過去視による解決と、新たな事案発生
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~
サンゴウは、メカミーユが配下としている艦隊の補給物資輸送艦への補給作業を滞りなく終え、そこからはさっさと艦長の影に入って、あっさりと首都星へと戻っていた。
ちなみに、そのサンゴウの船内には、未だ補給作業中の艦隊の最高責任者であるはずのメカミーユが、乗船したままだったりする。
何気に、シンはメカミーユを一時的に連れ回す許可を、皇帝である息子への依頼をすることによって、ちゃっかりともぎ取っていた。
超長距離転移を繰り返してようやく得たそれは、たとえその過程で一時的な魔力枯渇に幾度か苦しめられようとも、それを無視できるだけの価値があったのだ。
総合的に物事を判断すれば、メカミーユに『過去視』で協力させるのが現状にとっての最善であるのは、明白だったからである。
ただ、それはそれとして、だ。
サンゴウ的には最近艦長の影魔法と転移魔法に頼った移動ばかりで、自身が宇宙空間を航行することが少なくなっている点には不満がある。
そのため、少しばかり欲求不満気味になりつつあった。
「(事件の調査が終わったら、艦長と休暇を兼ねた賊狩り航行にでも出かけましょうかね)」
首都星の海に着水したサンゴウは、そんなことを考えていたのであった。
「さて、メカミーユ。『過去視』の件だがな、それって自分でしか見れないのか? 他人にそれを見せたりとかはできたりしないのか?」
首都星に戻って落ち着いたところで、シンはメカミーユへ今後の段取りを確定させるための質問を放った。
「女神の力をバカにしてるの? 他人にも見せられるに決まってるじゃない」
「じゃ、それで頼もうか」
憤慨気味に『できる』と伝えて来たメカミーユを、シンは何事もなかったかのように受け流す。
そうなると、メカミーユ的に面白かろうはずはない。
よって、駄女神はやらない理由をシンに突き付けたりするのだった。
「でも、嫌よ。視覚共有も併用すればできなくはない。けれど、力の消費が更に激しくなるから」
「そこは俺が受け持つ。そうすれば何も問題はないだろ」
「シン、貴方ねぇ、それを魔力で補おうとしたらどれだけ要るか? そこのところを理解しているの?」
この時、メカミーユ自身が、実は必要な魔力量の正確なところを把握できていなかったりした。
よって、シンがそれを理解しているはずなどない。
けれど、女神が問い掛けた相手は、ファンタジー世界産で魔力チート持ちの最強の勇者なのである。
シンは、女神であるメカミーユからしても、常識の外にいる存在であった。
「そんなもの、理解しているワケがない。やってみなければわからんさ。けど、俺の直感は『イケル』って判断してる。それにだな、もしも不可能で俺に危機が生じるなら、キチョウが止めに入るだろうしな」
シンは、まず自身の直感を信じる。
ついでに、キチョウの勘も信頼していた。
キチョウにはシンが必要であり、利害関係もガッチリ絡んでいる。
それだけに、シンに危機が生じる場合は種族特性から来る勘が、働かないはずはないのだから。
「龍族の勘は確かに当てになるわね。って、待って。龍族が何故いるのよ! この世界にいるはずのない存在じゃない!」
「まぁまぁ。現実にいるんだから、細かいことは気にするなよ」
シン的にはキチョウの存在自体を神的なモノに否定されて、この世界からの排除でもされたらたまったものではない。
キチョウは既に、アサダ家の一員なのだから。
つまり、そんな事態が発生すると、ロウジュが間違いなくキレるのである。
それ故に、だ。
ロウジュを恐れるシンから、威圧を含めた言葉が飛び出してしまったのは、やむを得ない話であった。
そんな威圧の直撃を、無防備な状態でモロに受けた駄女神はどうなったのか?
