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レイゴウとハツゴウとの戦いと、新たな局面

~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~


 サンゴウは、相も変わらず首都星の海上に居座ったまま、ウミュー銀河への出発に向けた備えを終えていた。


 そうした状態で、艦長の帰還を待っている。


 要は、生体宇宙船側の準備は、既に万端の状態であったのだ。


 そんなところへ、艦長のシンがアサダ侯爵邸から戻って来る。


「艦長。お帰りなさい」


「ただいま。なんかこう、意外と時間が掛かってしまった。すまん」


「いえ。それは必要な時間ですから」


 優秀なサンゴウは、艦長が家族や関係者との人間関係を悪化させないために使う時間への、理解を示した。


 その発言を受けて、シンは相棒の賢さと寛容さに感謝をしつつ、次の行動への打ち合わせに入るのだけれど。


「これからウミュー銀河に向かうとして、だ。サンゴウは特に改めての準備とかの必要はないよな?」


「はい。いつものことですが、準備は完了しています。よって、すぐにでも出発が可能ですね」


「了解。で、俺が魔法で転移する場所は、帰る寸前にいた場所で良いか?」


 シンが確認した転移先の場所。


 その宙域は、サンゴウがウミュー銀河に入り込んで以降に、最も星雲の中心部に近づいた時のモノだったりする。


 むろん、本当に中心部の間近まで行ったワケではなく、あくまでも比較的な話であるのは言うまでもないであろうけれど。


「いえ。艦長、転移先となる場所は、その位置よりかなり手前が良いでしょう。具体的には『外宇宙の宙域で、外縁部へ行くのに一時間程の時間が掛かる位置が良い』と考えます」


「うん? それは良いけど、何故そうなる?」


「相手側からすると、サンゴウがいなくなった場所を警戒するのが当然となります。よって、そこには罠が仕掛けられている可能性があるのです」


「なるほどな。ではそうしようか」


 そのような会話の流れが済んだところで、サンゴウは静かに首都星を発つ。


 シンはギアルファ銀河側で、超長距離転移魔法を使用しても何の問題のない宙域にサンゴウが到着してから、サンゴウを影に入れてウミュー銀河の外縁部から少し離れた位置に魔法で移動したのであった。


 続いて、転移先で魔力枯渇による恒例の苦痛からの回復を待ったのちに、周囲の安全を確認する。


 そうして、ようやくサンゴウを影から出して、シン自身は短距離転移で船内へと戻った。


 そんな感じで、ウミュー銀河への殴り込み航行の準備は完了となる。


 サンゴウは、ウミュー銀河に向かう航行を始めるのであった。


 しかしその際、サンゴウは独自の判断により、特に艦長のシンからの指示が出ていなくても、前回来た時に行ったウミュー銀河のとある宙域へは、針路を向けていなかった。


 まずは、ウミュー銀河の外縁部を遠くからなぞるように航行を開始する。


 サンゴウは意識的に前回訪れた宙域とは違う位置を目指して、ウミュー銀河の外縁部へと近づいて行くのだった。


 むろんこれは、敵側の警戒が最もされているであろう宙域を外すことで、待ち伏せ的な罠には引っ掛からないことを考えての行動となる。


 それはそれとして、そんなこんなで外縁部に辿り着く寸前に、事案は発生するのだけれど。


 まぁ、事案と言っても、その初手は船橋で寝ていたキチョウが急に起き上がって、緊急事態を告げる状況が発生しただけだったりはするのだが、そのあとに続く事象も含めれば、それは決して些細なこととして片付けられるモノではなかった。


「マスター。これ以上はないくらいに、ものすごい危険が迫っていますー」


「キチョウ? これは! レイゴウとハツゴウの反応が各一隻ある? そんなこと、あり得るはずがないのに」


 キチョウが危機を告げた瞬間、その直後にサンゴウの探知範囲には、デルタニア星系で試験中に失われ、危険な失敗作として開発中止が厳命されたはずの生体宇宙船、レイゴウとハツゴウの存在が確認されたのであった。


