帝国の混乱を鎮めるための反則技と、テロ事件への調査開始
~ギアルファ銀河ギアルファ星系第四惑星(ギアルファ銀河帝国、首都星)の海上~
サンゴウはギアルファ銀河帝国の首都星の海上に居座ったまま、相も変わらず独自での情報収集に精を出していた。
また、それと同時に、シルクから投げられる多種多様な事案への対応策を次々に考案し、子機経由の感応波でシルクへそれを流し込むことを続けていた。
何故そのような事態へと、サンゴウが陥っているのか?
ローラがシンに、あり得ないはずのシルクの宮廷への出仕を願い出て以降から、そこまでの流れを順に追ってみよう。
突如、自爆テロによって皇帝と継承権の順位が高い後継者候補を多数、同時に失ってしまったギアルファ銀河帝国。
その巨大な銀河帝国は、男性社会で動いている。
そのため、皇帝とそれに準じるはずの皇太子以下の有力な男子たちが不在の今、皇妃のローラには国のシステムを動かす法的権限が、実のところなかったりする。
本当はそうなのだが、『これまでの経緯で、皇帝からある程度仕事を任されていた』という実績がある点と、『それを『問題だ』と認識して声を上げるべき層、いわゆる『宰相を筆頭とする重臣たち』が軒並み全滅してしまっている』という点の二点が、ローラの行動と周囲の受け入れ態勢に大きく影響していた。
また、それらに加えて、杓子定規に物事を運ぼうとする傾向が強い、上級以上の文官がこれまた軒並み死亡していて、いなくなっていたりもする。
テロの爆薬によって、ギアルファ銀河帝国が受けた人的被害は『甚大』の一言に尽きるのだった。
要は、権限がないはずのローラにとって都合が良い、複合した事情によって皇妃による決裁は妨げられることがなかったのである。
「亡くなった陛下の血縁で残っている男子は、ザマルトリア公爵とラダブルグ公爵か。でも、元皇女のピアンカが降嫁しているノブナガ君もありね。皇帝への即位を誰にさせるのか? 本当に頭が痛いわ。また、それとは別で、実行犯は既に死んでいるけれど、背景も含めた調査だって必要ね」
上位の皇位継承権の所有者が、テロによって同時に全ていなくなっており、残っているのは元皇族で臣籍に下った者か、最初から臣籍にある者ばかりになる。
その中での有力候補となると、事実上はローラが挙げた三人に絞られてしまう。
けれども、その三人は親族の影響力も加味して考えた時、決め手には欠けてしまうのだ。
いや、正確には絶大な暴力装置を抱えている者が一人、いるにはいる。
普通に、シンとサンゴウのコンビによる、武力的な影響力を考慮するのならば、だ。
ローラが皇帝に推すのは、『ノブナガ一択』となってしまうのである。
しかし、現実に影響力を及ぼすような政治力を、シンがノブナガの後方から発揮することなどない。
それが『ない』と判明しているのが、この場合は問題となるのだった。
また、それはそれとして、だ。
ローラからの懇願のような要請を受けたシンは、シルクに連絡を取り宮廷へと出仕させる決断をした。
その際に、シルクの手元にあったサンゴウの子機が、シルク本人の手で宮廷に持ち込まれている。
実のところそのシルクの独断による行動は、『恐るべき判断の冴えであった』と言えよう。
急遽としてローラの補佐に就いた、そのローラからは過去に我が子同然以上の扱いを受けた愛弟子でもあるシルク。
今は亡き廃嫡にされた皇太子の正妃になる予定を白紙にされ、一時は冤罪が原因の追放により貴族の身分すら失った過去を持つ女性。
そんな波乱万丈の経歴を持つシルクは、ローラから渡された決裁が必要な処理すべき案件を、なんと片っ端から自身で持ち込んだ子機経由で、サンゴウに丸投げしたのであった。
そうしておいて、『その決裁する内容とサンゴウの判断理由も含めて、全てを感応波で流し込んでもらう』という、『超』が付く反則技を何の躊躇いもなく使ったのである。
この方法は、感応波で流し込まれる情報を自身の脳内で処理するに当たって、シルクにとっても結構な負担が発生するはずであった。