自己の防衛本能も相まって、『キチョウの存在理由をアンタッチャブルなモノへと変化させた』のは、最早言うまでもないであろう。
「そ、そうよね。実際、もうここにいるのだから、その現実を受け入れれば良いだけよね。何も、問題なんてないのよ」
そう言いつつも、メカミーユの顔は引きつっていた。
一応、過去にちゃんと世界を管理する女神をしていただけに、メカミーユはキチョウを一目見ただけで、違う世界で生まれてこの世界にやって来た存在ではないことに気づいてしまう。
当然ながら、魔物の発生条件や、成長や種族的な進化に必要なモノについてだって、メカミーユは良く知っている。
魔力溜まりの場所がないのはもとより、漂う魔力すらも全くない世界で、竜は誕生も成長も、ましてや龍や超神龍への種族的な進化など、できるはずがない。
そのようなあり得ない存在を受け入れるのは、なかなかに難しいのだ。
まぁ、そんなメカミーユ側の事情なんて気にせず、シンは話を進めるのだけれど。
「視るとなると、問題になるのは時間的なことだろうなぁ」
「視ているそれが起こっている間の時間が、必要になりますね」
サンゴウは艦長の独り言めいた言葉に、ちゃんと意見を述べた。
「サンゴウ、視覚が共有できて過去に起きた物事を視認した場合、仮にそれが何倍速かの早送り状態だったとしても『正確に理解する』と言う意味での処理ができるだろうか? たぶんだけど、サンゴウにならメカミーユに可能な早送りの最大速度でも、処理できるような気がしてるんだが」
「そうですね。何か別の、負荷の大きな作業との並行処理が絶対条件でないのであれば大丈夫でしょう。まぁ、『仮に並行処理をしたとしても、問題なく行ける』と考えていますけどね。フフフ」
この時のサンゴウの言葉尻に、シンが冷や汗を流していたのは誰にも知られてはならない秘密であり、些細なことでもあろう。
「あのー。『早送りの最大速度』って。そんなのに理解の処理が追いついたらさぁ。それってもう最上級神の情報処理と同等か、それを超えるレベルなんですけど。あ、いえ。なんでもないです」
まだ続きがあるはずの言い掛けた言葉を、メカミーユは途中で強引に引っ込めた。
このような時の、危機察知能力は無駄に高い駄女神である。
そして、サンゴウの情報処理能力は実際に高い。
もちろん、『シンの魔力をエネルギーとして長年扱い続けてきた結果、生物としての格が上がったことで性能が増している』という、この時点ではサンゴウが自覚していない部分もあるのだけれど。
また、その魔力の影響とは別で、生体宇宙船なだけにサンゴウには元々経験による性能の向上がある。
付け加えると、艦長のシンが運命によって次々に引き寄せた過去の案件はその全てが経験となり、サンゴウの成長にしっかりと寄与していた。
とにもかくにも、このような物事の経緯で、シンからメカミーユへの魔力供給が開始される。
いざそれが始まってみると、メカミーユは想定外の事態に直面することになるワケなのだが、そんなこともまた、大勢には影響のない些細なことであろう。
「えっ? 嘘。こんな一気に入れたららめぇ。壊れちゃう。私、壊れちゃうからぁ」
女神は流し込まれる膨大な魔力に対して、受け入れの限界を超えそうな事態を迎える。
その事実に、パニック状態になって思わず叫んでしまっていた。
神同士の力の融通の経験が、過去にないわけではなかった。
それでも、手加減なしのシンによって流し込まれた膨大な魔力量の受け渡しは、これまでに経験がないからである。
故に、メカミーユは慌てて、過去視と視覚共有の能力を使用する事態へと陥ってしまう。
ガンガン消費することで、受け止めきれずに溢れることを避けるため。
失敗をして左遷された程度の能力しかない女神は、そうせざるを得なかったのだ。
「艦長。ちょっと問題が発生しました。音声通信のみの映像だと相手を特定するのが難しいです」
「そうか。とりあえずそんな感じの部分は保留だな。飛ばしておいてくれ」
「はい。サンゴウにできる範囲で補正します」
そんな会話が聞こえてしまうメカミーユは、シンとサンゴウが言った内容のそれぞれに恐怖していた。
シンが送り込んでくる魔力の量に、サンゴウの情報処理能力。
その二つが、自身の今現在の能力ではなく、全盛時の能力と比較しても完全に負けているからであった。
もちろん、その両者のそれは『特化した部分で』という条件が付くかもしれないのを、ちゃんと理解してはいるのだ。
それでも、少なくとも部分的に超えられていることは認めざるを得ないのだから。
そんなこんなのなんやかんやで、結局はサンゴウの指示で多数の関係者への過去視も行われ、結果的にメカミーユは、三日間『任意の調査協力』という名目でシンに拘束されてしまう。
その際に、シンは軍に部隊の指揮官不在による問題が起こらないよう、皇帝経由で余裕のある日程を確保するべく、追加の真っ当な手続きを行っていた。
持つべきものは、やはり皇帝の地位にいる息子であろう。
もっとも、コネでねじ込むことが『真っ当な手続き』と言えるのか?
