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特別SS 船上のスタジアムその4

 3回から大連は赤坂に代えて2番手投手に松浦を予定通りに投入。この回は同級生であり親友でもある我那覇との投げ合いとなった。この戦いを楽しみにしていたので大いに燃えている松浦、得意の伸びやかなストレートに加えて新球の小さく変化するスライダーがよく決まっていた。楊東海を三振に打ち取ると、トップに戻って京寺をセカンドゴロ、金瀬を三振とまったく相手を寄せ付けないピッチング内容だった。伊達に今シーズン10勝していないぞと観客に我那覇に見せ付けた。


 一方の我那覇はこの回に弱点を曝け出してしまった。先頭の李健太郎は果敢な初球打ちでレフト前ヒット。続く中西は三振に打ち取ったが李に盗塁を許してしまう。クイック投法は上手くないのが弱点のひとつである。ワンナウト二塁でラストバッター水内、ランナーを気にする我那覇だが綱木がうまくリードしてゆるいカーブを打たせてサードゴロとした。しかし王大生が一塁ベースから大きくそれるまずい送球をしてしまう。石井は何とかキャッチしたものの足から離れており水内はセーフ。王にエラーが記録された。


 ここで我那覇のボールがあからさまに乱れてきた。自慢の速球もコントロールが定まらなければ怖くない。星渡は四球で満塁としてしまう。次のバッターは大上である。大上はシーズン終盤にスタメン定着してチームの優勝を後押しした。しかしこれからはダークホースではなく最初から戦力として計算され、それに応える必要がある。


 そのために必要なのはパワーアップ、特に今季はホームランが0だったので秋季キャンプでは打撃練習を重点的にこなした。ホームランバッターになりたいのではないが、今季多かった内野安打だけでなく長打も時には飛ばせるようにならないと恒常的な活躍は難しい。


 いらだった我那覇を綱木がタイムをかけて落ち着かせようとしたがあまり効果がなかった。大上に対して2球連続で明らかなボール。そして3球目、スライダーがほとんどど真ん中に来たので、大上はこれを見逃さず強烈に引っ張る。ライナー性の打球はレフトポールに直撃する逆転満塁ホームランとなった。


 船の形に合わせた両翼が極端に狭いスタジアムの形状が大上には幸いした。続く棚橋にもセンター前ヒットを打たれたが古池をライトフライ、ドラグノフをセカンドゴロに抑えてどうにかこの回を終えた。我那覇の精神面はまだまだ鍛えるところだらけである。3回終了時点で4対1と大連が逆転に成功した。


「おいおい珍しいもん見ちゃったなあ」

「カッパお前ホームランも打てたのか。知らなかったわ」


 ベンチでは大上が手荒い祝福を受けていた。大上のニックネームであるカッパの由来は1年目の時に坊ちゃん刈りのような髪型だったのでチームの先輩で現在は二軍打撃コーチの中森吉明(38)が付けたものである。冷静に考えるとよくわからないがあだ名なんてそんなものである。


 大上はキャンプでやってきた成果の一端が早くも発揮された事で内心手ごたえを感じていた。それでも平静を装って「まあここの球場の形ですし。それよりもシーズンで打てるかどうかですよ」などとほざいたのでまた先輩からバシバシと祝福を食らった。ともかく、船上スタジアムの初ホームランを記録したのは大上徳博であると歴史に刻まれた。


 一方吉林ベンチでは我那覇が顔をこわばらせていた。せっかくリードしたのにピンチで実力を発揮できずに逆転を許してしまった自分の不甲斐なさを心の中で責めていた。「もっと冷静になれ」と普段から自分に言い聞かせているはずがまたも過ちを繰り返してしまった。


「今日のお前について、俺が言わずともお前が一番良く分かっているだろう」


 いつの間にか隣に座っていた吉林投手コーチ裴松義(49)の問いに我那覇は呼吸を整えるとしぼり出すように「はい」と声を出した。この裴コーチこそが我那覇の素質をもっとも買っておりアドバイスも惜しまない、いわば我那覇の師匠と言える存在である、今日の失態は恩師の顔に泥を塗るも同然の行為、その事実がまた我那覇の目頭を熱くさせた。


「俺は今日の出来がお前の実力とは思わん。しかしこのようなピッチングを二度と繰り返してはならん。見ろ、マウンドにいるのはお前と同年代の松浦だ。松浦はなぜ10勝できた?なぜお前は4勝だった?力が倍以上離れているから?そうじゃないだろう。俺は100%の実力ではむしろお前のほうが上だと思っている。それなのになぜお前でなく松浦がこうも勝てたのか。これから彼のピッチングをよく見るんだ。そして松浦にあって自分に足りないものを探してみろ。運や勢いだけでは10勝はできん」


 我那覇は鋭い視線をマウンドに向けた。視線の先にいる松浦はこの4回も好調を維持。小倉をショートゴロ、何陽国はカウント3-1とやや苦しくなるも最後は三振、王大生をファーストフライに打ち取った。松浦と我那覇の違いは今すぐ気付かないかもしれない、しかし我那覇の内側は誰も知らない間に少しずつ変化しつつある。それが形となったとき、進化した我那覇がこの世界に現れるだろう。なお4回裏は吉林2番手のサウスポー紡木夢童(19)が宮畑に四球を与えたものの李健太郎と中西を連続三振、水内をショートゴロに打ち取った。4対1で大連リードは変わらず。


 5回表、大連は3番手に平野を登板させる。今季は左キラーとして大いに活躍したがこの年齢でワンポイントに固定するのはもったいないという事で、秋季キャンプでは右打者を抑えられるようにとスクリューボールの習得を目指した。効果があるかはこれからの数字が証明するだろう。


 さて、今日最初の対戦相手である右打者の綱木に対してカウント1-1からの3球目にスクリューを投げたがホームベースの手前でワンバウンドとまだ使い物にはならないようだ。結局綱木は歩かせてしまう。続く呉敏歩と石井は左打者なのでさっくりと三振、センターフライでツーアウト。そして右打者の楊東海をサードゴロに打ち取り無失点で切り抜けた。本人は不満顔だったがなかなか安定したピッチングではあった。


 5回裏、大連は代打を多用する。このあたりはまさに練習試合らしい部分と言える。まずは星渡に代えて岩下菜央人、大上はそのままで次の棚橋に代えてフェリックスを起用した。結果は岩下がセカンドゴロ、大上がサードライナー、フェリックスがセンターフライだった。吉林の紡木は球速は最高で141キロだったが、それをしっかりとコントロールできていた。変化球もスライダーは十分いけそうだし近い将来に10勝は計算できる投手に成長するのではないか。


 大体試合の半分となる5回終了時点では4対1で大連がリード。また、現時点のオーダーは以下の通りとなる。


[ホーム]大連

8星渡(1-0)-岩下(1-0)

4大上(3-1)

6棚橋(2-1)-フェリックス(1-0) 53

3古池(2-0)

5ドラグノフ(2-0)

D宮畑(1-0)

7李健太郎(2-1)

2中西(2-0)

9水内(1-0)

1赤坂(2)-松浦(2)-平野(1)


[ビジター]吉林

4京寺(1-0)

6金瀬(2-0)

9小倉(1-0)

D何陽国(2-1)

5王大生(2-0)

2綱木(1-0)

8呉敏歩(2-0)

3石井(2-0)

7楊東海(2-0) 52

1我那覇(3)-紡木(2)

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