その名はアルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバー
一週間の時が流れた。
学園のあの虹色の菜園ではついに収穫の時が訪れていた。
俺は再び、深夜の闇に紛れて、菜園に忍び込んだ。
そこに広がる光景に息を呑んだ。
土から顔を出している、無数のニンジン。
その一本一本がまるで、宝石のように七色の淡い光と放っているのだ。
マナとたっぷりと吸い込んだ、その証拠。
俺はその中から、最も大きく、最も美しく輝いている一本と慎重に引き抜いた。
ずしりとした重み。
土と洗い流すと、現れたのは磨き上げられた、オレンジ色の芸術品。
これが俺の一週間の研究の成果。
『アルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバー』だった。
その日の夕食。
ヴァイスハイス家の食卓には緊張した空気が流れていた。
俺は自信作とリリアの前にそっと置いた。
それは厚めにスライスした、究極のニンジンとバターと蜂蜜で、じっくりとソテーした「アルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーステーキ」。
オレンジ色の輝き、立ち上る甘く香ばしい香り。見た目も香りも完璧だ。
「リリア。さあ、食べてみるがいい」
俺はゴッドファーザーのような口調で、そう促した。
俺の尋常ではない、その気迫にリリアは少し、気圧されたようにおずおずと、ナイフとフォークと手に取った。
きらきらと輝く、アルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーステーキと一口サイズに切り分けると、その小さな口へと、運んだ。
俺は固唾を飲んで、その反応と見守った。
どうだ、リリア。
美味いだろう、アルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーは!。
これがお父様の愛と科学と錬金術の結晶なのだ。
さあ言うがいい。「お父様、このニンジンなら、いくらでも食べられます!」と!
リリアはもぐもぐと、数回、咀嚼した。
ごくり、と、それを飲み込む。
俺は彼女の次の言葉と待った。
しかし。
次の瞬間。
リリアの愛らしい顔がくしゃり、と、歪んだ。
その顔色は見る見るうちに青ざめていく。
彼女は口元と両手で、ぎゅっと、押さえた。
「……ぅ……ぷ……」
まずい。
その表情は雄弁にそう語っていた。
彼女は耐えきれなくなったのだろう。
椅子から、飛び降りると、一目散に洗面所へと、駆け込んでいった。
すぐに奥から、激しい、嗚咽と、全てを吐き出す、無慈悲な音が聞こえてきた。
俺はその場に膝から、崩れ落ちた。
目の前が真っ暗になる。
嘘だ。
嘘だと言ってくれ。
あれは究極のニンジンだったはずだ。
俺の一週間の研究と、努力と、寝不足は一体、何だったというのだ。
しばらくして、リリアが涙目で、しょんぼりと食卓に戻ってきた。
俺の前に立つと、深々と頭を下げた。
「お父様……、ごめんなさい……」
そのか細い声に俺はもう、何も言うことができなかった。
「わたくし……、頑張って、食べようと、思ったんです……。お父様が一生懸命、作ってくださったから……」
彼女はぽろぽろと、大粒の涙とこぼし始めた。
「でも……、でも……! どうしても……っ!」
しゃくり上げながら、彼女は顔を青くした。
「わたくし、ニンジンは……。うげぇ~~~~っ」
口から放たれる虹色の光。
アルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーが輝いて散る。
その残酷なまでの真実。
それに俺は打ちのめされた。
なぜだ、これほど完璧な作戦がなぜ失敗するんだ…!?
◇◇◇
後日。
学園の俺の秘密の工房には山のように積まれた、虹色のニンジンがあった。
俺が情熱の全てを注いで、育て上げた究極のニンジンの残骸だ。
俺はそれとどうしたものかと、途方に暮れていた。
そこにひょっこりと、シエルが顔を出した。
「先生、こんにちは! ……って、わー! 何ですか、このニンジンの山は!? いや、これニンジン!? なんか光ってるんですけど」
彼女は目と丸くしている。
「く…、惨めなものだ。ここまで己の実力のなさを痛感するとは…! しかし俺のアルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーに間違いはないはずだ!」
俺は机を拳で叩いた。
「娘が、娘が俺のニンジン料理を食べてくれない!いったいなぜだ、味も栄養も完璧だというのに」
「あー、先生の娘さんって小さいですよね」
「…あぁ。だがなにかそれでわかるのか」
「ただのニンジン嫌いじゃないんですか。ほら、小さい子のよくあるやつ」
俺はしばらく固まった。
そうか。
そうだったのか。
問題は素材でも調理法でもなかった。
ただ、純粋に好みの問題だったのか。
俺の父親としての観察眼のなんと、節穴だったことか。
ふと目を横にすると、愚策の山が転がっていた。
見ていると腹が立ってくる。
だいたいなんだ、なんで七色に光ってるんだニンジンが。
「……これいるか。栄養と味は保証する」
俺がぶっきらぼうにそう言うと。
シエルの顔がぱあっと、輝いた。
「本当ですか。 わーい! ありがとうございます、先生のいうことならきっと本当に美味しいんでしょうね!」
彼女は嬉々として、その虹色に輝くアルティメット・スーパーレインボー・キャロット・エピックウーバーを、持参した大きな麻袋に詰め込み始めた。
その幸せそうな横顔を見ながら、俺は小さくため息をついた。
まあ、いいか。
俺の父親としての失敗がこうして、誰かの笑顔に繋がるのなら。
それもまた一つの贖罪の形、なのかもしれない。
俺は工房の窓から広がる青い空を見上げながら、ほんの少しだけそう思った。
そしてまたしばらくすると、クロウリー・ベーカリーの客が虹色に輝くという事件が発生した。
まぁこれはもうどうもでいい話である。




