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グレタへの帰還、不法侵入と脱出と

~ベータシア星系の第十三惑星宙域~


 サンゴウは、次の目的地となったベータシア星系の第十三惑星がある宙域へと急行し、到着していた。


 第十二惑星宙域での戦いを、ジンが単独の一撃であっさりと終わらせたからだ。


 到着した、新たな異なる戦場で繰り広げられた戦いは、それはもう凄絶で凄惨なものであり、勇者ジンは死力を振り絞っての攻撃を。


 っと、そのような事態になるはずもなかったのが現実なのだった。


 第十二惑星の宙域で起きた戦いの結果からしても、ジンとサンゴウが手を出す時点で、そのような感じの展開になるはずがないのである。


 実際のところ第十二惑星の宙域での戦闘と同じように、サンゴウが感応波を用いてデルタニア星系では『宇宙の掃除屋』と呼ばれる宇宙獣を一か所に集めた。


 そこへ、ジンが聖剣による一撃を加えて、害獣駆除を目的とした必要な戦闘はあっさり終了と相成ったのであった。


 戦いを終えたジンは、とっととその旨を連絡する。


 むろん、その相手はベータシア伯爵。


 ロウジュの実父に、『宇宙獣の駆除完了』の報告をするための『追加の』通信を行ったのだった。


 事後の段取りを円滑に進めるため、ジンは第十二惑星の宙域を離れる前に途中経過としての報告をする通信を行っている。


 故に、ベータシア伯本人は主星から出立して、現場確認に向かう航行中であったりした。


 そうした理由もあって、二者の物理的な距離は縮まっており、レスポンスの良い通信が成立したのであった。

 

 そして、ジンからの追加報告が終われば、ベータシア伯爵にとっての屈辱的な政略結婚を、成立させなければならない理由は完全に消失する。


 格下の爵位の、金だけは持っている裕福な男爵家に対して。


 先々に受けられるであろう援助と引き換えに、娘を差し出す形の婚姻など不要となるのだ。


 ベータシア伯爵にとって、ジンとサンゴウのコンビはまさに救世主であった。


 何故なら、ベータシア伯爵領の領軍を以ってして、対応に四苦八苦していた初見の謎の宇宙獣を、短時間で消滅させる偉業を成し遂げた相手なのだから。


 しかも、ジンがそれを行った理由が理由である。


「ベータシア伯爵家の令嬢、ロウジュからのお願いがあったから」


 ジンが語ったこの言葉の意味するところは、必ず対価が必要となってくる、いわゆる『契約』ではないのだ。


 もちろん、だからと言って『タダ働き』で終わらせてしまってはならない。


 もしもそんなことがあれば、ベータシア伯が恥を晒すことに繋がってしまうのだから。


 まぁ、それはそれで一旦脇へ置いて、だ。


 ジンがロウジュとの間で行うと決めた内容は、それだけではないのが大きい。


「事後、二つの惑星を復興させるための援助をすみやかに行う。それをロウジュとの間で約束している」


 ジンの口からそのような事後報告的な情報が加算されれば、伯爵家の当主は感謝と同時にジンへ支払うべき対価について、かなり不安も過るのだが。


 そんなジンからの報告に続いて、ベータシア伯爵に提案された内容は以下のようになる。


「今回の、男爵家の子息との結婚を前提としたお見合いを中止されてはどうでしょうか? もしその意思がおありならば、それを伝える映像記録データをサンゴウで早急に中立コロニーグレタへと運ぶのも吝かではありません。私の船は足が速いので、現在位置から発って、十時間以内には届けることができます。いかがでしょうか?」


 ベータシア伯爵は、願ってもない提案に飛びつく。


 むろん、『ジンからの提案を蹴って、領軍にはできなかったことを、サンゴウ単艦で簡単に行えるレベルの武力を持っている相手の、機嫌を損ねることが得策ではない点』も考慮に入れた結果、飛びついたわけなのだが。


 付け加えると、この先ベータワンの引き渡しもしてもらわねば困る相手なのだから、尚更ジンとの関係を悪化させるわけにはいかないのが伯爵側の立場であった。


 そのような流れで、ジンはベータシア伯爵からの、『お見合い中止指示』のデータを受け取る。


 サンゴウは次の目的地をグレタとし、一連の宇宙獣殲滅作戦の最後の仕上げとなる跳躍航行へと移行したのだった。


 最後の跳躍航行に入る直前の時点で、サンゴウがグレタから出港した時刻からの時間の経過は、十時間少々となっている状態。


 客観的には、『はたしてアレを『戦闘』と呼んで良いのか?』という極めて妥当であろう疑問はさておき、宇宙獣との戦闘自体は『一瞬』と言い切っても過言ではない時間で終了している。