にもかかわらず、それを躊躇わずに敢行したのだ。
ただし、このあたりの負荷、負担に対して、シルクは慣れている。
過去にオペレーターをしていたので、サンゴウと接する機会がシンの関係者となる女性陣の中では最も多かったことが、有効に作用した部分だ。
要するに、サンゴウの能力の把握を、自身への影響も含めて、シルクはできていたのであった。
まぁそれでも、やったこと自体はかなり問題のある方法なのだけれども。
「そんなのありか!」
これは、文官やローラが詳細を知ったら、そう言って騒ぐこと間違いなしの暴挙なのだった。
シルクがしたのは、通常であると『情報漏洩』という意味で『問題がない』とはとても言えないのだから。
ギアルファ銀河帝国の国としての視点だと、それほどの暴挙になってしまう。
だが、シルクからすれば『サンゴウが関与している部分に、サンゴウの意図しない情報漏洩はあり得ない』ので問題はない。
また、その肝心のサンゴウは、重要な情報の取り扱いについてで、絶対の信頼がおける相手なのである。
そしてそれは、未来における歴史家の検証結果からも証明されることとなる。
この一連の皇妃決裁案件における情報漏洩は、後日何をどう精査をしても、全く起きていなかった。
「(シルクの手を借りて、二人掛かりで決裁処理を無理に無理を重ねてフル稼働で続けても、最低三日程度の時間は必要だろう)」
ローラが内心でそう見積もっていた事務処理。
それは、シルクのこの行動により、なんと僅か四時間程で完了させることができてしまった。
この時、ローラは想像以上のシルクの事務処理速度と判断内容の的確さには、単純に驚かされた。
現状で、最もギアルファ銀河帝国の未来に責任を負う立場にある皇妃は、途中からシルクの処理内容を確認して了承するだけの存在と化す。
それを以て、皇妃決裁とする方法に落ち着いてしまうのだった。
ただし、実際に全ての案件への対処方法を判断していたのは、有機人工知能のサンゴウなのだけれど。
至極当然の話だが、これについてはシルクが墓まで持って行く秘密の一つになったのである。
「当面の指示が必要な案件は、これで終わりね。で、残るのは『皇帝の地位を誰が継ぐのか?』なのだけれど。さて、前アサダ侯爵。これからするのは一応の確認ですが。いえ、シン。貴方、皇帝になる気は『今』もないのかしら?」
ローラは真顔で、単なる護衛役として自身の側に控えていただけであるはずのシンに問うた。
「そんなモノ、あるワケがないでしょう」
「まぁ、貴方ならそうよね」
「ええ。私は少し前に当主もノブナガに譲って、既に隠居の身ですからね」
シンは、『もう無位無官の身であること』を強調する。
事実、シンは五か月程前にアサダ侯爵家の当主の交代をしており、軍籍からも予備役として引退した身であった。
ちなみに、サンゴウはその際に、『老朽艦扱いで軍籍を抜け、傭兵シンの個人の持ち船』という扱いとなっている。
ここでは関係のない話だが、それを受けて、サンゴウが黙っているはずはないけれども。
「サンゴウが『老朽艦』ですか。フフフ」
その決定でとても怖い台詞を聞かされるハメになったシンとキチョウが、突っ込むこともできずにスルーしたのは些細なことであろう。
「それは承知していますから、そうなると思っていました。では、貴方の息子の現アサダ侯爵、ノブナガに即位してもらうのは認めますか? これは『シンが後ろ盾になる』と言う意味も当然含みます」
「本人が了承するのであれば。私は基本的に政治へ口は出しません。ノブナガから要請があれば助力はするだろうとは思いますが、それはケースバイケースになるでしょう」
ローラは以前の禅譲案が出た時、シンかノブナガが皇帝の地位を望んだ場合、ザマルトリア公爵、ラダブルグ公爵の両者から『それを認める』という内諾をもらっている。
それは、『現在も有効だろう』と考えた。
ただ、現状だとその点について通信で改めて確認を取るのは、危険度を加味すると不可能となる。
それ故に、だ。
