生体宇宙船の追跡と、交戦したあとの対応
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~
サンゴウは、相も変わらず首都星の海上に居座ったままだった。
艦長のシンが、ギアルファ銀河帝国の皇帝である息子のノブナガのところから戻って来るのを、生体宇宙船は静かに待っていたのだ。
シンがロウジュから告げられた、サンゴウ以外の生体宇宙船らしきモノへの対応で今後動くことは、ほぼ間違いのない決定事項となる。
残念ながら、ギアルファ銀河帝国の通常戦力では、生体宇宙船を相手に戦って勝つことは不可能だからだ。
そのあたりの関連の話を、実のところサンゴウは艦長の服に付けている子機経由での盗聴によって、既に知っていたりする。
それでも、サンゴウはまず、艦長との事前打ち合わせを済ませなけれならない。
実際にそれに対して『移動』という意味で動くことは、それ以降にしかできないのだから。
片や、ノブナガのところに出向いて、詳細な情報を確認できたシン。
そこで得られた情報で、重要なモノは二つであった。
一つは、本格的な侵攻軍は確認されておらず、遭遇戦で生体宇宙船と思われるモノとだけ交戦しており、相手側は最終的には逃走していること。
もう一つは、そこにいてもおかしくないはずの、鉱物の宇宙獣が全く確認されていないこと。
以前に逃げたはずの生体宇宙船が、またもやギアルファ銀河帝国にやって来た。
そこには、『相応の理由が存在する』と考えるのが妥当となる。
では、その理由とはなんだろうか?
この時のシンは、ない頭で知恵を絞って考えてみたのであった。
「(相手側からすれば、こちらにサンゴウが存在する以上、勝てるかどうかはわからないはず。むしろ、戦いになれば過去の事例を鑑みると負ける可能性が高く感じられることだろう。そう考えると、来ること自体がおかしい)」
前提となる条件を整理したシンは、更に思考を先へと進める。
「(それでも尚、ギアルファ銀河にどうしても来なければならない何らかの理由があるのか? もしくは、向こうの生体宇宙船側の判断として、『前回は負けたが、次は勝てる』と思える状況に変わったのか? たぶん、そのどちらかなんだろうな)」
シンの頭で思いつくのは、それだけであった。
「(警戒しても、現状だと『し過ぎ』ということにはならないだろう)」
そう考えて、現地へ出向いての対応に思いを馳せ、本格的に気を引き締めるシンなのだった。
かくして、必要な情報を得たシンは頼れる相棒の元へと転移魔法で向かう。
これが、サンゴウとシンの、相談の時間の始まりとなるのであった。
「艦長。帝国軍経由で送られてきたラダブルグ領の領軍が交戦した生体宇宙船関連のデータについてですが。遭遇場所と交戦状況から考えるとこれはおかしいです」
「うん? 『おかしい』ってどんなとこが?」
シンにも、情報の提供元である帝国軍にも、サンゴウが言う『おかしい』と感じている部分はなかった。
故に、それがシンの素直な疑問となり、サンゴウに向けた発言となる。
その疑問に、サンゴウは答えるのみであった。
「生体宇宙船の性能は、ギアルファ銀河の宇宙艦を遥かに凌駕しています。遭遇戦を行ってから逃げるくらいなら、探知した段階で逃げているはず。でも実際には遭遇して戦闘状態、いえ攻撃を受けるところまで事態が進んでから逃げ出している。コレがおかしいのです」
「なるほど」
「何か別の目的で来ていて、別のことに注力していてギアルファ銀河の艦船の接近に気づいていなかった。その結果偶々見つかって、戦闘になった感じですね。で、その目的ですが、小さな何かを探していたのでしょう。そして、進行方向から推測すると『宇宙の掃除屋を探していた可能性が高い』と考えられます」
サンゴウたちが真実を知ることはないが、実のところギアルファ銀河にやってきた生体宇宙船は、小さな宇宙獣を探していて、大きさ故に、そうではない艦船には注意を向けていなかった。
また、サンゴウ以外の相手からなら、仮に攻撃を受けても無傷で切り抜けられる自信がある。
ついでに言えば、『サンゴウがそこにいないことを把握してもいた』のであった。
まぁ、そんな事情はさておき、シンとサンゴウの会話はまだ続くのだけれど。
「はっ? なんでそんなことを?」
「サンゴウとしては、『同型船の量産に向けて、材料として捕まえに来たのではないか?』と推測します」
