特別SS 船上のスタジアムその3
「サード反応遅い!」
「よーし次はショート行くぞ」
小早敷コーチがマシンガンのようにノックの打球を飛ばし、選手たちは鮮やかなフィールディングでボールを処理していく。懸念だった揺れはまったく感じられない。さすがは幸波グループが総力を挙げて開発したスーパーシップである。その内にポツポツと観客がスタジアムを彩り始めた。5桁を余裕で超えるかなりの大金が必要だったはずだが、よくもまあ集まったものだ。観客たちも一様に興奮して落ち着かない様子である。前代未聞の出来事を見ることになるのだからそれも当然ではあるが。
試合開始30分前になって、小さいながらも存在する電光掲示板で両チームのスタメンが発表された。そのメンバーは以下の通り。
[ホーム]大連
8星渡
4大上
6棚橋
3古池
5ドラグノフ
D宮畑
7李健太郎
2中西
9水内
1赤坂
[ビジター]吉林
4京寺
6金瀬
9小倉
D何陽国
5王大生
2綱木
8呉敏歩
3石井
7楊東海
1我那覇
吉林は若手中心のメンバーである。野手で一軍の主力だった経験があるのは1番セカンドの京寺、3番ライトの小倉恒一(22)、6番キャッチャーの綱木といったところである。そもそも吉林はオールスターに出場した野口芳樹(31)、松田誠(33)といった選手に続く若手がなかなか出現せず、層の薄さが課題となっている。今日スタメンに使われている選手は誰もが期待されているが、そろそろ期待の時期を抜けて活躍ほしいとファンも首脳陣も思っている。
大連も若手中心。大日本シリーズで好調だった水内をあえて9番に置いて、シーズン終盤によく機能していた1番星渡2番大上コンビとの連動を目指した。この水内や6番DHの宮畑、7番レフトの李健太郎はアンジェロが抜ける来季の外野におけるレギュラー争いに先行アピールするには絶好の機会となるはずだ。
船の設計者である宮浦国師の始球式を経て、午後6時ちょうどにプレイボール。それと同時に船は出発した。目的地は大連。さすがに出航時は多少揺れたがすぐに収まった。しかし先発の赤坂はどうもコントロールが定まらない。緊張ゆえか、あるいはセンシティブな赤坂の事だけにほとんど感じられないような小さな揺れにも敏感に反応してしまうのだろうか。
京寺には明らかなボールを3連発すると、1球ファールでストライクを取ったものの次のスライダーも外に大きく外れてフォアボールとなった。続く金瀬直樹に対してはボールが高く浮いたもののレフトフライに抑える。しかしこれも甘い球だった。続く小倉にも四球を与えて一二塁とすると、4番何陽国には真ん中に入るスライダーを引っ張られてレフト前タイムリーを浴びてしまう。続く王大生をセカンドゴロダブルプレーに仕留めて失点は最小に抑えられたが、やや不安な処女航海となった。
1回裏、我那覇は自慢のストレートがよく冴えていた。先頭打者の星渡をセンターフライ、大上をピッチャーゴロ、棚橋を三振という見事なピッチングを見せた。一軍で名を売った実力者を相手にしてもまったく臆する所がない、若さを感じさせる威勢のよさこそ我那覇最大の武器である。1回を終了して0対1、吉林が1点のリード。
「1回を終了してどうご覧になられましたか松尾さん」
「そうですね、両先発の出来がそのまま点差に出た感じですね。我那覇投手はいい勢いで投げられていますよ。逆に大連の赤坂投手はちょっと神経質になっているように見えますね。シーズン中はもっと堂々としていましたが」
「我那覇投手に関して吉林の松本監督は『間違いなく来年は先発ローテーションに入ってくる素材』と評しています」
大連のブルペンに持ち込まれたテレビは、まさに今この瞬間に船中で行われている光景を映していた。実況許哲訓アナウンサーと解説松尾涼のコンビは満洲の公共放送であるMHKの専属である。単なる練習試合が満洲全土に生放送されるのは前代未聞である。これを横目に今日登板予定の松浦、平野、斎場らが肩を作っていた。
「そういえば、我那覇投手と大連で今日登板予定の松浦投手は確か同級生でしたね」
「ともに今シーズンが高卒2年目ですね」
「松浦投手は今年10勝でしたからね。松浦に成績では先を越されたけど力では負けられない、といったライバル心はあるでしょうね」
「だってよ、ココロン」
テレビの解説に茶々を入れるように平野が隣でフォームを作っている松浦に声をかけた。松浦はピッチングの動作を続けながら「俺は気にしないよ」と言ったものの投じたボールは明らかにコントロールを乱していた。今日の練習試合において松浦は赤坂の次、3回から登板とあらかじめ告げられている。平野はなおも言葉を継いだ。
「実際のところは投げあいたかっただろ我那覇くんと」
「ま、そりゃあ、ね。でも瞬君いい感じだしこっちもいいもの見せないとね」
「だな。お、そろそろ2回始まるぜ。それにしても赤坂さんは大丈夫かな。いきなり大差とかじゃMHKとしてもまずいだろ」
平野の心配は杞憂に終わった。2回の赤坂は落ち着いた本来のピッチングを披露した。赤坂は修正能力が高く、それがルーキーながら10勝をマークした理由だが、このセンスの高さはまさに天性の素質である。この回先頭の綱木をショートゴロに打ち取ると、続く呉敏歩をサードフライ、石井準太郎をセカンドゴロに打ち取ってこの回を終了させた。
対する我那覇は相変わらず好調で、古池を三振、ドラグノフをサードゴロ、宮畑をレフトライナーに打ち取った。ただドラグノフのサードゴロはタイミングがギリギリで、宮畑も打球のコースが正面だったが威力は強かった。勢いだけでは最後まで持たないものだが、2回の時点では0対1と吉林リードを保つ。
ブルペンに電話がかかった。言うまでもなく松浦を呼ぶ電話である。
「よし、行ってこい松浦。変に考えすぎるなよ」
「はい、郭コーチ。じゃ、松浦行きまーす」
ブルペン担当の郭コーチの言葉にハキハキした返事をしてから松浦はグラウンドに向かった。それを横目に平野は淡々と投球練習を続けていた。心の中でエールを送りながら。