最終話
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~
サンゴウは艦長のシンが皇帝であるノブナガの私室で、作戦の進捗の途中経過と先の見込みの報告を行っている間、首都星の海上にてまったりとしつつ、海水を取り込んで水と塩分、有機物の補充を行っていた。
まぁ、補充についてをぶっちゃけてしまえば、それらは必須のモノでもなんでもない。
サンゴウ視点だと水は艦長が水魔法を行使すれば無限に生みだせるので、いつでもどこでも補充が可能だったりするし、プランクトンや魚類から得られる有機物や塩分その他も、同じく艦長が収納空間に潤沢過ぎる量を蓄えていたりするのだ。
つまるところサンゴウがしているのは、暇つぶしを兼ねた『何もやらないよりはマシ』の作業でしかなかったのである。
また、それと同時に、サンゴウは艦長がノブナガを相手に話していることを盗聴し続けてもいた。
その盗聴によって、父と息子の会話がちょうど一区切りとなったところで、タイミングよくメカミーユがノブナガの私室へやって来たことがわかったのだった。
「(特に予定をそのように調整したワケでもないのに、『女神』という存在は必要な場面や時を、自然に引き寄せたりするのでしょうか?)」
この時のサンゴウがそのような益体もないことを考えていたのは、誰にも知られない方が平和であるのかもしれない。
では、場面を三者が揃ったノブナガの私室へと移そう。
ノブナガに呼び出されてやって来たメカミーユは、移動性ブラックホールの事案が発覚して以降、順調に力を蓄えていた。
今日を迎えるまでの間に、『シンから貸与された艦隊の、高性能による活躍があった』とは言え、だ。
メカミーユは短期間で武勲を積み上げ、帝国軍における階級を准将から中将にまで昇級させることに成功していたのである。
そして、その功績を認められる過程においてで、『軍の内部でも名物指揮官として話題に上らない日がない』という有名人にもなってしまっていた。
尚、メカミーユが有名になった一番の理由は、独特の指揮スタイルと、その身に纏う衣装のせいであるのは公然の秘密だ。
それはそれとして、窮地に陥って助けられた将兵も多く、メカミーユは勝利の女神としての立場を着々と築き上げていたのだった。
「メカミーユ中将。遅かったですね。もう先に話を始めていましたよ」
「皇帝陛下、申し訳ありません。燃料切れで補給をしていたので、遅くなりました」
さらりと謝罪と言い訳が飛び出す。
しかしながら、予定外の補給が必要になったのは、メカミーユがエネルギー残量を考えずに戦場で殲滅行動をした結果だったりする。
そんな理由で呼ばれた時間に遅れたのは、本人の責任以外のナニモノでもないであろう。
相変わらず、細かいポカが多い駄女神振りは健在なのだった。
かくして、謝罪と言い訳を済ませたメカミーユは、場の雰囲気を自身に不利なモノから変化させるべく、さっさとシンへと話を振る。
「で、シン。首尾はどうなのよ?」
「ああ。三年間頑張った結果、ブラックホールは元の七十五パーセントの規模に縮小させた」
「それができただけでもすごいんだけどねぇ。でも、それって今のペースだと全然間に合わないじゃない! どうするのよ?」
問われたシンは、ざっくりと、先行してノブナガに伝えた選択肢をメカミーユに伝えた。
「規模が小さくなったし、作戦を継続すれば、消滅させるのは無理でも、ここから更に小さくはできる。だから残りを女神パワーで何とかならんか?」
シンは、一応、無茶振りなのは承知で問うてみた。
ダメで元々、やってみるのである。
宥めて、煽てて、スカして。
勇者がここでできる『努力』というモノは、そういうモノでしかなかった。
「逃げても時間的猶予が伸びるだけ。で、最良の結果でもギアルファ銀河の消滅時には元の規模と同等以上の移動性ブラックホールへと戻る上に、逃げ場の候補の銀河は予想される進行方向の先にある。状況が酷過ぎない?」
「まぁ、状況が悪いのは事実でしかないな」
「しかも、この銀河が消滅したら私の評価はゼロですよ! ゼ・ロ! ねぇ。シンとサンゴウさんとキチョウさんが揃っても、本当に無理なの? 何とかならないの?」
これまでの結果から、時間さえ掛ければいつかは対象を消滅させられる攻撃力自体はちゃんとあるのだ。
つまりは、『今のやり方では時間が足らないだけ』と言える。
その足らない時間を足りるようにするには、どうすれば良いのか?
