1章
5月11日
飯盛市で買い物を済ませて国道に出ると次々と現れる大きな電器店や
コンビニやガソリンスタンドを通り過ぎて私の暮らす町まで車を走らせます。
このまま真っすぐ10分ほど走れば、私の暮らす町に行きつく。そこはほんと
に小さな町。すぐ隣は県庁所在地である飯盛市なのに
隣接するこの町は田んぼだらけ。田んぼの中に民家がぽツンポツンと点在する町並み。
そう言ってしまえばただの田舎じゃないと思われてもしかたないのですが、見渡す限
り緑一面の町の風景の中、街の真ん中を飯盛市から続く国道が突っ切っていて、
その上を1日中朝から晩まで一般車や大型トラックが縦断しているために静かな
どころか賑やかな感じがして、その国道沿いに立ち並んだスーパーやパチンコ店
やらの前を歩いてみると少し田舎気分を忘れること出来る。
ここに住む町民達は自分たちも隣の飯盛市の一員だという
意識が強くて自分たちを田舎者として観られることに我慢がならないそうです。
昔からここの子供たちは週末になると飯盛市まで自転車で遊びにいくのが習慣で、
そのせいか大人になっても自分たちの町以上に飯盛市に愛着があるそうで、それなら
引っ越せばいいじゃないと言いたくもなるのですが、よそ者の私には解らないこともあるのでしょう。ちなみにご近所さんから伺った話なのですが、飯盛市での行動は中学生にならないと認められないらしく、小学生の段階で遊びにいったことがばれたり見つかったり
したら、怖い先輩に呼び出されてヤキを入れられるそうです。
そんな独特のルールからしても田舎者だなという印象は拭えません。
簡単にいえば郊外ってことなのでしょうが飯盛市がそんなに大きな街ではないためにここを郊外と呼ぶには少し恥ずかしい。ただここは本当に住みやすくいいところ。私の住む家は国道から西にそれる一本道を丘に向かって登っていくと見えてきます。最近建てられたばかりの新興住宅街。その中の一つが我が家です。新築の匂いが充満する、汚れひとつない夢の城。主人の職場も飯盛市でそんなに不便はないし、何より子供にとって最高の環境。空気も水も汚れていなくて、水道水もそのまま飲めます。たまにスーパーで「なんとかの天然水」みたいなペットボトルを買う人を見かけるのですが不思議に思ってしまいます。ここは自然と人間が共存している土地。丘の上に創られたこの空間には、それをアピールするように太陽光発電を売りにした16棟の新築が立ち並び、大がかりな宣伝の効果もあって(わたしもそれに釣られた一人なのですが)この家を手に入れようと予想以上の希望者が殺到。そのため町民体育館を貸し切っての大規模な抽選会が開かれ、奇声と叫び声の中、見事に勝ちとった私たちは晴れて3月から一戸建てデビューとなったのです。
主人はそんな焦らなくてもゆっくり探せばいいじゃないかと言ったのですが、私はどうしてもこの一戸建てを手に入れたかった。この家は幸せの象徴。私の未来。安定こそが私の喜び。それをはやくこの手で実感したかった。
だから家のグレードなんてそんなにこだわらない。隣の美護さんのお宅は我が家よりも数段挌上の造りで、当初は玄間の前に立っては我が家と自分の家を見比べて「おたく、シンプルできれいね」なんて解り易い嫌味なんかいわれたりしたものですが、そんなことは気にしません。主人なんか「やっぱ、BMWの隣には止めづらいよ」と車庫が隣合わせなのを嘆いて本気で外車に乗り換えようとしていたものですから必死で止めたこともありました。私は見栄を張るためにここに引っ越したわけではないのです。ただただふつうの暮らしが欲しかっただけなのです。
そして私たち家族の未来の象徴、5歳の息子を紹介しましょう。数哉。愛しい数哉。数学教師である夫がつけた変な名前ですが、おまけに数哉に勉強を教えることもなく、それどころか、キャッチボールなんか毎日のようにしてどうゆうつもりか分かりませんが、とにかくかわいいのは間違いないこと。そしてなによりとっても優しいのです。
お隣の美護さん家の一人息子、領君を弟のように可愛がる姿は天使そのもの。この間なんか二人でテレビゲームをやっていたのですが、いっつも負けてあげるのです。そして必ず「すっごいね、領クンまた勝ったね」って。そういってあげるのです。ほんとに優しい子。ついこの間は窓ガラスにぶつかって動けなくなったスズメを持って帰ってきて
家で飼いたいと言うものですから「ダメよ、ばい菌があったりしたらあぶないでしょ」となだめたのですがどうしても飼うと言ってきかないので強く叱ったところ、泣きながら飛び出していったのです。夕方になっても帰ってこないので心配していると、お隣のご主人が「うちの倉庫で眠っているよ」と教えてくれました。急いで見に行くと倉庫の
端っこで両足をたたんで震えているスズメを宝物のように両手で包んですやすやと眠っているではありませんか。
こんな子がどんな間違いを犯すというのでしょう。ほんとにいい子でよかったと心から思っています。ただ、一つ気がかりなのが、優しすぎて気持ちが入りすぎてしまうところなんです。先週、国道沿いの大型量販店に買い物にい たときの話。
どうしても野球のグローブが欲しいというものですから、数哉と二人で買いに行ったのです。まさに飛び跳ねるボールのごとくスポーツコーナーに消えていった数哉はしばらくすると両手に二つのグローブを抱えて私のところに駆け寄ってきたのです。最初は主人の分かなと思ったのですが、それにしては小さすぎます。二つとも子供サイズの同じ大きさ。
「パパのはあるでしょ?一つでいいのよ」。そういうとモジモジしながら小さな声で言いました。
「おとうとのも」。おとうと?領君のこと?
