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ウミュー銀河からの帰還と、深刻な事態についての密談

~ギアルファ銀河とウミュー銀河の間、ウミュー銀河側に近い外宇宙の宙域~


 サンゴウは、艦長がブラックホールからの脱出をあっさり成功させ、影の中から出されたことで趙重力のくびきから完全に解放されていた。


 その段階でやるべきことは現在位置の把握であり、それを最優先事項とする。


 むろん、船外にいる艦長のシンがすぐに船内へと戻って来るであろうし、その時には『現在位置についてと、何故今の位置に転移したのか?』が語られるのはわかっている。


 それでも、サンゴウは生体宇宙船としての本能的に、自船の位置を自力で確定しようとしていたのであった。


 そしてそれは、過去に通過したことがある宙域なだけに、そう時間を掛けずに達成されたのである。


 外から戻った艦長がいつもの流れで滅菌処理を済ませている間に、サンゴウがしていたのはそのようなことであった。


 かくして、シンが船橋へと戻る。


 サンゴウは、艦長からブラックホールが新たに誕生したウミュー銀河の状況の観測をお願いされたのであった。




「なぁ。サンゴウ。モニターに映っているこのブラックホールってさぁ。思いっきり移動してないか?」


「はい。デルタニア星系では『移動性ブラックホール』と名付けられ、観測実績のみが存在するモノです。そのデータと考察によれば『ブラックホールが重なり合った時にできあがる超巨大ブラックホールで、誕生時のエネルギーが移動する分にも振り分けられる』と、あります。ただ、進行方向が任意とかではなく、基本的に方向転換とかはしませんけれど。意思がある存在ではないので」


 サンゴウが語る『移動性ブラックホール』とは、実のところ絶対に自然発生することはなく、その誕生には今回のレイゴウとハツゴウのような、人為的な介入が必須となる。


 けれども、その事実を知っているのはメカミーユのような『神』を自称するレベルの生命体以上の存在となるため、サンゴウの知識はあくまでもデルタニア星系における観測データと考察でしかなく、それが正しい保証はどこにもない。


 もっとも、『何の情報もないよりはマシ』であるのは、改めて言うまでもないのだけれど。


 まぁ、そんなことはさておき、シンとサンゴウの会話はそこまでで終わりではなかった。


「そうか。で、このままだとどうなる?」


「計算上の確率では一番高いのがウミュー銀河中央のブラックホールとぶつかって重なり合い、更に大きくなって進行方向が変わりますね。そこからは、ギアルファ銀河へ向かって行く可能性が一番高いです」


「確認するのが怖いんだけど、その可能性ってどのくらい?」


「不確定要素が多過ぎますので、正確なモノは算出できませんが」


「うん。この際、推測でも構わない」


「はい。サンゴウの計算上では、最悪の条件を積み重ねると最大で九十六パーセント少々。そこに不確定要素を振れ幅として加味すると、十パーセント程度は減る可能性がありますね」


 サンゴウの推測だと、つまるところ八十六から九十六パーセントの確率で、移動性ブラックホールがギアルファ銀河にやって来ることになる。


「(って、その話は。いやそれ、確実に来るレベルじゃん。『来ない』と信じるのはあり得ないじゃん!)」


 シンはまず、心の中でそう叫んでしまっていた。


 さりとて、それをしたところで状況が変わるはずもない。


 また、サンゴウの推測が正しければ、ウミュー銀河は星雲の中心にある超巨大ブラックホールを失う。


 それは、銀河が崩壊することに等しい。


 付け加えると、その過程でかなりの数の星系が、移動性ブラックホールに呑み込まれることになってしまう。


 それに思い至ると、大元の目的だったサンゴウ以外の生体宇宙船や鉱物の宇宙獣をなんとかすることは、もうその必要がなくなったことにも気づかされるのだけれど。


 それはそれとして、だ。


 この事案発生に対しての、シンとサンゴウによる会話はまだまだ続く。


「来るな。それ。もう俺の中では百パーセントだ。で、いつ頃になる? 具体的な時間の猶予を知りたい。最短で最速で真直ぐ一直線な感じの、最悪の予想で頼む」


「なんですかそれは。予想は、十年以内ですね。早くなることはあっても遅くなることはないでしょう。最悪の予想だと五年と少々ってところでしょうか」


 サンゴウが語った予測。


 それに対し、シンは自身の主人公体質、勇者の運命力的なモノが作用するであろうことを、考慮せざるを得なかった。


 そうして出た結論とは?