ローラはシンに転移を頼み、両公爵を帝都に連れて来させるという行動に出たのであった。
シンはその二人に加えて、ノブナガも連れて来る。
かくして、全員での話し合いが行われた。
その結果として決まったことは、以下のようになる。
・ギアルファ銀河帝国の皇帝の地位は、ノブナガが継ぐ。
・国葬として、今回の事案で亡くなった皇帝の葬儀をノブナガが仕切る。
・ザマルトリアとラダブルグの両公爵は、それぞれにノブナガの即位を認める声明を出す。
・ローラは通常であれば離宮を与えられることになるのだが、そうせずに以降はアサダ侯爵邸へ住むことでノブナガの後ろ盾となる。
・ローラは通いで宮廷へと出仕し、以前に皇族としてノブナガに嫁いだピアンカの、皇妃としての仕事を適切な期間、指導と補佐をする。
・ノブナガが皇帝になることで、シンは再度中継ぎの侯爵として復帰する(当主不在となるアサダ侯爵家の継承権一位の保持者が、まだ幼いため)
尚、アサダ侯爵家の継承権保持者であるノブナガの息子たちは、父親が帝位に就くことでそのまま皇太子、皇子の身分になってしまう。
そのため、そのうちの誰かが将来臣籍に下って、中継ぎの侯爵のシンから当主を受け継ぐ際に、『アサダ公爵』になる予定とされた。
「(五か月。僅か五か月で現役復帰とかないわー)」
そんなことをシンは思ったが、だからと言って今の状況では我を通すのも気が引けてしまう。
どれだけ嘆き、悲しもうとも、シンの気楽な隠居生活は終わる。
それが、現実だったりするのだった。
このような経緯で、密室で決められたことが粛々と進められ、国葬も皇帝の戴冠式も無事に終わった。
かくして、魔王ノブナガが誕生し、天下布武は完成する。
もとい、そんなワケはなく、普通に皇帝ノブナガの誕生となったのである。
そうなると、残る問題は自爆テロの調査のみとなった。
その状況下で、アサダ侯爵に復帰したシンは特に役職があるワケではない、いわゆる暇人。
シン的には最終責任さえちゃんと持てば、過去にそうしていたように侯爵家としての実務のほとんどをロウジュたちに投げてしまえるからだ。
それを見越しているローラの発案で、シンは結局のところ今回の自爆テロの調査を息子からの『勅命』という形で受けている。
いや、受けさせられた。
勇者はノブナガのサポートの名目で、事件の調査用の人員と予算を与えられ、『臨時捜査の管理官』と言える立場となってしまったのであった。
とにもかくにも、仕事として受けてしまったからには、シンは地味に実行犯の目撃証言や日常の様子など、捜査員を使って淡々と調べ上げる。
むろん、そこにサンゴウの助力があったのは言うまでもない。
まぁ、キチョウは惰眠を貪っていたりするけれど。
捜査員たちの頑張りもあって、いろいろな情報が集まる。
シンとサンゴウは、そうした捜査結果の情報整理を行っていた。
「うーん。『どういった人物だったのか?』に始まる交友関係。それに加えて、爆薬の入手経路なんてのもわかっては来た。でも、今一よくわからんなぁ」
「爆薬の原料自体は市井で普通に買えるものですね。ただし、大量に購入するとおかしな感じはするモノですから、じっくり調査すれば入手経路は浮き彫りになりますけれど。自力で混ぜ合わせて反応させ、爆薬を作ったらしい機材も実行犯の住んでいた部屋から確認はされています」
「そこは良いんだ。問題は動機なんだよ」
「と、言いますと?」
「この二人。元々自由民主同盟の星系出身ってワケじゃないんだ。でも何時の間にかそこの組織の残党みたいのと接触している。いくら調べても『どうして利用されて自爆するまでに至ったのか?』とか、『残党の組織は今どうなっているのか?』とかがな。そのあたりの事情が、さっぱりわからないんだよな」
「『残党の組織が企てた大規模テロを防いだ』という功績で謁見へとなったワケですよね。調べた結果を見る限り、この残党の組織の人員は全員死亡していることになっていますし、死体などの証拠もある以上、そこに誤魔化しがあるようには考えられません」