このような会話のあと、『遭遇戦が起きた宙域へと出向いて、調査を行うこと』が決定となり、サンゴウは静かに離水して発進した。
サンゴウたちが向かった宙域から、ギアルファ銀河の外側に近い側には未だ三隻の生体宇宙船が存在しているのを知らずに。
それはそれとして、だ。
これまたシンもサンゴウも知らないことだが、ウミュー銀河の覇権を握っている鉱物生命体は、現状のギアルファ銀河の有機生命体を根絶やしにすることを目的としている。
そして、『現在その目的の最大の障害となるのは、サンゴウの存在だ』という認識だったりするのである。
実際には、一番の障害は最強勇者のシンであるはずなのだが、彼らは『シン』の存在を未だ認識していない。
よって、サンゴウの相棒の最強勇者は、鉱物生命体たちからすると脅威の対象にはなっていないのであった。
ただし、シンは通常、サンゴウと行動をともにしている。
そのため、『それが完全に間違い』とも言えないのだけれど。
鉱物生命体たちによる、対サンゴウの作戦。
それは、『二号機のコピーと三号機モドキを量産して、数の力で勝利を得よう』ということになった。
しかし、元となる二号機からの増殖で増やすことはもうできない。
そこで、『どうしましょう?』となったところで、突飛なアイデアが生まれてしまったのは、はたして幸福なことであったのだろうか?
「大元の宇宙獣を融合すれば、更なる増産が可能なのでは?」
鉱物生命体たちは、そのような結論に至ったのである。
そうした経緯で、あの第一次銀河間戦争から長い時が過ぎた現在、鉱物生命体の数の回復はそれなりに進んでいた。
大元の宇宙獣の捕獲と融合も順調で、生体宇宙船の増産も二号機のコピーが三十隻、三号機モドキが十五隻、四号機モドキは五隻の体制を整えてもいたのだ。
しかしながら、これらの生体宇宙船を作るのに『本当の意味での必要な技術』というモノを、残念ながら鉱物生命体は持っていなかった。
そのため、『オリジナルの試作機に、鉱物生命体が介入することで宇宙獣を無理やり融合させて、機能をコピーして分離する』という手法が採用された。
そうやって生体宇宙船をなんとか増産したのは良いのだが、そんなやり方で良いモノが生み出されるはずもなかった。
結果的に、新たに造り出された生体宇宙船は、データ上にある旧来のモノと比較して、性能を全て引き継ぐことができていない。
元の試作機の性能からすると、九割程度。
つまり、完成したのは『一割くらい劣化したコピー品』となっている。
また、ウミュー銀河内では、もうくだんの融合させる宇宙獣が見つからなくなってしまった。
それで、彼らはギアルファ銀河にそれを求める段階へと移行。
ついでに、『ギアルファ銀河の状況偵察』も兼ねた、『宇宙獣の捜索と捕獲プラン』が実行に移されたのである。
こんな感じの物事の流れから発生した『遭遇戦』により、『ギアルファ銀河で生体宇宙船で活動していたことがバレた』と認識した鉱物生命体たち。
彼らは、即座に戦時体制へと移行した。
端的に言えば、『第二次銀河間戦争を開始しようとした』のであった。
サンゴウの接近を感知したモドキ三隻は、戦時体制への移行で周辺宙域での待機だった状況が『逃げ』へと変更になる。
モドキ三隻の行動が、全速航行でウミュー銀河を目指す逃避行へと切り替わったのだった。
「艦長。モドキ三隻を探知しました。ですが、すでに撤退行動に入っています。現在追っていますが、ここからどうしますか?」
「付かず離れず。それで尾行可能なら、それが最上って感じ。尾行で敵側の根拠地を突き止めたい。無理なら撃沈を目指す。それも無理だったらできる限りは追って、最後は見逃す。そんなところだな。でも今のサンゴウなら尾行できるんじゃないか?」
「はい。やってみます。欺瞞航行でなければですが、モドキ三隻ともウミュー銀河へと向かっていますね。ラダブルグ公爵経由で、ノブナガ君とロウジュさんへ連絡を入れておきます」
この状況だと『いつまで、そしてどこまで、追跡することになるか?』がわからない。
よって、サンゴウがした連絡は必須となろう。
追跡し続ける状況では、『シンが転移で一度戻ってその旨を連絡し、また追跡を継続する』というのは不可能だからだ。
ところが、そこらあたりのことはすっぽりと頭から抜け落ちているのが、ポンコツ勇者の通常運転だったりする。
阿吽の呼吸で繰り出されるサンゴウのフォローに、シンは感謝感謝なのだった。
特に嫁さんへの連絡は、あとのことを考えると必須なのだから!