「(それ、五年で来るフラグでしかねぇ!)」


 非常に残念なことだが、シンの導き出した答えは『未来の事実』となってしまう事柄であり、正しいのである。


「はぁ。溜め息しか出ねえよ。ちなみに、対策ってないの?」


「避難一択ですね」


「えっ? それだけ?」


「はい。ブラックホールの破壊に成功した例が、サンゴウの持つ記録にはありませんので。実験的に消滅させることを試みた例自体はあるようです。ただ、失敗したせいなのかそれについての詳細な記録は残っていません」


 サンゴウの対策に従うのならば、だ。


 ギアルファ銀河の住人を、救おうとする場合どうなるか?


 少なくとも、ギアルファ銀河帝国の住人の全てを安全な場所へ移住させることが必要になる。


 それも、期限は五年以内だ。


 どう考えても不可能な話であろう。


 そもそも、その全てを受け入れられるだけの許容量を持つ移住先があるのか?


 ちょっと考えただけでも、問題は山のように出て来てしまう。


 それだけに、シンは憂鬱な気分になってしまう。


 けれど、そこで立ち止まるわけにも行かない。


 仮に何かを諦めることになるとしても、それは足掻いたあとでもできることなのだから。


「ま、ともかくウミュー銀河はこれで終わりだろう。中心部のブラックホールがなくなれば星雲を維持できないだろうからな」


「それはそうですね」


「それだけじゃなく、星雲を構成していた星系の大半は、たぶんだけどブラックホールに呑み込まれるだろう?」


「それも、そうなるでしょう。対処が必要と考えられていた相手も移動性ブラックホールからは逃れられないでしょうね」


「だな。ならば、あとは帰ってから考えよう。てか、これは俺らが背負わなきゃいけない問題じゃないよね?」


「そうですね。最終的にはギアルファ銀河帝国の問題になるのでしょう。艦長個人は家族を掻っ攫ってとりあえずデリーのところにでも行けば、それで解決ですしね」


 実のところ、デリーたちの銀河も移動性ブラックホールが放置されると将来はやばい可能性が極めて高かったりするのだが、この時点でのサンゴウはそこまでの計算をしていなかった。


 何がどうなるにせよ、まだ時間的な猶予は残されている。


 つまり、サンゴウにとっては、『即座に何かをしなければならない状況』とは言い難いのであった。


 そんな感じで話が纏まったところで、シンは自宅に帰る決定を下す。


 いつもの影魔法と長距離転移魔法が行使され、サンゴウはギアルファ銀河帝国首都星の海上へと戻り、シン自身はそこからあっさりとアサダ侯爵邸へと帰宅するのであった。


 かくして、第二次銀河間戦争は終わる。


 ウミュー銀河は銀河自体が消滅に向かうという結果になり、少数の鉱物生命体が脱出にはなんとか成功し、四号機モドキ一隻とともに新天地を目指した当てのない旅路へと赴いた。


 結末はそんな形となる。


 これは、ウミュー銀河の覇権を握っていた鉱物生命体たちが引き起こした、悲惨な結末であるが、シンやサンゴウには負うべき責任が全く以って微塵も、一欠けらもないのである。


 尚、余談ではあるが、この第二次銀河間戦争について、帝国軍には正規の記録が全くのゼロであり、後世で公開された皇帝ノブナガの回顧録によってその存在が明らかにされる。


 そのため、後世の歴史家たちの飯のタネになる研究や論文、小説のテーマの一つとして名高いモノになるのであるが、それは今を生きる人々には全く関係がないお話となるのだった。


 そのような、余談はさておき、帝都に戻ったシンにはギアルファ銀河帝国皇帝の、息子のノブナガへいろいろ報告すべきことがある。


 次の舞台は、それについての密談の場面へと移るのだった。




「あの。父上。出発の報告から戦争終結までの時間が短すぎると思うのですが」


「うん? そうか? いや、規模から言えば『戦争』だから表現として間違ってはいないんだろうけどなぁ。あくまでこの戦闘自体は害獣の駆除だ。所要時間が短いのは『戦闘の映像記録をサンゴウから送ってもらっているはずだから、それを見て納得してくれ』としか言えない」


