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特別SS 船上のスタジアムその6

「いやあ、なかなかに興味深い一戦でしたよ劉さん。もう少しやりたいぐらいですよ」

「ううん、そうですね。じゃあもう少し続けましょうか」


 劉監督の提案に松本監督は面食らった。劉監督はすぐさま撤退寸前だった主審を捕まえて何事か囁いた。審判は所定の位置に再び散らばり、間もなくウグイス嬢がアナウンスが意外な名前をコールした。


「大連の選手交代をお知らせします。3番フェリックスに代わりまして、臨時代打小早敷、背番号88」


 劉監督はすかさず松本監督に耳打ちした。


「お願いしますよ松本さん」

「はは、なるほどねえ。しかし困ったなあ、引退したのはもう20年ぐらい前の話だというのに」


 松本監督はそう言いながらもにこやかに柔軟体操を始めた。そして自分のグラブを手にして颯爽とマウンドに駆けて行った。そしてウグイス嬢が「ピッチャー松本」コールをすると観客も全てを察して、大歓声が沸きあがった。大連対吉林、延長戦はコーチ同士で熱いバトルが繰り広げられる。


「練習でバッティングピッチャーをするのとは勝手が違うからな」

「練習でトスをノックするのとは勝手が違うからな」


 ピッチャー松本もバッター小早敷も内心で同じ事を思っていたのだが若手選手たちが守備位置に散り、観客が盛り上がる様を見ると胸の奥には再び20年前や30年前の自分が蘇ってくるのを感じた。松本の現役時代ははるか昔なので今はかなり軽い投げ方になっている。しかし気持ちはエースだ。間もなく審判が右手を上げてプレイボールをコールした。


「ふふふ、小早敷君。あいにくだがこの私が本気を出せば君のような小型選手はノーチャンスだよ」


 そんな気概も虚しくコントロールがなかなか定まらずあっさりフォアボールを許してしまった。しかし松本監督に懲りるという言葉はないらしい。「むう、さすがにブランクは否めないな。しかし大分感覚を取り戻してきたし本番はこれからよ」と言わんばかりの余裕たっぷりなにやけ面でバッターボックスを眺めている。次の打者は田所路雄だ。現役時代から太めの体格だったが、引退後解説者として長かったので今ではブクブクになっている。


 ピッチャー松本のボールは明らかに良くなっていた。さすが元エース、投げるごとに順応している。しかし加齢の悲しさよ、球威は乏しいので若い田所に捕らえられた打球はショートとレフトの間に落ちるヒットとなった。現役時代の田所もこの手の嫌らしいヒットが多かったな、などという感慨すら呼びそうな綺麗な汚いヒットだった。


「やっぱり現役引退してもああいう打球になるんすね、ハアハア」

「それはお前がだらしないからだろうが、ランニングでもしたらどうだ」


 田所は一塁まで走っただけで早くも肩で息をしている。一方で年齢は上だが今でも体型をキープしている小早敷は二塁ベース上から田所の不甲斐なさに喝を入れるほどに余裕たっぷり。節制すれば年齢の壁をある程度は超えられるというものだ。次にコールされたのは潘一鶴。


 50代も後半に差し掛かった潘だが、その高速スイングは健在。しかし当たり所が悪かったか打球はボテボテのショートゴロ。ランナーとしての田所と潘はまったく問題にならずあっさりと6-4-3のダブルプレーが成立した。


「ふう、やっちまったぜ。完全に捕らえたはずが目が耄碌してやがったかな」

「見ましたか私より年上のバッターには打てないという魔球の威力を。名づけてGGボール。おじいさんごめんなさいボールの略で」

「よう言うわ、まったく」


 真剣にエキシビジョンを楽しむコーチたち。ツーアウト三塁で劉監督は自分に親指を向けて審判に「代打俺」を告げた。観客と大連のベンチは大盛り上がりである。


「監督ーファイトですよー」

「おう任せとけ」

「怪我しない程度に頑張ってー」

「なんじゃそりゃ。こう見えてもまだまだ体は動くつもりだが」


 色々な声に背中を押されてバッターボックスに立った劉瑞生。年上の松本に対しても気迫を見せる。しかし劉は元々打撃に定評のなかった選手で、引退後はさらに力が落ちている。カウント1-1からの3球目、この日最速となる118キロのストレートをバットの芯で捕らえた打球はホームランの100メートル手前で失速した。捕球する気満々だった松本だが「監督、ちょっと通りますよ」とばかりにサード金東順がボールをかっさらい、サードフライでチェンジとなった。


「ああーっ、やっぱり駄目だったー」

「やっぱりとは何だやっぱりとは」

「まあまあ監督、抑えてくださいよ」


 ベンチの野次に対しても妙にフランクなのは実戦の感覚が気分をハイにさせたせいである。その中で妙に冷静な田所コーチが劉監督をなだめにかかったが焼け石に水だった。


「おいおい田所君こそヘロヘロじゃないか。もっと絞ってたらホームランぐらい打てただろうに」

「そんな無理言わないでくださいよ。体格に関しては、オフ頑張りますから」

「ああ頼むよ。それとピッチャーは天沼くん、行ってくれるかな」

「任せてください監督」


 吉野の一代前のエース天沼がここに復活した。田所と違ってしっかり節制に務めているので体格や顔はほとんど変わりない。もちろんマウンドさばきの颯爽とした美しさも健在で、さらにボールの質も健在であった。吉林の繰り出した田中隆文、盧泰友の二人を完璧に抑えた。球速は最速138キロで変化球も切れており、まだ現役でやれるのではとすら思わせる内容だった。


「こうなったら、こっちも代打俺」


 という事で松本監督自身がバッターボックスに入ったが元ピッチャーには荷が重い。ましてや年齢が10歳違うともはや絶望であった。外角へのストレート、大きく曲がるスライダーの2球で追い込まれると、最後はフォークボールを見事に空振り、尻餅をついて本日2回目のゲームセットと相成った。やっぱり5対5の同点のまま、まあ今回はこれで見逃してやろうという事で松本監督は退散していった。


 試合終了後、船上でパーティーが開かれた。大連と吉林の両球団の選手や監督コーチに加えて今日の試合を実況した許哲訓アナウンサーと解説した松尾涼、船の設計者である宮浦氏、さらにファンまでが加わるという大変にぎやかなものだった。ここで今季の健闘を称え合い、来季の飛躍を誓いながら夜は更けていった。


 翌日、船は大連港に到着した。吉林の選手たちはそこからまた飛行機に乗って本拠地まで戻るという事で、ここでお開きとなった。それではまた来年にお会いしましょう、そんな言葉を最後に進む向きを違えた2つの球団だが、目指すものは結局のところ同じである。東洋一、その最大の目標のために彼らは日々努力を続けている。そして今も……

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