チャプター18:「異界」
――「インデュスティリア」。
現在はVACの支配地域となっているある地方に、まださほど経たぬ以前まで存在していた。正しくは恐るべき科学技術をもって、まるで都市伝説のように潜んでいた超技術集団。
その抱える技術、知識はとてつもなく。それこそ「神の域」に至るかと思われる程に高度なものであったが。
しかし。それを求め至るに伴い彼ら倫理観は歪み、非道を非道とも思わぬ狂気の域に沈んでいた。
紆余曲折、数奇な運びによってその本拠地が突き止められるに至り。
VACは決して少なくない多大な出血を強いられながらも、インデュスティリアを打倒。
その多大な犠牲を代償に、インデュスティリアの技術の数々を回収するに至った。
その回収に至った、インデュスティリアが生み出した技術の一つに。
時空を、宇宙を越えて渡りうる「転送・転移技術」が存在。
それこそ、VACを異世界へと導く要であった――
――そこは、幻想に包まれた神秘の世界。
魔法と呼ばれる力に術が、そして幻想的な生物種族の数々が存在する。美しさと残酷さが共存する世界。
視点は、その広大な世界の内の一地域へ。
そこは大海へ面し、そして陸地が割る様に突き出る半島地形。
その先端には、物々しく荘厳であったであろう。しかし今は朽ち果て、そして招かれざる客に占拠された施設があった。
古代の遺跡。
この幻想の世界にて、はるか昔に存在した。そして高度な技術にて栄えた古代文明が残したと噂されるもの。
本来の役目はとうに忘れ去られたが。そこには「世界」を越えて渡ることを成し得る「術」が残されていた。
この世界で病的なまでに覇権を狙う大国、グテュスリオ魔帝国は。
怒涛の如き侵略攻勢の最中、道程にこの遺跡を発見。
この場所が未知なる世界へと繋がる事実を知った魔帝国は、その向こうの世界にさらなる収穫を期待。
軍団を送り込む事を決定した。
だが。その送り込んだ軍団から程なくして寄越された報告は――想定を超える脅威との遭遇。
送り込まれた軍団を含め、この地域戦線を預かる遠征軍のその将軍は。
向こうの未知の世界での状況が、みるみる内に悪化を辿った事を知るや否や。
最早死に体の送り込んだ軍団を見捨て放棄。すぐに向こうの世界との「接続」の「切断」を命じ、閉ざした。
この戦線を預かる遠征軍の将軍は、時に臆病と言われるまでに慎重だが、驕りは無かった。
事情経緯を語れば。
強大な軍事力を有するとはいえ、此度の大陸を覆う程の大侵攻は、魔帝軍にとっても数々の無理を通してのもの。
その最中で。侵略速度からすぐに戦線後方となりうるこの中途の場所より、脇道に反れて進出地点を増やすことは、こちらの脇腹をも脅かしかねないと。
魔帝軍上層部からの命令に、将軍はしつこく反対意見を呈した。
だが連戦連勝に浮足立つ上層部の多数は聞く耳をもたず、未知の世界への進出の強行を命令。そして実行に至った。
魔帝国皇室に私的なコネクションのある将軍は、親しい皇子の口添えを得るべく便りまで向けた程だが。
儚くもそれが間に合う前に。未知の世界への侵略は、この有様を迎えた。
だから反対だった。
将軍の皇室とのコネを知る、他の関係する上級司令官や高級参謀たちは。表立ってこの地の直接の指揮官たる将軍を責め罰する事こそしなかった、いやできなかったが。
面白いように我関せずを、シラを切り始め。己の戦線や後方本国に引き去っていった。
忌々しく、しかし怒りを越えて呆れ果てた程だったが。将軍はそれ以上、そのお歴々に意識を取られてもいられなかった。
向こう、未知の世界で軍団を壊滅に追いやった「脅威」。それの危険は去った保証はない。負の想定はいくらでも将軍の中に浮かんで来た。
そしてその将軍の想定は、残酷にも見事に的中を迎える事となる――
侵略の戦線は押し進み。古代の遺跡のあるこの半島地域は後方となり始めていたが。
まだ敵対勢力の残党出現の可能性は捨てきれず。併せて、補助的なものではあるが、侵略戦線への補給移送ルートも近くを通っているため。
しかしそれ以上に、将軍の「歓迎し難い事態の想定」から。いくらかの警備戦力が陸と海に、それぞれ残り留まっていた。
「まったく……いつまでここに錨を、降ろしてりゃいいんだ?」
遺跡施設の建つ、突き出た崖の根元。
荷積み荷下ろし用に急ごしらえした小さな桟橋の上で、屈強な船乗りの男がぼやく姿がある。