 感想的なモノを語ったノブナガの感覚は、それを常人のモノとして考えると『おかしい』とは言えない。


 この場合、おかしいのはシンとサンゴウの成したことである。


「というか、ですね。攻め込んで、その結果相手の銀河を丸ごと壊滅させて来るのはどうなのですか。やり過ぎなのでは?」


「それは違う。銀河が一つ壊滅したのは、害獣たちと敵対した生体宇宙船たちが引き起こした結果であって、父さんたちが故意にやったワケではない。したがって、父さんにもサンゴウにも責任はないのだよ。わかるかね? ノブナガ君」


 どこかの少年探偵が尊敬する、名探偵のような言葉で〆るシンであった。


 尚、この時のシンがドヤ顔だったのは地味にノブナガをイラっとさせたのだが、そんなことは些細な話として片付けるべきなのであろう。


「サンゴウで攻め込んでいなければ、起こらなかった現象なのでは? そう思わなくもないですが。でもまぁ、大元は向こうからの攻撃が原因ですから、そう考えることもできますね」


「そう。その通りだ」


「わかりましたよ。ギアルファ銀河の話じゃないですし、ウミュー銀河の消滅は見なかったことにしてしまいましょう。で、次の重大な問題はコレですね? 『移動性ブラックホール』ですか」


「ああ。これはマジでやばい」


 まだまだシンとノブナガの会話は続くのだが、それはそれとして、だ。


 今回のシンの功績は、偶々、生体宇宙船を発見し、それを追って行って戦闘になったところで移動性ブラックホールの出現を偶然目撃し、予想進路とギアルファ銀河への到達時期の情報を持ち帰ったこととなった。


 極めて重大な情報の提供により、ノブナガは褒賞として皇帝決裁で偵金勲章を実父へと与えることになったのである。


「父上やサンゴウ、キチョウの力を以ってしても解決できない災害ですか。思い付きでアレなんですが、もう一人の特別枠、メカミーユさんならどうでしょう?」


「あー。アイツなら実力はともかく、何らかの解決策が出るかもしれん。ノブナガも忙しいだろうが、呼び出しの命令を出してもらって、話し合いの場を設けるのが良いかもな。その時は父さんも参加させてもらおう。日程の調整は任せる」


 そんな流れの密談が繰り広げられた結果、メカミーユは皇帝陛下からの呼び出しの連絡を受けることになる。


 事態は動くのであった。




「(一応将官ではあるものの、ただの艦隊司令でしかない私に、何で皇帝からの呼び出しとかあるのよ! まさか、皇帝陛下にどこかで見初められちゃった? 先々を考えると、求婚とかされると困るんだけどな)」


