パワーアップと、それでも尚改善しない事態
~ギアルファ銀河とウミュー銀河の間、比較的ウミュー銀河側に近い外宇宙の宙域~
サンゴウは、艦長のシンとキチョウが安全に魔法トラップをばら撒くためのお手伝いをすることに全力を傾けていた。
生体宇宙船は、自身の持ち得る超高性能によって、移動性ブラックホールの超高重力圏に入り込みつつも、離脱限界点の内側に引き込まれない位置取りを維持し続ける。
それと同時に、だ。
移動性ブラックホールの中心部までの推定の距離。
移動速度の推測結果。
その二つの情報を、魔法を行使する二人に伝え続けてもいた。
要は、計測結果から導き出される、最適と思われる魔法トラップの発動時間をサンゴウは二人に伝え、トラップを設置する方向と発動時間の設定の補助を行っていたのである。
これらのサンゴウの行為は、シンやキチョウの独力だと成し得ない部分をかなり補っている。
よって、実施されているのは、まさにサンゴウの協力なしだと成立しない作戦でもあった。
では、何故このような状況へと至ったのか?
過去を振り返って、時系列順に物事の流れを追ってみよう。
サンゴウはギアルファ銀河帝国の首都星の海上にて、艦長が戻るまでの待機を継続していた。
むろん、その場所で何もしていなかったわけではない。
皇帝のノブナガの私室での話し合いを盗聴しつつ、サンゴウ自身も対移動性ブラックホールで事態を好転させられるような、打開策的なモノを考えていた。
ついでに言えば、キチョウから何らかのアイデアが提供される可能性も考慮に入れており、盗聴内容は船橋にて垂れ流しの状態が維持されてもいたのである。
先方での話し合いは進み、メカミーユにとって貴重な力を使用させる意味での協力を引き出すための、盛大な餌が艦長から提示された。
それに即決で乗っかった駄女神に、サンゴウは少々呆れもする。
だが、結局それは自分たちにとって大きなプラスであり、艦長の望むところでもあった。
それだけに、そこからの続きを、サンゴウは更に注意を増して聴くことになる。
サンゴウ視点だと、三者による話し合いは流れ的に終盤へと向かっていた。
つまり、艦長がサンゴウの船橋に戻って来るまでには、もうそれほど長い時間は掛からないと予想されるのだった。
では、その終盤の話し合いの場へ、場面を移そう。
「父上。本人の目の前でそのような露骨過ぎる賄賂的な餌を投げるのはどうかと思うのですが。でもまぁそれはそれとして、この惑星内なら父上が言った施設を建立することは、できますよ。もし、『一か所ではなく複数、他の惑星にも』って話であれば、そこは交渉次第ですね」
「いやいや。女神さまを敬って、ご利益を受けるのは人として正しい姿だろう。だからこれはこれで良いんだ」
ノブナガの発言に対して、心にも思っていないことを平然と宣うシンであった。
しかし、この場合はそれで誰も損をするワケではない。
よって、全く問題はないのだ。
「父上。話が完全に脱線していますけれど、少し確認をさせてください」
「おう。何でも質問してくれ。答えられることはちゃんと答えるから」
「では。『融合』でしたか? それがされることで、一体何が起こるのです?」
「簡単に言うと、父さんの力が上がる。キチョウもだな。サンゴウについては『無限にエネルギーが供給され続ける機関を搭載した艦に生まれ変わる』と、考えてもらえば良い」
父からの説明で、ノブナガはサンゴウの部分にだけは疑問を感じてしまう。
何故なら、今までもサンゴウへは補給の手配をした事実が、国の支出や設備の使用の実態からして『ない』のだから。
つまり、ノブナガや帝国軍の視点だと、『そもそもサンゴウは無補給、無整備で稼働し続けられている』ので、ギアルファ銀河帝国の技術的には荒唐無稽なトンデモ艦となる。
要するに、現状でも既に『無限エネルギー機関が搭載されているのと同じ』なのだ。
そのことを知っていたノブナガには、『それって意味はあるのだろうか?』としか考えられなかった。
しかしながら、『父が必要だと判断しているのならば、それはきっと必要なことなのだろう』と、割り切ることだってできる。
故に、それについてそれ以上考えることは、放棄してしまうのだけれど。
逆に、この案件でノブナガが考えて、確認すべきこと。
すなわち、サンゴウの補給の有無の事実や性能より、優先順位が高いモノ。
