第1話 『チート能力開放イベント(のはずだった)』
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「は? は? はあああああああああああ!?」
私は叫んでいた。森の中を、泥と枝と不安定な足場を踏み抜きながら。
さっき見えたステータス画面が、頭から離れない。
【黒崎 紗彩】Lv.-5
職業:詰み ▶︎説明:全体的に詰み
スキル:詰み ▶︎説明:全体的に詰み
称号:Lv-/特異者
HP:10/10 MP:??
筋力:D 敏捷:C 魔力適性:無効
「ねぇ、ツッコミ待ち? いや違うよね!? いやツッコむしかないだろこの地獄構成!?」
息を切らしながら、ただ歩く。というか、森の中に道なんてない。枝をかき分け、斜面を転がり、もはやサバイバルゲーム。
「ステータスって何? ゲーム? いやこれ異世界よ!? 私、転生したんじゃないの!? どうして詰みスキル詰み職って書いてあるの!? ねえ、マジで誰か説明してぇぇええ!」
──そのとき、草むらがガサリと揺れた。
「……ッ!」
びくっと身を強張らせる。足を止めて、じり……と後ずさる。
──現れたのは、灰色の毛皮を持つ、耳の長い、丸っこい生き物。
「あれ……ウサギ……?」
いや、違う。よく見たらデカい。いやいやいや、明らかにデカい。
「……体長1メートルくらいあるっておかしくない!? 進化したウサギ!? 魔物系!? まさか……」
ごくりと唾を飲む。
「ついに来た……チート能力開放イベント……!」
テンションが一気に跳ね上がった。
「異世界転生といえば初戦闘から覚醒! 主人公補正発動!! ここで魔法が発動して“あれ……俺、何かやっちゃいました?”のやつ来るぞッ!」
私は両手を掲げ、全力で妄想モードに突入した。
「我が右腕よ……今こそ目覚めよ! 闇の力よ、刹那を斬り裂け!!」
ウサギはぴょんと跳んだ。
「“黒炎閃牙砲!!”」
──何も起きなかった。
「──え?」
その瞬間、ウサギが一直線に突っ込んできた。
「うわあああああああああああああああ!!?」
鼻先でぶっ飛ばされ、草むらを4回転しながら転がる。
「ちょっ……待っ……無理無理無理無理無理ぃいいい!!」
私は全力で背を向け、走った。
なんだよ、チートは!? 主人公補正どこいった!? 黒炎閃牙砲は!? 誰か説明して!!
「この世界……優しくない!!!」
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しばらくして、木々の隙間から光が見えた。
見下ろすと、小さな村のようなものがある。木柵の囲い、煙の上がる小屋、畑と家畜。
そして背後にうさぎ。、
「っっっっ!! 人の住んでるとこおおおおお!! 助かるうううう!!」
私は最後の力を振り絞って丘を駆け下り、村の門へ向かって叫んだ。
「だれかぁあああ!! モンスターにぃいい追われてるのおおお!! 助けてぇええええ!! 社畜はもう戦えないのおおお!!」
門が軋みを上げて開き、剣を持った男が姿を現した。
「うるさい。黙れ」
──そして、彼の剣が一閃。背後から迫っていたウサギを、たった一撃で叩き伏せた。
「えっ……うそ……ウサギが……ワンパン……?」
私はそのまま地面にへたり込み、泥と涙と疲労で、空を見上げてつぶやいた。
「この世界、マジで詰んでるわ……」