 けれども、サンゴウが感応波を用いて宇宙獣を一か所に集めるのには、それなりに時間が消費されたのも事実だ。


 移動時間も加味して、事後のロウジュパパとのやり取りに必要だった時間もしっかり存在している。


 最速最短を目指してジンとサンゴウが頑張った結果は、なんやかんやとこんなものであった。




 ベータシア星系の第十三惑星の宙域から発ち、約六時間の航行時間を経る。


 サンゴウは懐かしの我が家でもなんでもない、単に約十六時間前まで着岸していたコロニーを目指しているだけだった。


 そして、いざグレタが存在する宙域へと接近を果たした時、出立前に通信の中継用に配置してもらったはずの宇宙船への通信は、できなかったのである。


 ジンもサンゴウもこの事態をなんとなく予想はしていたが、やはりロウジュたちのお見合い相手の男爵家からの妨害が入っているのだろう。


 だがしかし、だ。


 こんなこともあろうかと、別の手も打ってあった。


 ジンとサンゴウは、すぐさまそちらの手段を試す。


 それは、ロウジュの所持するイヤリング型の子機へ通信であった。




「こちら、ジン。ロウジュ。無事か?」


「ジン? ジンなのね? 私たちは無事です。 この通信が入るってことは。つまり、もう帰って来られたの?」


 ロウジュからすれば、唐突に届いた通信になる。


 事前にジンから『一日以内に』と告げられてはいたロウジュだったが、いくらなんでも戻って来たのが早過ぎる。


 少なくとも、彼女の持っている常識から判断すると、そうなってしまうのも無理はなかった。


 前述のそれは、そうした前提があって飛び出した質問であった。


 そもそも、ジンがロウジュに語ったことは本当に実現する可能性が極小、いや、奇跡の領域のお話だったはずなのである。


「おぅ!」


「戦果は? 朗報を期待して良いのかしら?」


「ああ。もちろんだ。俺、勇者だもん!」


「フフッ。ええ。ええ! 私の勇者さま! 早く囚われの身の私たちを連れ出しに来てくださいませ」


 もうこの時点で、少なくともロウジュの側のジンへの好感度は最大にして最高であった。


 ライクではなくラブの、いや、マジラブの領域に突入である。


 その事実に、ジンは気づいていないけれど。


 ここでもまた、『残念勇者の面目躍如』となったのは、些細なことなのだろう。




 ジンとサンゴウがロウジュたちと別れて、グレタを出たのは現地時刻の朝七時過ぎだった。


 そして、グレタへ戻って来た今、現在の現地時刻は二十四時前後である。


 なんだかんだと、『出発してから日付が変わるか変わらないか?』くらいの時間で戻ってきている。


 よって、最強のコンビが出した結果は、『たいしたもの』と言えるのは間違いない。


 そんなサンゴウたちに対して、男爵側が何を意図し、通信妨害をしているのか?


 それは、サンゴウにもジンにも予想がつかず、わからない。


 わかるのは、悪意が確実に存在していることと、事前にそうした事態の発生を想定できただけである。


 ロウジュとの通信を終えたジンは、彼女らの身の安全について考えていた。


 その思考は、『こんな時間だが、グレタで襲撃とかあるのだろうか? 伯爵邸に? ないだろ。ないよね?』となっている。


 もちろん、『希望的観測の成分多め』というか、『願望コミコミ』ではある。


 そんな感じの思考をしていたので、ジンが盛大にフラグを立てまくった感はあった。


 けれども、結果的にグレタのベータシア伯爵邸において朝までは何事もなく、事案発生とはならなかった。


 そう。


 何も起こらなかったのだ。


 ジンがロウジュたちを迎えに来ることも、である。


 何故そのような事態となったのか?