それは、別でしっかりとあるのだ。
「ここで『更なる力を求める』ということは、今回の件を『その力で、何とかする方向』ということで期待しても良いのでしょうか?」
「何がどこまで可能になるのか? それは今の時点ではわからない。だが、力を増してできることが増えれば、選択肢は広がるはずだ。これは、『現状で有効な対策が出せないが故の、悪足掻き』ってヤツでもあるけどな」
「なるほど」
確実な方法がないのであれば、次善の策として父親が語った内容はノブナガ的に納得できる話となっていた。
とりあえず、できることをやってみるしかない状況なのだった。
「そんなワケで、ノブナガにはメカミーユ専用の施設の建設の手配を頼む」
「わかりました。可能な限り急がせます」
息子から了承を得られたことで、シンはメカミーユへと話を振る。
「うん。で、それが完成したら、メカミーユは俺らへの『龍脈の元』の融合をやってくれ。今日のところの話はここまでだな」
「あのー。モノがなければ融合とか無理なんですけどー」
「あ、言ってなかったか。もう持っているから問題ない。モノ自体は、あるんだ」
「へっ?」
メカミーユが、フリーズした瞬間であった。
「じゃ、そういうことで。俺はちょっとサンゴウのところへ行くから。あとはよろしくな」
そうして、シンは転移で話し合いの場を去った。
残されたうちの一人は、硬直して絶句もしているメカミーユとなる。
「(驚きで絶句状態のメカミーユ准将を、私はどうすれば良いのかな?)」
もう一人の残された者となったノブナガはそう考えつつも、建設することになった宗教施設についての、段取りの詳細を詰める必要がある。
そのため、とりあえず宰相を呼び出すのであった。
かくして、シンを交えた宮廷での話し合いは終わる。
まぁ、ノブナガとメカミーユについては、宰相が加わる形の新たな話し合いが続けて行われたのだけれど、そのあたりは割愛しておこう。
たとえどのような流れでメカミーユが求める宗教施設が完成しても、それが本筋に影響することはないのだから。
「艦長。お帰りなさい」
「ああ。ただいま。俺らの話し合いは聴いていたんだろ? サンゴウの方では、何か良い手が見つかったか?」
「いえ。残念ながら『確実に有効』と考えられる手段はありませんでした」
「ほう? つまり、確実じゃない方法はあったのか? それってどんなの?」
サンゴウに確認の質問を投げ掛けつつ、何気にシンは感心もしていた。
「(三十世代も技術が進むと、こんな状況を何とかできるような、何かしらの手段が捻り出せるのか。技術格差がすごいな)」
シンが感心した理由は前述のような考えからだったのだが、非常に残念なことに、それは即座に裏切られるのだけれど。
何故なら、サンゴウの第一案とは、科学技術が無関係な方法なのだから。
「艦長が一人で特攻し――」
「待て待て。その冗談は今、要らないから」
言い掛けたサンゴウの言葉を最後まで言わせず、思いっきり遮ったシンであった。
「はい。今回のはお約束の冗談です。半分は」
「(半分は本気なのかよ!)」
サンゴウの発言に、そうツッコミたくなるシンだった。
もっとも、実際にそれを言葉にしてしまうと藪蛇になりそうなので、グッと我慢をしてしまうのだけれども。
「うん。で、他の方法もあるんだろう?」
「艦長がよく使う魔法トラップ。あれならば『物理的な重力や高温の影響を受けない』と考えました」
「ああ、魔法トラップは物体ではないので、質量がない。だから、その考えは正しいな」
「予想が合っていて何よりです。で、ここからは何の根拠もない推測になるのですが、『艦長ならば爆発ではなく、空間を抉り取る転移のトラップも作成できるのではないか?』と考えつきました」
「うん。それ、可能だな」
「それは重畳。メカミーユさんの説明からだと、中心部にブラックホールを作り出す大元の何かがあるようです。ですので、『それを大量に設置して空間を転移で削り取る形ならば、バラバラに分解することもできるのでは?』というのが戦術の根幹になります。尚、元ネタはデルタニア軍のフタゴウ暴走時の対処方法の記録であり、飛空間ミサイルを大量使用した戦術の流用となっています」
「(おお! なんか良さ気じゃね?)」
サンゴウが語った具体的な手段に、感動してしまうシンであった。
ただ、サンゴウの発言は、まだ続くのだけれど。