 唐突な皇帝からの呼び出しに対して、そんな考えが頭を過ったのはメカミーユだけの秘密である。


 もちろん、ノブナガがメカミーユに求婚することはない。


 尚、駄女神の周囲の軍人たちの感想は、異なる。


「(あ、この人、また何かやらかしたんだな)」


 メカミーユの周囲の軍人たちはその見解で一致しており、上司が皇帝陛下から直接呼び出されたことを、何の疑問にも思われていなかった。


 むろんそれは、駄女神が知らない方が幸せで、平和であろう事実だったりするのだけれども。


 とにもかくにも、場面はメカミーユが訪ねることになるノブナガの私室へと移るのであった。




「あの。えっと。不躾な質問をお許しくださいますでしょうか?」


「ええ。どうぞ」


「私は何故、皇帝陛下の私室でお茶をいただくことになっているのでしょうか?」


「ああ。公の場ではないので、気楽に喋っていただいて構いませんよ。父さんが来てからお話を開始したいので、いましばらくの間、待っていてくださいね」


 この時のノブナガはメカミーユからの質問を許可はしたものの、結局はそれに対する明確な回答を避けて、煙に巻いている。


 公式記録が残せないような、やばい情報が山のように飛び交うことが事前に予想されていた。


 だからこその、密談場所の選定であったワケだが、それを父がいない状態でメカミーユへと告げるのは躊躇われたからだ。


「あ。はい」


 片や、質問に答えてもらっていないメカミーユの側は、それで簡単に誤魔化されてしまい、緊張でお茶の味もよくわからない状態に陥っていたりする。


 駄女神は意外にも、このような場では小心者なのであった。


 そんなところへ、『メカミーユ到着』の連絡を自宅で受けたシンが、転移魔法で姿を現す。


 これは、面倒な手続きはすっ飛ばして皇帝の私室へ飛ぶ暴挙でもあるが、これから話し合う予定の内容が内容なだけに、やむを得ない部分もあったのだ。




「さて。揃ったところで、話し合いを始めますね。まず、メカミーユ准将。貴女をここへ呼び出した理由は、父が人外認定している貴女の見識が必要な事態が発生したからです。その事態については父から説明がありますので、疑問がある場合はその都度お願いします」


「えーと。まだそれ程力がないのに人外認定されても困る! で、何が起こったのかしら?」


「簡潔に言う。移動性の超巨大ブラックホールが発生して、ギアルファ銀河に向かってる。到達は約五年後。以上!」


「へっ? いどうせいぶらっくほーる? それ、あかんやつですやん」


 メカミーユの表情が激変すると同時に、挙動も言葉もおかしくなった。


「(この反応。やっぱりヤバイのかぁ)」


 この時のメカミーユの反応から、父と息子のそれぞれの考えは、奇しくも完全に一致していた。


 そんな二人の思考時間によって、僅かな静寂の時間が発生する。


 その間に、メカミーユの思考が回るようになったのか?


 駄女神は再び発言するのだけれど。


「逃げましょう。即逃げましょう。シン。私を転移で連れてって!」


「(『連れてって』って。そう言えば、『スキーに』ってのが昔あったっけなー)」


 メカミーユの発言を受けて、現実逃避に近い思考へと走るシンであった。


「いえ。あの。最後の手段としてはもちろん逃げることも考えます。ですが、逃げるにしてもですね。まず行く先の問題があります。それに加えて『国民全員を連れて行けるのか?』や、『時間的にそれが可能か?』という問題もあるのですよ。よって、現時点では逃げる以外の方法を模索したい。そういうことでして、それについての見識をメカミーユ准将には披露いただきたいのですが」


「無理ムリむり」


「そう簡単に片付けるなよ。何かはあるだろ」


「ないわよ! シンは『移動性ブラックホール』ってモノがどんなモノか知っているの? 絶対に自然には発生しない、超特殊なブラックホールなのよ? 指向性がある超重力場による空間歪曲を発生させることで成立する、光を余裕で超える超スピードでの移動。通常のブラックホールの最低でも倍以上の超高重力。その上、中心部の温度は超高温。人の手で何とかできるモノじゃないわよ」


「ええ。そうみたいですね。ですから人以外の手で何とかする方法を、貴女にはお尋ねしています」


「仮にも神の一員だったんだし、何かそれなりの知識はあるだろ? 魔力なら俺が供給するから神さまパワーで何とかならんか?」


「仮じゃないもん! 私、正真正銘の女神さまよ! 今は自由に振るえる力が足りないだけなのよ!」


「(ここはノブナガに乗っかって、煽てておくべきだろう)」


 メカミーユの叫びのような言葉を受けてそう判断したシンは、ヨイショモードに入るのだった。


「そうだよな。立派な女神さまをしていた実績があるもんな。その実績を見込んで知恵と力を貸して欲しいんだよ。何か手はないか?」


 かなり下手なヨイショであるが、相手は駄女神のメカミーユなのでこんな感じでも通用してしまう。


 このあたりが、駄女神が駄女神であることの所以なのかもしれないけれど。


「ふふん! わかれば良いのよ。対策はねぇ。最上級神以上のクラスなら消滅させる力もあるでしょうけど。上級神以下の力では消滅させるのは無理だし。あ、事前にブラックホールを進路上に置いて、二つが重なり合った時の移動方向が変わるのに賭けたやり方は例があるわ」