「キチョウが危機を感じるってことは、ガチでやばいな。では、念のためにシールド魔法を三重に展開しておこう。何ならキチョウも一枚張るか?」


「はい。マスター」


「ほい魔力。それと、サンゴウ。俺は子機アーマーを装着するから出してくれ」


 魔法を使うための魔力を渡されたキチョウは、さっさとシンが展開しているシールド魔法の更に外側へと、自身のシールド魔法を展開する。


 ちなみに、最も外側にそれを展開したのは、『シンのそれにキチョウのモノは強度で劣る』という単純な理由が存在するからであった。


「はい。すぐに準備します。艦長。ところで、いることを想定していた四号機っぽい反応が、この宙域にはありません。あと、レイゴウとハツゴウはまだこちらに気づいていないようですね」


 本来の探知能力の性能は、レイゴウやハツゴウの方が試作時のサンゴウを上回る。


 にもかかわらず、先に探知ができているのは、サンゴウの基本性能が向上している証左であった。


 勇者シンの膨大な魔力の影響下に長年あり続けたことで、サンゴウは強化されているのである。


 ファンタジー世界産の勇者や魔物ではないサンゴウには、戦闘での経験値の取得によるレベルアップが原因となる成長はない。


 それでも、サンゴウは生体宇宙船が持つ特性から、性能面での進化をしっかりとしているのであった。


 もっとも、これはサンゴウの主観だとそうなっているだけで、実のところレイゴウやハツゴウの側は生体宇宙船としての能力以外の部分で、サンゴウかサンゴウに準じる何かが接近していることを既に感知していたりする。


 現状は、相手側が『それに気づいていない振りをするのが上手であった』と言うべきであろう。


「じゃ、前進はストップ。気づかれる前に、そいつらの情報を俺とキチョウに流し込んでくれ。それはそれとして、だ。前回の宙域から離れた位置へと来たのは正解だったな。さすがサンゴウ」


 かくして、シンとキチョウはレイゴウとハツゴウの試作機としての性能と、サンゴウがそれらについて『ここにいるはずがない』という内容の発言をした理由を知ることになるのだった。


「何このヤバイ性能。でも、わざわざ出て来たってことは、『欠陥を克服して、完全な状態で出して来ている』ってこともあり得るよな?」


「判断材料が足りませんのでわかりません。『可能性としてはある』としか」


「俺、ブラックホールってのは経験ないんだけど、やっぱ危険?」


 唐突に『ブラックホール』という単語がシンの口から出て来たのは、『敵側の生体宇宙船の能力』というか『欠陥の部分』に、それが関係しているからであった。


 これまで、サンゴウとともに宇宙空間を航行しまくっていたが、シンは実際にブラックホールを間近で目にした経験がなかった。


 サンゴウとしても、用もないのにブラックホールがあるような危険な宙域へと近づく理由が、これまでに存在しなかったのだから。


 故に、艦長を伴ってそうした宙域に行くことはなかったのだ。


「そうですね。少なくともサンゴウは、ブラックホールの重力圏へと侵入したのちに、離脱限界点を超えてしまった場合、自力での脱出は不可能と考えます。そこから、内部の超高重力に耐えられるか? その状態でも生き延びられるのか? そのあたりは不明ですが、おそらく重力で押し潰される運命を辿るのでしょうね」