ダメダメ!そんなことしたらなんて言われるか!
〈あら、うちには子供にグローブを買ってやれる余裕もないってお思いで?こういっちゃなんですけど、お宅よりは稼いでいるつもりなんですけど(笑)〉
なんて言われるに違いないわ。絶対にダメ。
「だめよ。よその子のは買えないの。ちゃんとお父さんとお母さんがいるんだから」
そういうとクシャッと顔を崩して驚くことを口にしたのです。
「どうしてヨソなの?おとうとなのに!」
それから一向に泣き止まないのでそのまま帰ってきたのです。それにしてもそこまで思い込んでしまうなんて。
少し気をつけて見守らないと。
それにしても主人ときたら…。
「なんだ、二つ買ってくればよかったじゃないか」ですって。あなたのおかげでこっちがどれだけ苦労してると
思っているのよ。少しは近所付き合いってものを勉強してほしいわ。
6月1日
今日の午後、ご近所さんから心配な話を伺いました。今日の午後、奥さんは回覧板を届けに我が家を訪ねたらしいのですが私はその時間帯は郵便局に行っていたものですから数哉にお留守番を頼んで一人で出かけていました。奥さんは玄関の呼び鈴を押したらしいのですが数哉には誰が来ても出ちゃダメだと釘を刺しておきましたのできっと私の言うことを聞いて大人しくしていたのでしょう。
奥さんの家は我が家の裏手にあるので我が家の周りをぐるりと沿うように歩いて帰ったはずです。そこで垣根越しにお庭で遊んでいる数哉の声を聞いたそうなのです。奥さんは数哉に声をかけようかと思い、垣根に近づいた時になんとなく数哉の会話が耳に入ってきてその内容に耳を潜めたらしいのですが、その会話のやり取りが首を傾げるような中身だったそうなので母親の私に話しておいたほうがいいと、わざわざ訪ねてきてくれました。
私にもその内容は理解しがたい話でとりあえずお礼だけ言って帰ってもらったのですが、どういうことなのでしょうか。奥さんの話をそのまま再現すると、数哉の話した言葉はこうだったらしいです。
『そうなんだ、けがしたんだ。どこで?』
『ふーん。ちがいっぱいでたの?』
『だいじょうぶだよ。こんどはおにいちゃんがちゃんとそばにいるからね』
と、これだけだったらしいのですが、私はその話を聞いた後、怪我をしたのが領君だと思い、急いでお隣を訪ねたましたが領君はかすり傷一つ負っていないのです。じゃあ、この間から数哉が〈おとうと〉と言っている子はだれのこと?
私はてっきり領君のことだと思っていたのに。その後、ご近所さんに怪我をした子がいないか聞いて回ったのですがそれらしい子はいませんでした。だいたい、この界隈でそんな子がいればすぐにでも話は伝わってきます。
おばさま方の伝達能力はインターネットなんかより数倍、能力が優れているのです。ただし、途中で段々と内容が大げさになるという欠点がつきますが・・・。
私は心配になってお外から帰ってきた数哉に尋ねることにしました。この間の事といい、少し数哉の様子が変です。
テーブルの上に置いたおやつに夢中になっている数哉を居間に呼んでソファーに座らると、
「ねぇかずくん、今日お庭で誰と話していたの?お友達?」となるだけ警戒させないように優しく尋ねました。
がしかし、さっきまでニコニコ顔だったのが一変、一瞬にして緊張感に包まれていくのが見てとれます。
おやつは取引き材料だと思ったのでしょうか。テーブルの上に戻して手をつけません。
「怒らないからいってごらん。だあれ?ご近所の子?」
きっと、私の言いつけを破り、友だちとはいえ、勝手に家に招き入れたことを怒られると思っているのでしょう。
ちらっと私を見上げると「ほんとにおこらない?」と子犬が鳴くような声で聞いてきます。
私はあまりの可愛さにぎゅっと抱きしめたい衝動にかられましたが、ぐっと抑えて「怒らないから言ってみなさい」
と母親らしく数哉に言いました。
「かずくん、怪我したってだれのこと?」
「……」黙ったまま、俯いています。
「おとうとって、だれのこと?」
それでもソファの上でモジモジしていた数哉でしたが、ようやく観念したのか、ぼそっと零したのです。
「…たつや」
タツヤ?このご近所にはそんな名前の子はいません。どこか他所から遊びに来ている子なのでしょうか?確かに丘の下に住む子供たちがよくここの前の道を自転車で通ります。この丘の奥には綺麗な川があってそこで魚釣りや水遊びをしているそうなのです。その子達と仲良くなったのでしょうか。
「こんど、おうちに連れてきなさい。おかあさんがいるときに」
「うん。いいよぉ」
そう返事はしたものの、やはり何か隠している様子。目を合わそうとしないのです。
「どうしたの?おかあさんにあわせたくないの?」
そうゆうと、はじめて私の目を見上げた数哉の目の中に反抗的な色が含まれていることに私はたじろきました。
「おかあさんがあいたくないんでしょ。たつやがいってたもん」
そうゆうと数哉は外に飛び出して行きました。
どうゆうこと?一度も会ったことのない子にどうして会いたくないのよ?それとも私の知っている子?