今までしている当てずっぽうの非効率極まりない攻撃ではなく、攻撃を確実に当てられる距離まで近づくことが肝要になる。
要するに、現状の問題点は、消滅させたい対象の位置を正確に把握できないことなのだった。
ただし、ある程度の安全を確保した状態で、そこをクリアするのが不可能なのである。
「メカミーユは宗教施設や軍のおかげで力が増えただろ? だがそれでも、だ。無理なモノは無理だろ? 俺だってそうさ」
「父上。ラムダニュー銀河から更に遠くへ逃げる選択をした場合、時間の猶予はあるのですか?」
「いや。そこから隣の銀河へは、現段階だと魔法で転移することができない。だから転移できるようにするための時間が必要になる。その分の時間は移動性ブラックホールに対処できなくなるから、状況は今と変わらないか、悪くしかならない。時間的なことを加味して考えると、おそらく悪い方になるだろうな」
「そうですか。では、命を懸けるのは父上なので選択はお任せします。どれを選んでいただいてもそれに合わせて動きますよ」
ノブナガは覚悟を決めた。
父の性格からすれば身の回りの者だけは転移で逃がして、最終決戦に挑むであろうことを想像できた上での発言である。
そして、ノブナガ自身は『逃げることはしない』という決断もしているのだった。
ノブナガの価値観においては、それがギアルファ銀河帝国皇帝のあるべき姿であった。
「そうか。では、この先一年半は今の作戦と言うか、作業を続けよう。そしてそのあとは、身内だけをデリーのところに預けて、最後の賭けに出るとしよう。メカミーユはどうする?」
「本音を言うと、ね。『身内の枠に混ぜて欲しいかなー』なんですけど、でもそれをやっちゃうとこの島宇宙を見捨てたことになるのよ。全員助ける方向で避難するなら評価ゼロで済むけれど、見捨てたらマイナス。つまりは、消滅処分一直線」
「それ、情状酌量の余地とかないのですか?」
「ないわね。どう転んでも死んじゃうなら、ここに最後まで残るわ。残り一年半で更に力が増せば、何かできるかもしれないしね」
「お互い、やれる範囲で頑張るしかないな。じゃ、俺はサンゴウに戻るよ」
そんな感じで中間報告は終わり、解散となる。
ただ、この話し合いが行われたことで、今後の道筋がノブナガやメカミーユには、より具体的に見えてきたのだった。
「艦長。お帰りなさい」
「ああ。ただいま。この先一年半、ギリギリまでこれまでと同じように移動性ブラックホールを削った上で、最後は内部からの攻撃に賭けることに決めた」
「結局、そうなりましたか」
「だが、サンゴウとキチョウはそれに付き合う必要なんてない。サンゴウとキチョウはデリーのところで待ってもらって、『俺がしくじった時、皆を乗せて安全な銀河を目指して逃げて欲しい』と思っている」
「艦長のお考えはわかりました。それは艦長命令ですか? それとも提案ですか? どちらなのでしょうか。フフフ」
過去に経験がないほどの恐怖を、サンゴウの『フフフ』から本能的に感じるシン。
そして船橋にいるキチョウは、シンを見つめたまま、無言であった。
キチョウはキチョウで、無言の抗議に突入している。
普段はお気楽なペット枠にいる超神龍なのだが、この時ばかりは絶対零度レベルの冷徹な雰囲気を、隠すことなく周囲にまき散らしていた。
「命令は、しない。サンゴウもキチョウも、それぞれの意思を尊重するつもりさ(言い方をまずったかなぁ)」
命令はしないことを伝えつつ、内心でシンは己の失言について反省をしていた。
「そうですか。では、サンゴウはその提案を拒否します。移動性ブラックホールの内部調査ができる機会。そんなモノは今回を逃せば、二度と訪れないでしょう。貴重な機会です。お供させていただきますよ」
「マスター。三人の方が勝率が上がるですよー」
「そうか。ありがとう。おまいさんらに、苦労をかけるねぇ」