サンゴウと逃走中のモドキの最大の違い。
それは、エネルギーの調達方法となる。
サンゴウは艦長のシンが搭乗している限り、エネルギーの供給に不安はない。
だが、モドキ側はそうではないのだ。
そして、サンゴウモドキの生体宇宙船は、たとえ外観だけはそっくりであっても、無補給でウミュー銀河に辿り着ける性能を当然持っていないのであった。
逃げ続けるモドキ三隻の側は、サンゴウが追って来ていることを知っている。
また、その三隻のそれぞれには、これまた当然ながら融合している鉱物生命体の個体が存在するのだ。
鉱物生命体たちは、種族特性によって認識を共有する。
そのため、ウミュー銀河に待機している個体の側も、当然それを知ることになる。
そうして、ウミュー銀河側で『格好の釣り野伏せができる状況だ』との判断が共有されるまでに、さほど時間は必要とされなかった。
かくして、二号機のコピーが三十隻、三号機モドキが十二隻が包囲網を作り上げるために出陣してしまう。
尚、四号機モドキの五隻は戦闘力が高くはないのでお留守番とされた。
お留守番の四号機モドキは、火力だけはちゃんとあるのだけれど、それでも高機動ができない母艦型は使い道が限られる。
それは、仕方ないことであろう。
もっとも、このお留守番が未来の鉱物生命体たちにとっては、ファインプレーとなったりする面だって、あるのだけれど。
途中でエネルギー補給を挟みつつ、さも『追って来ているサンゴウを、振り切ろうとしてますよ』の演技でモドキ三隻は逃げ続ける。
三隻の当面の目的地は、外宇宙なのに不自然に広がっている小惑星帯。
それは、鉱物生命体たちによって、造り出されたモノであった。
そこに伏せている複数の生体宇宙船は、限界まで生体活動を下げ、探知され難くするのだった。
まぁ、そうした努力を無駄なモノにするのが、勇者シンの持ち味なのかもしれないけれど。
「サンゴウ。これ、待ち伏せがあるぞ」
「はい。微弱で判別し辛いですが、三十隻以上の反応があります」
「それはまた、多いな」
「ですね。よくもまあ、これだけの数を揃えたものです。まさに『驚嘆』に値しますね。ひょっとして、デルタニア星系の技術者とか、開発チームが設備ごとこの宇宙に来ていたりするのでしょうか?」
サンゴウの探知能力が上がっている。
故に、敵の思惑通りのいわゆる『釣り野伏せ』は『成功』とは言えない。
だが、不意打ちはできなくても、半包囲には成功している。
このケースだと、『完全に失敗の作戦ではない』と言えるのだった。
まぁ、あくまでも攻撃前の布陣に話を限定すると、そうなるのである。
「敵による包囲陣を確認。すでに戦闘態勢に入っています。集中砲撃、来ます」
「あー。サンゴウ。避けなくて良いぞ。もし、俺が展開しているシールド魔法を貫けたら、その時は相手を褒めてやろう」
この時のシンの口から飛び出したのは、いわゆる『舐めプ』であった。
最悪、もし仮に被弾してサンゴウの船体の一部が破壊されるようなことがあったとしても、そんなモノはシンがパーフェクトヒールを使えば治ってしまう。
元がサンゴウを生み出した文明ベースの攻撃であるなら、その攻撃力は予測ができてしまうし、そもそも、サンゴウにできる最高の攻撃でも、シンの展開する全力のシールド魔法を貫くことができないのはわかっている。
瞬時にそれらを勘案した、艦長を兼ねている勇者的には、『そんな攻撃、サンゴウには通用しねーよ』と、積極的に相手側の心を折りに行く作戦を採用したのだ。
そんな勇者発案の作戦は、少なくとも鉱物生命体たちを驚かせることには成功するのだけれど。
四十二隻と三隻の、全力のエネルギー収束砲をまともに正面から受けて、結果は無傷。
火力の集中による相乗効果で、恒星でも簡単に吹き飛ばせるだけの、破壊力を秘めていたはずのその攻撃。
けれど、シンの全力のシールド魔法を前にしてしまうと、だ。
そんなモノは、『無力』の一言に尽きる。
無傷のままのサンゴウの姿は、それが証明されただけなのだった。
「艦長。予想より砲撃の威力が低いです」