「そっか。ま、なんにせよレイゴウとハツゴウは敵だよな?」


「ええ。これまでの経緯からして、それ以外は考えられません」


「なら潰すだけさ。問題は『いつもの手が使えない』ってことだな。キチョウに防御を任せて、俺が単独で出るのには不安がある」


「マスター。単独で飛び出したら危険度が跳ね上がると感じてますー」


 キチョウの勘を、シンは無視できない。


 よって、慎重に行動するしかないであろう。


 久々に、戦闘への緊張感が高まって来るシンであった。


 続いて、心身ともに準備を済ませたシンは、サンゴウへの前進の指示を出すのだった。


「撃って来ませんね。もう探知はされているはずですが」


 レイゴウとハツゴウは、サンゴウより遥かに巨大な船体を持つ。


 また、それに見合うだけの、長大な有効射程を持ってもいる。


 それだけに、この段階でも攻撃が来ない異常性をサンゴウは艦長に伝えたのであった。


「ふむ。何かあるんだろうけどなぁ。こちらには遠距離であいつらを沈める手段はないよな?」


「威力だけなら、艦長の魔法攻撃ならばあるいは。ですが、射程距離的に大丈夫ですか?」


「いや、この距離ではさすがに当たらないと思う」


 珍しく、聖剣も手にしている状態のシンは、サンゴウにそう答えを返した。


 まぁ、船内にいるままだと剣に関しては基本的に役には立たないのだけれど、万一外に出た時の準備と心構えの問題の二つの理由から、この時のシンはそうしているだけなのだった。


「鉱物の宇宙獣の反応多数。真っ直ぐに突っ込んで来ます。砲撃可能距離まで接近したら、撃ちます。レイゴウとハツゴウは防御フィールドを展開しているだけですね。攻撃をしてくる予兆は今のところありません」


「先に宇宙獣の数を減らすか。サンゴウ。俺が光球の魔法を発動してから、後退。十秒間発光で発動させる。突っ込んで来るのがこのあたりを通るように、こちらの針路を調整をしてくれ。前に使った魔法トラップをばら撒く。キチョウも手伝ってくれ。トラップの消滅時間は十五分で設定しておく」


 宇宙獣との交戦が始まり、サンゴウは動きらしい動きのないレイゴウとハツゴウに対しては、最大級の警戒をする。


 その状態を維持しながらも、サンゴウは戦場と化した宙域を縦横無尽に飛び回っていた。


 シンとキチョウによる直接的な魔法攻撃と、設置された魔法トラップの殲滅力は『凄まじい』の一言に尽きる。


 雲霞の如く集まって来ていた鉱物の宇宙獣は、戦闘開始から二時間を経過した段階で、その総数は約七割減へと至ってしまう。


 そんな状況下で、レイゴウとハツゴウはサンゴウがいる宙域にゆっくりと近づいて来ていた。


 サンゴウ視点だと、『おそらくだが、いくらなんでもそろそろ攻撃してくるだろう』と考えられる状況に突入しつつあったのである。


「あの二隻の目的はなんでしょうね? こちらのエネルギー切れを待っているのでしょうか? 距離は詰められていますけれども。船内に艦長がいる限り、サンゴウにはエネルギー切れなどあり得ませんのにね。フフフ」


「向こうが何をするつもりかはわからん。だが、シールドはいつもより三枚多く重ねているんだ。不意打ちの一発や二発は、余裕で耐えられると思うぞ」


「レイゴウとハツゴウのエネルギー増幅を確認。しかしこれでは。味方の宇宙獣も攻撃範囲に巻き込んで、撃つ気なのでしょうか?」


 サンゴウから観測された、敵からの『攻撃に使用されると思われるエネルギー量』は、以前に四十五隻の生体宇宙船から受けた攻撃のそれを基準にすると、その三倍以上に達している。


 だがしかし、だ。


 それでも、サンゴウには『艦長が展開しているシールド魔法を、貫通できるビーム攻撃が放てる』とは考えられなかった。


 このような戦闘状況の推移で、結局サンゴウはレイゴウとハツゴウの攻撃を待ち受ける形になってしまったのだった。


「(味方のはずの宇宙獣を無視して、攻撃態勢とか一体何を考えてんだ?)」


 この時、シンが内心で呆れてしまっていたのは、些細な話なのである。


 まぁ、それはそれとして、だ。


 ウミュー銀河側から、何故突然レイゴウとハツゴウが出てきたのか?