「それは言わない約束ですよ。艦長」
どこかでネタを会話に盛り込まないと、気が済まない病に罹っているシンであった。
そして、付き合いが長くなったサンゴウは、ちゃんとそれに対応できてしまう。
優秀過ぎる有機人工知能は、芸が細かいのだった。
それはさておき、だ。
二年以上も前に龍脈の元を融合し終えているサンゴウは、艦長不在の単独状態でもエネルギーの供給の心配がなくなっている。
また、キチョウの魔力についてもそれは同じだ。
キチョウとシンとの違いは、『シンよりも一度に扱える量がかなり少ない』という意味で、一度に使える魔力量に制限があることと、余剰魔力の行方である。
尚、余剰魔力はサンゴウにも発生するため、その点へのメカミーユが施した対処方法は共通となるのだけれど。
融合を行った時の、メカミーユの本来の力とはほど遠い矮小な当時の力では、『収納空間魔法の技能を付けること』は言うに及ばず、シンが昔されたような『レベル上限の解放』ですらも、不可能であった。
なので、自身の力を切り取って、現状でもできる範囲の措置で誤魔化す手法を選択せざるを得なかったのだ。
具体的には、シンと自身へと魔力のパスを繋ぎ、余剰分は基本的にシンの収納空間へと全量流し込むことにしたのだった。
これは一方通行の措置であるので、『足りない場合に取り出すことができない』という、使用量の上限に制限がある点が、シンとの差異となってしまう。
ちなみに、自身へもパスを繋いでいるのは、シンの身に何かあった時のための保険となる。
ただし、『万一の場合は、役得あり!』とまで考えているところが、チャッカリさんでもあった。
まぁ、このようなところが、駄女神が駄女神である所以なのかもしれない。
現時点ではそのようになっているが、『いずれ力が増した時には収納空間魔法の技能を付与して、レベル上限の解放も行う予定』と説明はされており、全員納得の上での措置となっているのだけれど。
とにもかくにも、そんな流れで最終決戦っぽい状況は、段々と近づいて来ることになった。
「(力技で何とかできそうなはずなのに、長期間苦労するってのはなぁ。俺が最初に魔王倒した時以降だと、こんなの初めてじゃね? 俺、これが終わったら引退してのんびりするんだ!)」
勇者シンが無駄にフラグを立てていたのは、些細なことなのである。
そんなこんなのなんやかんやで、中間報告から更に月日が流れる。
そうして、ガチのタイムリミットが近づいたにもかかわらず、状況の推移は事前予想の範囲内のままなのだった。
要するに、シンたちは移動性ブラックホールに対して従来の作戦通りの攻撃を続けたのだが、結局事態は全く好転していなかったのだ。
むろん、規模の縮小には成功しているのだけれど、ギアルファ銀河を救えない程度にしかそれができていないのであれば、『あまり意味がない』となってしまう。
そのような状況下で、残された時間が少なくなった時、シンたちは作戦の最終段階への移行を余儀なくされる。
サンゴウは、再び首都星の海上で待機の状態となった。
最後の準備が済み次第、サンゴウは移動性ブラックホール内部に突入する。
そのため、事前にシンが身内をデリーの元へ預けるための転移を行う段階へと、事態は進んでしまったのだった。
「シン。どうしても避難しなければなりませんの? 今の状況は、そんなに悪いんですか?」
「俺は勇者だから。そう簡単に失敗なんてするものか! 万一だよ、ロウジュ。万一のことを考えての対応さ。これは俺が安心して全力を出すための、後方支援の一環だと思ってくれ」
なんやかんやとありながらも、シンはなんとかアサダ侯爵邸の全員とベータシア伯爵邸の希望者全員をデリーの元に預けることに成功していた。
それを済ませて、ノブナガとも最終の打ち合わせをするために、シンは息子の私室へと転移するのだった。