私はショックを受けて居間にあるソファに座りこみました。ソファからは狭いながらも綺麗に整えたお庭が見えます。
あそこで数哉は誰と話していたのでしょうか?
実は、私の受けたショックには今のやりとり以外の事も含まれています。
怖くて数哉には聞けなかったことが一つあったのです。
今回の一件を伝えてくれたご近所さんが「それと…」と最後に話しづらそうに教えてくれたこと。
「私が聞こえなかっただけかもしれないんですよ、きっとそうですわ」と、おっしゃってくれたのですが、それで
も笑って済ますことの出来ない話。
彼女は最後にこう付け加えたのです。
「それと、今した数哉君の会話のやりとりなんですが…。相手の子の声が全く聞こえなかったんですよ」
ドン、ドン!!
玄関を叩く音がします。
「奥さん!いるの?いるんでしょ?」
お隣さんです。
「あなた、さっき領が怪我してないかって尋ねたけど、うちの領におたくの坊ちゃんが何かしたのかしら?それならそうとはっきりおっしゃってよ。奥さん!」
悩み事は一つじゃないのです。
安定とは程遠い生活が続きそうです。
8月10日
今日は電車と新幹線を乗り継いでおばあちゃんの家にやってきました。数哉と主人も一緒です。5時間近く乗り物に揺られているとささすがに疲れました。
主人はついた早々、あいさつもそこそこに、縁側に横たわると顔の上にタオルを載せたと思ったらすぐにいびきをかき始めました。
子供はさすがに元気なものでひぃばあちゃんの絵を描くと言って画用紙とにらめっこです。数哉はあれ以来変わった様子は見せません。やはり私が過剰に反応しただけなんでしょう、そう思うようにしました。主人に相談したところ「子供はそうやってひとり遊びするもんなんだよ。君だって経験あるだろ?」そういって気にもかけませんでした。最初はなんて能天気な人!とヒステリーを起しかけたのですが、落ち着いて私の子供のころを思い返せば確かに彼の言うとおり、私だってよくひとり遊びをしていたものです。この田舎に帰ってきたせいか、その頃の思い出が蘇ってきます。
そうですね、いい機会ですからこの辺りで私の半生を語っておきましょう。
私には物覚えのついた頃から両親はそばにはいませんでした。母親は私を生んですぐに男を作って出て行きました。私が母について知っている情報はそれだけ。それ以外の事はおばあちゃんに何を聞いても「知らんでええ」の一点張り。その度に悲しい思いをしたものですが私は幼いなりに事情は察していました。原因は父親にあったのです。私の父、喜一はトレジャーハンターといって世界中を飛び回って、家に帰ってくることはほとんどといってもいいほどに皆無でした。トレジャーハンターといっても、自分でそういっているだけでたまに持ち帰ってくるものと言えば、石ころや得体のしれない木彫りの人形などでした。当然、そんなものはお金になるはずもなく、当然のように、借金をたく
さん作り、挙句のはあてにそれらが返し切れないほどに膨らんだとみると海外にそそくさと逃亡すると言ったあきれ返る生き様です。
どうやったらそんな父親を愛せというのでしょうか。
私は中学校に上がるころには父親を憎んで、高校に上がる頃には父親はいないものだと思い込んでいました。そして私が高校を卒業するころに聞いたこともない国で父はダイナマイトの操作ミスで死亡しました。遺骨は日本に帰ってくることもなく今でもどこかの土の中に埋もれたままです。
そんなどうしようもない父親でしたが、幼少時代の私には世界中を旅する父親がかっこよく誇り思われ、友達によく自慢していたものです。
なかなか帰ってこない父を縁側の端っこに作った手製の勉強机の前に座っては、窓の外に見える玄関を見つめ、今か今かと待ち構えることが日課となっていたのです。そしてたまに帰ってきたときには近所にある向日葵畑に連れて行かれ、二人でかくれんぼをしたことを覚えています。
向日葵の中で父親はよく笑っていました。黄色い光の中で父の顔がきらきらと輝いていたことを今でも忘れることが出来ません。
今思えばあの頃は借金に追われ、苦しい立場にいたはずです。どうしてあんなに笑うことが出来たのでしょう。父には笑顔の印象しかないほどにいつも楽しそうでした。しかし大人になって振り返るとそんな父親には無責任という感情しかおきません。ダメ親父の道楽の尻拭いをしてきたのはおばあちゃんなのです。女手一つで愚痴一つ溢さずに借金にまみれたこの家を切り盛りしてきたのです。今あらためて思えばそんなおばあちゃんには
感謝の言葉しかないのですが、あの頃の私にも降りかかった貧乏という悪魔は今でも恐怖そのものです。二度と体験したくはないものです。
さて、私の過去はこのくらいにしておきましょう。主人もようやく起きてきました。昨日おばあちゃんが買ってきたスイカを切ってみんなに配ります。
数哉の絵も完成したようです。居間に座ってその絵をみんなで見ました。
クレヨンで描いたその絵は黄色一色でした。向日葵でしょうか?たしかに居間からは広い畑に咲いた背の高い向日葵がよく見えます。それを見ながら描いたのでしょう。そしてそのたくさんの花畑に囲まれておばあちゃんが笑っています。数哉の描くおばあちゃんは実年齢よりずいぶん若いです。