 まず、男爵側は、グレタ内のベータシア伯爵邸の監視自体は手抜かりなくしっかりと行っていた。


 その上で、男爵側の計画では、『お見合いと称してロウジュたちを連れ出すための迎えを出すのは、朝一で先触れを出し、午後一から』という段取りだったのだ。


 セバスが手配した中継船の通信士の買収も、グレタの宇宙港の管制官の買収もなされている。


 それだけに、『少なくとも明日が終わるまでの間に、邪魔が入ることはないだろう』と高を括っていたのであった。


 片や、ジンはジンで現地時間の二十五時前には、グレタへの入港申請の手続きを完了していた。


 ただし、グレタ管制官の言い分は『係留場所に空きがないので、入港可能日時は追って知らせる』となっていたのだった。


 その段階におけるサンゴウは、既にグレタからの許可がなくても許される、限界ギリギリの距離の宙域を遊弋している状況にある。


 そこまでグレタへと近づいた、サンゴウの性能を以ってすれば、だ。


 コロニーの港の開口部分を視認し、捉えることができてしまう。


 それは、係留場所の全てが確認できるわけではないものの、それでも、少なくとも一部は状況を把握できることを意味していた。


 ギアルファ銀河帝国における通常の艦船の能力では、ひょっとしたら光学的に、モニターでの確認が不可能な距離であるのかもしれない。


 だが、サンゴウは違う。


 科学技術が発展しまくった超文明によって生み出されたサンゴウは、この世界の艦船を比較対象とするならば、頭に超をいくつ付ければ良いのか悩むレベルの高性能艦なのであった。


 そんなサンゴウにとっては、グレタの港の内部状況が普通に視認できていたのだ。


 機械式の宇宙船とは一線を画す生体宇宙船の性能は、伊達ではないのである。

 



 視覚から得られる情報で、サンゴウが今朝まで係留されていた場所が明らかに空いていた。


 外部からそれが確認できたため、サンゴウは再度グレタに問い合わせる。


「今現在、そこは確かに空いてはいる。だが、そこは予約済みのスペースであり、入港予定船が使うことになっている」


 問い合わせに対するグレタの言い分では、このようなモノであった。


「予約している艦船の入港予定時刻までに、必ず出港する。なので、今空いているバースを使わせて欲しい」


 サンゴウとしては、要望を出してみた。


 それでも、使用許可は下りない。


 そもそも、グレタ側はサンゴウを入港させないことが目的なのだから、これは当然の話の流れであろう。


「なぁ、サンゴウ。ロウジュたちをこの船に乗船させるには、何をどうするのが良いと思う?」


「はい。『サンゴウの子機のサイズを調整し、『艦載機』と称して用意。その子機にて入港手続きをし、接岸する方法が一応は合法的手段』と考えられます。けれども、今の状況だとその方法でも許可が下りないでしょうね。現状は、『サンゴウを入港させないこと自体がグレタ側の目的』と判断できます。故に、別の選択肢が二つ。『手段を選ばず』でしたら、強行接岸で港を使用する方法と、艦長のデタラメ能力に頼る方法の二つですね。最初の方法と合わせて、全部で三つをサンゴウは提示できます」


「それ、最後のさぁ。三つ目がなんかおかしくね? 俺を『デタラメ』って言うな!」


「サンゴウが元々いた世界にも、おそらく、この世界にも『魔法』などというモノは存在しませんので。また、『デタラメ』の根拠はそれだけではありません。人間とは、通常生身では宇宙空間で活動できないのです。ましてや、剣一本で危険度の判定が『AA』クラスの宇宙獣を一撃で消滅させるとか。そのようなことは絶対にできません。まだまだ根拠はあります。サンゴウに必要な航行エネルギーの全てを、二メートルにも届かない小さな身体から生み出して供給することだって、艦長にはできてしまう。ほら、十分に『デタラメ』な存在じゃないですか。艦長ならワンマンアーミー状態でグレタへと問答無用で突貫し、ロウジュさま、リンジュさま、ランジュさまの三人を掻っ攫ってくるようなことを、『余裕でやりそう』とサンゴウは推測するのですけれど」