「へぇ。そうなんだ?(となると、全力のシールドは過剰防御だったかも?)」
サンゴウの発言に、シンは保険の掛け過ぎを反省しつつあった。
もっとも、反省をしても、シンはこの手の部分については同じことを繰り返すタイプなのだけれど。
「『意図的に出力を絞る理由はない』と考えられますので、あれらは見掛け倒しの劣化コピーですね。フフフ」
「(そういうところにも、地雷が埋まってるのかぁ)」
サンゴウの『フフフ』には、恐怖を感じるシンであった。
まぁ、同じ姿の劣化コピーとか、良い気はしない。
その点は、シンにだって容易に理解できるけれども。
それはそれとして、サンゴウが攻撃を受けてそれを受け切ったからには、反撃が次の段階となろう。
相手としても、全力のエネルギー収束砲の集中攻撃による初手を簡単に防がれてしまうと、攻撃面では打つ手が実質的になくなってしまい、『速やかな撤退』が選択肢として浮上する。
ただ、『一撃離脱で、最初から撤退を前提としていなかったのが、鉱物生命体たちの考えた作戦の限界を露呈していた』とも言えるけれど。
サンゴウを中心に巨大な光球を作り出したシンは、防御をキチョウに任せて宇宙空間へと飛び出して行く。
勇者が行うのはいつもの手口であり、凶悪な戦術がまたもや宇宙空間で繰り広げられるのであった。
攻撃の失敗で、遅まきながらも逃げることを決断した四十五隻。
この宙域にいたサンゴウ以外の生体宇宙船は、勇者シンの凶悪極まる戦術の前に為す術もなく、あっさりと全て沈んでしまう。
彼らは、一隻たりとも逃げることは叶わなかったのだった。
まぁ何度も逃がしてやるほど、シンは無力でも無策でもないのである。
「さて、ここまで来て、だ。ウミュー銀河が本拠地じゃないとかはあり得んだろう」
「そう考えるのが、妥当です」
「とりあえず、転移で直接ウミュー銀河へと行けるようにだけはしておきたい。サンゴウ。頼むな」
「はい。襲撃に備えつつ、向かいますね」
シンたちの見解は一致し、サンゴウはウミュー銀河へ向かっての全力航行へと移行するのだった。
片や、鉱物生命体たちは焦っていた。
認識を共有しているにもかかわらず、肝心の撃沈された方法が不明なのだ。
付け加えると、切り札として量産されたはずの生体宇宙船が、作戦に参加していない母艦以外、殲滅させられたからである。
しかも、その殲滅以降の、サンゴウの正確な動向を知る術が鉱物生命体たちはなかった。
それでも、おそらくはウミュー銀河へと向かって来ることは予想できてしまう。
何故なら、サンゴウが解析用にシンからもらったミスリルはサンゴウの船内にあり、それを感知できる鉱物生命体には、おおまかな位置と動きが時折わかるからだ。
尚、ここで『時折』であって『常に』とはならないのは、サンゴウが跳躍航行に入るとそれを見失うからであった。
そんな相手から攻撃された場合、今の鉱物生命体たちには、それに対抗できる戦力も戦術も戦略もない。
判断に迷っていられる時間すらも、極限られた少ない時間しか残されていないのだった。
たかが一隻。
たったそれだけの生体宇宙船が、やって来ただけでこの状況。
彼らにとっては、悪夢以外のナニモノでもないのである。
「艦長。ウミュー銀河の外縁部に到着しました。『生体宇宙船』と考えられる反応が五つあります。また、反応の大きさから『試作四号機として計画されていた、母艦タイプ』を想定します」
「そうか。で、それって強いの?」
シンによる敵の判定基準は強さであるので、気になるのは戦闘能力となる。
それが、サンゴウへの率直な問いとなってしまったのだった。
ただし、その意を汲み取れるサンゴウは、それに合わせた内容を語るのだけれど。
「試作計画通りの性能であるなら、サンゴウのエネルギー収束砲に余裕で耐える防御フィールドを、三時間以上連続して展開できる能力があります。火力はフタゴウにやや劣る程度でしょうか」
「ほー」
「ただ、機動性が低いのです。総合力で見た場合は『強い』とは考えにくいですね」