シンとサンゴウは情報を見て真剣に話し合っているが、キチョウは『人間って大変だなー』と考えながら寝ているだけであった。
ペット枠には『犯人の調査』という仕事が、求められることはないのであろう。
もっとも、知能自体は高いので、やろうと思えばそれなりの推理力と、種族特有の勘をキチョウは発揮できたりするのだけれど。
シンの勇者としての技能やサンゴウの卓越した能力を以ってしても、『それはそれ』でしかなく、結局のところこの手の調査に直接役立つような、特殊能力を持ってなどいない。
そのため、際立った成果を短期間で上げることは難しいのが現実だった。
勇者や生体宇宙船は、決して万能ではないのである。
まぁそれはそれとして、だ。
このような状況のシンのところには、一見すれば別件にしか思えない事案があっさりと舞い込んできたりする。
そうした部分も、勇者が持つ運命力の作用の賜物であるのだろう。
「シン。助けて~」
メカミーユからの、唐突で簡潔過ぎる映像記録の連絡が入る。
もちろん、そこにはそれが発信された宙域の情報がきっちりと添付されているが故に、『駄女神が今どこにいるのか?』だけは、容易に察せられてしまう。
それは、端的に言って『洒落にならないレベルの遠方、未開拓宙域の一角』であった。
「(今度は何をやらかした?)」
そう思いながらも、シンはサンゴウを影に入れての、メカミーユの現在位置と思われる場所への、超長距離転移魔法を敢行するのだけれど。
これは、リアルタイムでの通信が不可能な状況下において、シンにだけできる最も有効な対処方法であった。
逆に、だ。
それがシンにできることをメカミーユは知っている。
その前提での、駄女神からのこのような連絡は、実のところシンとサンゴウのコンビ以外では対処不可能な状況に陥っている可能性が極めて高かったりする。
シンが、即刻で超長距離転移魔法の行使を選択した理由の一つに、その点があるのである。
そんな流れでメカミーユのところへと駆けつけた勇者は、とりあえず状況を本人から聞き出すのだった。
このあたりの一連の流れは、メカミーユが女神だからなのであろうか?
シンとしては何故か、『突き放して助けない』という選択ができなかったりするのが、不思議なところではあろう。
「補給部隊がミスって、私の艦隊が動けなくなっちゃったの。私が悪いんじゃないのよ!」
状況を詳しく聴いて行くと、確かに補給部隊の派遣先を複数回間違えた結果なのだが。
メカミーユが最初に補給の指示をした時は、その派遣先が間違ってはいなかったのだが。
ついでに付け加えると、メカミーユがシンに連絡するのを決断した段階で、もしも帝国軍への正規手続きによる救助を選択していたら、物資の欠乏で彼女が率いる部隊に大きな損失を与えることは、免れなかったであろう。
つまり、事態が発覚してからのメカミーユとシンのそれぞれの選択に、間違いはなかったのだった。
「って、お前これ。最終の許可書の派遣先が間違ってるのに、ちゃんとサインしてるじゃねーか!」
「よく似てるから見間違えたのよ! 最初の指示はちゃんと出してるのだから、これは兵站部のミスよ!」
「いや待て。その理屈はおかしいだろが。確かに、兵站部は間違えたんだろう。それでも、最終確認をした以上、責任はお前だろうが!」
「困ってるのよ。シン。細かいことは後回しにして、とにかく助けてよ~」
「(十年経っても、駄女神は成長しない駄女神のままか。こっちは抱えてる調査が行き詰ってるんだけどなぁ)」
内心で溜め息をつきたくなるシンは、それでも燃料その他の補給物資をサンゴウで運ぶ形を装って、メカミーユのお手伝いをするのだけれど。
まぁ、『情けは人の為ならず』なんて言葉があるのは事実であり、そのお手伝いが全くの無駄にはならないところが、勇者の運命力を持つシンのシンらしいところであるのかもしれない。
ギアルファ銀河外縁部に近い、とある未開拓宙域。
そのような首都星から遠く離れた宙域にて、サンゴウは帝国軍の軍艦に補給物資を供給していた。
では、何故そんなことをサンゴウがしているのか?