そこには、議論の余地が大いにあるだろうけれど。
かくして、視覚情報で得られるモノについては、洗い浚いサンゴウによって分析された。
シンは感応波でその結果を流し込んでもらい、サンゴウの判断も加わった状況で事件への理解が深まったのであった。
「なぁ。これ。大元の大規模テロは計画者、協力者、実行犯がいて一部逃げ伸びてるのも今はまだ『いる』と思うけどさぁ。ほぼ全員死んでるか、捕まってるかをしてるよな。だが、問題は皇帝殺害の実行犯の二人を唆してやらせた人物が『存在しない』ってことだ」
そうなのである。
犯罪の計画立案を趣味としていた、その方面に天性の才能を持つ人間が、二人存在していた。
そんな二人が偶々、別個に『いずれは大規模テロを行いたい』と、画策していた地下組織に接触。
地下組織を通じて知り合ったその似た者同士の二人が、意気投合して次々に犯罪計画を練り上げてしまう。
それは、たとえばミステリ小説に登場する完全犯罪を目論む犯人を見て、それを自己投影した者たちの末路だったのかもしれない。
そもそも、この二人は思考遊戯の対象として、犯罪をテーマにしていただけであった。
立案したモノを他者に提案して、実行させようとしたワケでもない。
だが、地下組織の人間は『自分たちでは考えつかない方法』というか『発想』というか、そういうモノの源泉として、彼らに与えるテーマの中にさり気なく自分たちの原案を混ぜ込んで利用していただけなのだった。
そのような二人は、自分たちが考えた犯罪の手口が報道されるニュースで散見されるようになって、初期の頃はのんびりと構えていた。
「世の中には、似たようなことを考えつく者がいるものだねぇ」
「俺たちの考えは正しかったことが、現実世界で実証されたなぁ」
そのような会話をして様々な類似のニュースを受け流していたが、その数が増えて来るとさすがにそのままでは済まされなくなる。
「いくらなんでも、この状況はおかしくないか?」
「だなぁ」
結局は、なんやかんやで自分たちが他者に上手く利用されていたことに気づいた時、二人はまず純粋に怒った。
そして同時に、だ。
自分らが立案計画したことへの、実証がされる快感に目覚めてしまう。
そこからついには、自分たちを利用した地下組織への復讐を兼ねた、過去に例のない宮廷での大虐殺テロ計画を作成し、実行することへの魅力に、抗うことができなくなったのである。
結果的に、地下組織の『悲願』とも言えるギアルファ帝国皇帝の殺害は成った。
それは、『間接的に凶刃を届かせた』ということでもあろう。
ただし、地下組織側からすると、だ。
ギアルファ帝国皇帝の殺害の件に限っては、意図してやったことではない。
そもそも、自分たちの組織が囮に使われ、皇帝の命と引き換えに全滅することを望んでいたワケでもなかったのである。
そうした事実が、過去視とサンゴウの分析によって判明したのだった。
「つまりは、最初からいない黒幕を、俺たちは探して捜査をしてたってことになる。これってさ、通常の捜査だと普通に迷宮入りだよな。だけどなぁ。これはどーすりゃ良いんだ? 『実行犯が真犯人で、黒幕はいません』って発表だけしてもさぁ。誰も信じないだろう?」
「そうですね。何らかの、適切な方法を考えなければなりませんね」
シンとサンゴウは、冷静に話を続けていた。
その傍らで、メカミーユが涙目になっていても、『そんなことは知らん』とばかりにスルーし続けていたのだ。
「ねぇ。私もう帰って良い? 良いよね? 『良い』って言って! お願い!」
見ていても自分には理解できない速度で、過去視を早送りし続けた。