 メカミーユが語ったのは、移動性ブラックホールが確実に巨大化する上に、必ずしもその進行方向が有益な状態に変わるとは限らない方法である。


 そして、仮にそれが上手く行ったとしても、進行方向が変化したことが原因で、別途被害を受ける存在が出て来る可能性もある点が問題となる。


 ちなみに、過去に例がある事象で言えば、『それを行った、とある管理者の末路は『悲惨』の一言に尽きる』のだ。


「管理領域を守ったのは良い。その点だけはきちんと評価する。だが、他所に大迷惑だったね。トータルは減点」


 そんな流れで、そのとある管理者は上位の存在から降格処分を受けているのであった。


 欠陥がある前例をしっかりと語ってしまってから、メカミーユは遅まきながらそれに気づく。


「今のなし。それをやったら、私は消滅処分一直線コースよ! だから、なしね。うん、なしで決まり」


「だな。まぁ、俺らはメカミーユを消滅処分とかさ、物騒な目に遭わせたいワケじゃないから。で、他には何かないか?」


 改めて問いつつも、この時のシンが次のようなことをこっそり考えていたのは秘密である。


「(そもそも、ブラックホールを置いておくとかどーやるんだよ? 神さまパワーで何とかするのかな?)」


 まぁ、案が引っ込められたので、最終的には『どうでも良いか』となってしまったけれど。


「うーん。あれ? ちょっと待ってよ。消滅前提の島宇宙での修行っておかしくない? もし全員を連れて、逃がすのに成功したってさ。この島宇宙が評価対象なんだから消滅したら評価ゼロじゃない!」


「いや待て。今、そんな事情は関係があるのか? ここへメカミーユを送り込んだ存在はこの事態を予見できるような存在なのか?」


「完全な予見は無理かも? でも達成不可能案件を指示しているとなれば、指示をした側も減点だからちゃんと注意は払っているはず。あれ? なんでだろう? なんでこうなったの?」


「(それはきっと、駄女神のメカミーユであるからだろう。そのような運命を背負っているんだろうな)」


 少なくともシンはそう思っていたが、それを口に出さない分別はあった。


 このような流れで、解決策が見つからないまま話し合いは継続する。


 何らかの結論を得るまでは、この話し合いが終了となることはないのだった。


 尚、シンとノブナガがそれぞれに『女神の知識や知恵も、案外役に立たないモノなんだなぁ』と、神罰が下りそうなことを平然と考えてしまったのは、二人が墓まで持って行く秘密である。


 まぁ、そんな感じの密談はしっかりとサンゴウによる盗聴がされており、サンゴウ側でも事態への対策が別途練られていたワケであるけれども。




 サンゴウはシンたちが行っている話し合いを聴きながら、『デルタニア軍のデータの中に、何らかの手段はないものか?』と改めて情報を精査していた。


 そんなサンゴウの船橋にいるキチョウは、『マスターが必ず何とかする』と信じていた。


 最低でも五年の猶予があるので、キチョウ的には危機を感じ取る部分に勘は働いていても、肝心の解決策に繋がるような部分への勘は働かない。


 そこへの勘が働かないので、考える方向性への糸口を見つけることができない。


 キチョウはそのような状態にあり、他にやることがないのでお昼寝をし続ける。


 このあたりはペットの権利であり、仕方がないことでもあろう。


 少なくとも、サンゴウが何もしていない状態ではなかったのだ。




「できるかどうかは別にして、対処方法としては『消滅させる』のと『進行方向を変える』のと『諦めて逃げ出す』の三つか? 他には何かないのか? 女神さま」


「楽しく過ごして未来は運命に任せる。それが通常の対応なので」


「うわぁ。『それはそれで、どうなんだ』って言いたくなるぞ」


「というか、ね。普通だと移動性ブラックホールの接近に気づいた時には、既に手遅れでそうするしかないのよ。そもそも、頻繁に発生するモノじゃないしね。ぶっちゃけてしまえば、五年も前からわかってるだけでも幸運よ? それをどうやって知ったのかは知らないけど」


「四番目の選択として、『何もしないで受け入れる』があるってことか。さて、ところでなんだが、『最上級神以上は消滅させる力がある』って話だったように思うが、頼んでやってもらう伝手とかはないのか?」


 そう問いつつも、益体もない別のことに思考を割いてしまうのがシンのシンらしさであるのかもしれない。


 ちなみに、この時のシンが別で考えていたのは『最上級以上っていうのは、最上級の上があるってことだよな? 最上級って最も上じゃないのかよ?』だったりしたワケなのだが、本当にどうでも良い話である。