 サンゴウの見解を拝聴したジンは憤慨した表情から始まったものの、最後には神妙な顔へと変化していた。


 ファンタジー世界産の勇者は、『そうだな。『できるか? それともできないか?』って問われると、できるだろうなぁ』と、妙に納得させられてしまう。


 サンゴウが述べた『デタラメ』に対しての根拠は、それほどに説得力があったのであった。


「そう言われるとな。短距離転移を繰り返して、光源用の透明部分からコロニー内部を視認することさえできれば内部へも転移で入り込めるし。単純に港へ強行突入して単独潜入することもまぁ、不可能じゃなさそうだし。うむ。確かにやろうと思えばできちゃいそうだな。だがなぁ。それって『人のサイズ』とはいえ、レーダーやセンサーの類にはまず間違いなく引っ掛かりまくるよね? いきなりコロニーへの無断侵入の罪人とか。それはさすがに『勘弁してもらいたい』ってのはあるんだが。あっ!」


「どうされました? 『あっ!』って何ですか?」


「『レーダーやセンサー類に引っ掛からなければ良い』ってだけなら、俺、影魔法使えば行けるわ」


「どんだけデタラメな存在なんですか。もう、『影魔法』とか何なんですかそれは。わけがわかりませんよ。でも良いです。できるのならば、もうそれでやってしまってください」


 サンゴウの言いようは酷いモノだが、『サンゴウは自身の存在のことを棚に上げている』とも言える。


 そもそもサンゴウの存在だって、ギアルファ銀河の基準から行けば十分にデタラメなのだ。


 少なくともギアルファ銀河帝国の宇宙船は『感応波』なんて使えないし、『超空間砲』などというトンデモ砲は持っていないのである。


 もし、ギアルファ銀河帝国の住人たちに対して、サンゴウについての意見を求めたら、『お前の性能は反則だ!』の大合唱であろう。

 

 つまるところ、『ジンのことを、どうこう言える立場か?』と言えば、だ。


 普通に、『お前が言うな!』となるのである。


「おう! グレタに入港するっぽい船が何か来たら、その影に潜り込むことにする。一応探査魔法で俺もそれっぽい船の動向に注意しておくが、サンゴウも発見できた時点で教えてくれ」