それでも、サンゴウへの視覚の共有が必須なだけに、理解なんてできなくてもそれを見続けなければならない。
これを三日。
ハッキリ言って、メカミーユがさせられたのは『普通に拷問のレベル』であった。
そんなメカミーユから泣きが入ったのは、当たり前の結果なのだった。
まぁ、この経験によって女神としての能力が多少なりとも強化され、成長した側面もある。
よって、得をした部分もないワケではないのだけれど。
だがそれでも、本人からすれば苦痛が利益を遥かに上回るので、『良かった』とはならないのが残念なところかもしれない。
「ありがとうな。ほんと助かったわ。軍の宿舎に送るから、そこでゆっくり休んでくれ。申請済みの残り四日は休暇扱いになるぞ。良かったな。で、それが終わったら、ちゃんと艦隊のところへ連れて行くよ。あ、そうそう。コレがバレると重大事件が発生する度に協力要請されるようになると思うけど、まぁ頑張ってな」
メカミーユにコレが終わりではない可能性を告げて、追い打ちをするシンであった。
「(艦長。メカミーユがそれをするには、艦長の魔力供給が必須なのですけれど。もしその状況が発生すると、ご自分も巻き込まれることには気づいていないのですかね?)」
サンゴウが考えたそれをこの時に発言することがなかったのは、平和に物事を終えるに当たって必須だった。
そんな流れで絶望の表情になったメカミーユを、問答無用で軍の宿舎に送り届けたシン。
転移魔法で戻って来た艦長に対して、サンゴウはちゃんと黙っていたことを告げるのだけれど。
「今後も魔力供給するとか、艦長も大変ですね」
それにより、『今回の方法をバラすことは、自分の首を絞めることだ』とシンは遅まきながら気づいてしまう。
「それは困る。なぁサンゴウ。頼むから何か良い方法を考えてくれ!」
シンはあっさりと降参し、サンゴウに無茶振りをすることになるのだった。
「父上。結果はわかりました。ただ、父上の仰るように、このまま発表しただけでは誰も信じないでしょう」
私的な場での密談のため、気軽な感じで話は進む。
ただし、話し合っている内容が気軽なモノではないはずなのだが、ポンコツ勇者でもあるシンには、シリアスな雰囲気は似合わないのかもしれない。
それだけに、これはこれで良いのであろうけれど。
「そうね。どう周囲を納得させるのか。シンには何か策があるのでしょう?」
ローラからは、期待に満ちた眼差しを向けられるシンであった。
「あるにはある、な。『ちょうど良い』と言ってしまうのはちょっとはばかられるのだが、宮廷の調査員で事件寸前に亡くなっている天涯孤独な人間がいるんだ。大変申し訳ないとは思うが、少しだけその人間に泥をかぶってもらう手がある」
サンゴウがメカミーユからの視覚情報を元に上手く編集した映像データを、その調査員の調査結果の成果物とすること。
そして、その調査員の死後、本人の部屋からそれを偶然発見したことにする。
それらが、シンから提示した策の骨子である。
優秀な調査員により、確固たる証拠が得られていた。
だが、その証拠が提出される寸前に不幸な偶然の重なりで、その張本人が突然死。
死亡したのは天涯孤独な者だったが故に、発見も遅れた。
そんなストーリーを捏造する。
くどいようだが、くだんの調査員には遺族がいない。
そのため、贈られる勲章に付随する年金は、戦争遺族年金基金の予算の増額に組み込まれる。
そのような決着で、話を纏める。
無関係の死者を利用する形で、シンとしては何とも心苦しいモノがあるのだが。
けれど、他に良い方法がなかったのが現実となる。