 尚、メカミーユは詳細を説明していないが、最上級の上には『創造神』というクラスがある。


 なので、『以上』という表現で、間違っているワケではないのだが、それも含めて事実を理解したとしても、今回の案件では何の役にも立たないのが現実となるけれども。


「相応の理由がなければ、頼んでも無駄よ。そもそも、伝手なんてないけどね」


「そうか。伝手自体がないのか」


 伝手がない時点で交渉する余地はないのだから、話はそこで終わりとなる。


「専属管理をしている存在なら、管理範囲には責任があるから動いてくれるんだけどね。ここはそうじゃないのよ。ギアルファ銀河帝国で例えるなら、男爵の星を助けるのに『皇帝陛下に動いてくれ』って要求するのと同じだから」


 メカミーユが語ったギアルファ銀河帝国のシステムに合わせた例は、シンにもノブナガにも理解しやすかった。


「(それと同じなら、せいぜいが要望を出すまでしか無理だなぁ)」


 そう納得してしまう二人であったのだ。


「じゃあ、だな。最上級神以上は一体どんな方法で移動性ブラックホールを消滅させるんだ? せめて、それを知らないか?」


「わからないわよ。そもそも持ってる能力とか力とかがね、異次元とか別世界の存在なんだもの」


「サンゴウの持ってたデータからだと、ブラックホールの消滅を目指して開発された艦があってな。『超高出力の重力波攻撃で、何とかしよう』というのがあったけど?」


「何をどう考えて、そういう発想になったのかはわからないけど。それ、『ブラックホールにブラックホールをぶつけると消滅させられますか?』ってのと同じね。結論は真逆よ。移動性ブラックホールについてで言えば、大きくなって加速して、進行方向は変わる可能性がありなだけ」


 シンが問うた、初号機の方式は無理筋だったことが判明した瞬間であった。


 まぁ、デルタニア星系の開発陣でも『ブラックホールがどういうモノか?』は推測でしかなかったのだから、仕方がないことではあるのだろう。


「あの。すみません。そのブラックホールなのですが。『中心部が超高温で超高重力を生み出している』という認識で良いですか?」


「ええ。それで良いわよ」


「では、仮にですが、中心部の温度を下げることができたらどうなりますか?」


「それ自体が不可能な仮定だけれど。ただ、もしそれができるなら、消滅させられる可能性があるわね。中心からは熱が出され続け、それが尽きた時が自然消滅の条件だから。でも近づく時点でも数億度の熱に晒されるのよ? そんなの無理に決まってるじゃない」


 ノブナガの疑問に答えを返すメカミーユの表情は、『もう諦めて逃げましょうよモード』になっている。


 一向に解決策が見つからない難問に、メカミーユは『ここでの修行がダメになったら、私はどうなるんだろう?』と思いを馳せていたりもした。


「キチョウの張ってたシールドが破られた原因は高温のせいなのか、重力による超高圧力のせいなのか。それは俺にはわからん。だが、ブラックホールの中心部に近づくのは無理筋だぞ。俺のシールド魔法でも、どこまで耐えられるのかがわからんしな」


「え? キチョウさんのシールドが破られるところまで中心に近づいたの? それでよく脱出できたわねぇ」


「ああ。結構きつかったぞ。俺一人なら長距離転移魔法だけで済むんだが、サンゴウとキチョウも一緒だったからな」


「(えっ? 一人でも転移魔法じゃ影響範囲から脱出するのは、無理なはずなのに)」


 移動性ブラックホールの影響範囲は、非常に広い。


 故にメカミーユはそう思ったが、それを口には出さなかった。


 なにせ目の前にいるのは、それ以上のことを成し遂げてここにいる存在であるのだから。


「ところで、メカミーユ。話は脱線するんだが、『龍脈の元』って知ってるか?」


「ええ。無限に魔力が湧き出すモノよ。創造神にしか生み出すことができない貴重なモノで、私たちの間では、『創造神が自身の力の一部を切り離して生み出しているのではないか?』 という話のタネになる存在ね。それがどうかしたの?」


「どうもこうもない。俺やサンゴウやキチョウに、だな。それを融合させられないかなって」


「(ナニイッテンダ? この男は。そんなモノが手に入るはずがないじゃない! 融合させられるかどうかなんて手に入れてからの話じゃないの? できるできないで言えば、神力を使えばできるけれど)」