 ここからはそのあたりの事情を、少し時系列を戻して述べておくとしよう。




 決戦用の四十五隻の生体宇宙船の戦力を失ったあと、時間をおいて四号機モドキと融合していた鉱物生命体は、ウミュー銀河に接近して来たサンゴウの存在をとある理由から感知していた。


 そして、ウミュー銀河の外縁部にあっさりと侵入してきたサンゴウが、『更に星雲内の奥深いところへ入るか?』と考えられるタイミングで、鉱物生命体たちには理解できない状況が発生する。


 突然、サンゴウの前進が止まってしまったのだ。


「(その宙域で停止した理由は、何だ?)」


 そう不審に思っていると、今度はこれまた唐突にサンゴウの反応自体が消滅する。


 これは、その場で超空間航行を敢行した形跡がないため、異常なことでしかなかった。


「(サンゴウには、ステルス機能でもあるのか?)」


 デルタニア星系由来の知識からそんなことを考えつつ、鉱物生命体たちは厳重な警戒態勢に入った。


 そんな彼らの陣営だったが、半日が過ぎても何事も起こらない。


「(時間の経過から考えると、何らかの未知の手段を用いて撤退した可能性もある。というか、そうであって欲しいし、それ以外には考えられない)」


 そうした考えの元、鉱物生命体たちは警戒態勢を緩めた。


 続いて、ようやく善後策を考えることになったのである。


 ギアルファ銀河の生命体から見た自分たちは宇宙獣の扱いであり、共存共栄が検討される可能性はない。


 そもそも、だ。


 コミュニケーションを取る方法すらないのだから、選択肢としてそれだけはあり得ないのである。


 そして、『宇宙獣だと認識されている以上は、完全殲滅の駆除対象として見られている』ということになってしまう。


 まぁ、このあたりは鉱物生命体の側もギアルファ銀河の生物の全てを根絶やしにするつもりだったのだから、お互い様ではあろうけれど。


 つまるところ、文字通り自陣営の生存数がゼロになるまで戦うか、もしくは逃げるかしかない。


「(サンゴウには、勝てる可能性がない。そうである以上、相手を殲滅することは不可能だ)」


 その認識はすでに共有されている。


 故に、選択肢は玉砕か逃亡しかないのである。


 それでも、対策会議的なモノは続けられた。


 千差万別の考えがぶつかり合い、それらへの認識が共有されていく。


 そんな中で、ついには折衷案が出される。


 それは、種として殲滅されることがないようにするのを、最優先の目的とすること。


 要は、一隻の四号機モドキを、地球の伝承であるノアの箱舟のように扱う、逃亡脱出案であった。


 もちろん、彼らは地球の伝承のことなど知る由もないので、それは単なる偶然の一致であるけれども。


 そして、残りの四隻はサンゴウを道連れにする可能性に賭ける、いわゆる『自殺行為』とも言える手段を取ることに決まる。


 実のところ、彼らの手の内にはデルタニア星系の生体宇宙船開発陣が、闇に葬りたかった開発記録があるのだ。


 それを利用して、四号機モドキを試作後に失われた、危険な失敗作の零号機と初号機に作り替える方法である。


 では、その零号機と初号機とは、どんなモノであろうか?


 以下に、それを述べておく。


 まずは、零号機について。


 生体宇宙船試作零号機のことであり、コードネームはレイゴウ。


 搭載された人工知能は、フタゴウと同じく通常の機械コンピューター式。


 というか、こちらが元祖でフタゴウに同じモノが搭載されたのだけれど。


 万能艦として、開発陣の夢の全てが詰め込まれたこの実験機は、生体宇宙船の特性をフルに活用する、『可変自己調整型』という過去に例のない艦であった。


 最大で千五百メートル級、最小で三百メートル級と、サイズから外観まで任意に変容することができ、使用用途に合わせた艦に『その場で』武装や出力まで含めて『自己調整が可能』というトンデモ艦である。


 最終的には、攻撃用の重力波調整機能の暴走により自壊することにはなったものの、曲がりなりにも完成させてテストを行うところにまでは漕ぎつけていた。


 それは、開発陣の執念の賜物だろうか。


 尚、自壊時にはあわやブラックホールが誕生しかけるという大事故を起こし、政府レベルでの開発禁止が厳命されたいわく付きの艦でもあった。




 続いて、では初号機はどんなモノなのか?


