社会に溜まった一部の歪な人間
社会にいる
犯罪者、異常者、変態、変人
これら全てを纏めて世間は異端者という
自分はそのうちの1人だとつくづく思う
最初に自覚したのは小学生の頃、朝が起きられず、不登校気味になっていた時
お母さんを初めて泣かせた日
普通になって欲しいって、泣いて縋ってこられた日
普通じゃないんだ、って
自分が嫌いになっていた
泣きたかったけど涙が出ず、ただただみている事しかできなかった
きっとお母さんはその日から私のことを子どもとしてではなく、
きっと普通ではない人間として見出しただろう
なんで普通じゃないのか、普通になれないのか
そればっかり頭に浮かんで、心底これを考えることをやめたかった
多様性だの十人十色だの世間は言うが
親という自分が最も信頼すべき人間に言われたくなかった
だから誰に言われてもいい言葉が親になると無理なのだ
社会はきっと自分の事を理解はしてくれない
誰か1人に認めてくれたなら万々歳だ
人生を一から語るにはこの世の時間が足りなさすぎる
自分の心を語るにはこの世界の言葉が足りなさすぎる
こんな複雑な生きている何かのことを誰が理解してくれるのだろうか
では自分に問う
自分以外の誰かを完全に理解できる事はできるのか?
きっと無理だ
他の人も同じだ
そもそも他人に全てを理解して欲しいと思う時点で間違っているのだ
そう思える人はきっと、綺麗で、残酷で、多分知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまっている。
つまり私からすれば悪意のない嫌がらせをする人間だ
その人がどのような人生をどういうふうに歩んでいるのかさえ理解できない
そういうことだ
完全に理解するのは自分だけでいいんだ
つまり社会には異端も何もないんだ
ただその人がどういう人間でどう言うふうに生きてきたのかも知らずに勝手に言っているだけだ
そう考えたらお母さんに言われたことも何も無くなるのではないか?
だけどその人が思ったことを私は忘れたくはない
私は欲張りだからその人が生きているっていう証を私に刻みつけたい
そして私が生きたっていうことを他の人の心臓に刻みつけたい
そんな醜い人間だ
長ったらしく語ってきたが、結局いいたい事は
私のことを全て理解できない癖に私に異端者というレッテルを貼り付けるなと叫んで言いたい
ずっと思っている
お前らに何がわかる
なぜお前らは何一つとして理解できない癖にさぞ自分のことのように私に対して説教をしている
お前らにはどういう権利があって私にそのような言葉を投げている
少なくとも、全てを理解して、受け止めて、認めてから言え
しかしそんな聖人君主が来ない事は知っている
だから私は
今日も社会から異端者として扱われながら
息をしている
作中で私といったり自分と言ったりしていますが性別は公表していません
ただの気分で変わる文字列のような感じです