メカミーユの失態をカバーするために、シンとともに補給に従事する活動していたのがその理由である。
この時、シンの収納空間の能力がコソコソと、サンゴウの船内でフル活用されていたりするが、外部の人間にそれが認識されることはない。
サンゴウがどれだけ異常な量の物資を運んで来たことになったとしても、帝国軍としては『元々、異常な性能を持つ生体宇宙船』という認識で、その性能の全貌は謎に包まれている。
そのため、あるがままを受け入れざるを得なかった。
そもそも、サンゴウの異常性を指摘して、なにがしかの文句を言った場合にどうなるのか?
ならば、と補給物資の供給を止められたら困るのは自分たちなのが明白である。
いくら軍人と言えど、人は『状況が許せば』という条件付きではあるものの、都合良く物事を見なかったり、気づかなかったりしたことにはできる生物に違いはないのであった。
それはそれとして、そんな作業の最中でもサンゴウ的には余裕がある。
そのため、船橋にいる艦長と、雑談的な話をしていたりもする。
「一応『神』なんですよね? メカミーユは。でもそのわりには『失敗』というか『やらかし』が多過ぎませんか?」
「それはその通りだと思う。けれどもな、そもそも、だ。そういうポンコツな駄女神じゃなかったら、別の世界からギアルファ銀河へと左遷されてないんだよな」
シンとサンゴウによる、メカミーユへの評価はきつい。
女神のやらかしの援助に出向くのは、前述のサンゴウの『多過ぎ』発言から誰にでもわかる話なのだが、これが初めてではない。
故に、それも当然の話ではあるのだけれど。
ただ、問題はこの雑談的な話が、メカミーユがやってきているサンゴウの船橋で行われていることであった。
「えーっと。そういうのは、さ。『せめて、私がいないとこで話をしてもらえないかなー』というのが私の希望なんですけれど」
「そんなモノは却下だ! 俺のところへ来る『助けて~』が、年三回以下になったら考えてやる」
「酷い! 私、本物の女神さまなのよ! もっと敬ってくれても良いじゃない!」
自分で自分に『さま』付けをするのだから、本当に残念な駄女神である。
もっとも、残念勇者のシンが言えることではないのかもしれないけれど。
「はいはい。そういうことは、だな。女神らしいことができるようになってから言おうな」
「まだまだだけど、力は増して来てるんです~。デリーさんの星から流れ込んで来る力が、馬鹿にならなくてさぁ。ああいう感じの、良さげな案件。どこかで、他にもないかしら?」
「そうそうそんなのばかり、あってたまるか! というか、お前はもう軍人で、長期休暇がある学生じゃないんだからさ。仮にその手の案件があったとしても、参加は無理だろうが!」
「そこは、ほら。シンが交渉して頑張るのよ!」
メカミーユから飛び出したのは、相変わらずの無茶振りであった。
まぁ、息子が皇帝になったので、今のシンだとあながち完全に不可能ではないところが、少々困るところであるかもしれない。
「(いろいろな能力自体は高いのに、何故にこうも残念なのか? 次に行くのがどんな世界になるのかは知らないが、こんなのを『世界の管理役』に戻したらダメなんじゃね?)」
メカミーユの実態を身に染みて知っているシンとしては、そう考えざるを得ないのだった。
失敗をしまくって、行った先の世界に迷惑を掛けまくるのが、容易に想像できてしまうのだから。
「ところで、そっちの状況はどうなのよ? 何か、いろいろと大変みたいだけど」
「あのなぁ。『大変だ』と思ってるなら、俺に頼って来るな! こっちは自爆テロ事件の調査で忙しいんだぞ。でもまぁ、ぶっちゃけ調査に進展がなくてイラついてる」
「へぇ~。自爆テロかぁ。どんな事件の調査なの? 教えてもらっても良い?」
この時のメカミーユは、『シンがしているのは、皇帝陛下を殺害したテロ事件ではなく、別のテロ事件が存在し、その調査を行っている』と思っていた。
事件調査の専門の訓練を受けていないシンであるから、『国家レベルの重要案件の調査が任されている』とは考えていなかったからだ。
もちろん、メカミーユのその思い込みにも一理なくはないのだが、結論としては誤解でしかない。
「うん? 皇帝殺害のテロ犯の調査だ。詳しく知りたいのか?」
「激しく、内容を知るのを遠慮したくなって来ました~」
メカミーユのその発言によって、シン視点での彼女への評価が変わる。