「本当に残るのか? ま、皇帝の立場からするとそれが正しいのかもしれんが」
「ええ。父上を信頼して信用していますからね。それに、永遠の国家なんてありませんから。今回は違うと思いますが、国なんて滅ぶ時は滅ぶモノですよ」
「そうだな。では、ここから先は父さんに任せろ」
「はい。ご武運を」
このような会話の流れで、事前の準備が全て終わる。
ここからは、全てを賭ける移動性ブラックホールの内部に突入する作戦を、敢行するのみであった。
「待たせたな。サンゴウ、キチョウ。では行こうか」
「お帰りなさい。艦長。準備で忘れ物はありませんか?」
「ああ。ないと思う。行こう」
「マスター。頑張りましょうー」
かくして、シンはサンゴウと打ち合わせて決めてあった宙域へと転移を行う。
その宙域からサンゴウは三十日程掛けて、最高速の通常航行で突き進む予定。
そうやって移動性ブラックホールに近づき、シンが転移魔法で転移可能な場所を増やして行くのだった。
「予定の航程は消化しました。最終の予定宙域に変更はありません。艦長。最後の転移をお願いします」
「マスター。シールドの展開は完了ですー」
接近中の移動性ブラックホール。
その規模は、シンとキチョウの魔法トラップでの攻撃により、この段階で当初の規模の六十パーセント程度にまで縮小していた。
サンゴウの最初の計画にあった、転移トラップで中心部を分解する作戦は、結果だけから言うと『実際には、ほとんど効果を発揮していなかった』となっている。
これは、単純に当たった個数が少な過ぎたのが原因であった。
逆に、キチョウの提案による広範囲にばら撒き続けた絶対零度は、『予想以上の結果を出した』とも言える。
もっとも、それらの結果の詳細が、サンゴウたちに知られることは未来永劫ないのであるが。
「突入まで残り、三百秒。脱出方向への加速を開始します。重力圏からの離脱限界点を通過したのちに、最大加速で落下速度をできる限り遅くします」
「ああ。予定通りで頼む。俺とキチョウはシールド維持を最優先。可能なら、範囲絶対零度魔法を撃ち続けるってことで」
「はい。マスター。死を予感しないのできっと上手く行くですー」
最後の一言は、キチョウの気休めの気遣い発言だった。
実のところ、キチョウの勘は重大な危機を伝えていたのだ。
ただし、確実な死を予感していなかったことも事実であり、『丸っきり嘘の気休め』というワケではない。
「そうか。そうだと良いな」
そんな会話が済んでから、数分の時間を経て、サンゴウは離脱限界点を超えて移動性ブラックホール内部へと落下して行く。
前回入って脱出した時のそれとは、ブラックホールの規模が悪い意味で異なる。
そのため、サンゴウの船橋には緊迫した空気が漂っていた。
「艦長。不確定要素が多く、確実な計算は不可能です。ですが、中心部に到達するまでは『最大で七十二時間』というところでしょうか。最短だと二十四時間を切る可能性があります」
「そうか。可能な限り時間を稼いでくれ。キチョウ。シールドの方はどうだ?」
「はいー。まだ大丈夫ですが、もうじき、魔力の回復量の限界の全てを維持に回しても耐えられなくなりそうですー」
「そんな感じか。思ったより限界に近づくのが早いな。そうだとすると、俺のシールドに切り替えても中心部までは持ちそうもないか」
サンゴウは艦長の発言を受けて、撤退を視野に入れた計算を始めた。
突入時からシンが撃ちまくっている魔法の冷却効果により、移動性ブラックホールの規模は更に五パーセント程は縮小している。
そうした影響も加味した再計算で、サンゴウは限界を見極めようとしていた。
「艦長。どうなさいますか? 撤退を決断するのであれば、猶予は十五分以内です」
「いや。この期に及んで、撤退なんてしない。俺に残された最後の手段を使う」
想定外の発言に、サンゴウもキチョウも驚かされる事態が発生する。