 生体宇宙船試作初号機のことであり、コードネームはハツゴウ。


 搭載された人工知能は、これまたフタゴウと同じく、通常の機械コンピューター式。


 史上初の高火力の所持を目指して作られたこの実験機は、『史上初』の『初』の部分からハツゴウのコードネームで呼ばれることになった艦であった。


 過去に消滅させた例がない、ブラックホールの消滅を可能にするかもしれない重力波攻撃を主力武器とする、トンデモ艦の二隻目である。


 零号機の失敗から、機能を火力のみに絞った特化型。


 そうすることで、過去に例がないレベルの超高重力波の制御を多少なりとも簡単にし、暴走の防止を期待して完成に漕ぎつけた。


 けれども、肝心の高火力の実験に最終段階で失敗。


 結局、零号機と類似の事故を起こし、同じく開発禁止となっている。




 前述のそれらが、サンゴウの前に現れた二隻の概要であった。


 二隻ともに危険極まりない艦であるが、暴走での自壊でブラックホールを作り出すことが可能となる。


 よって、故意にそれを引き起こして巻き込むことができれば、サンゴウでも脱出は不可能になる可能性が存在するのである。


 かくして、あとがない鉱物生命体たちの陣営は、まずはとばかりに四号機四隻の融合を行った。


 そこから、新たに二隻の艦へと作り上げる作業に着手し、それとは別で逃亡するメンバーの選別に取り掛かったのだった。


 これらが、再びサンゴウがウミュー銀河へやって来るまでに起こった、主な流れとなる。


 レイゴウとハツゴウの二隻に、サンゴウが遭遇してしまった原因なのであった。




 では、サンゴウのいるウミュー銀河の戦場の部分に、話を戻そう。


 サンゴウはレイゴウとハツゴウの攻撃を、今か今かと注意を払いつつ鉱物生命体を相手に戦闘機動を続けていた。


 しかしながら、その肝心の二隻はエネルギーの増幅をしていても、一向に砲撃開始がされない。


 そして、不審が頂点に達しようとした時、それは起こった。


 レイゴウの自壊である。


 続いてハツゴウもまた、レイゴウに飛び込むように移動しつつ自壊していく。


 その瞬間、サンゴウは超高重力の影響下に置かれ、自由に航行することができなくなった。


 移動性ブラックホール。


 危険極まりない存在が、出現した瞬間である。


 サンゴウの周囲にいた鉱物生命体は、全てブラックホールの重力に捕まり、内部へと吸い込まれて行く。


 片や、もう既にその内部へと吸い込まれてしまっているサンゴウは、限界速度まで中心部とは逆方向に向かって加速し、重力制御も併用して落下を遅らせるように踏ん張ってはいる。


 けれど、ブラックホールの超高重力の影響下からの、離脱はできていない。


 サンゴウは、すでに離脱限界点の内側に取り込まれているのだった。


「なるほど。これが狙いでしたか。すみません。艦長、罠に嵌りました」


「これがブラックホールの超高重力ってやつか。恒星の比じゃないな。ゆっくりと中心に向かって落ちて行って、っておい。キチョウの展開したシールドが破れそうじゃないか」


「ごめんなさい。マスター。頑張ったけど無理ですー」


 キチョウの展開したシールド魔法が、じきに壊れる程の重圧が外部から掛かっている。


 それはすなわち、『より強力なシンのシールド魔法でも、いずれは限界に達する可能性がある』ということに繋がってしまう。


 むろん、それは『シンがシールドに追加で魔力を供給し続けて、重圧に負けないように維持しようとせず、展開した状態のまま放置したら』の話ではあるけれど。


「サンゴウにはこの場からの脱出方法がありません。そして、艦長のシールド魔法でしか、ブラックホールの内部で生き残ることは無理そうですね。残念ながらサンゴウに展開できる防御フィールドでは、耐えきれないことが判明しました」