サンゴウ謹製の解決案は、利用できるモノは利用する非情な手段であった。
ただし、動機の部分だけは『地下組織からの教唆に見える形』にサンゴウが編集している。
これはそのままの『犯罪計画の実証実験が動機だ』と知らしめた場合、『模倣犯の続出』が懸念されたからだった。
ノブナガやローラはむしろ、『この部分については、事実を捻じ曲げて構わない。だから、是非とも教唆に見えるようにしてくれ』という立場になってしまう。
真実は、権力によって葬り去られるのであった。
そうして、サンゴウに纏められた映像の発表が大々的になされ、皇帝殺害のテロ事件は完全に幕引きとなった。
もちろん、この時点で一部の逃げ伸びたメンバーたちが全員逮捕されていたのは、言うまでもないであろう。
「証拠があるはずはない」
捕まった人間たちは、それぞれにそう言い切って自信を見せた。
サンゴウが造った、証拠となる映像データを見せつけられても、だ。
「それは、偽造の映像だ」
証拠を残していないだけの犯罪者たちは、そう言い張ったのだ。
しかも、偽造している証拠であるのは事実なのである。
しかし、彼らがいくらそう騒いだところで、ノブナガの皇帝決裁による裁判なしの死罪に抵抗することはできないのだった。
この点が、自由民主同盟とギアルファ銀河帝国との、決定的な違いではあろう。
もっとも、自由民主同盟の方式で裁判をしたとしても、サンゴウによる捏造を絶対に証明できない証拠が、揃い過ぎている。
故に、死刑実施の時期的な部分を除けば、結果は変わらないかもしれないけれど。
とにもかくにも、このような流れでシンの管理官としてのお仕事は終了した。
「(『過去の事実を見て来たから。それが動かぬ証拠だ!』とかさぁ。推理小説やその手のドラマなら絶対の禁じ手だよなぁ)」
事後にシンがそんなことを考えていたのは、本人だけの秘密なのである。
皇帝の殺害事件の調査が終了したことで、サンゴウはギアルファ銀河外縁部宙域での、久々の長距離航行を楽しんでいた。
もちろん、艦長のシンとキチョウも一緒である。
サンゴウの航行目的は、ラダブルグ公爵領の星系の外側から更に未開拓宙域へと向かい、未知の宙域の調査がメインとなる。
けれど、『シンが転移できる場所を増やす』という裏の目的もある、ある意味で散歩のような行動となっていた。
それはそれとして、そんな久々の長距離航行を行えば、サンゴウはさすがに自身の変化に気づいてしまうワケなのだけれど。
「艦長。サンゴウの性能が上がっています。機動性能と航行速度、他にもありますが基本性能が製造時と比べて向上しました。経験による底上げ以外の何らかの影響により、原因不明の性能の向上が成されています」
「あー。それな。メカミーユが言ってたんだが、『シンの魔力にずっと晒されているモノは『生物としての進化』というか『変質』というか『格の上昇』というか。そういうことが今後起こって来てもおかしくない』って話だった」
「そういえば、そんな話もありましたね」
「で、サンゴウも例外にはならない。だから、それじゃね? 何か悪影響でも出てるのか?」
「なるほど。そういうことですか。今のところ悪影響などはありません。単なる性能の向上の報告だけです」
「まぁ平たく言うと、だな。『魔力がサンゴウの全身に馴染んで来てる』ってことになる。つまり、『自然に肉体の強化魔法が発動し続けてるみたいなもん』ってことにもなるんだろうな。いつかは、サンゴウにも魔法が扱えるようになるのかもしれん。ま、適性があればだけど」
「それは、先が楽しみですね」
サンゴウによる魔法の行使。
そんな未来があるのかどうか?