事前打ち合わせに、そのような情報はなかった。
そのため、サンゴウは問う。
「『最後の手段』ですか。そんなモノがあったのですか? どのような手段なのでしょう?」
「俺が、人間を辞めることになるかもしれない手段さ。こればっかりはやってみないと、どうなるかはわからん。サンゴウが危険だと判断した場合は、俺を即刻外に放り出すように。これはお願いじゃなく艦長命令な」
「マスター」
シールド維持に全精力を振り向け、余裕がなくなって来ているキチョウ。
超神龍は悲しげな視線をシンに向けつつ、紡ぎだす言葉が見つけられなかった。
「その命令には従えません。どのみち艦長を船外に放り出したとしても、残されたキチョウとサンゴウには確実な死が訪れるのです。ならば、最後までお供しますよ。相棒ですからね」
前述のキチョウの叫びと全く同じタイミングで、サンゴウは反射的に艦長への回答を行う。
また、それと同時に、艦長へ告げた自らの回答に驚いていた。
艦長の命令。
軍事用の、量産を目指した試作船として造られた生体宇宙船のサンゴウにとって、それは絶対的なモノのはずであった。
よって、サンゴウにできることは、本来だと意見具申までであり、拒否は有機人工知能の設計仕様上、絶対に不可能。
そう、絶対に不可能なはずだった。
しかし、現実はそうなっていない。
サンゴウは、艦長に対して反射的にその答えを導き出せたことに、満足する。
それはすなわち、疑似の自我ではなく、サンゴウが本物の自我を獲得し、自身が有機人工知能を持つ疑似生命体ではなく、完全な意味での有機生命体に進化した証であるから。
「そうか。今までも最高の相棒だと思っていた。けれど。更に超えて来たな。サンゴウはもう『人工知能』という存在を凌駕したんだな。ならば俺も、限界を超えて見せようか」
シンは覚悟を決めて、自身が持っている力の全てを解放する。
今までは制御に自信がなく、オルゼー王国召喚時に追加された勇者としての力を、せいぜい二割程度までしか使っていなかった。
それを全て、解き放ったのである。
もちろん、勝算がないワケではない。
龍脈の元の追加融合により、シンは当時よりも更に強化されていたからだ。
キチョウは、力を解放したシンの変化をじっと見ていた。
放たれた力によって増した、存在感の影響は『絶大』の一言に尽きる。
その状況で、あり得るはずがない魔力パスからの逆流する力の影響も受ける。
その瞬間、キチョウは二段階の進化を果たす。
キチョウは超神龍Ⅲとなり、一時に扱える魔力の量が増大すると同時に、同じ量の魔力で更に強力なシールドが展開できるようになったのであった。
また、サンゴウも同様に逆流した力の影響を受ける。
その結果、更なる性能の向上が果たされた。
残念ながら、移動性ブラックホールから自力で脱出する程の加速を得るまでには至らなかったものの、サンゴウを中心部に引き寄せようとする力をほぼ相殺して、落下速度を激減させることに成功したのである。
その一方で、シンの身体からは、無色の陽炎のような『オーラ』とでも言うべきモノが噴き出すように立ちのぼっていた。
付け加えると、サンゴウやキチョウからは、心なしか顔つきも引き締まったように見えていたりもする。
もちろん、それでイケメンになるワケではなく、顔の美醜はフツメンのままなのではあるけれど。
「俺は人間を辞めたぞー」
「はいはい。また何かのネタなのですね。艦長」
「まぁそうなんだが、言わせてくれよ。それぐらいは良いだろう?」
「マスター。進化しましたー。シールドはまだしばらく維持できますー」
そんなこんなで、サンゴウは全体的に万遍なく性能が向上したため、観測関連部分の性能も上がっていた。
故に、これまでは不可能だった、移動性ブラックホールの中央部と考えられる部分の観測にも成功する事態を迎える。