高火力と重厚な防御能力を備えていても、それだけで総合的な戦闘能力への評価は決まらないのである。
「ふむ。マップ魔法で星系の位置なんかは一応確認できた。けど、鉱物の宇宙獣は探査魔法じゃ判別できないからな。家にも長いこと帰ってないし、今日のところは転移魔法で帰ってさ、この案件は後日仕切り直しで良いんじゃないか?」
「はい。ではそのように(艦長はロウジュさんが怖いだけなのですよね)」
サンゴウは、言葉にはしない部分を確信している。
故に、四号機っぽい反応への対処を、『今すぐ』という形で執着することはなかった。
一旦帰還することが決まったこの時、サンゴウが着手していたのは別のことである。
ギアルファ銀河帝国向けの、生体宇宙船関連の報告書をシンに言われるまでもなく作っているサンゴウは、やはりポンコツなところがある勇者には最高の相棒なのであろう。
かくして、サンゴウはシンの影に入り、秒単位の僅かな時間でギアルファ銀河の首都星へと戻る。
ただし、四号機と思われる五隻との戦闘は避けて通れないことを、サンゴウは想定内としていた。
その時、一緒に出て来るであろう鉱物の宇宙獣が、はたしてどれ程の数となるのか?
前回の侵攻作戦で推定八千万が出てきていただけに、サンゴウ的には最低でもその三倍、最高だと十倍の数を相手に戦う覚悟を決めている。
敵側に地の利がある宙域での戦闘を想定して、サンゴウは艦長とキチョウが協力して戦ってくれることを前提に、戦術の検討を始めてもいたのであった。
首都星へと戻ったシンは、真っ先にサンゴウを影から出して海上へと着水させる。
続いて、サンゴウの船内で渡された報告書の内容を、感応波で流し込んでもらった。
本来はそれを読んで内容を理解しておかねばならないのだが、それを頼んですっ飛ばしたのは些細なことであろう。
必要なそれらをまず済ませて、そこからサンゴウには海上での待機と報告書のデータの事前送信をお願いする。
そんな段取りを経て、シン自身はロウジュのところへと転移で向かったのだった。
むろん、ロウジュたちは無事に戻ったシンの顔を見て安堵し、ざっと状況を確認してから皇帝のノブナガの元へと送り出すのだけれど。
「父上。帝国軍をウミュー銀河まで派遣することはできません(辿り着くだけで、どれだけ物資と時間が必要なのか? そこを理解しているんですか? そんな能力が帝国軍には、そもそもないのですけれど)」
事前にサンゴウから送られていた報告データを、シンに会う前から頭に入れていたノブナガ。
シンの息子である青年は、巨大な銀河帝国の最高権力者であるにもかかわらず、別の銀河から侵略を企てているっぽい存在に対して、自身にも国にもできることが少ないのを苦々しく思っていた。
そもそも、『父とサンゴウ』という自国では再現不可能な戦力以外で敵の根拠地となる隣の銀河への遠征が現実的ではないのだから、これはもう『何をか言わんや』でしかないのである。
「あー。そうなるか」
「それにですね。そもそも大軍で押し寄せたら、そこにいるかもしれない知的生命体と別途戦争になりかねません」
「他の知的生命体はいないことを確認してないから、それもそうだなぁ。あと、そんなところへは、帝国軍だと遠征できないよなぁ」
「その通りです」
シンは漠然と、ノブナガに会うまでは帝国軍との共同作戦を念頭に置いていたのだが、今更ながらにそれが不可能であることを理解したのであった。
そうなると、自分とサンゴウ、キチョウの三者で対応するしかない。
ただし、影魔法と転移魔法を行使して、帝国軍をシンが運ぶ選択もなくはない。
だが、そんな能力が自身にあるのを、この時のシンは帝国軍の軍人たちに知られてしまうリスクを許容するつもりは、微塵もないのだけれど。
「ところで、今回生体宇宙船を三隻追い払って、都合四十五隻を撃沈した部分についての処理はどうする? 前の戦果を誤魔化した時と同じ処理にするか? 戦闘記録のデータだとサンゴウが撃沈したようには見えないはずだが」