「ただし、誰もブラックホールの中を確認しているワケではないので、目標物の位置を推定しての攻撃になりますし、発動も感知型ではなく時間指定型にならざるを得ません。そのような方法で、上手く当てることができるのか? 当てることができたとして、どの程度有効か? どのくらいの数を当てれば良いのか? 転移で飛ばす先をどうするのか? 飛ばした先での影響は? 等々、不確定要素が山積みとなっています」
「いや。十分な案だよ。転移トラップでの攻撃は可能だ。飛ばす先はウミュー銀河の中心があった場所のあたりに分散してばら撒けば、問題は少ないだろう。俺はそう思う」
「そうですね。そこなら、問題は少ないでしょう」
銀河の中心部には元々超巨大なブラックホールがあったはずなので、その付近に転移させるのであれば、元の状況が劣化した状態になるだけであろう。
シンの転移先についての考えは、サンゴウからしても妥当であった。
ただし、本来はそれを成すのに、必要な魔力量の多さが洒落にならない。
つまりは、シン以外だとそこが大問題になるはずなのだけれど。
また、転移先として指定する宙域はシンが行ったことのある場所ではない。
故に、座標の指定はかなりアバウトな感じにならざるを得ない。
それらの点を、魔法に詳しくないサンゴウは理解していなかったりする。
それでも、無尽蔵の魔力を持つ勇者限定の話であり、既に崩壊したウミュー銀河が対象ならば、サンゴウの提案は何も問題にはならないのであった。
「仮に、現地で問題があったとしても、だ。ギアルファ銀河や他所の銀河に影響がなければ、元々はあそこの銀河の問題なんだしそれで良いだろう。その方法での一番の問題は『中心部に当てられるかどうか?』だろうな」
少しばかり、ウミュー銀河に対しての配慮がないような発言ではあった。
けれども、『もう生命体が存在しているワケではない』と予測される以上、シンが特に問題視しなくてはならない部分などないのである。
全ては、『鉱物生命体たちの自業自得』で片付けて、良い案件なのかもしれない。
「はい。その部分は数の暴力で対処したいところですね。なにしろ、『いくつ当たったのか?』の判別が全くできませんので。ただ、おそらくですが、一つや二つ当てただけでは、外部から変化を観測することは難しいでしょう」
「そうかもしれないなぁ」
「なので、効果が感じられない作業を延々と繰り返すことになります。そして、成功の確率がはじき出せるモノでもない。要するにこれはですね、実行対象が艦長でなければ『作戦とも言えない妄想のレベル』です」
「えっ。それを俺に求めるの? できるのかな? 今、サンゴウが最後に言った部分を知ったら、普通に心が折れそうな気がしてきたんだけど」
「艦長にしかできないので、頑張っていただくしかありませんね」
「そうなるかぁ」
提案しているサンゴウからしても、『艦長であれば』という期待があるだけで『艦長の心が折れない根拠』などというモノはどこにもない。
そんなモノはないのだが、キチョウはトラップの作成とばら撒きに協力するであろうし、元勇者としての心の強さ、関係者(特に嫁)への責任感等は、このケースだと良い方に作用することが予測できる。
どのみち、他に手はないのだ。
だから、楽観的になって艦長の心が折れないことに賭けるしかない。
「(そもそもですが、艦長に不可能ならば、他にそれが可能な人物は存在しない。よって、諦めて逃げる方向に舵を切る理由になりますね)」
付け加えると、サンゴウはそのようにも考えていたのだった。
シンの相棒、頭脳担当は極めて優秀であった。
「マスター。それなら時間差で範囲絶対零度魔法と転移を組み込むと、更に良いと思うですー」
「おお! なるほど。温度も下げて行く形か。まぁ数億度とかの超高温に絶対零度をぶつけてもやらないよりましって程度かもしれんが」
「いえ。多少なりとも外部から変化を感じ取る速度が上がるでしょう。有効だと考えます。しかし、一つの魔法トラップに二つの現象を織り込むことが可能なのには驚きました。そこまでは考えが至りませんでしたね。キチョウ。ありがとうございます」
そんなこんなで、何となく話が一区切りした時、シンはサンゴウとキチョウの意思を確かめることなく、『龍脈の元』を二人にも融合する話を進めてしまっていたことを思い出す。