これは、ブラックホールを消滅させるのに必要な前提条件のうちの一つを、クリアできたことを意味するのだった。
「艦長。ブラックホールの中央部。モニターに出します」
「ちょっと、これは落ち着かないな。暴れたくなる衝動を抑えるのが大変だ。『理性』ってのが簡単に吹き飛びそうでヤバイわ。あ、モニターな。見る見る」
そうしてモニターへとシンは目線を移動させる。
「なんだろうな? この『空間が歪んで見える』としか表現し辛いコレ。でも場所の当たりがつくのなら、攻撃で吹き飛ばせるか?」
そう呟いたあと、シンは収納空間から、『真・超聖剣』を取り出して手にする。
それは、最終決戦に向けた、最強装備の準備でもあった。
「おお! 今の俺ならコレを扱える。持っただけでそれがわかるわ」
対移動性ブラックホールで強力な武器を欲していたシンは、これまでの四年半の間に、普段使っていなかった聖剣以外の聖シリーズの武器をサンゴウに解析してもらっていた。
サンゴウはキチョウと知恵を出し合い、聖シリーズの武器の内部に埋め込まれている形で刻まれている魔法陣を、平面から立体積層に変更して書き換えることで、特殊能力を強化しようとした。
そうやって、『新たな、強力な聖剣を作り出す』という発想に至ったのである。
結果、今後使うことがなさ気な聖斧を無理矢理改造して完成したのが、くだんの『真・超聖剣』なのだった。
しかし、そうやって超強力な武器を造り出したのは良いのだが、残念なことに強力過ぎて勇者であるシンですらも扱うことができない武器となってしまう。
結局、せっかくの超高性能武器である『真・超聖剣』は、シンの収納空間の肥やしになっていたのだった。
尚、剣の命名はそれを造り出した二人に権利があったはずなのだが、二人はそれを放棄した。
そのため、シンが思い付きと勢いで『真・超聖剣』と名付けてしまったのは些細なことであろう。
命名にセンスが欠片もないのは、もっと些細なことなのである。
そのような余計な情報はさておき、シンは力の全てを解放したことで、『真・超聖剣』を扱える領域の存在へと至ったのは事実だ。
「それは良かったですね。艦長。造ったモノが無駄にならずに済んで、サンゴウも嬉しいです」
「片手に真・超聖剣、もう片手に聖剣。これで『全消滅スラッシュクロス』が使える。それで消滅させるのに賭けるか」
「マスター。見たことないけど、なんか凄そうですー」
キチョウも進化のお陰で、会話に参加する余裕がある。
中心部へ向かう落下がほぼ止まっているに近い程緩やかなため、キチョウが展開しているシールド魔法への負荷は急激に増えることがなくなったせいでもあるが。
「ああ。俺も型の練習しかしたことがない。全消滅スラッシュは聖剣じゃないと使えないからな。クロスには二本必要で、一本じゃ無理だったんだよ」
「そのような技もあったのですね。艦長の奥の手はいくつあるのか。ほんと、デタラメな存在ですよね」
「『デタラメ』って言うな! だって、俺、勇者だもん。奥の手くらいあるさ」
「久々に出ましたよ。その魔法の言葉。そうですね。艦長は勇者ですもんね。もう良いです。やっちゃってください」
サンゴウは、ちょっと投げやり気味にそう発言する。
だが、実際には悲壮感が消えつつあるこの状況に、安心してもいたのだった。
「さて、そんなワケでいっちょやるか! あっ!」
「どうされました? 艦長」
「いやなに、ちょっと思い付いたことがあってな。先にそれを試してみよう。では、行って来る」
「はい。行ってらっしゃい」
そうして、シンは子機アーマーフル装備にシールド魔法全開で、左右の手のそれぞれに片手剣を持つ双剣使いのスタイルで、短距離転移を行使して船外へと飛び出して行った。
そこから、十分の時が過ぎる。
その時、移動性ブラックホールはこの宇宙から存在を消していたのであった。
シンが、それの中心部を自身の収納空間に放り込んだので!
