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気付いてしまった恋心

作者: 藤井桜
掲載日:2026/03/31

 


 遠くに見える桜並木は未だ、咲くことはなくこの場所からだと、芽吹く蕾も見えない。

 無事に卒業式を迎えて離任式にも出席した三月の終わり。

 私はこの町よりも少し都会の仙台の大学に進学が決まっていた。

 そして、今日はその旅立ちの日。

 新しく住む部屋に荷物はすっかり送り終えて運ぶのは必要最低限のもの。

 手にしているのは、さほど大きくはないリュックだけだ。



 もうすぐ、電車がやってくる時刻だった。

 駅までの道のりを家から時間を掛けてゆっくりと歩いて来た。

 この町の景色を少しでも記憶に残して置きたくて。

 と言っても夏休みには帰って来るのだが。



 ふと、私は立ち止まった。

 遠くに見える母校が視線の先に映る。

 桜が咲いていない時期だからこそ校舎まで、この位置からからでも良く見える。

 それほど、この町は田舎なのだ。



「ありがとう、私の三年間」



 そう呟いて私は胸の奥にあるモヤモヤしたものに気付いた。

 何かを学校に忘れて来た。

 しかし、その何かが思い出せない。



 記憶を辿り友達の笑顔が浮かぶ。

 優しいあの人の笑みが思い浮かんで思わず目を閉じた。



 駅までの道のりに人は無くぽつりと私だけが佇んでいる形だ。

 誰かが通りかかったら不審に思うだろう。



 記憶がどんどんと遡り楽しい思い出が浮かぶ。

 ふとその思い出に私の頬が朱に染まった。

 忘れていたもの、というよりは気付いてしまったもの。



 気付かなければ良かったのだろうか。

 そのすべての優しさが私一人に向けられていたものなのではないかと、今更に気付かされた。



 一年生の時に国語の点がすごく悪くてそれなのに先生は赤点ギリギリの三十九点と言う点をくれ、更に頑張っているからと一点くれて赤点を免れた。

 二年生の時には内緒で本の貸し借りをした。

 三年生の時は、私の書いた小説を読んでもらい、そして、先生の書いた小説を読ませてもらった。


 そのすべてが思い出されて膨れ上がっていく。

 次の瞬間、私は駆け出していた。

 忘れてきたものを取りに学校へと走る。



 息を切らせて最後の桜並木の並ぶ坂を登り切った。見渡す学校には今は誰もいない。春休みに入っているためだ。

 本当は、校内に卒業生とはいえ、部外者が入るのは良くないのは分かっているがここは田舎の学校だ。

 全校生徒も少なく、まだ、人事異動も行われていないので卒業生も三年間も通えば顔見知りだ。

 職員玄関から事務室に顔を出すと、いつもにこにことした事務員の先生が顔を覚えてくれていた。



「おや、忘れものですか」

「はい」



 そう言って許可をもらって静かな校内にあがらせてもらう。

 話を聞く限り、準備室にいるらしい。

 卒業してまだ一月も経たない、離任式からは五日しか経っていない。

 歩き慣れた階段を上り三階の国語科準備室へと向かう。



 緊張しながらノックをすると、「どうぞ」という声がかかった。数日前にも聞いた優しい声。

「失礼します」と告げて入室すると、先生は驚いた表情で私を見つめた。



「忘れもの、取りにきちゃだめでしたか?」

「気づいていないと思ってた。それでも、いいかと思っていた」

「私鈍感で。それでも、気づいちゃった」

「ああ、もう。気付かれないふりしていたんだけどな」



 困ったように頭を抱える先生を見つめて私は間違っていなかったと悟った。



「ね、先生、私、自惚れてもいいですか。先生とこれからもこうして、一緒に話をしたいと思ってもいいですか」

「ああ、これからも色んな話をしよう」



 困ったような表情が消えて先生は嬉しそうに笑った。

 私も釣られて笑う。

 間違いじゃなかった。



 繋がる心の奥に潜めた恋心。

 それがゆっくりと浮上していく。

 本当はずっと、気づかないで居たかった。

 先生の気持ちだけじゃなく、自分の気持ちにも。



 優しく笑う笑顔が大好きで、それをこれからも望んでしまったから。

 都会の大学に行っても、きっと、頻繁に会いに来てしまうだろう。

 二人のこれからがとても楽しみになったのだった。



 ブログからの再録です。

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