それは誰にもわからない。
それでも、夢が膨らむ話ではあった。
「ところで『向上』と言えば、俺の方もな。オルゼーの時から以降で、実はちょっと制御に苦労してるんだわ。急激に力の増幅率が上がった感じでな。ちょっと力を入れると思った以上の結果になってしまう。だから、未だに全力は試せていない。なんかこう、全力を出すのが怖いんだよな」
「艦長にも、そんなことがあるのですね」
シンは魔王城があった浮島だけを攻撃したつもりが、延長線上の衛星まで吹き飛ばしてしまったのは、何気にそういう事情があったからである。
端的に言えば、『攻撃時に力の制御を失敗した』のだ。
ちなみに、シンが事実を知ることはないが、肉体の再構成時に改めて付与された勇者の力は足し算ではなく掛け算になっている。
なので、上昇した巨大過ぎる力に対しての制御が難しいのは当然だったりするのであるが、肝心のシンがそれを理解はしていないから、今のような状態になっているのだった。
「もう戻ってから十年以上も経っているのに、未だに上手く扱えてる感じじゃないんだよな。もっとも、俺が全力を出さなきゃならないような状況には、ならないに越したことはないんだが。俺、元々強かったし」
「そうですね。艦長はデタラメですものね。人間の範疇の実力じゃないですものね」
「『デタラメ』って言うな! 勇者の力なの! 勇者は皆強いの! 俺だけじゃないの!」
「(それ、絶対違うんじゃないでしょうか? 勇者ではなく、艦長だけが特別なのではありませんか?)」
サンゴウはそう考えたが、それを裏付ける証拠は何もない。
強いて言えば、『メカミーユへの魔力供給の時の、彼女の発言が手掛かり』とは言えるけれど。
そんな感じなので、それについてで特に指摘することはないのだった。
「そういうことにしておきましょう。っと艦長。少し遠方に宇宙の掃除屋の反応がありますね。数は多くないようですが放置しておくと増えてしまいます。集めてしまって良いですか?」
「ああ。そうしてくれ。今回は討伐をキチョウに任せようかな?」
「マスター。大好きですー」
そんな会話のあと、キチョウはブレスを使ってサンゴウが集めた宇宙獣を完全に消滅させた。
キチョウにできるブレスはむろん、威力の面でシンの全消滅スラッシュには遠く及ばない。
けれども、『宇宙の掃除屋』と呼ばれる宇宙獣を、簡単に駆除できるだけの攻撃力は備えている。
まだまだ経験値が足りていないけれど、この先に『二段階以上は進化がある』と感じているキチョウ。
この世界における唯一無二の龍族は戦闘の機会に、いや経験値を稼ぐことができる状況に、飢えているのだった。
特に目新しい発見もなく、未開拓宙域での航行を終えたサンゴウは首都星へと戻った。
ただし、帰りは艦長の転移に頼ったのは言うまでもないであろう。
サンゴウの欲求不満は、一連の長距離航行をしたことと、自身で性能の向上に気づいてしまったことで、ある程度解消が成されていたのだから。
またそれはそれとして、シンが持つ勇者の運命力が何の仕事もしないはずはない。
次の事案は、帝都の自宅にしっかりと待ち受けていたのである。
「シン。ちょうど良かった。お仕事の依頼がノブナガから来たところよ。軍からの報告で『ラダブルグ領の領軍が、生体宇宙船らしきモノから攻撃を受けた』って。その宙域の調査と可能なら排除が依頼内容ね」
「すまんな。ロウジュ。ついさっきまでそっち方面にいたけどそれらしいのには出会わなかった。まぁ良い。ノブナガとはあとで直接話をするよ」