もうそんな気遣いが出来るのでしょうか?やっぱり頭のいい子。ただひとつ、不思議なのがその隣にもう一人、おばあちゃんとくっつくように立っている男性がいます。主人でしょうか?それなら私も描いてほしかった。少し悲しくなってしまいました。スイカにかぶりつきながら扇風機の前でだらけていた主人が体を乗り出して覗き込んできました。そして口をもごもごさせながら
「うん?この人は誰よ、数哉?」
と聞いてきました。土間でスイカの種をぷぷっと吐き出して遊んでいた数哉がくるっと振り返ると大きな声で言いました。
「おじいちゃんだよ!」
それを聞いた私たちはびっくりして顔を見合わせました。そして主人がそれを代弁しました。
「なんだ数哉、おじいちゃんの顔を知っているのか?」
「今見たもん」
それを聞いてまた主人と顔を見合わせました。
「アルバムかなんか見せたか?」
いいえ、どこにあるかも知りません。
「ねーえぇ、おばあちゃーん。数哉に父の写真見せたのー?」
最近耳の遠くなったおばあちゃんに少し大きめの声で尋ねましたが、聞こえているのか聞こえてないのか、縁側に座りこちらに丸まった背を向け
たまま、お庭の向日葵をじっと眺めていたおばあちゃんがぼそっと言いました。
「今年も帰ってきたかえ。そうかあ、そうか」
それを聞いて三度、主人と目を合わせましたが、私は動揺していました。
ああ、ついに来たか、そう思っていたのです。そうなんです。そろそろ来てもおかしくないのです。怖くて考えないようにしてましたが
その年齢まで気丈に振舞っているのが不思議なくらい。覚悟をきめないと。私がしっかりしないと。
でも心配しないで。痴呆が表れても、寝たきりになっても最後まで面倒みるからね。そろそろ恩返しさせてね、
おばあちゃん。
その晩、蚊帳の中でおばあちゃんと布団を隣り合わせにして一緒に寝ました。そして、前々から主人と話し合っていたことを口にしたのです。
「ねえ、おばあちゃん。もう寝た?」
「いいや」
「そろそろさ、うちに来ない?一緒に住もうよ。正志さんもぜひって言ってくれてるのよ」
言い遅れましたが、正志とは主人のことです。実は主人と結婚すると決めた時におばあちゃんと一緒に住むことは了承済みです。だから
我が家もバリアフリー設計になっていていつでもおばあちゃんを迎え入れる準備は出来ているのです。
しばらく黙ったまま天井を見つめていたおばあちゃんの顔はまたしわが増えたみたいです。
ゆっくり目を閉じたおばあちゃんは喉の奥からしぼりだすようにぼそっと言ったのです。
「そうやね、そうしようかねぇ」
その答えは私の予想に反するものでした。今までのおばあちゃんなら「一人で大丈夫じゃ、誰の世話にもならん。孫に面倒みてもらうくらいなら
死んだほうがええ」
きっとそう言ったはずです。実際に今まではそうだったのです。だから今日も長い話になるだろうと、がんばって説得しないと、と意気込んでいたのに。
でも、そんなおばあちゃんでもやはり年齢には勝てないのでしょう。
自分が弱ってきているのを感じているのでしょう。
「そうよかった」
なんとかそう答えた私は顔を背けてしまいました。うれしいはずなのに、なぜか寂しいのです。大事なものが一つ一つ、私にお別れを
言って来る。そのことに大人になった今でも耐えられそうにありません。
お願い。まだ何も恩返ししてないの。もう少しそばにいてね、おばあちゃん。
8月15日
今朝、朝食を作っていた時のことです。勝手口のほうからガサガサとなにかが蠢くような音がしたので、私は「ああ、またか」と嘆いてはほうきを持って勝手口から飛び出しました。
そこでは黒猫と三毛猫が仲良く生ゴミの入ったごみ袋を漁っていたのです。
「こらー!」と大声で叫び、ほうきをバンバンと地面に打ちつけると彼らはすばやく退散しました。まったく、ため息が出ます。裏庭はゴミが散乱して目も当てられない状況です。酷い匂いが立ち込める中、時間をかけて一つ一つゴミを摘みあげているうちに、段々と怒りがこみ上げてきました。
この生ゴミ、我が家のモノならばまだ我慢が出来るものの、実はお隣の美護さん宅のモノなんです。
我が家の生ゴミは裏庭の倉庫に入れていますので、猫が漁ることはないのですが一方、美護さん宅のゴミはポリバケツに放り込んでふたもせずにそのまま放置されていますので猫にとっては宝の山。猫たちが美護さん宅の領域内で好き勝手やってくれるなら私も何も言いませんが、猫たちはわざわざ我が家の裏庭までゴミを持ち込んではゆっくりとディナーを楽しむものですから、いつも後片付けをする私にしてみれば迷惑そのものでしかありません。
もう限界です。なんとかしなくては。
二階で寝ていた主人が私の叫び声で目を覚ましたらしく、何事かと起きてきました。
「あなた、なんとかしてよ」
今までに何度も八つ当たりの犠牲になってきた主人にしてみれば、またその話かといった呆れ顔。
「しょうがないじゃないか、隣同士仲良くするには少々の我慢は必要だろ。君だってご近所付き合いがどうのこうのっていつもいってるじゃないか」
そういってまともに相談に乗ろうともしません。そうなんです、いつもこの人は争いを避けてなんとか穏便に済まそうとする。最初はそういう彼の性格を
優しさと受け止めていたのですが、今では弱さにしか見えません。「よし!俺がひとこといってやる!」そのぐらいの事が言えないのでしょうか。
こうなったら私が行くしかありません。勢いよく乗り込んでガツンと云ってやりますわ!