「あはは。入れたら入ってしまった。今までのアレコレは一体何だったのか!」
サンゴウ内に帰ってから、ポリポリと頬を掻きながら、事前に予想できなかった結末に苦笑いをしているシンである。
「『一体何だったのか!』じゃありませんよ。もう。どこまでデタラメな存在なんですか! でもこれで、銀河は救われたから良いのでしょうけどね」
何事も結果が大切である。
ただし、『過程がどうでも良い』とは言わないけれど。
過程も大切は大切であり、ついでに付け加えると、ここでは関係ないが家庭も大切であろう。
「マスター。全消滅スラッシュクロスが見たかったですー」
「アハハ。マタコンドナー」
キチョウのジト目の雰囲気に、逃げたくなるシンであった。
龍なので、あくまでジト目は雰囲気を醸し出しているだけなのだけれど。
とにもかくにも、移動性ブラックホールの問題は、無事に片付いた。
よって、シンはデリーに預けた身内を長距離転移魔法で迎えに行く。
そうして、全員でアサダ侯爵邸へと戻った。
また、それはそれとして、サンゴウを首都星の海上に待機させ、ノブナガの元へと結果報告に向かうのだった。
「父上。お帰りなさい」
「シン。お帰り~」
事前に転移魔法で向かう連絡を入れていたため、ノブナガとメカミーユは皇帝の私室で既にお茶を飲んでいる状態であった。
「ただいま。移動性ブラックホールは無事に片付いた。もう心配は要らない」
「そうですか。お疲れさまでした。そして、ありがとうございます」
「え? 本当に? 一体どうやったのよ?」
「うん? 極限まで中心部に近づいて、コアみたいな超重量の圧縮物質っぽいナニカを収納しただけだぞ?」
「はぁ? なんでそんなことができるのよ! あ、それについての詳細な説明は要らないです! ごめんなさい。聞きたくないです」
面倒ごとに巻き込まれたくないメカミーユは、一旦は失言したワケだが、即撤退となる。
ただし、自覚がないだけでもうガッツリとシンに巻き込まれており、今後も逃げられないけれども。
このあたりは、ある意味でお互いさまの関係なのかもしれない。
「『何か、報酬を』と言いたいところなのですが、父上に希望はありますか? 今回の功績は公にできません。なので、できることは限られるとは思いますけど」
「ふむ。ではノブユキを爵位替えで。叙爵権で法衣伯爵になってるのを返上させて、アサダ侯爵家を継いでもらう。父さんはもう隠居したいんだよ。公爵家にする予定だったのは、ノブナガの息子とノブユキの娘の入り婿の結婚で良いだろ? ノブユキのとこは息子がいないしな」
僅か五か月で終わってしまった隠居生活を、今更ではあるがシンは取り戻す気満々であった。
「ではそれで。私のところの三男があそこの長女に気に入られていて、仲が良い。だからちょうど良いですね。尻に敷かれてるっぽい部分もありますけど。ところで、隠居して父上はどうするんです?」
「サンゴウとキチョウと旅に出るさ。まだ誰も行ったことのない銀河を目指しての旅。夢と浪漫があるだろう?」
「わかりました。でも、ちゃんと頻繁に帰宅してくださいよ? 母さんたちやミウさん。それと、私は会ったことがないですけれど、デリー君のお姉さんもいるんですからね。それと、メカミーユさんの面倒を見れるのは、おそらく父上だけなので(この先も、奥さんや愛人が増える気しかしませんし)」
最後の部分を考えただけで口に出す言葉にしなかったのは、ノブナガの実父に対する優しさの発露であったのかもしれない。
こうして、勇者シンはサンゴウとキチョウとともに一つの重大な危機をきっちりと、片付けることに成功した。
その先には、平穏の日々が。
訪れるなんてことはなく、今後も様々な出来事に巻き込まれる未来が待っている。
それは、シンが勇者の宿命を背負っているからであろう。
延々と、逃れられない運命的なモノと、正妻を筆頭とする妻たちと愛人たちに振り回され続けることになる勇者さま。
勇者の力を継ぐ伝承者がこの世界に別で新たに現れない限り、安息の日々はないシンなのであった。
~FIN~
完結です!
お読みいただきありがとうございました。
以下は作者からのお願いです。
応援ポイントの☆をまだ入れておられない読者様へ。
よろしければ、画面の↓にある☆応援ポイントをクリックお願いいたします。
もちろん、任意です。
【小説家になろう】のアカウントをお持ちでない読者様へ。
よろしければ、アカウントの取得をお願いします。
あなたのブックマークと応援ポイントの投票で、救われる思いをする作者さんがきっとたくさんいらっしゃいます。
ブックマークと応援ポイントの投票は、本当に作者への影響が大きいのです。
なのでぜひとも、アカウントの取得をよろしくお願いいたします。
もちろん、任意です。




