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特別SS 船上のスタジアムその2

「うわー、広いなあ。これが船の中なんて信じられないなあ」

「東京のドーム球場と同じぐらいかな。これは夢なのか現実なのか」

「ううむ、確かに夢を見てるみたいだな。じゃあ、つねって確認するかな。おいちょっと頬出せ」

「いやいや確認は自分だけでしてくださいよ。でもこんなところに球場なんて、科学の進歩は凄いもんだなあ」


 口々に驚嘆の声を上げたのは選手たちだけではなく、劉瑞生監督やコーチ陣も同様であった。無理もない。野球人生が長くても船の中のグラウンドでの試合は誰もが未体験だ。


 敷き詰められた最新式の人工芝が船底を鮮やかに彩る。天井はドーム式なので万一大ファールやホームランを打つと海ポチャになって回収不能に、という危険はない。外野の形状は独特で、両翼の距離は80mにも満たない極端に狭いものだがセンターは125mと広く、ちょうどポロ・グラウンズを少し整えたような形となっている。そしてこの不自然な形状がこの空間は船の中であると強烈に主張しているようだ。


 観客席は外野とバックスタンドにある。乗船料金や宿泊料金もかかるため料金はかなり高く、一番安い席でも5桁をゆうに越える。採算は取れそうにないのだが、その辺は本当に大丈夫なのだろうか。なお、人工芝を張り替えることでサッカーも出来るようだ。朝鮮半島や満洲では野球よりサッカーのほうが盛んだが野球も一定の勢力があり、特に今年は大連が東洋一に輝いたのでファンも増えたという。


「おっ、吉林も来たぞ」


 劉監督の言葉で選手たちはいっせいに三塁側ベンチを見た。すると彼らのアイデンティティを示す赤と黒のユニフォームが続々と出現してきた。そしてスタジアムをきょろきょろと見ては驚嘆するという、大連の選手たちと同じリアクションを取った。その一団から一人、少しふっくらした腹の男がこちらに接近してきた。それが吉林の監督である松本輝生(54)である。松本は大連でコーチを経験した事があり、大連OBとも言える男である。


「いやあ、このようなイベントに招待していただき光栄です。それにしても凄い施設ですな」

「ええ、実は私もここを見るのは初めてで驚いていたところなんですよ」

「いやあ、めでたい。今日の試合も楽しく行こうじゃないか。はっはっは」


 愉快そうに笑うと松本監督は自軍のベンチへ戻っていった。遠足前の小学生のようなテンションだった。それは相手だって楽しみに決まっている。こんなイベントは世界初だろうから。元々は大連の紅白戦で杮落としをする予定だったが、どこかでそれを知った吉林が大連に「俺たちと試合させて」と依頼、大連は当初渋ったものの結局は押し切られたという経緯があるらしい。


 監督に続いて、地肌の黒いすらっとした長身の男が近寄ってきた。この男こそ吉林の将来を担う男と自称し、たまに他称もされる我那覇瞬(20)である。我那覇は高卒2年目ながら夏から先発ローテーションに定着して4勝3敗の成績を上げた。吉林投手陣においても大いに期待されている沖縄出身の左腕が訪ねた先は松浦であった。松浦と我那覇は新人時代の研修会で意気投合し、今でも定期的にメールをやりとりする仲である。


「よっ、ココロン。見てたぜ大日本シリーズ。かっこよかったじゃねえか」

「ありがとう瞬君。あれは、本当に良かったよ。緊張したけどそれも含めて今までにない事ばかりで」

「はあ、いいなあ俺も出たいなあいつか。あっそうだ、今日の試合は俺が先発だからな、よろしく」

「えっ、本当に?それ言っていいの?」

「ん?まずかったのか?」


 さすが沖縄出身と言うべきか、陽気で隠し事をしない開けっぴろげな性格の我那覇である。そういうメンタリティが邪魔をして大成できなかった沖縄出身の選手もいるが我那覇にはその轍を踏んでほしくないところだ。それはともかく、2人は今シーズンの事や来年の夢などを熱心に話していたが、間もなく吉林ベンチから「こら、ガナハ!いつまでだべってるんだ。さっさと戻らんか」と怒号が走った。我那覇は「やべっ、それじゃまたな」と小走りでベンチに消えた。


「瞬君先発か。楽しみだな」


 我那覇の成長を見てみたいし自分がどれだけやれるかも見せ付けたい。この戦い、それまでにも増して心のボルテージが上がってきたのを実感する松浦であった。

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