ピンポン。
「はぁい。だれ?あら奥さん。どうしたの、こんな朝早くから」
「どうも、おはようございます。すいません、お忙しい時に」
「いいわよ。なにか?」
「実はですね、その、申し上げにくいんですが…」
「早くしてよ。ハーブティーが覚めちゃうじゃない」
「す、すいません、すぐ済みますので。実はですね、お宅の裏に置いてあるゴミですけど、あれを猫が漁っていることをご存知ないかと…」
「知ってるわよ」
えっ?
「そんなことをこんな朝早くから云いに来たわけ?お宅もヒマね。うちは忙しいの、それじゃ」
「ちょ、ちょっと、それだけじゃないんです、そのゴミを、猫が、我が家の裏庭に持ち込んでですね、それで…」
「あら、ネコの面倒まで私が見ないといけないわけ?一日中ゴミバケツの前で見張っていろって奥さんは云いたいのね?」
「ち、違います、奥さんを責めているわけではないんですよ、ただフタ一つするだけでも猫はよって来ない…」
「あなた、ネコちゃんに好かれてるんじゃないの?」
「はぁ?」
「きっとそうよ、そんな顔してるわよ、ネコちゃんが寄ってきそうな顔」
……
「大丈夫よ。ネコちゃんが集まる家はいいことがあるって風水の先生がおっしゃっていたわ。よかったじゃない、それじゃ」
バタン!
8月20日
今日は海水浴にやってきました。最近夜回りで寝不足の主人を引っ張り出すのは苦労しましたが、数哉は大はしゃぎ。車で1時間かけてやってきました。
途中、八百屋さんで小ぶりのスイカを買いました。みんなでスイカ割りをしようと思います。
さすがにお盆を過ぎると海中にはクラゲが発生するために人はまばら。向こうに家族連れらしき人たちがいますが、私たちが陣取ったところからは随分と離れています。
周りは誰もいません。ビニールシートを敷いて荷物を置くと主人と数哉はさっそく海のほうへと駆け出しました。
私はオイルを塗って日光浴を楽しみました。主人と数哉の笑い声が聞こえます。夏休みに入って生徒が夜の街に繰り出すために毎日のように夜回りに出かけて
生徒指導を行っていますので帰りも遅く疲れているはずですが、こうやって数哉といっしょにいてくれるところをみると、子供を人一倍愛していることがよくわかります。
きっと私はそうゆうところを結婚相手として選んだのでしょう。二度と父のような人間に振り回されないようにと。
小学生のころ、一度だけ海に行ったことがあります。しかしそれは私の家族でではありません。同じクラスの子に誘われて、その子の家族と一緒に出かけたのです。
その日、迎えに来た車に乗り込んですぐに来るんじゃなかったと後悔の気持ちに襲われました。クラスメイトの家族はみんな仲良しで車の中は笑い声で溢れて
いました。私にも退屈しないようにとよく話しかけてくれたのです。しかし、その気遣いが私には居心地の悪いものでしかなかったのです。これは偽物の愛情だ、
この優しさは家族の愛情を知らない私に対する同情みたいなものだと感じていました。彼らに悪気はないことは解っていましたが、道中、私は何度も吐き気に
襲われ、必死で我慢していたのです。
海についても私は泳ぐのもそこそこに浜辺に座りこんではずうっと向こうに見える歪んだ水平線を眺めていました。太陽が冷たかったのを今でも覚えています。
砂浜にずずっと埋もれていきそうになる感覚を体中に感じながら。
「ね、アイス買ってきていい?」
クラスメイトの子が母親にお金をせびるのをわたしは横で見ていました。
「もう。一つだけよ」とおばさんが財布から取り出した100円玉をつかむとうれしそうに露店のほうに駆けだした彼女を微笑みながら見送っていたおばさんは、
しばらくして私の存在に気が付いたのでしょう、「あなたも買ってきなさい」と100円玉を手渡そうとしたのですが、私はがんとしてそれを受け取ることは
しませんでした。
何に対してわたしは首を振ったのでしょうか。幸せそうな家族に対して?それとも私自身?他人の家族の中で小さくなっているわたしに?
私に気兼ねすることもなく母親にお金をせびったクラスメイトに嫉妬して?貧乏のあまり、その100円を欲しがった惨めな自分に?