 そうして、どこかからやって来る入港船を待つこと数時間。


 朝になり、やっとジンにストーキング可能な船が現れてくれたのであった。


 それを利用して、ジンはとっととグレタへの潜入ミッションに突入したのだった。




 そんな流れから、あっさりとグレタ内部への潜入に成功したジン。


 異世界産の勇者はついに、科学技術満載の宇宙コロニーへの無断侵入、犯罪者デビューを果たす。


 特にジンの場合は、本来なら上陸前の『要検疫対象者』であるので、無断侵入されたコロニー側からするとジンは超が付く重犯罪者となる。


 ただしこれは、あくまで『捕まってバレれば』のお話でしかないのだけれど。


 ジンに言わせれば『バレなきゃ犯罪でもなんでもない!』なのであった。


 どこかのアニメの赤い人が言っていた、『当たらなければ~』と同じレベルの発想であるのは些細なことであろう。


 また、『もしも』の話ではあるのだが。


 今回ジンが検疫を受けることなく無断侵入したことが原因で、グレタ内に病魔が蔓延るような事態が発生したならば、だ。


「俺が全部魔法で治してやらぁ!」


 ジンにはそれぐらいの覚悟も実力もちゃんとあるので、前述のように言い切れる。


 なので、『無検疫』と『無断侵入』について弁明的に語るとすると。


「見逃していただきたい」


 それが、ジンの単純で明確な本音となる。


 もちろん、その本音には、『そもそも、入港許可を出さないお前らも悪い』というグレタ側を責める気持ちもしっかりと含まれているわけだが。




 ロウジュを相手に、グレタへ侵入済みのジンは継続的に通信で連絡を取る。


 それに並行して、マップ魔法と探査魔法を使用することで、ジンはロウジュたちの位置を特定した。


 そうしてついに、影魔法を駆使したジンがベータシア伯爵邸へと到着し、その内部へも無断侵入する。


 尚、この時のジンが『何故無断侵入したか?』と言えば、だ。


 その答えは、『伯爵邸を監視しているっぽい存在が、複数感知できたから』だったりする。


 ジン的には、通信でロウジュには自身の接近が伝わっている状態なだけに、来訪のタイミングを告げて伯爵邸に外部から見て取れるレベルの異変が生じては困るのだから。


「(真っ正直にお宅訪問な感じで、俺の姿を伯爵の関係者以外の他者に見られるのは、どう考えても不味いだろうな)」


 そんな判断を、ジンは下していたのであった。


 それはそれとして、ジンが伯爵邸内で突然姿を現し、内部の使用人に驚かれることになったのはご愛敬であろう。


 ジンが来ること自体は、ロウジュ経由で使用人たちへと知らされてはいた。


 だが、そうであっても、実際に目の前に何の予兆もなく人が現れれば、そりゃあ驚くのが当然である。


 かくして、ジンはロウジュとの『感動(?)』の再会を果たした。


 しかし、そのタイミングでは、『熱い抱擁から接吻へ』などいう場面は発生しなかった。


 別れてからの時間の経過が、たった一日であったことがその理由の一つだったのは確かであろう。


 また、ロウジュにとっては『周囲には関係者だけしかいない』とはいえ、その場にある他者の目も気になる。


 つまりは、ロウジュが最大限に自制心を働かせることで、ジンに抱きついてキスをするのを自重しただけの話なのだが。


 それはそれとして、グレタにあるベータシア伯爵邸内で働く人員の総数はたった十人に過ぎない。


 そこにロウジュたち三人が加算されたので、邸内に滞在している人員の総数としては、十三人となる。


 ジンの感覚からすれば、屋敷の規模に対してちょっと人員数が少ない気がしなくもなかった。


 ファンタジー世界の、ルーブル帝国の貴族を知っているだけに、そのような細かな部分も気になってしまう。


 しかし、ジンの知る世界とは文明レベルが違うので、ギアルファ銀河帝国の貴族における別荘的な屋敷であればこんなものなのかもしれない。




 三姉妹とセバスにアルラを交えて、ジンは今後の対応を話し合う。


 もちろん、サンゴウに乗船した経験を持つ三人のメイドは側に控えているのだが、話し合い自体には参加していない状態であった。


 ジンを含めた六人全員の現状認識は全く同じであり、『正規の手段でグレタを出るのは危険』ということで意見が一致した。


 通常ならここから、『さぁどうしましょう?』と、頭を悩ませることになるのであろう。


 けれども、勇者ジンがいた場合は話が変わって来る。


 ジンのデタラメさを以ってすれば、やりようはいくらでもあるのだ。


 決めるべきことは同行する人員の確定と、持って行く荷物。


 それだけである。


 ジンとしては、伯爵邸を空にして全員を連れて行っても問題ないし、なんなら屋敷丸ごとを収納空間に放り込んで、文字通り跡形もなくして去ることだって可能であったりする。


 しかしながら、この屋敷は伯爵家の資産であり、グレタへの税も支払っているので『空き地にして、まるで夜逃げのように屋敷ごと全員姿を消す』というのも、『それはそれでどうなんだ?』と考えてしまうのだ。


 なので、ジンは己の手の内は明かさず、『全部ひっくるめて持って行ける』などとは発言しない。


 ベータワンを収納空間に入れている事実もあるので、不用意な発言は控えたいところであった。


「それじゃ、最終確認だ。セバスと使用人四名に料理人一名は屋敷の維持で残留。三姉妹とアルラとメイド三人は、サンゴウへ乗船して伯爵領の主星へと向かう。サンゴウまでの移動手段と持って行きたい物資の運搬については、俺に一任。それで良いか?」


