チャプター36:「反則」
――ガァンッ、と。突然の衝撃音に現象が、地下空間の天井を突き破り襲来。
「ぎゃびゅぇっ!?」
床に叩き込まれたそれが巻き起こした、衝撃と瓦礫飛散によって。
将軍が、襲ったそれらに叩き殴られるような形で。ルーネの目の前より珍妙な悲鳴を上げて、弾け吹っ飛んだ。
「っ……!……ぇ……?」
突然のその事態を目の前に、ルーネは体力を失った弱々しい身で、しかし驚きに目を剥く。
「ぁげ……っ!?ぁか……っ!?」
その目の前の元で、将軍は加えられた打撃に他の痛みに悶え。
ここまでの下卑た嘲笑を浮かべる様子から一転。床の上で藻掻きのた打ち回り、声にならない悲鳴を漏らしている。
「っ……!」
それに驚き呆然とするルーネだが、次には彼女は周辺でのさらなる「変化」の気配に気付く。
今の地下空間のそこかしこで蠢き、場を支配していた触手獣の群体が――しかし「異常」を見せ始めていた。
触手たちは大小問わずそのいずれもが、それまでのおぞましく蠢く動きを、そして『餌』たるルーネたちを甚振る行為を止めて。
何か、ビクビクブルブルと歪に震える様子を見せ始めている。
「な、なんだ……触手ドモが……――ぎゃグぁっ!?」
「え……!?うわ……あぎゃァっ!?」
そしてだ。同じく触手のその異変に気付きかけた、魔帝兵に亜人たちを。
次に襲ったのは、その動きに様相を豹変させた「触手」たちだ。
まるで、何かに「乗っ取られた」かのように。
その「乗っ取られた」かのような触手獣たちは、味方であるはずの魔帝兵や亜人たちを、打って変わった様相で襲い始め。
鈍く肉を打ち潰す打撃音の数々に、魔帝兵やオークやオーガ兵たちの悲鳴が、地下空間でいくつも響き上がり始める。
「ぎゃぁぁっ!?」
「なんデ、触手ガっ……ぎぇびゃっ!?」
元より地下空間は、場の大半を触手たちが支配していたことから。
その触手の「裏切り」から、魔帝兵や亜人兵たちはを容易く捕まえられ、打ち叩かれ、あるいは潰し屠られて行った。
「ぁぎ……っ、ぉか……っ!?」
そんな凄惨な光景が始まった中、将軍にあっては。
始まった阿鼻叫喚の状況を、周りに聞いて感じながら。
痛みに苛まれながらも、半ば無意識に非常事態から逃れようと、床を藻掻き這い進んでいる。
「……ぁぇ……?」
しかしそんな将軍の行く先を、目の前に立ちはだかった何らかの大きなシルエットが阻んだ。
呆け抜けた声を上げてしまいながら、将軍がほうほうの体でその顔を起こせば。
そこに見えたのは、一体の大型触手。将軍が従えていたはずのその大型触手が、その巨体を将軍に向けて振りかぶっている姿――
「ぇぁ……――ごびゅ゛ょ゛っ!?」
直後、その大型触手の太い戦端が。
重鈍な打撃武器の様相で、将軍の後頭部に、いや半身全てを飲み込み隠す域で叩き降ろされ。
将軍は、声にならぬ「音」と。そして肉や骨、臓物が拉げる音を併せて響かせ。
それを最後の音声として、地下空間の染みと変じた――
「!……ひぁ……っ」
周辺の打って変わった、その理由に皆目見当もつかない光景に。
ルーネは微かな恐怖と驚愕を覚えつつも、それ以上にただただ驚愕していたが。
次には彼女に群がっていた触手の群れがまた、力を失ったように剥がれ落ち。同時に彼女を宙吊りにしていた拘束が、支えを失ったのか解け。
彼女はぼとりと床に落ち、思わずの小さな悲鳴を上げてしまう。
「なんで……?――っ!」
自分が解放された理由も原因も分からず、また思わずの声を漏らしてしまうルーネだが。
直後。
その背後に、ある存在の巨体が現れ立った――
「――拍子抜けだな」
サミュエルとティヴィスは、「塔城」の建物施設内へと進入。
現在は、地下階層へと続いているであろう通路を進めていた。
そして今にサミュエルが零した言葉の通り、その行程は拍子抜けなまでに容易なものと進んでいた。
今に二名が進む経路内は、事前の熱源観測からの推察に違わず、触手生物がそこかしこに蔓延り蠢いている。
本来ならば、それに阻まれ苛烈な戦いが避けられなかったであろう。
だがしかし今現在。その蔓延る触手獣からはしかし、攻撃妨害の類にあってはその一切が無かった。
本来、外敵を阻む役目を担っていたであろう、縦横に蠢き蔓延る触手たちは。
しかしサミュエル等が行く先々で、一様に何か弱々しく藻掻きうねっているのみで、さらには次々に大人しくなる様子を見せたかと思えば。
次にはなにか、「何らか」と「入れ替わったか」か、もしくは「乗っ取られた」かのように。
のっそりと緩慢に、だが打って変わった色の動きを見せ。そして一部はサミュエル等を「招き」、「導く」かのような動きまでを見せたのだ。