「それ、見ましたよ。サンゴウは攻撃受けて耐えてるだけなのに、敵が次々に爆沈していく映像。あれ、父上がやったんですよね? どうやったらあんなことが可能になるんです?」
ノブナガは、実のところこれまでにサンゴウに乗せてもらった経験が、ほとんどない身だったりする。
それだけに、実父のシンの戦闘能力は伝聞でしか知らない。
ロウジュから『お父さんは強いのよ』と聞かされて育っただけである。
もちろん、一緒に身体を動かす遊びをしていた経験はあるので、人族の父親の身体能力が種族的にそれが優れているはずの獣人族を余裕で上回るレベルで、異常に優れていることは承知している。
しかし、宇宙空間では『身体能力がどうこう』は基本的に関係がない。
そのはずだし、戦闘能力に直結するのは宇宙で使用する武装を扱う能力や状況判断の速度、敵に対する反応速度といった部分のはずなのである。
そうした常識から解放されていないノブナガからすると、口から飛び出した問いは抱いて当然の疑問であるのだった。
「父さんはな、勇者だから強いんだ! いろいろなことが可能なんだ。転移魔法とかを見ていれば、それがなんとなくわかるだろう? 見せようが、説明しようが、理解できないような範疇の領域にいるんだよ。実際、その映像を見せられても、父さんが何をしてるのかノブナガにはわからんだろう? というか、だ。説明されなければ、それを『父さんがやってる』と認識すらできないはずだ」
「なるほど? これは『そういうモノだ』として受け入れる以外には、ないってことですね」
「ま、そういうことだ。父さんとサンゴウ、キチョウの真似は誰にも、っと待った。もう一人、メカミーユがいた。アレも特別枠に入れておかないとダメだな。で、それはそれとしてどうする? 少なくとも『追い払った功績はある』とカウントしてもらえると思うんだが」
「防金勲章ってことで。他には金子を少々。軍籍に復帰していないから昇進は無理ですね。それと、四十五隻の撃沈へ正式に報酬出すのは無理なので、ここは息子が父上に甘える形で済ませてもらえませんか?」
「『タダはイカン!』と、言いたいところではあるけれど、身内同士の話でもあるから仕方ないな」
シンには父親としてのプライドもあるワケで、息子から素直に実情を述べられてその上でお願いされると弱い。
「(ここは勲章で済ませるのが、お互いのためだろう)」
報酬の件は、そんな決着になったのだった。
「さて、今後の話だ。とりあえず、ウミュー銀河の偵察。生体宇宙船に遭遇するようなら撃破。鉱物の宇宙獣も遭遇したら撃破。知的生命体と遭遇した場合は極力話し合いができる感じの友好路線ってことで良いか? あ、その部分の成功報酬は何かの金勲章でいいぞ」
「勲章の年金額合計が既にすごいことになってるのに、まだ欲しいんですか。でも、まぁどうせ正当な対価は出せやしないので、父上がそれで良いなら甘えておきます。あ、もちろんですが、今後の話は先程の提案を丸呑みです。特に付け足すことはありません。一応、その旨の全権委任の証書を、個人的に出しますよ」
ローラとピアンカの二人が、実はこの話し合いの場に同席はしていた。
だが、一切発言をすることはなく、静かに聴いていただけだった。
それは、下手に口を出すと親子間の話ではなく、皇帝と侯爵の間の話にすり替わりかねないからである。
正当な評価をして正当な報酬を出す形にするような、ギアルファ銀河帝国にとってのいわゆる『藪蛇』になる事態は避けたい。
そんな話であって、『こんな感じの話の経験もピアンカには必要』とローラが判断した結果なのだった。
ちなみに、そのピアンカは以前シルクが作った教育プログラムを、サンゴウに感応波で流し込んでもらっている。
それは、実践が伴っていない付け焼刃の知識ではあろう。
けれど、ないよりは遥かにマシであり、ローラからの皇妃教育は周囲の予想よりも格段に早いペースで順調に進んでいた。
「(娘のピアンカはこんなにできる子だったのね。わたくしの見る目がなかったのかしら?)」
サンゴウの能力を知らされていない、教える立場のローラがそう考えて落ち込んだのは些細なことである。