 三姉妹と随伴するメイドたちを代表してロウジュが、そしてセバスが残留組代表として同意の返答を行う。


 しかし、そこからは『メイドたちが急いで荷造りを』とはならなかった。


 何故なら、サンゴウからの下船時に降ろした荷物が、荷解きをされていない状態のままだったからである。


 アルラが意見を取りまとめて、『そのまま全部持って行こう』という話に決まりかけた。


 だが、そこでジンが待ったをかける。


 それは、その荷物の中には、武器が含まれたままだからであった。


「武器についてもそのまま持って行くのか?」


 ジンは率直にそう尋ねたのだった。


 ジン的には、『武器をサンゴウ内に持ち込みたい理由は?』となってしまう。


 サンゴウの性能、宇宙船としての安全性は非常に高く、船内での生活に宇宙服の着用は必要とされない。


 つまり、『何の話か?』と言えば、だ。


 外敵の侵入はまず考えられず、仮定として船内への外敵の侵入を許したケースだと、サンゴウの機能は生体であるが故に、停止が前提になってしまう。


 その時点で、船内生活を生身で行っている状態の人間の生存は絶望的となるのだ。


 改めて想定できる状況を整理すると。


 外部からの敵の侵入はあり得ないので武器は不要。


 万一侵入された場合は、サンゴウが全機能を停止している以外の状況があり得ず、船内の空気が流出していて人間が生存できない。


 故に、武器を使用する以前の問題となる。


 要するに、どちらを念頭に置いても武器は何の役にも立たないのである。


 そうなってくると、残る理由は『ジンから身を守るため』になってしまう。


 すると今度は、『男として信用されてない』とか、『おそらく『ない』とは思うが、アルラたちには船内で暴れるつもりがあるのか?』などの考えにどうしても思考が向く。


 武器の持ち込みは、相応の理由がなければ成立しないのだから。


 まぁそれはそれとして、現実問題だと勇者ジンの戦闘力からすれば、女性七人が一致団結して武器を持ったところで相手にもなりはしない。


 しかしながら、これはジンからすると信用の問題であるので、意図するところの確認は必要なのであった。


 ここで初めて、ジンはこの世界特有の常識と己が持つ常識の違いの一部を、再確認する羽目になるのだけれど。


 最低限の自衛武器の持ち込みは、この世界の住人の感覚からすると『基本中の基本だ』という現実を知らされたのであった。


 一体どういうことか?


 まず、宇宙船の内部での生活時は宇宙服がいたるところに用意されており、緊急時には着用が必須となる。


 というか、常時着用が推奨されていたりもする。


 その上で『通常、艦船に積み込まれている武器』というのは、艦内や船内で戦闘があった場合を想定して、相応の分量が必ず準備はされている。


 しかしそれは、乗組員の分と、それにせいぜい予備が少々あるかどうかの分量でしかない。


 民間輸送船などにおいては特にそうなのだが、『賊に襲われて船内で戦闘が発生』などということも可能性としてあり得るのである。


 そういったことを想定すると乗組員以外で乗り込む場合、『護身用の武器を自前で持っていないと船内の武器だけじゃ足らんよね?』ってことになるのだった。


 もちろん、過剰な威力を持つと判断されるような武器は護身用として認められないけれど。


 メイド長のアルラから丁寧な事情説明を受けて、ジンは改めてサンゴウの優秀さを認識できた。


「(サンゴウがあの時、『武器持ち込みの認識の違いがうんぬん』と言っていたのは、持っている感覚の差異を感じ取っていたのか!)」


 このようなことを思い起こしてしまう、エピソードがしっかりと存在していたのだから。


 とにもかくにも、そういった説明を受け、『ちょっとびっくり!』なジンなのであった。


 場所が変われば常識だって変わるのだ。


「(ここの常識は、俺が知るファンタジー世界とも、そこに召喚される前の日本とも、全く違うのだなぁ)」


 ジンは説明を受けたことで、納得して了承した。


 ただし、武器を持ち込んでもサンゴウ内では、前回同様一時没収されるだろうし、サンゴウの管理下で保管されることになるであろうけれども。



 