「(危機察知は、相変わらず敏感なようだな。『腐っても女神』ってことなのかねぇ。もちろん、実際に腐っているワケじゃないけれどさ)」
このような部分においてで、『メカミーユへの評価』が上方修正された瞬間であった。
まぁ、駄女神なだけに、それだけで話が終わらないのだけれど。
「シンは大変なのねぇ。そんなの、私なら過去視使えば大抵の事件は、簡単にあらましが――」
「おい、ちょっと待て。その『過去視』って能力について詳しく知りたいぞ。そこのところを、白状してもらおうじゃないか」
危険を敏感に察知したから撤退したはずなのに、危険地帯に自ら飛び込んで行く失言をするところがやはり駄女神なのであろう。
メカミーユの発言に含まれていた『重要なパワーワード』を聞き漏らすことのなかったシン。
ローラから事件の調査を仕事として割り振られた男は、軽口めいた発言を最後まで言わせずに、メカミーユの肩をガッチリ掴んで激しく揺さぶったのだった。
「えっと。犯罪者と捜査機関のアレコレを覗き見する。これは世界の管理者の娯楽なのよ。でも事件が起こる前に察知して見続けるのは難しいし、リアルタイムでずっと追っかけると見るのに必要な時間が長くなるでしょ? だから事件が起こったあとに、過去の状況を遡って見るのよ。これなら要らないところは早送り的に飛ばせるし、好きなとこだけ見られるから。これが『過去視』って呼ばれる、私たちなら皆が使える能力ね」
この能力の秀逸なところは、場所ではなく人物やモノを固定して過去を追えるところにある。
視点も俯瞰や当人視点など、いくつかの切り替えが任意にできたりだってするのだから。
要するに、『芸が細かい能力』と言える。
「つまり何か? 『任意で、特定の人物の過去を覗こうと思えば覗ける』ってことか? たとえば俺のも覗ける?」
「あ、シンのは無理です。サンゴウさんとキチョウさんのも無理っぽいかな。少なくとも私にはね」
「ほう。それ本当か? どういう理屈でそうなる?」
「ええ、本当よ。存在の格が高い相手には使えない能力なので~。それにねぇ、この世界では、ね。そもそも気楽に使えない能力なんですよ。ここにいると簡単には回復できない力を、結構消費してしまうので」
「そうかそうか。で、確認なんだが。その『消費する力』ってのは、俺が魔力を譲渡した場合だと、それで賄えるんだろうな?」
これまでにメカミーユとの間であったアレコレによって、シンは彼女の力の源泉が魔力に近いモノだと思い込んでいた。
よって、このような発言が飛び出してしまう。
ただ、その二つは厳密に言うと『別物』ではあるけれど、その思い込みは一概に『間違い』とも言えない。
何故なら、魔力と神力は、変換する能力がありさえすれば相互に変換できるのだから。
ただし、変換時の損失もあるので、効率は良くない。
特に魔力から神力にへの変換は、効率を度外視することになってしまう。
故に、それを行うのは本来であると、あまり現実的ではない。
物事で、『できる』のと『実用的かどうか?』の二つの間には、因果関係などないのだから。
まぁそれはそれとして、『もう獲物は逃がさない』という視線を、明確にメカミーユへと向けているシンであった。
「アハハ。一応賄えるけれどねぇ。でも、人間はそんな膨大な魔力を持ってるワケがない。あれ? 転移できてる距離から考えたら。あれ? 待って。いくら存在の格が高くなっても、人間がそんな量の魔力を持てるはずがないし、扱えるはずがないじゃない!」
魔力で補おうとした場合の神力への変換比率は、魔力一億を費やして得られる神力が一でしかない。
変換に伴う損失も込みで、馬鹿みたいに変換効率が悪いのである。
ちなみに、多少なりとも保有魔力量の状況がわかりやすい例を挙げると、ルーブル王国のあるあの世界で、オルゼー王国の筆頭魔導士をしていたマーカリンの持つ魔力が約八百となる。
あの世界に召喚される、シン以外勇者が魔法特化で順当に成長した場合でも、限界値はマーカリンの百倍かそこらの範囲に収まるので、具体的な魔力量が八万とかになるのだ。
「(人間の魔力から補充を受けて、変換して神力を振るう? そんなのちゃんちゃらおかしいわ)」
メカミーユがそう思っても、無理のないレベルなのである。
仮に、時間を掛けて回復する魔力の全てを、継続して奪う形で神力を溜めるにしても、だ。
はたして、それにどれだけの時間が必要になるだろうか?
