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名前のないお話し

とあるお題にそって書きました。

所要時間三十分と手抜きにも程がありますが……

 呼吸が乱れる。それでも止まらない。

 遮二無二しゃにむに、ひたすら足を動かして。

 目的にただひた向きに走り続ける。

 もう季節は一月も過ぎ、今日もシンシンと雪が空から舞い降りる中、僕の荒い呼気だけが耳に響く。

 薄着で飛び出した僕は、正直かなり肌寒い。

 運動だって得意じゃないのに、こんなに息を切らして、全力で走って……

 馬鹿みたいだ。でも良いんだ。馬鹿なんだ、僕は馬鹿だから。

 


「…はぁはぁ……」



 時刻は午後二十時過ぎ。気温はマイナスに突入している。

 それでも少し肌寒さは安らいだ気がした。

 身体が急激な運動に順応し始め、ぽかぽかと温まっていく。

 ズボンのポケットから懐中時計を取り出す。

 針は既に二十時半十五分前を指していた。

 時間が無い。三十分には辿り着かないといけない。

 そうしないと……



(――――妹と会えなくなる)






 ――――そもそもの発端は一通の電話だった。

 今の世界、電話はまだまだ普及しておらず、高級品である。

 僕の家にはそんな高級品である筈の電話が計三つも置いてある。

 理由は単純明快。僕の家は黎明と続いてきた由緒ある家系。

 もっと言えば伯爵家であり、その収入も磐石であると言うだけ。

 そしてその内の一つは僕の寝室に置いてあるのだ。



「はい、もしもし」

「クリスト様ですね」

「確かに僕はクリスト子爵に相違ないけど、あなたは?」

「失礼しました。わたくし、シャルロットお嬢様に仕えている者で御座いまして。カルロ、と呼ばれています」



 電話から聞こえる初老に差し掛かるだろう渋みのある声に、僕は内心で酷く驚いていた。

 シャルロット、一人だけの義妹いもうと。僕の光、何を置いても優先するべき存在。

 二つ下の将来の美貌を約束されたような娘。聡明で、気立てのよい自慢の義妹。

 けれども、シャルロットと僕はそう容易く顔を合わせられない理由があった。

 つまり、僕は嫡男であり長子であるが、シャルロットは妾の娘であると言うことである。



「クリスト様。シャルロット様を気にかけて下さっている貴方だからこそ、このカルロは告げるのです。いいですか、あまり時間はありませんので手短に話しますよ――――」

 


 全ての話しを聞き終えた瞬間、僕は電話を元に戻す時間すら惜しんで部屋を飛び出した。

 廊下で給仕の者が「ぼっちゃま!?」と、声を何人も呼ぶが無視。

 途中で花瓶などにぶつかった気もするけれど、そんなのは金さえあればどうとでもなる。

 最悪僕の小遣いが止められたって構わない。けれども……そう、けれども。

 シャルロットだけは金で買う事は出来ない。失ってはならない、唯一つのもの。

 靴を履くのさえもどかしい気分で、走りながら途中途中で失敬した物をパジャマのズボン、そのポケットに詰めつつ屋敷を飛び出した。





 ――――回想を終えた頃、僕の視界には蒸気機関車が走るレールが見えてきた。

 駅の近くの人々が奇異の視線を僕に向けるが、そんなの構うものか。

 思い出すのはカルロの言葉。それが真実であるのなら、シャルロットと僕はもう会えない。

 彼女は現当主である父の采配により、遠い地へと移転される。

 その場所は僕もカルロも知らない。父はきっと教えてはくれないだろう。厳格な人なのだ。

 思えばその兆候はあったのだ。父が僕とシャルロットのことで悩んでいたのは、大分前から知っていた。

 それなのになんの対策もしなかったのは、僕の怠惰であり怠慢だ。許されざること。

 


 そこに僕の年齢が未だ十五を満たないとか、そんなのは関係ない。

 方法はあった筈だ。少なくとも手をこまねいていた僕は馬鹿である。

 そのツケがとうとう来てしまった。それも最悪の形でだ。

 駅に駆け込み、ポケットからとある家紋入りの印章を取り出す。

 駅員にそれを見せつけ、そのままホームに走り出す。こんな時は貴族であることを嬉しく思う。

 もし一般であれば、もっと時間が掛かって間に合わなかっただろう。

 何人かの人にぶつかり、怒声が浴びせられる。内心で謝りつつも足を動かす。



 シャルロット。長子であることへの期待に押し潰されそうだった昔。

 そんな時に自分より小さな手をそっと差し伸べてくれた娘。

 まだまだたどたどしい口調で「兄様」と呼んでくれた君。

 そんなきっとシャルロットには何の事はない行動が、当時の僕を一体どれだけ救ってくれたのか。

 妾の子だからとまるで爪弾きのように一族から追い出されるなんて……

 憎かった。努力を怠った己が唯ひたすらに憎かった。

 同時に悔しかった。何の力も持たない自分では、シャルロットの力になれないことが悔しかった。



 駅を見れば既に汽車は発車前であった。

 急いでカルロから言われた座席番号を思い出し、その位置、先頭にむかって駆け出す。

 限界まで酷使した足は何度も転びそうになるが、それを無理やりに立たせて進む。

 やがて目的の窓ガラスを発見する。その奥に見える、どこか憂えた表情のシャルロット。

 ウェーブ掛かった腰まである綺麗なプラチナブロンド。そんな表情さえ似合う端整な顔立ち。


 荒い息を少しでもと整え、そのガラス窓を叩く。

 音に気づいたシャルロットが僕を見つけ、酷く驚いた顔を見せてから急いで窓を開ける。

 同時に無常にも汽車は発車し始め。僕は限界の肉体にムチを打って走らなければならなくなる。



「兄様!」


 義妹の声が耳に届く。多くを伝える時間は既に無い。

 徐々に引き離される僕とシャルロット。大丈夫、言うことは最初から決まっている……


「必ずだ! 必ずシャルを僕は探し出して迎えに行く!! だから、だから待っていてくれ! 何年掛かるか分からないけど、必ず迎えに行くからッ!!」



 シャルロットが口を懸命に動かすのと同時、その空色の澄んだ美しい瞳から透明の液体が舞う。

 その声は聞こえないけれど大丈夫。思いは僕に届いている。

 見えなくなる姿。その泣きながらも、どこか嬉しそうな表情を僕は忘れないだろう。

 今日から僕は生まれ変わる。今までの怠惰な自分を捨てるんだ。

 父に有無を言わせずに認められなければならないんだから………




 ~fin~



  

 

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちわ☆彡 こっちにもお邪魔してしまいました(^^ゞ 文章を書いて頂くんだから、是非アンデルセンさんの作品を知っておきたいと思いまして☆彡 まず、このお話のタイトルが好きで目につきま…
2011/10/06 15:35 退会済み
管理
[一言] 純情な恋バナ好きです。小生も書いて見たくなりました
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