでさえ長い戦闘時間をさらに長く感じさせたのは球場を覆う雲でした。厚いコートを着込むなどの対応はしましたが問題は足。日が当たらないと風も威力を増し、指先や耳を襲いました。しかも最初に有名投手が連発したので、途中はちょっと実績に劣る選手が投げて正直中だるみというか厳しい時間帯はありました。特に背番号が3桁の投手が次々と登場するあたりは。球場内の売店は閉まっており、駅の近くにあるコンビニで昼食を調達しましたが、凍えた体を揺り動かすために多少走りました。
個人的に目に付いた選手としては、加藤大輔投手は球速もそれなりに出ていたしこれはすぐにでも球団が決まるのではという感じでした。最後のほうで元中日の樋口賢投手が出てきましたがこの樋口、詳細不明の何かが起こって2年で退団という非常に不可解な去り方だったのでここに復活した事を喜ばしく思います。140キロを超えていたし素材としてはありなのでは、などと贔屓発言をしてみますが獲るのは編成担当者ですし。
続いて出てきた松田翔太投手は、投球練習の時点で観客を沸かせていました。なんと、左投手でありながらアンダースローも駆使していたのです。サブマリン専用ではなく、普段は上からでバリエーションとして横や下でも投げるといったタイプのようですが、アンダースローを披露した時には「水原勇気か」などというざわめきが起こりました。そして実戦でも1球アンダースローで投げて、ストライクを取りました。この松田投手でトライアウトは終了。最終盤はネームバリューはないものの個性的な選手にが出てきたので案外面白い光景でした。
野手では、一番歓声が大きかったのは古木選手でした。オリックスの以前のビジター用ユニフォームに、帽子だけは紫に白い字でMという別物という不思議な格好でプレーしていましたが、意外と鋭い打球を飛ばしていました。格闘家転身など波乱万丈の人生を送る選手ですが、球界復帰となると色々面白そうです。バッティングが上手かったのは田中慎太朗選手でした。二軍での打撃成績も良いのですが、守備位置の問題があるようです。
一方で明らかに球威がなくて「ああ、これは厳しいな」と感じざるを得ないベテラン投手や、コントロールに不安があっていきなりストレートの四球(正確にはボール3連発)で球場を凍らせる投手もいました。野手でもエラーを連発するとやはり厳しいし、明らかにヒット打てそうにないなという選手がやっぱり駄目だったりするとううむと唸りたくなりました。全員がプロでとはいきませんが、各々にとっていい道が開かれるとそれが一番素晴らしい事でしょうし、無責任ですがそうなればいいな。
トライアウト終了後、すぐに帰ると電車が込みそうなのでマスコミの皆さんと一緒に球場出口に群がりました。マスコミが多く群がったのは古木選手と中谷選手でした。他の選手は出てきたら「お疲れ様でしたー」とか言うぐらいでスムーズに車まで進み、その姿をテレビカメラに収めたり写真を撮ったりという程度でしたが、この2人の周辺にはマスコミによる人垣が作られ、選手は足を止めて簡単なインタビューをしていました。合間には「古木選手を撮れました、中谷選手も撮れてると思います」とか「後は古木選手が車に出入りする場面を撮って」などと電話で連絡を取る姿がそこかしこに見られました。
個人的に印象に残ったのは子供2人「サインくださーい」選手「何言ってんだ(笑)」とかいうやりとりの後、すかさずその選手が「(この子供たちは自分の)教え子です」とか言ってた場面でした。この選手はどうやら田中聡選手ですね。ちょっと和みました。田中選手は34歳ながらこのトライアウトに参加しており、野球という流れは1本ではなく多くの支流によって成り立っている事実を垣間見たようです。
ルートを知った分、行きより帰りのほうがスムーズでした。しかし疲労はあるのでその分の減速はありました。10時前に帰宅したら軽くシャワーを浴びてすぐに眠りました。複数の人間ドラマが生々しく交差する場面に立ち会う経験はそうできるものではないので、見に行ってよかったと思っています。でも寒さだけは勘弁、というか次はもっと真面目に寒さ対策しようと強く心に誓いました。