つまり、前提となる常識から行くと、それが『間違い』とは決して言えない。
しかし、これが『魔力を譲渡する側をシンに限定した話』としてしまうと、答えは至極当然に異なって来る。
シンは龍脈の元を魂に融合されているので、魔力の瞬時回復の技能、すなわち無尽蔵の魔力を持っている。
それがある以上、時間さえ掛ければ無限に魔力を供給し続けることすらできてしまうのだから。
そしてメカミーユが過去視の能力を使うには、発動と維持のそれぞれに神力を消費する。
けれども、シンの供給能力からすれば何も問題はないレベルの話になってしまうのであった。
シンに自覚はないが、少なくとも魔力量に関してだけは、シン自身が『勇者』という枠組みからは完全に逸脱した状況へと、既になってしまっているのである。
「この補給作業が終わったら、俺の調査の『お手伝い』をさせてやろう。なーに今までの俺らへの借りがちょっとでも返せると思えば、だな。そこには『嬉しい』しかないだろう? ないよな?」
この時のシンは、完全にロックオンの状態であり、『メカミーユを絶対に逃がさないマン』に進化していた。
また、それとは別で、ここでは直接の関係はないが、進化するのはシンやキチョウだけではない。
「艦長。サンゴウの性能が上がっています。機動性能と航行速度、他にもありますが基本性能が製造時と比べて向上しました。経験による底上げ以外の何らかの影響により、原因不明の性能の向上が成されています」
このような報告を、シンがサンゴウから受ける日。
それが来るのはそう遠い話ではなく、何気に近かったりするのだった。
こうして、勇者シンはローラからの要請に応じてシルクに出仕の協力を求め、そのシルクはサンゴウの能力に頼ることでギアルファ銀河帝国の危機を乗り切ることに成功する。
それとは別で、皇帝を殺害するのに成功したテロ事件の、全貌を暴くための調査を依頼されたシンは、不得手な分野ながらも、息子が帝位に就いたこともあって協力する姿勢を見せる。
しかし、シンにもサンゴウにも能力的に向いていない調査は、難航してしまう。
そこへメカミーユのやらかしの後始末が発生したことで、一見無関係なはずの難航していた調査へ明るい兆しが見えてしまうのだから、勇者の持つ運命力は恐ろしい。
ただし、それには膨大な魔力が必要になることも判明してしまうのだけれど。
メカミーユの『過去視』の能力で、皇帝暗殺の自爆テロの全貌は本当に明らかになるのだろうか?
そもそも、その『過去視』は何の問題もなく行使できるモノなのだろうか?
また、少し先のサンゴウの性能向上の原因は、一体どこにあるのだろうか?
未来を知る者は誰もいないのだけれど。
サンゴウがシルクのお願いにあっさり応え、艦長命令なしにサンゴウが協力する姿勢を見せたのには、非常に驚いてしまった勇者さま。
事後になってその点をサンゴウに確認してみると、「艦長が、ロウジュさんを筆頭とする妻たちからの、サンゴウにできる案件の要望を、拒否してサンゴウに命じないことはありえません。また、シルクさんはオペレーターとして登録されたままなのです。抹消されてはいません。それに加えて、お願いの内容自体が、状況的にその時のサンゴウが艦長に命じられていた、情報収集の一環にもなり得ました。以上の理由から、シルクさんのお願いを、艦長に確認するまでもなく叶えています。今回のケースは、現状のサンゴウの裁量の範囲なのですが、艦長の権限を強化する形で基本設定を変更されますか?」と、長い説明と同時に問われてしまい、納得して現状維持を選択するシンなのであった。