「そうかぁ」


「それと、中心に向かって落ちれば落ちる程、外部から掛かる圧力は増え続けるでしょう。しかも、落ちること自体を止められません」


「つまりこれが、キチョウの感じた『重大な危機』っことになるのか」


 そう言いつつ、シンはマップ魔法で現在位置の確認を改めて行った。


 それはそれとして、だ。


 実のところ、シンたちが陥ったこの状況がキチョウの告げた危機ではなかったりするのだが、それが判明するのは少しだけ未来の話となる。


「俺のマップ魔法の座標が有効に作用する。ってことは、だ。現状は『異空間にいる』ってワケじゃないんだな。で、サンゴウでもブラックホールの内部からの脱出は無理。ならば、あとは俺が頑張るしかないか」


「そうなりますが。艦長には、何か手立てはあるのですか?」


「『ここから脱出すれば良い』ってだけならな。まぁなんとかなるだろ」


 この時のシンは、無意識に可能なことのみに限定して、サンゴウに語っている。


 勇者の直感。


 それにより、この事案が脱出するだけでは済まないことを、感じていたのかもしれない。


「では、とりあえずそれでお願いします」


 まずは脱出しなければ、何も始まらない。


 サンゴウは、率直に艦長の勇者としての特殊能力に頼るのだった。


「(このままだと、最終的には最も重圧が掛かるであろう中心部に到達したとしても、艦長のシールド魔法で生存し続けられる可能性が高い)」


 サンゴウ視点だと、艦長が無尽蔵の魔力を持っているのを理解しているだけに、そのような考えが出てきてしまう。


 けれど、仮にそこでサンゴウが生存できたとしても、他の場所へ行くことはできない。


 また、艦長も人である以上、寿命の問題だってある。


 つまるところ、サンゴウ視点だとブラックホールからの脱出が叶わなければ、明るい未来はないのであった。


 よって、それを最優先とし、他の細かいことは後回しにしても良い状況となるのだ。


 付け加えると、対応策を検討して考え続けることによる時間の浪費は、それがそのまま状況の悪化に直結してしまう。


 今も尚、サンゴウはブラックホールの中心と思われる場所に向かって、そこそこの速度で落下し続けているのだから。


 サンゴウには、艦長のデタラメさに賭ける以外の、他の選択肢があろうはずもなかったのだ。


 それ故の、前述のような簡潔なお願いとなる。


 光を超える速度を出せる、生体宇宙船のサンゴウですらも、絶対に脱出不可能な超高重力の牢獄。


 それは、実際に内部へと入り込んでしまって、体験してみれば自力での脱出はおろか、生存すらも不可能な代物だった。


 サンゴウには、重力制御の能力だってあるのだ。


 しかしながら、それをフルに活用しても制御しきれないレベルの超高重力を相手にしてしまえば、『落下速度を緩和できる』以上の意味を持たないのが現実であった。


 まぁ、ブラックホールに呑み込まれて生還した前例が、サンゴウの持つデルタニア星系の過去のあらゆる記録の中にも存在していない。


 そうである以上、それは当然なのかもしれないけれど。


 それはそれとして、サンゴウ的に最後の希望となる艦長は、不遜な笑みを浮かべたままでさらりと頼もしい発言をしてくれるのだけれど。


「おう、任せろ! では、シールド魔法を広げてっと」


 シンはサンゴウを守るために展開していたシールド魔法の、範囲を拡大する。


 そうして、まずは展開しているシールド内に、広大な余剰空間を作り出した。


 続いて、自身にも別途シールド魔法を掛けた上で、短距離転移魔法を発動して船外へと出る。


 シンは自身が生み出したシールド内の余剰空間で、サンゴウを視界に収めた。


 更には、魔法で自身の背後に巨大な光球を生み出し、大きな影を作り出す。


 そうして、シンはキチョウが乗ったままのサンゴウを、影の中に放り込むのだった。


 更にそこから、シンは長距離転移魔法を発動する。


 その際に、目的地はウミュー銀河への道中の宙域から、根拠のない感覚頼りで適当に選択した。


「(当面の転移先は、とりあえずこのくらい離れてれば良いかな?)」


 シンがそうした理由は、ウミュー銀河の状況を確認することなくギアルファ銀河へ帰るワケにはいかないからであった。