 そうこうしているうちに、男爵側からの何らかのアクションがあるのであれば、先触れなどが来てもおかしくない時刻が迫っていた。


 ジンはまず、この状況でも外出しても比較的怪しまれることのない、使用人の影に出発する全員を放り込んだ。


 続いて、荷物については影に入れたように他者には見えるように偽装しつつ、そそくさと収納空間へ放り込む。


 荷物を影の中ではなく収納空間へわざわざ入れたのは、生き物が収納空間に入らないことを利用して簡易検査が自動でなされるからである。


 艦長としては、サンゴウの船内に虫の類やネズミなどの小動物の類を持ち込みたくはないのだから。


 特に『G』はだめだ。


 ここでは関係ないが、『Gはな。アレは、人類の敵だ』とジンは考えているので。




 全ての準備が完了し、使用人に港へできる限り近づいてもらう。


 そんな感じで行けるところまで行ってしまうと、そこからは、影から影への移り渡りとなるのだけれど。


 そうこうして、ジンは出港する船の影に潜り込むことに成功する。


 ただし、それだけではサンゴウに辿り着くことなどできない。


 グレタからの脱出を成功させたジンは、宇宙空間にて短距離転移魔法やシールド魔法を駆使することで、連れて来た全員を無事にサンゴウへ乗船させたのであった。




 ジンらが船の影に潜り込んで出港した頃。


 伯爵邸に残っていたセバスは、男爵からの先触れの応対をしていた。


「男爵邸でのお見合いへ参加していただくためのお迎えが、午後一でこちらへ来ます」


 先触れが告げた内容は相談や打診ではなく、通告でしかなかった。


 しかし、ロウジュたちは出立済みであり、伯爵邸に戻って来ることはない。


 つまりは、先触れが告げてきたことは、セバスたちには実現不可能な内容でしかないのだった。


 いや、厳密には、『先方が手配するお迎えとやらが伯爵邸のところまで来ることは可能であろうが、そこから先の、先方が求めることには対応できない』というだけなのだが。


「ベータシア伯爵家の当主より、こちらへは事前通達がありました。それにより、此度のお見合い自体の中止を知らされています。現在は通信状況が悪いようなので、当家の当主からの直接の男爵への通信連絡は追ってなされるのではないでしょうか? そんな事情ですので、お迎えは必要ありません。速やかにお引き取りください」


 セバスは先触れの使者に対して、伝えるべきことをはっきりと伝えた。


 むろん、ロウジュたちの不在を悟らせるようなへまはしない。


 そんな流れで、先触れにはお帰りいただく。


 これは、いわゆるドタキャンなのだが、爵位上は問題ともされない行為に当たる。


 そのため、男爵側は唯々諾々と受け入れるしかない。


 もちろん、盛大に恨みを買う行為であることは間違いないのであるが、実質敵対行動を裏で既にされている以上、今更の話なので放置される案件なのだった。


 こうした事態が、セバスのところでは発生していたのである。




 サンゴウへ乗船して、女性陣七名とジンが最初に行ったのは恒例の検疫作業。


 全員が個別の小さな部屋へと入り、滅菌洗浄を受ける。


 また、それとは別で、ジンが影から出した振りをして、女性陣から預かっていた荷物を収納空間からそっと取り出す。


 それについては、サンゴウが『危険物が含まれていないか?』のチェックをするはずであった。


「艦長。お帰りなさい。救出は成功のようで、なによりですね」


「ああ。しかしこれで、俺は七人の密出国幇助が確定か。バレないから良いけど、俺の罪状だけが増えて行くなぁ。あ、サンゴウ。持ち込んだ荷物は前回のままなので、中に武器もあるぞ」


 ジンは神妙な顔になり、犯した罪への思いを馳せる。


 まぁ、バレない自信があるので、それは自分自身の気持ちの問題でしかない。


 そのことを、当人が良く理解しているのは、この場合物事が良い方向に進む一助になるのかもしれない。


「了解です。念のためにスキャンをして、問題がなければ前回と同じように措置致します」


「おう。メイド長のアルラから、武器への処置の件は既に了解をもらってるので、よろしく頼む」


 メイドたちが持ち込んだ武器の話はこれで終わりとなる。


 実のところ、既にサンゴウはスキャン作業に着手していたのだが、それをわざわざ艦長のジンに伝える必要がないだけの話であった。


「ところで艦長。三姉妹の皆さまが、『揉める』とまでは行っていませんが、それでも少しばかり感情を高ぶらせた会話をされていますよ? 言い争いに近くなっている原因は、『ロウジュさまだけで艦長に会うのか?』と、『それとも三姉妹全員で艦長に会うのか?』の部分ですね」


「そうかぁ。でも、俺がそれを知ってもなぁ。こちらから取りなすようなことではないよな? それ」


「そうですね。どのような結果を招こうとも、フラグを立てまくった艦長の自己責任ですしね。面会の希望が正式に出された時に、またお伝えします」


 こうして、勇者ジンは中立コロニーのグレタからの脱出ミッションを成功の形で終えた。

 当面のお見合いは阻止され、あとの交渉は伯爵と男爵の間で行われるはずとなったのだった。

 ベータワン曳航に関連する誤魔化し問題をどう上手く解決するのか? 

 揉めている美人エルフ三姉妹との面会ははたしてどうなるのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 面倒事について真面目に考えると頭がおかしくなりそうな気がして、『なるようにしかならんな』と開き直り気味で早々に思考停止を決め込んでしまった、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 ベータシア星系の主星へ向かう航行の指示と、グレタへの入港申請の取り下げ指示をサンゴウに出し、航行中のエネルギー供給の段取りを改めて確認するジンなのであった。

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