「何でも事前に対処できなくたって良いのよ。ちゃんと帰って来てくれるし。お仕事にかまけて家に寄り付かないとか、愛人宅に入り浸りの貴族男性が多いけれど、シンはそんなことないものね(『自宅自体が、愛人宅を兼ねている』と言えなくもないけれど、そこには目を瞑るべきでしょうね)」
ロウジュは、夫の問題解決能力を高く評価している。
その過程で周囲に女性が増えるのは、気になってしまうけれど。
現状で、シンが抱えているのはロウジュ、リンジュ、ランジュ、シルクの妻四人と、愛人枠の獣人女性のミウとデリーの姉のコルネット二人。
しかし、シンが自ら進んで選んだ女性はロウジュただ一人なのである。
ただし、そのロウジュに対してすらも、自分から告白したワケではない。
故に、ロウジュの視点での『自ら進んで選んだ女性』については、議論の余地はあるだろうけれど。
ロウジュ以外は全員、ロウジュ自身が積極的に動いてくっつけた結果であり、貴族家では珍しい女性関係を持つシンなのだった。
まぁ、ヘタレなだけでもあるけれど。
ちなみに、そのロウジュの動きは、『エルフの女性には子がなかなか生まれないので、後継者を得るために複数の妻を迎えるのは領主の義務みたいなものだ』と教育されている部分も大きいのだろう。
もっとも、彼女の実父のオレガは、そこをガン無視してロウジュママであるレンジュ一人しか娶っていないが。
ただ、トータルの結果としては、それが良い方向に作用している。
それ故に、『世の中何が幸いするかはわかったものではない』と言い切れてしまうけれど。
とにもかくにも、ロウジュ経由で情報を得たシンは、それに対応して動くことになる。
その流れで、サンゴウからは次のような発言が飛び出すのであった。
「艦長。帝国軍経由で送られてきたラダブルグ領の領軍が交戦した生体宇宙船関連のデータについてですが。遭遇場所と交戦状況から考えるとこれはおかしいです」
ギアルファ銀河から逃げ去ったはずの生体宇宙船の存在が、今後シンとサンゴウの関与を余儀なくさせる事態へと発展して行く。
それが、確定した瞬間であった。
こうして、勇者シンは受けざるを得なかった皇帝暗殺テロ事件を、見事に幕引きへと持って行くことに成功する。
その際に、メカミーユが女神としての能力、人からすれば規格外の能力を持っていることが発覚したり、シンとサンゴウがそれぞれに女神を上回る能力を持っていることが発覚したのは些細なことであろう。
本来、シンにもサンゴウにも能力的に向いていない難事件の調査は、女神のチート能力にシンの無尽蔵の魔力量とサンゴウの卓越した情報処理能力が合わさることで、あっさりと解決したのだから。
また、それとは別で、新たな問題発生の報もシンのところへと届く。
サンゴウの欲求不満の解消も兼ねて、散歩がてらに出かけた宙域で、ギアルファ銀河では滅多にいないはずの『宇宙の掃除屋』を発見したのは何か意味があるのか?
また、その宙域の近辺に、サンゴウ以外の生体宇宙船が改めて出現したことで、一体何を引き起こされるのか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
何の気なしにメカミーユにちょっかいを掛ける形でした、『過去視』の今後の活用方法が、サンゴウの指摘で自身にもやばい案件だと気づかされてしまう勇者さま。
そうなってみると、事件解決の詳細を知ればローラやノブナガがそこに気づかないはずはないことを察する能力は持っているだけに、「本当にどうしようもない案件以外で、俺やサンゴウ、メカミーユの特殊能力に頼るのは禁止な!」と、息子のノブナガに告げるはめになるシンなのであった。