そんな妙な、サミュエル等のとっては利と働くその通路の内を。
サミュエルにティヴィスはスルーパス同然の様相で、やや急く程度の歩みでズカズカと進めていた。
――ダンッ、と
その二人の進行方向の先に、何か巨体のシルエットが、唐突に天井より降り立ち現れたのは瞬間。
「――撃つな」
現れ相対したのは、「人型を成した」存在。
「人型を成した」というのは、その存在が大小の触手が集まり、大雑把に人型の巨体を成していたものであったからだ。
そしてその触手にて人型を成す存在は、一瞬警戒の構えを見せたサミュエル等に、また触手で形作った腕を突き出して示すと同時に。
どの部位から発したかもわからぬ、流暢な言葉でそう示す旨を寄越した。
「〝博士〟」
サミュエルは促しに、そのまま構えて居た大口径リボルバーの銃口を跳ね上げて警戒を解き。
同時に何か呆れの含まれた色でそう呼んだ、触手の人型をそんなように呼ぶ。
その触手の人型を、正しくはそれを操る「存在」をサミュエルは知っていた。
それこそ。今程に一人この塔城へと単独で「降下」した、フラント博士その人だ――
――フラント インディスペント博士。
VACの組織する民間研究機関に属する研究者。そして此度の異世界への進出展開において、民間から協力者として赴いている身でもある。
そのフラントの「在り方」、先程から今に至るまでのその身姿の変貌の、理由経緯を明かせば。
フラントは自らの行った研究の果てに。
自らの自我、人格を。肉体を持たぬ「概念」と化したある種の超常的な存在であった。
それもその理由を当人に尋ねれば。「人類を越える」、「新たな次元に至る」――などといった、物語でよく聞かれる御大層なものではなく。
‶気になるから実際に試してみた〟、という興味本位のものであるという。
そんな、色々な意味で規格外の存在。
状況に経緯を現在に戻し。
先からそして今にも見える触手たちの様子の変貌は、フラントがその存在の特性を持って行って見せた「支配」。触手たちに対しての一種の「ボディジャック」行為によるものだ。
それにより触手たちは無力化、果てはフラントの意志で動く「味方」へと成り代わり。
併せてフラントはその触手のうちの一部を、自身の「新たな」身体とすべく。
それ等を集合させる形で大雑把な今の人型を形作り、今現在の身姿を成していたのであった。
「また、自由気ままに暴れたのか」
そんな超常的存在であり、今にも反則なまでに常識を超えた光景を体現するフラントに。サミュエルはまた皮肉と呆れを混ぜた言葉を向ける。
詳細は省くがいくつかの経緯機会から、両名は互いを知る知人同士であった。
「AFには世話になっているが、行動を制限される義理はないのでね」
それにフラントは、今の禍々しい触手の人型に似合わぬ。飄々とした声色でそんな言葉を返す。
「まぁ、いいが――地下は?」
「手の内さ」
そして次には、話を切り替え端的に尋ねたサミュエルに。
ぬかりはない、というようにフラントはまた答えた。
そのフラントに導かれ、サミュエル等がその先の地下空間へ出てみれば。
そこはやはりフラントが支配下とした無数の触手によって、確保掌握され。
そしてそこかしこには。潰し、打たれ、圧されるなどして「排除」された魔帝兵に亜人兵たちの果ての姿が見える。
その最中の一点には、下卑た色を隠さなかった将軍「だったもの」の、地獄の形相で果てた躯もあった。
そして、その地下空間の中心には。
拘束され甚振られる身から開放され、互いを案じ合いながら身を寄せ合い。そしてしかし不可解な状況に困惑する、ルーネを始めとする同盟の男女の姿があった。
「っ……!」
その内のルーネ始め数名が、地下空間に踏み入り、自分たちに近づいてい来るサミュエル等に気付き。
ただでさえ不明な状況の内にまた現れた、ストロングコマンドーの専用アーマーに身を包むサミュエルと。知らぬものがみれば恐竜のままであるティヴィスに。
不明で異様なそれ等を前に、少しの警戒を見せる。
「無理を言うかもしれないが、警戒するな。危害を加える者じゃない」
そんなルーネたちに、しかしサミュエルはやや無遠慮気味に歩み近寄り。端的にそんな促す言葉を向ける。
「あの……あなたたちは……?」
そんなサミュエルを前にして、ルーネは皆を代表して。探る様にそんな尋ねる言葉を返す。
「VACだ。君たちの友人の要請で、君たちを救いに来た」
それにまた、ただ端的に、しかし堂々とした様相で。
自らの目的が、ルーネたちの救助回収であることを率直に伝えてみせた。




