人間の最大欲求、まさにそれ
『稀代の悪女』と呼ばれたリベカは、目を覚ますと八歳になっていた。※Not4869...
二つの世界の記憶を持つ彼女の"今回"は、怠惰な性格と相まって、召命〈ミッション〉である"休むこと"が最大効力を発揮している様子。
怠惰な悪女は聖なるお休みをいただいて、聖女になる___のか?
『稀代の悪女』リベカは、握っていた新聞紙を放り投げ柔らかい寝台のうえで転がりながら唸った。
「はあ・・・一体これは・・・。」
面倒くさいことが世界で一番嫌いな人間が、その一番嫌いなことに巻き込まれたことを確信した瞬間でもあった。
いや、正確に言えばその"瞬間"は一週間前に遡る______。
一週間前。
「キャーッ!」
ガシャン、という騒々しい金属がぶつかる音に思わず肩が跳ね上がる。
「お、お嬢様・・・、お嬢様・・・!」
恐る恐る振り返ると、使用人の制服らしきものを着た20代くらいの若い女性が、青ざめたような、興奮したような顔で立ちすくんでいた。足元は水を汲んだたらいを落としたせいでぐっしょりと濡れている。
「目を覚まされたのですね・・・!」
混乱の中頭が追いつかないといった様子ではあるものの、喜びのような感情をその顔に含ませながら、緑色の瞳に雫を溢れさせた。本当に良かった、と言いながら、びしょびしょになった床に座り込んでしまった。
「濡れちゃうよ。」
心配半分、呆れ半分、少しの嬉しさ半分、ん?計算変だな。
とにかく。
「ルツ、その気持ちはありがたいけど、そんなとこ座ってないで。」
使用人___ルツの側に駆け寄って立たせようと腕を引こうと試みたが、この体の大きさでは中々思うように起き上がらせることができない。
「お嬢様・・・。」
ついには顔を覆って泣き始めてしまったルツの腕を引くことを諦めて、水浸しの床に足を折る。また出会えた嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で、回しきれない短い腕をルツの首に必死に巻き付けて抱きしめた。
使用人であるルツは、私にとって最も大切な人だ。栗色の柔らかい髪の毛を緩く結って、使用人の制服___とはいっても"公女宮"の侍女長なので__侍女長に支給された服をきちんと着用し、綺麗な緑色の宝石がはめ込まれた優しい顔にはいつも穏やかな笑みまで携えられている。私が"一度死んだ時"、つまり、私が『稀代の悪女』だった時ですらも、どんな時もそれは変わらなかった。
そもそも、と、おいおいと泣き縋る愛しい使用人を腕に抱えながら、自身のことを振り返らなくてはいけない。これから起こることが確定している、数々の煩わしくて仕方ないことを回避し、なんといっても休まなければいけないからだ。いや、振り返ろうにも、一体どこから振り返ればいいのやら・・・。よくよく考えるとそれも私が嫌いな面倒くさいことにカテゴライズされる気がする。
簡単に整理をするとすれば、
一つ。私には二つの世界の記憶があり、それは前世ではないということ。
二つ。この世界での私は、『稀代の悪女』と呼ばれるようになること。
そして、三つ。優雅な休息をいただくことが、私の召命であると知っているということ___。
うん、今日ももう休んじゃおうかな。