"善悪同道"
「天使と悪魔をさ」
「挽肉にして混ぜたら、どんな味だと思う?」
誰にともなくそう言うと、君はグラスの残りを飲み干す
君が、関心を喪ったグラスを床に投げ捨てる
硝子が砕ける
カーテンの端から差し込む陽射しの中、きらきらと床に散乱した
ぼくが「み、未成年がそんなに飲んだら……」と言いうや否や、君の柔らかな素足が視界いっぱいに近付き、次の瞬間にはぼくの顔をゆっくり、そして真っ直ぐに蹴り倒していた
「犬が指図するなよ」
『犬』と言われると、動悸がする
君の視線は既に、ぼくを視てすら居ない
ぼくは君の綺麗な足の先を視ながら、「爪先でも蹴られたいなあ」と考えて居た
自分の呼吸が音として聞こえる
確かに犬のように小刻みな、昂揚した呼吸だった
結局、我慢出来ず、ぼくは這って君の足に近付くと、爪先に頬を擦り付けた
意図を理解した君が、優しく、或いは時に厳しく、ぼくを蹴ったり踏み付けたりする
数分もしない内に、右の瞼と鼻腔から血が流れ始めたが、気持ち良過ぎたせいか痛みは感じなかった
そうして居ると、ぼくの頭に羽根が一枚落ちた
拾い上げる
それは白く輝く羽根で、不思議な事に一切の匂いがしなかった
視上げると、羽根は幾枚もぼくの頭へと降り注いで居た
ぼくから視て君の右側に、幼い姿をした有翼のものが降りてくる
部屋には、本当に君の目論見通りに天使が訪れた様だった
気付けば、向かい立つ様な位置に天使と対になる様な色の姿をした、これも少年の姿である有翼のものが居た
状況から判断するに、それが悪魔なのだろうと思った
ぼくは依然として『犬』として這いつくばって居たが、同時に観察も行っていた
きっと、君から『悪いこと』を命令されるからだ
話に聞く通り、天使も悪魔も、軽くではあるが武装して居るようだった
悪魔を殺す事が出来る剣と、天使を殺す事が出来る剣でだ
まださっきの快楽で頭がぼんやりして居たが、それだけ解れば多分問題無いように思われた
恐らく、君の意図は『そういう事』だから
案の定、君は哀れな悩める若人を演じると、有りもしない苦悩を天使と悪魔に聞かせ始めた
それは青年的な生ける苦悩の話でもあり、少年的な幼い恋愛の話にもなった
結論から言うと、総てが良く出来た作り話であり、しかも最終的には『生きるべきか死ぬべきか』に帰結した
これはとても上手な筋書きで、人間の生死が関与する問題の為、天使と悪魔は緊急性を持って話を聞く事を要求され、みるみると作り話の虜になっていった
ぼくもまた、そのストーリーの虜になって居たが、たまに君が、一瞬怒った様な視線を向けて居る事にぼくは気が付いた
───ああ、『そろそろやれ』という事か
いつの間にか、天使と悪魔はぼくに背を向けて話に聞き入っている
確かに、『今』しか無いみたいだった
ぼくは天使に後ろから近付くと、腰の剣を奪い取った
天使が慌てて振り向いたが、ぼくの考えは正しかった
つまり、『天使なら、人間であるぼくに即座に暴力を振るえない』し、『天使が振り向いても、悪魔はまだ気付かない』
即ち、ぼくが先刻まで這いつくばって低い姿勢に居た事もあり、剣は水に沈むように、滞り無く悪魔の脇腹に突き刺されていった
この『下から』という位置関係は、殺す事に適して居る
脇腹から入った剣が、肋骨に阻まれずに心臓まで達するからだ
天使が驚きに眼を視開いて、ぼくを視る
「この子はね……」「頭がおかしいんですよね」君は言いながら、ぼくに天使の関心が移っている隙に、悪魔が持っていた剣を手にして居た
ぐぐっという音
続いて肉に金属がめり込む音
「まあ」
「私も、なのですがね」
君は躊躇いなく天使の背に、剣を突き刺して居た
こちらは致命傷では無かった様だが、既に天使は激痛に膝を突いて居る
死ぬまで刺せば良いだけの事なので、あまり即死しなかった事に意味は無かった
─────
「……………美味しいです」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ぼくは答えた
天使の肉は脳の中にある禁忌が刺激されて、咀嚼するたびに精神に刺すような痛みが走る
あと、悪魔の肉は単純に信じられないような匂いと味がする
それでも、恐らく「不味かった」と言ったり吐き出してしまえば、これまでの経験から言って、死を懇願する事になる程の目に遭わされるのは確実だった
「口に合う食餌が得られて、良かったね」
君がぼくの前髪を引っ張って立ち上がらせる
一瞬視えた視界の先には、まだ相当に肉が付着している様に視える天使と悪魔の残骸が在った