 かくして、シンは転移先の宙域で周囲の安全を確認してから、サンゴウを影から出して乗り込む。


 そうすることで、ブラックホールからの脱出を無事に完了させたのだった。


 シンたちは安全を確保した距離から、ウミュー銀河の様子を確認して行く。


 むろん、そのあたりの観測的な部分はサンゴウ頼りの話となる。


 シンとサンゴウ。


 ファンタジー世界産の勇者と超科学が生み出した生体宇宙船のコンビは、まさに互いに足りないところを補い合える関係なのかもしれない。


 とにもかくにも、サンゴウは状況の把握に努めた。


 その結果わかったこと。


 それは、鉱物生命体陣営が選択したサンゴウへの攻撃手段が、偶然ではあるけれどウミュー銀河にとって最悪の状況を作り出そうとしていたことだった。


 そしてそれの影響は、ウミュー銀河だけで済む話ではなかったのである。


 そのあたりの状況確認と未来の予測を一通り済ませて、シンたちは一旦ギアルファ銀河帝国の首都星への帰還を決める。


 駆除しなければならなかったはずの鉱物の宇宙獣と、倒さねばならなかったはずのソレに加担していた生体宇宙船たち。


 それらがレイゴウとハツゴウの自壊によって生み出されたブラックホールに呑み込まれ、全て消滅することは決定的と思われた。


 それも、シンが帰還を決定する一因ではあったけれど。


 また、キチョウが告げていた危機は、何気にここからが本番だったりもする。


 その重大な危機の解決策を求めて、相談先の一人にノブナガの思い付きから端を発して選ばれたのは、人ならざる能力と知識を持つ女神のメカミーユ。


 駄女神からは、次のような発言が飛び出すのだが、それは少し先の未来の話なのだった。


「へっ? いどうせいぶらっくほーる? それ、あかんやつですやん」


 状況説明を受けて、呆けた表情に切り替わったメカミーユのそんな発言が飛び出したあと、半ば無理矢理に駄女神は己の持つ知識を提供させられる事態へと突入する。


 それが提供されることで、メカミーユの言葉を興味深く聴いていた面々は、ギアルファ銀河帝国が絶望的な状況なのを知ることになるのである。


 こうして、勇者シンはサンゴウとキチョウを伴っての、ウミュー銀河への殴り込みをし、相手側の自爆攻撃を受けてブラックホールの内部に一時は吸い込まれてしまったが、なんなく脱出に成功した。

 鉱物生命体たちが、レイゴウとハツゴウによるサンゴウへの自爆攻撃でウミュー銀河自体に危機を招くことを想定していたかは定かではないものの、結果的にレイゴウとハツゴウが失われ、そのついでにサンゴウへの攻撃に参加していた全ての鉱物生命体がブラックホールに呑み込まれた。

 そのブラックホールにより、ウミュー銀河の存続そのものが危うくなるのは、銀河の覇権握っていた者としての行動と判断の結果であるので、粛々と受け入れるべきなのかもしれない。

 そしてそれは、シンやサンゴウに責任を追及できるような話ではないのである。

 もちろん、事前に四号機で脱出した鉱物生命体たちはブラックホールに呑み込まれた仲間の断末魔の意識を種族特性により共有しているため、『サンゴウさえいなければ』と考えても仕方がないのかもしれないけれど。

 キチョウが感じ取った危機の本質は、結局どんなモノなのか?

 少し未来のメカミーユが語る、『移動性ブラックホール』とは一体どのような存在なのか?

 未来を知る者は誰もいないのだけれど。


 残りの生体宇宙船とガチガチにやり合う気満々で、いざウミュー銀河に来てみれば、結局戦った相手はほぼほぼ鉱物の宇宙獣の集団でしかなく、肝心の生体宇宙船は自爆してブラックホールをサンゴウの近くに生み出すトラップ装置の役割でしかなかったことには、非常に驚かされた勇者さま。

 一応魔法トラップのばら撒きと魔法攻撃はキチョウと協力して行ったものの、サンゴウの船橋にいる状態のままであったので、最後まで出番がなかった聖剣を収納空間に戻す際に『何か、しっくりと来ない戦いだったなぁ』と、思わず呟いてしまうシンなのであった。

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