思い出してしまえば、それについてもちゃんと話し合っておかねばならないのは明白であった。
「あー。先に一つ、二人に謝っておきたいことがある。ごめんなさい」
「一体なんですか。いきなりですね」
「マスター?」
「二人には事前に何も相談していなかったんだが、『龍脈の元』を融合する話をしてきてしまった。もし嫌だったら言ってくれ」
シンは、最近になって超長距離転移を行った際に、消費した魔力がフル回復するのにワンテンポ遅れるのを実感することが多くなって来ていた。
これは、刹那の時間で『龍脈の元』からシンに注ぎ込まれる魔力の量が、器となるシンの側の許容量をついに下回ったことを意味している。
故に、ノブナガとメカミーユとの話し合いの場で自身の強化についてを持ち出し、ついでにサンゴウとキチョウにもと、暴走してしまっていたのであった。
尚、昔のシンは瞬時回復の技能の原因が『龍脈の元』との融合だと理解してはいなかった。
だが、実はオルゼー王国の一件のあとに自身の持つ簡易鑑定の性能が少し上がっていることに偶然気づき、それを知り得たのだった。
要は、名称以外にちょっとした情報も得られるようになり、それをアレコレ試していた結果、偶々そのあたりの情報を鑑定で得たのであった。
まぁ、所詮は簡易鑑定でしかないので、大差があるワケでもなく、得られる情報は微々たるモノであったけれども。
「マスター。それは嬉しいですー。キチョウもサンゴウさんも大幅にパワーアップすると勘が働いてますー」
「その『融合』というモノには不安があったのですが、キチョウの勘がそう働いているのなら安全なのでしょうね。大幅なパワーアップ、性能の向上は望むところです。ですので艦長、よろしくお願いします」
このような流れで、話し合うべきことは終わり、あとは準備を済ませて移動性ブラックホールをなんとかする行動に移るばかりとなる。
その準備の中には、メカミーユ専用の宗教施設の建設が含まれており、それについての図面の完成と場所の選定が済んでしまえば、だ。
そこからは、資材の加工や運搬に、サンゴウとシンが手を貸したのは言うまでもない。
ついでにシンは『サンゴウがやった』と帝国の人間には見せかけて、サンゴウの船橋から何の遠慮もなく魔法を使用した。
魔法によって基礎の部分と建物の一部がものの数分で完成し、ギアルファ銀河帝国の宮大工や建築関係の職人たちが、口をあんぐりと開けて驚いていたのは些細なことであろう。
かくして、メカミーユを崇め奉るための、大規模宗教施設があっさりと完成する。
そうなると、駄女神は約束を履行せねばならない。
シンにとっては二つ目の、そしてサンゴウとキチョウは初めての、『龍脈の元』の融合がメカミーユによって施されたのだった。
そうして、ようやく舞台は冒頭の場面へと繋がって行くのである。
「初日にばら撒いた魔法トラップは、もう発動してるワケなんだが。サンゴウ、効果は出てるのか?」
「いえ。残念ですが、差異は観測できていませんね。よって、効果として出せるデータはありません」
「そうかぁ。わかっていたことではあるけど、『実感できる成果がない』ってのは、やっぱりキツイな」
「まだ、時間の猶予はあるのですから、地道にやって行くしかありませんよ」
移動性ブラックホールへの攻撃の初日を終えて、二日目に突入したシンとサンゴウの会話はそんな感じであった。
ちなみに、キチョウは魔法トラップを設置することそれ自体が楽しいので、特に不満を漏らすことなく作業に従事している。
融合によって無限の魔力を得て、今のキチョウは絶好調であった。
まぁそれでも、マスターのシンには敵わないことをちゃんと承知もしているので、暴走することはないのだけれど。
そんな状況下で、『首都星にいるノブナガは?』と言えば。
ノブナガは、皇帝として次々に必要な指示を出して行く。
現時点では、帝国にある技術だとギアルファ銀河から移動性ブラックホールを観測することができない。
そのため、ノブナガは『現時点で、それの接近や接近時に起こる出来事を、公表することには意味がない』との判断を下す。
そして、父の行っている作戦が失敗し、最悪の事態に陥って逃げることになる場合を想定もしなくてはならない。
その時に必要となるであろう、艦船と食料の増産を限界まで行うのは、最早既定路線であった。