「将軍が何やらを心配して、戦力を移動したがらねえんだと。相変わらず臆病なまでの慎重っぷりだ」
その男にまた別の船乗りが、桟橋に着ける小舟に荷積みを行いながら。説明の言葉を、嘲るような色で伝える。
そんな男たちの視線の向こう、近くの海上に見えるは。ガレオン船やキャラベル船の数隻からなる船団。
それが後方警備のために残されている警備船団であり。男たちはその船乗りなのであったが。
海の荒くれ達から言わせれば。臆病な指揮官の想定のために、必要性の疑問な後方警備に留め置かれている現状など。退屈な上に不服なものに他ならなかった。
「……ん?」
しかしぼやき吐き捨てた船乗りたちの片割れが。何かに気づき海の向こう、今は少し濃い目の霧に隠される洋上に視線を向けたのは直後。
「どうした?」
「何か……海の向こうに変な気配あるような、波も変な気がする……」
「え……?」
その片割れの様子の変化に、もう一人の船乗りが声を掛けるが。それにまた片方の船乗りの男は、訝しみながらもそんな己が感じた物事を答える。
船乗りが故に覚えた、妙な海の変化。
船乗りの片割れはその正体を確かめようと、より向こうの海を観察しようとし。もう片方の船乗りもそれに倣おうとした。
だが。
――ヌ、と。
それぞれの船乗りの男の足首を、ほとんど同時に。足元海面より突如として伸びて来た「腕」が掴み捕まえた。
「!?……あ!?」
「は……あぁっ!?」
そして次には二人は。それぞれの足首を捕まえた「腕」に、掬うように引っ張られて桟橋及び小舟より落下。
海に落下して、水飛沫を伴って沈んだ。
少しの間、水面から底には何かが藻掻き暴れる影と。僅かな飛沫に泡が立って上がっていたが。
間もなくしてそれは鎮まり消え。代わりに浮かんで来たのは二つの――水に混じった赤黒い液体であった。
二人の船乗りの男が海中に消え。崖の麓で付近からの死角の多い桟橋周りには、一時の沈黙が訪れる。
――しかしその一時の沈黙を破り。次には今に船乗りが落ちた近くの海面より、一際の飛沫を立てて。
複数のシルエットが出現した。
「――」
ヌル、と。
現れたシルエット等は、まるで何らかの怪異かのように。
今程まで船乗りたちが立っていた桟橋の上、ないし隣接する浜に。成り代わる様に上がって来て。
その手にする得物――プレス加工で作られたサブマシンガンを。
加えられていた防水保護を手早く取り払い、そして構え。付近周囲へその銃口と視線を走らせる。
その現れたそれぞれが纏うは――VAC AFに標準配備される、カーキ色を基調とする作戦行動服。
詳細には「水路潜入員」のために、水中での行動を想定して専用加工が加えられたもの。
彼等は――VAC AFの特殊要員、コマンドー。
これよりのこの地での「作戦」のため、水路、海中より潜入接近して来て。
今、着上陸を成したのだ。
「――ッ」
桟橋周りに上陸したコマンドーは四名。内の最初に桟橋に上がった隊員――チームリーダーの士官が、背後向こうに水音を聞く。
見れば向こうの浜辺、そこに揚げられた小さな荷船の影から。ちょうどその水夫が今程の光景を再現するように、海に落ちる、いや引き摺り込まれる姿が見えた。
そして、今程と同じく少しの沈黙の後。向こうに海中より海面を割り現れたのは、また別のコマンドーチーム。
周囲は死角が多いとはいえ、上陸の際には浜にはいくらかの「目撃者」が出てしまう。
それを「消し」、こちらのチームをバックアップするための別働チームであった。
「全てクリアだ――」
向こうにその別働チームのその行動完了から上陸を見て。リーダーの士官はそう静かに零す。
「怖いくらい予定通りだな」
背後で、こちらのチームの一名が周囲に他に人影が無い事を確かめながら。やはり静かに、皮肉気にそう零す。
「ドデカい花火の向けられる先に立つんだ。それくらいは保証があって丁度良いくらいだ」
しかしそれに士官は、また皮肉気な回答を返す。
「行くぞ――」
そしてしかし会話はそこまでとし。
一度目撃者はいなくなったが、いつまた異変に気付き、人がやってくるかも知れぬこの場を後にいて。「目的」を成すべく。
コマンドー各チームは素早い動きで、互いを援護する隊形で桟橋周辺より移動。
間もなくその周囲から人の姿は無くなり。いつもと違う気配を先に訴えた、しかし聞く者の居なくなった波の音だけが残った。