どっちにしてもあの頃の私はもうここにはいません。私には家族がいます。誰からも同情されることなく、誰から見ても普通の家族。向こうに見える家族となんら
変わりはないのです。なにも心配することはありません。
向こうにいる家族もこちらを見ています。どっちが幸せそうか比べているのでしょうか。向こうにも小さなお子さんがいるみたい。家族構成は我が家と一緒。
うちと一緒ね、そんなことを言っているのでしょうか。手でも振りたい気分になってきました。「どうそっちは幸せ?うまくいってるの?」
向こうの家族も手を振っています。うん、幸せよ!って。「おーいい!」大きな声で叫んで……
えっ、うそ?
私の心の声が聞こえたの?
違います。そうではありませんでした。なんてことでしょう、美護さん一家です…。
よりによってこんなところで…。
「あら、いらしゃっていたのね。誘ってくれればよかったじゃない」
「こんにちは。いや、その、ご迷惑かと思いまして」
隣には美護さんのご主人も笑顔で声をかけてきました。
「どうも、お久しぶりです、奥さん。今日もお綺麗ですね。ワンピースの水着がお似合いだ。なぁ?」
「そうね。『マルショー』で売ってそうな水着ね」
奥さんの発言に、私は顔が真っ赤になってしまいました。そうなんです、奥さんの云う通り、マルショーのバーゲンセール、980円で買った物なのです。
「奥さんのビキニも素敵ですね。とってもお似合い」
真っ赤なウソです。どうしてこんな田舎でこんな派手な水着が着れるのでしょうか。太陽の光を反射する金色の生地に薔薇の刺繍。近くにいるのが恥ずかしい。
美護さんのご主人が私の背中のほうに向かってぺこぺこと頭を下げています。振り向くと夫もぺこぺこと頭を下げています。領君はすでに数哉とじゃれ
合っています。
「スイカ割りですか。昔はよくやりましたね」
美護さんのご主人は昔を懐かしんで云っているみたいですが奥さんは全く関心がなさそう。
「昔は黄色のスイカをよく見かけたけど今は殆どみないなぁ」
私はご主人に会話を合わせます。
「そういえばそうですね。あれって、品種改良かなにか、なんですか?」
「どうなんですかね。人気がなかったから作るのやめたんですかね?」
「きっとそうですわ。私あれ、気持ち悪くて食べれなかったですもの」
「あら、私は好きだったわよ。黄色いやつ」
奥さんの一言に汗がにじみます。
「お金がかかりすぎたんじゃないでしょうか?良いものって資金がいるものでしょう?奥さんのそのサングラス、お高いものじゃありませんの?
見た感じ、特注品でしょう?」
「あら、よくわかったわね。あなたも『グベール』ご用達なぁの?」
あの一流ブランドにもこんな悪趣味なサングラスが置いてあるのでしょうか?顔の半分以上を覆ったデッかいレンズの横にチョウチョの羽が広がっています。
数あるサングラスの中でわざわざこれを選ぶことが不思議でなりません。
「いいえ、我が家の財力ではとてもとても。お店の前に行っても足が震えて入れませんの」
あはは、と笑い会うご主人と私。
「お店に入ったこともないのによくわかったわね、特注品だって。当てずっぽうだったのね」
誰か助けてください。
そんな時、後ろから主人の声が聞こえてきました。
「おおい!このスイカ黄色だぞ!気持ち悪くてくえねーな」
サングラス越しでしたが、奥さんの眼光が太陽にも負けないほどに光っているのを、私は確認したのです。
9月22日
学校も始まり夫も学園祭や期間テストの準備で忙しいみたいです。昨夜も帰宅したのは真夜中。起きてなくていいと言うのでベッドに入っていたのですが彼が玄関のドアを開けたのは3時過ぎ。そんな遅くまで掛かるものなんでしょうか。まさか、女でも出来たのでしょうかとも思ったのですが、いや、彼には無理でしょう。そんな度胸はありません。まじめ一本の人なんです、昔から。こと女性関係に関しては。曲がったことが出来ない人なのです。不器用なくらいに誠実なんです。だから私は彼と結婚できたのです。
9月24日
最近、数哉はお外でよく遊んでいます。お隣の領君が一緒の時もあれば、ひとり遊びをしている時もあります。
この間の事を気にしているのでしょうか、一人でいるときに私が声を掛けると、いたずらが見つかった時のような顔をして振り向くのです。そしてそそくさと逃げるようにおうちに帰っていく。
何をそんなに隠しているのでしょうか。
今日はこっそり近づいて調べてみようと思います。
息子の事が心配なんです。
かようび はれ
きょうはおそとでりょうくんとあそびました。
りょうくんがかえってもさびしくありません。
ひとりのときはたつやとあそびます
ママにはないしょです たつやのはなしをするとママはおこります。
どうしてかな
きょうくさのうえであそんでるときにママにみつかりました。
たつやにあいたいといっていたのにママはそんなこはいないっておこりました。
そしてなきました。ぼくもなきました たつやがかわいそうです
だからたつやのパパはどしてちがうひとをききました
たつやがけがをしているのはママのせいだをいいました
そのあとママはびょうきでばたんとたおれたのでりょうくんのおばさんに
たすけえてもらいました。
ママ はやくよくなってね