大きな危機が将来訪れるのは、確定していたのだから。
しかしながら、ノブナガの立場だと、それとは別で日常的に起こるさまざまな問題がなくなるワケではない。
ギアルファ銀河帝国の勢力圏は広く、各所で当然のように『宇宙獣の襲来』という災害や、天災や人災の類は起こるのである。
もっとも、キチョウの勘が働かないだけのことはあって、所詮それらは大事件のレベルではないのだけれど。
また、シン以外のもう一人のキーマンであるメカミーユは、来るべき未来までに少しでも力を蓄える目的で、ノブナガの勅命を受けて『帝国で日常的に起こる問題』へと対処するために、数多の戦場を駆け抜けることになっていた。
駄女神は、帝国軍において『常勝の戦女神』として扱われるまでに成長を遂げて行くのであった。
もっとも、それでもポンコツな部分がなくなりはしないのが、駄女神の駄女神たる所以なのかもしれない。
そして、事情が事情であるため、シンが私費を投じて作った帝国軍仕様のパワーアップ版高速戦艦群が彼女の部隊に人員付きで貸与されることとなった。
これらは平和であった過去の十年間の間に、本来はアサダ侯爵となったノブナガが独自に持つ兵力として用意されたモノだったりする。
それは、サンゴウの全面協力により生産されて、編成された半個艦隊相当のモノだったのだが、『アサダ侯爵家の戦力としては、即刻必要なモノではなくなった』という事情もあったのだった。
シンはサンゴウを持たない息子への、父親としての配慮で艦隊戦力を準備をしていたのであるが、結果的には全く予想しない形で流用されることになったのである。
シンがサンゴウとともに復帰した影響は、そのようなところにも波及していたのであった。
尚、余談ではあるが、サンゴウが玩具にして解析した、デリーの星の異文明産の機械騎士の自己修復技術が導入されているため、整備性が格段に向上している高性能艦となっている。
その部分については、元はアサダ侯爵家の私設軍の扱いなので『独自改造』という届け出になっており、その技術は秘匿されていたりもするけれど。
そして、性能の比較対象はあくまでも既存の帝国軍艦艇であり、サンゴウではないのは言うまでもないであろう。
そんなこんなのなんやかんやで、三年の時が過ぎる。
移動性ブラックホールのギアルファ銀河帝国への到達予想は、残り二年強を残すのみとなってしまい、避難をするのであれば、そろそろそれを開始しなければ間に合わなくなる時期でもあった。
それだけに、父と息子の話し合いの場が設けられることになるワケなのだが。
「父上。やはり避難しかありませんか?」
「サンゴウの推測では、今のペースでやっていたのでは消滅には程遠いらしい。現状は二十五パーセント減くらいでしかない」
「力を増した父上でも不可能だったのですか。残念ですが、避難計画に移行するしかなさそうですね。もっとも、全ての民を救うだけの艦船は、残念ながら用意できませんでした。命の選別をするしかありませんか」
苦渋の決断を迫られることになる息子の顔を見ること。
それは、父親としては辛い。
そして、実のところシンには、まだ別の手段が残ってはいるのである。
もちろん、それは安易に口にはできない、リスクが高過ぎる案でもあるワケなのだが。
「避難に関しては、やろうと思えば全員漏れなく運ぶことができなくはない。だが、避難先で、全員が生きて行けるのか? それは別の問題だ」
想定していない父親の発言に、ノブナガは驚かされる。
「(何故、父さんはそれを今まで黙っていたのだろうか?)」
なんらかの事情があるのは察するものの、それでも単純に『疑問』が頭の中を過るのは避けられなかった。
「それでも、国民の全てが避難できるのであれば、お願いしたいですね。しかし、何故今になってそれを?」
「不可能ではない。だが『安全かどうか?』という点が問題になるんだ。それと『メカミーユによる融合を受ける前の父さんには無理だった』という理由もある」
そうして、シンはノブナガに『惑星を影に入れて転移する方法』を提示する。
もちろん、『できる限りやりたくはない』という言葉を添えて、だ。
まず、惑星を入れられるような巨大な影を作り出すには、強烈な光源が必要である。
光源自体は魔法で作り出すことが可能だけれど、その強い光の影響が影の中に収納する予定の惑星やその周囲に対して、どのように出るのか?