そしてそれは、シンにもサンゴウにも微塵も責任があることではないのだった。
そんなこんなのなんやかんやで、ノブナガとシンの話し合いは終了を迎える。
出された結論は、『後顧の憂いを断つ』であり、具体的な手段の選択と実行はサンゴウを含むシンの判断へと一任された。
永遠にシンやサンゴウに頼ることができない以上、帝国の統治に責任を負わねばならないノブナガ的には、どこまでも現実を直視するしかなかったのである。
シンはアサダ侯爵邸へと戻り、再度ウミュー銀河へ向かう準備を整える。
とは言っても、特に用意する必要のある物資が存在するワケではなかった。
何気に、海面に浮かんでいるサンゴウは、水や食料の原料をそこで調達もしているのだから。
勇者シンに必要なのは、主に人への対応である。
戦地に出向くだけに、帰宅のスケジュールが不安定になる可能性があるのだ。
それだけに、嫁や愛人、子供たちへのケアは必須なのであった。
イチャコラも含めたその手の部分に、なんやかんやと六日間の時間を必要とし、身も心もリフレッシュしたシン。
そこに何故か、メカミーユの起こしたトラブル対応が混じっていたのはいつものことで些細な話であろう。
ただし、駄女神はシンが対応できるタイミングでしかトラブルを発生させないので、その点が謎ではあるのだけれど。
シンはサンゴウへと戻り、ちょっとした打ち合わせを済ませる。
そんな物事の流れから、勇者はついにサンゴウとキチョウとともにウミュー銀河へと転移することになる。
舞台はお隣の銀河、戦場へと移るのだった。
まぁ、シンたちがそうした時間を過ごしている時、ウミュー銀河にいる危機感最高状態の鉱物生命体たちが、無為無策に時を浪費しているはずもないのだけれど。
シンが転移して、その先に待ち受けていたのは、想定外のモノであった。
「マスター。これ以上はないくらいにすごい危険が迫っていますー」
「キチョウ? これは! レイゴウとハツゴウの反応が各一隻ある? そんなこと、あり得るはずがないのに」
キチョウとサンゴウの発言から、危機的状況を迎えたことにシンはただただ気を引き締めるのだけれど。
こうして、勇者シンはノブナガの依頼で調査に着手し、その結果としてギアルファ銀河帝国のラダブルグ領からやや離れた位置にいた三隻の生体宇宙船を発見、撤退行動に移行したそれの尾行を成功させた。
むろん、それだけではなく、待ち伏せをしていた四十二隻の生体宇宙船と、撤退中から待ち伏せ部隊への合流をはたして攻撃に転じた三隻の全てを、撃沈することにも成功する。
敵の根拠地がウミュー銀河であることを想定して、軽く調査したことで四号機モドキと思われる生体宇宙船の反応が五つあることも知った。
放置して、生体宇宙船を増産され、改めてギアルファ銀河帝国に攻め込まれても困る。
ノブナガへの報告と、対応策の話し合いが必須の状態は、かくして成立したのであった。
ウミュー銀河における敵への対応を一任されるしかなかったシンに、現地で待っていたのは想定外の状況だったのだけれど。
キチョウが感じ取った危機とはどんなものなのか?
サンゴウが『あり得ない』と断じたいレイゴウとハツゴウとは、どのような存在でシンたちにどう関係してくるのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
戦いに出る前の家族サービスと、嫁や愛人とのイチャコラに時間を割く気満々でいたら、メカミーユからいつもの『シン。助けて~』が発生したことにゲンナリするしかなかった勇者さま。
しかし、よくよく考えてみると、メカミーユからその手の連絡が来るのは、シンに対応できる余裕がある時でしかない。
それを今更ながらに気づかされてしまい、『俺が助けに行ける時だけ、そうなるのって。でも、狙ってできるはずもない。となると、これは駄女神が持つ運命力の作用なのかね?』と、自分の側の運命力の作用を否定する呟きをこぼしてしまうシンなのであった。