目が覚めたのは日が落ちて随分と経ってからでした。連絡を受けた夫は仕事を途中で切り上げて駆けつけてくれました。横にはお隣の美護さんの奥さんもいます。数哉が呼びに行ってくれたみたいです。他人行儀な天井と乾いた蛍光灯を見つめながら、私の体は過去に戻ってしまいました。我が子が他人の子に思えるほど。母親である私がどこかに飛んで行ってしまった感じ。
病状は心配するほどのものではないと、お医者さんから云われました。急性の貧血でしょう、疲れがたまっていたのではないのですかと、聞かれたのですが、本当の事は云えません、適当に合づちを打って話を合わせておきました。
私の意識を奪った原因は疲れなんかではありません。
私は見たのです、数哉が空き地で目に見えない誰かと遊んでいるのを。
最初はあの子がおかしくなってしまったと、そのことで気を失いそうになったのですが、それは私の間違いでした。
あの子は正しかった、そこに確かにいたのです、タツヤという子が。
あの子は泣きながら私にこう言ったのです。
「どうしてタツヤのパパは違う人なの?おとうとなんでしょ?」
そして
「タツヤがけがしているのはママのせいなんだよ」
1993年
こうなってしまった原因は間違いなく私の閉じ込めていた秘密にあります。
私は高校を卒業するとなけなしのお金をおばあちゃんから貰い、ある街で働き始めました。学校では疎外されてきた私は人に飢えてました。人とうまく話せない恐怖心もありましたが、私が貧乏であるのはあの田舎の中だけ、スーツを着たらみな同じ条件、という環境の中でその恐れは薄れていき、だんだんと楽しみへと変わっていきました。保険の外交という職種に惹かれたのは、よくいえば自分と正反対の人間への変身願望があったせい、悪くいえば過去の自分を隠す人間像が欲しかったのでしょう。とにかく誰も知らない土地で一人暮らしを始めた私は自分でも驚くほどすぐに彼氏が出来ました。彼によれば素朴な雰囲気が珍しかったそうなのですがあの頃の私は洗練された女性になろうと必死になっていたために、単に服装や髪形の事でよく彼と揉めたのを覚えています。彼とは最初から最後までうまくいきませんでした。彼の求める女性像と私がなりたい女性像とはあまりにギャップがあったからなんです。とはいうものの彼とは3年間もお付き合いを続け、彼には情みたいなものが湧いていたのは事実です。だから最後に、あんな風に彼に抱かれたのも愛情ではなくただの情です。
彼との交際が惰性で続く日々の中、私は今の夫に出会いました。あの頃、よく保険の勧誘に学校の職員室にお邪魔していたのですが、そこで夫に出会った時の感触を今でも覚えています。ああこの人だと、直感したことを忘れることが出来ません。イメージ通りというのでしょうか、私が求めるものがすべて彼の中にあったのです。話してもないのにそんなことが分かるのかと言われそうですが実際その通りだったのだから仕方ありません。
簡単にいえば父親と正反対の人間です。石橋を3度じゃ飽き足らず、4度5度叩くような人。世間一般じゃそういった人間はつまらないとフェロモンを感じないそうですが、私にはそういったものは必要ありませんでした。
彼の職場を訪れる度にちょこちょこと話しかけ、次第に仲良くなっていきました。彼の人間性を再確認しつつも、彼からデートに誘うことはまずないだろうということも再認識していました。だから頃合いを見て彼の連絡先を聞き出そうとしていたのですが、思わぬ事態がおきたのです。
彼には婚約をしている若い女性教師がいたのです。しかも同じ職場に。そのことを教えてくれたのはその学校の校長を務める年配の女性教師でした。
「あなたには早めにお教えしたほうがよいと思いまして。周りの先生方もなんと申してよいか困っている様子ですし」
恥ずかしかった。今まで生きてきた人生で一番忘れたい出来事。どんなふうに映っていたのでしょうか?きっと周りを困惑させるほどに、はしゃいで見えたのでしょう。かわいそうな女、そんな風に思われていたのかも知れません。彼はそんな素振りは一度だって見せなかったのに。そこがあの人らしさといえばそうなんですが。彼があの頃私に対してどのような感情を持っていたのかは知る由もありません。しかし、あの時の私は彼の気持ちなんて二の次でした。ただ欲しかったのです。男性としてではなく、結婚相手として。
だから行動に出ました。それ以降、職員室を訪ねることのなかった私でしたが彼の連絡先を手に入れていた私は、休日天気の悪い日を狙って彼を呼び出しました。一度でいいから会ってくださいと。彼が断わる決断力を持ちえていないことは先に話した通り。当然彼はやってきました。
その日は土砂降り。私の期待以上のシチュエィション。2時間も前に待ち合わせのお店の前に来た私は予定通りずぶ濡れ姿で立っていました。家を出るときには小雨がぱらぱらと舞い落ちていたのですが傘を手にすることはありませんでした。彼が2時間後に登場したころには私の体は冷え切っていました。次の日から3日間寝込んだぐらいに。哀れもない私の姿に彼は眼を丸くしましたがとにかく体を温めたいと私から彼を誘いました。こんな幼稚な作戦が通じるかどうか不安でしたが逆に分かりやすさがよかったのかもしれません。その時彼がなぜ私の企みにのったかどうかは知りませんし、彼の中で何が起きたのかも私には分かりません。単に結婚前にちょっとした火遊びがしたかっただけなのか、そこに都合よく手軽な女が現れたと思ったのかは分かりませんがとにかく私の計算通りでした。