 そこまでを瞬時に考えたメカミーユは、『頭がおかしくなったんじゃない?』という目でシンを見つめる。


 察しの悪い、駄女神であった。


 それはそれとして、問われたことには律義に返答するのだけれど。


「融合ができるできないの話に限定するなら、できるわよ」


「そうか。それなら――」


 言い掛けたシンの言葉に、メカミーユとしては伝えるべき前提がまだあったので、最後まで言わせずに言葉を被せる。


「ただし、それなりに神力を消費するのよ。だから『その分をシンが負担する』というのが前提。でもね、融合したら受け止めきれないと思うわよ? ハッキリ言って、死んじゃうと思う。それと、そもそも手に入れることが無理な品なんだから、それを知ってもしょうがないんじゃないかな?」


「(もう持ってるから、そこは良いんだ)」


 シンは心の中でだけ呟いて、更に話を先へと進めた。


「受け止めきれないのを、受け止めきれるようにする手段はないのか?」


「私の力を切り取って付ければ、そこはクリアできるけれど。でも、そんなのは嫌よ。せっかく増してきた力なのに、減っちゃうじゃない」


 メカミーユは、それを強要されそうな雰囲気をシンから感じ取って、涙目状態へと移行しつつ訴えてしまう。


 だが、それを承知で無視するのが、勇者シンなのである。


「(できるのならば、メカミーユが納得する対価を出せば良い。これはそれだけの話のハズ)」


 そう考えていたシンは、その対価に関連する部分でノブナガに話を振るのだった。


「ノブナガ。メカミーユを奉る大規模な宗教的施設を、どこかに設置できるか? 建設の費用は俺が持つから。そうだな、必勝祈願のご利益があるってあたりの感じで」


 完全に、皇帝の権力を当てにした提案。


 それは、メカミーユにとって何物にも代えがたい極上の餌と化す。


 シンは、駄女神がどうしても欲しいモノを、ちゃんと理解できていた。


「えっ。何々? そこまでしてくれるの? それなら報酬先渡しの条件で、さっきの件をやるわよ。ただし、肝心の『龍脈の元』が手に入るのなら、だけどね」


 手の平クルンの、シン視点だとチョロすぎる残念な駄女神さまであった。


 そのような状況に至ったことで、話し合いがこれで終わったワケではないが、ノブナガは父に何らかの手立てらしきモノがあるのを感じ取って少しばかりホッとする。


 もっとも、ここまでそれについて語らなかった理由が存在することも察知しているため、予断を許さない状況に変わりはないのだけれど。


 それらの、ノブナガの考えは、数年先の未来において的中することになるのだ。


「もう一つ方法がある。ただし、こっちは賭けだ。文字通り『全て』を賭けることになる」


 厳しい表情の父親の口からそんな発言が出るのを、この時のノブナガは想像すらしていなかったのだった。


 こうして、勇者シンはサンゴウとキチョウとともにウミュー銀河の状況を確認してから、ギアルファ銀河帝国の首都星へと戻り、帝国への脅威となっていた生体宇宙船と鉱物の宇宙獣の完全排除に成功したことを報告した。

 新たな脅威である、『移動性ブラックホール』については、ノブナガの発案でメカミーユの知恵と知識を当てにするも、その手段は残念ながら空振りに近い状態となる。

 それでも、勇者の持つ直感と運命力が、不可能を可能にするのかもしれない。

 シンは思い付きで、オルゼー王国の一件があったときに奪って来た『龍脈の元』を活用して、自身とサンゴウとキチョウのパワーアップを画策するのだった。

 もちろん、それを成しただけでは、事態が好転する保証などどこにも存在しないのだけれど。

 はたして、『龍脈の元』の融合は叶うのか?

 ギアルファ銀河帝国に明るい未来は存在するのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 ウミュー銀河でのお仕事を完遂し、それが原因の凶報を持ち帰って、皇帝である息子に一部始終を報告せざるを得なかった勇者さま。

 新たな脅威へ、有効な対応策が女神の知識にも存在しなかったことにがっかりしつつも、『それなら、龍脈の元を使ってパワーアップをすれば、活路が開けるのではないのか? そうであって欲しい』との考えに至った、脳筋状態のシンなのであった。

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