その点が不明となる。
また、避難先の適度な恒星に対して、惑星の周回軌道へと影に入れて運んだ惑星を出すのだが、恒星が違う以上は惑星の環境が変化せざるを得ないのであった。
ただし、宇宙船で避難した場合、避難先の惑星は前と同じ環境であることは奇跡でも起こらない限りあり得ない。
故に、本来はそれが問題とはならないはずではある。
そのはずなのだが、惑星とともに運ばれた人々の心がそう考えて、現状を受け入れてくれるとは限らない。
むしろ、受け入れられないのが、容易に想像できてしまう。
更に言えば、『安全性は人だけの問題ではない』のだ。
影に入れておく時間は、可能な限り短時間で済ませる予定ではある。
けれども、その際には『人以外の生き物への影響』というモノも当然のようについて回る。
つまるところ、惑星丸ごとの避難に影収納を使用すると、事前に説明して心の準備ができるのは、言葉を理解できる者に限定されるのだ。
故に、『そこに含まれない、全ての生物にどのような混乱が生じるのか?』は予測不可能なのであった。
諸々含めて、シンが『できるけどれど、やりたくない』となる理由の大まかなところは前述のようになる。
そして、事態への対処方法には、まだ『それとは別の選択肢』だってあったりもした。
「もう一つ方法がある。ただし、こっちは賭けだ。文字通り『全て』を賭けることになる」
「もう一つ。しかも『賭け』ですか。それは、どんな方法なのですか?」
「父さんがブラックホールの内部に入り、中心部を直接破壊する方法だ」
その方法はシンが文字通りの『命懸け』となるので、失敗すれば影収納と転移魔法の合わせ技による避難も不可能になる。
まさに、『全てが助かるか?』と、『全てが移動性ブラックホールに呑み込まれるか?』のどちらかしか結末がない方法であった。
それが理解できてしまうノブナガは、まじまじと父を見つめることしかできなかった。
しかし、シンの話はそこで終わりではなかったのである。
「あとな、サンゴウの計算結果を伝えておく。ギアルファ銀河が今回の移動性ブラックホールに呑み込まれた場合、今の避難先の候補地であるラムダニュー銀河へ進路を変える可能性が高いそうだ。予想到達時期が八年後らしい。これはギリギリまで今父さんたちが現在やっている作業を続けた場合なので、作業を止めればその分は早くなる」
「それは、どれを選んでも結局私は父上に頼るだけになるのですね。巨大な銀河帝国を統べる皇帝なのに、私は無力なのか」
自虐的な思考に染まった息子を、シンは放置などできない。
ファンタジー世界産の勇者は、このような時、息子に自信のある偉大な父親の姿を見せねばならないのだ。
「頼りにならない、情けない父親でありたくはないぞ。皆に尊敬される偉大な父親だろう? 父さんは、さ」
「(言っていることとやっていること自体はカッコイイ。けれど、見た目が自分より若造な父親なのがなんともしまらなくて、アレだけど!)」
ノブナガは、瞬時にそんなことを思った。
ここでは関係ないが、『年相応より遥かに若い容姿』というモノは、面と向かって他者と係わりがある仕事上だと、損なことが多かったりするモノである。
ちなみに、この時のノブナガが頭の中では考えたけれど、口には出さなかったことは他にもある。
「(母さんとのアレコレを、息子の私に見えるところでやるのもアレだけど!)」
まぁ、後者の方はセンシティブな話であり、突っ込んではいけない部分なのかもしれないが。
実父に妻が複数いる上に、愛人も複数囲っていようとも、だ。
正妻である実母と父の夫婦仲が良いことは、ノブナガにとって素晴らしいことに間違いはないのだから。
ただし、この時のノブナガは未来の父親が次のような発言をし、ガチの最終手段に出ることを知らない。
「いや。この期に及んで、撤退なんてしない。俺に残された、最後の手段を使う」
魔法がある異世界から飛ばされてきた、過去に前例のない二重に勇者の能力が付与されているシンには、側にいるサンゴウやキチョウですらも想像できない、自ら封印していた最終手段があるのだった。
こうして、勇者シンはサンゴウとキチョウとともにメカミーユ用の大規模宗教施設の建立に関与し、その対価として『龍脈の元』の融合をそれぞれに受け、パワーアップすることに成功した。
サンゴウ案とノブナガの発言からヒントを得たキチョウ案の合作により、移動性ブラックホールをなんとかする作戦にも着手する。
もちろん、それは容易なことではなく、不穏な未来が予想され続けているのだけれど。
ギアルファ銀河帝国に明るい未来は存在するのか?
勇者シンの、最後の手段とはどのようなモノなのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
精神的に弱った息子を励ますために、威厳のある偉大な父親の姿を示そうとしたにもかかわらず、肝心の息子の頭の中が完全に違う方向に行ってしまったのには全く気づかなかった勇者さま。
それでも、ノブナガの自虐的な感じに染まった思考を打ち払うことには成功している、結果オーライのシンなのであった。