避妊具を付けさせないことも考えましたが彼の性格を考えるとそこまではできませんでした。重い女は逆効果です。彼の誠実さがそういった(変な)ところに出てくるのは容易に想像がつくこと。だから一度きりの女をその日は演じました。
一度きりで十分でした。彼の免疫には自分の犯した罪に耐えきれる抗体はなかったから。きっと自分を責めて彼女に打ち明けるだろうことは大方予想していたのです。それに彼が自分の口から打ち明ける必要もない、折を見て私が彼女に言うつもりでしたから。
結局自分から謝ることになった彼でしたが誠実さが売りの男の信頼は回復できなかったみたいです。その後、彼女と破局した彼を落とすのは簡単な作業でした。
寂しい男は女の体を求めるもの。男の経験が未熟な私でもそのことは本能で分かっていました。それから数哉を身ごもり今に至るまでの経緯は皆さんの予想どおりの展開です。
ただし、その間、いまでも私の中に染みついて落ちない最悪の出来事が起こりました。
話の最初に紹介した彼との縁は切れていませんでしたので、夫との交際が始まる頃、彼にはお別れを告げました。だらだらと続いていた関係、簡単に処理できると思い込んでいたのですが、別れるとなると彼の態度は一変、そんなことは認めない、別れないでくれと執拗に食い下がってきたのです。お前とは結婚するつもりだったとか、一度も云ったこともない言葉を口にし始め、私がすきを見て、彼には内緒で部屋を引っ越した時もどうやって探し出したのか、再び私のアパートに現れ、ストーカーまがいの事をし始めたのです。最初はアパートの前に何をするでもなく何時間も立ち続ける程度の事でしたが、私の反応がないとみると玄関先で大声を出したり、ドアを激しく叩くと言った暴挙に出たのです。当時はストーカーなんて言葉すら存在せず、痴話喧嘩程度の扱いで警察も相手にはしてくれませんでした。当然彼の存在は夫には内緒にしていましたので相談することも出来ず、遠回しに一緒に住みたいみたいなことを洩らしたこともあったのですが、婚約者を振った上に(彼女の立場を考慮してなのか、はたまた自分の世間体を守るためなのかどうかは分かりませんが、とにかく彼は職場内ではそういうことにしていました)新しい女と同棲なんて教師として出来ないともっともらしいことを云われたため、そのままその話題はないこととなったのです。
しかたなくしばらくの間は我慢することにしました。時が経てば彼も諦めるだろうと楽観視していたのですが事態は段々と悪化していきました。
その日の彼の行動は深刻なものでした。2時間も玄関の前でわめき散らしていましたが一向に帰る気配を見せません。様子がいつもとは違ったのです。最悪な事態を予想せざる負えない状況でしたので仕方なく警察に通報しようかと考えていた時に彼は突然に大声で子供のように泣き出したのです。俺が悪かった、俺が悪かったと、許してくれと今さっきとはまるで別人のように。絶対に追い返すつもりだったのですが、彼の今までの行動は強がりだったんだと、つい同情してしまった私はとうとう玄関の扉を開けてしまいました。今思えばそこで気丈な態度を示せばよかったのでしょうが、3年以上も一緒にいた男、情というものがあります、どうしてもほっておくことができませんでした。
扉を開けると彼はまるで母親にすがる様にこう言いました。
「もう二度とここには来ない。お前の事も忘れる。だからもう一回抱かせてくれ。これで最後にするから」
なんて男でしょう。いや、男とはなんて呆れた生き物でしょう、そう脱力したのを覚えています。こんな時によくもまあそんなことを。
呆れる以外の言葉を持ち得なかった私は半ば開き直って彼を招き入れました。
これで最後なら仕方がない、これで終わりにしようと。
彼が暴力的な行為に出ることも覚悟していました。私の心は夫に支配されていましたのでそんなことぐらい乗り切れると動じるつもりはありませんでした。が、彼は拍子抜けするほどに優しく丁寧でした。ああ、この人は本当に私の事を愛してくれているんだと感動すらしていました。
その後数週間たっても彼は約束どおり私の前に姿を現すことはありませんでした。一安心していた私が自分の大きな過ちに気付いたのはそのすぐ後でした。そう、彼は私のおなかの中に彼の遺恨を植え付けていました。恐ろしい執念。彼の分身は私の心をズタズタにしていきました。夫との結婚以外の道は考えられなかった私には堕胎という選択肢しか残されていません。他の方はどうか知りませんが、私にとって自分の身に宿った子どもをおろすという行為は到底受け入れられることではありません。自分の将来のために子供を犠牲にする、その考えに私は自分を呪いました。自分を捨てた母親よりもっと酷いことを行う私を。
しばらく放心状態のまま仕事も手に付かなかった私でしたが、それでも私の決意が揺らぐことはありませんでした。何せ時間がありません、早くしないと手遅れになる。
結局自分の将来のために子供を犠牲にした私はもう後戻りは出来ませんでした。幸せになるしかなかったのです。
たつや 彼は私に恨みを云いに来たのでしょうか。
その血はまだ止まらないのでしょうか




